複雑・ファジー小説

DG 運命遊戯 2-1-1 誰があの子を殺したの? ( No.18 )
日時: 2017/12/17 13:36
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
参照: https://ameblo.jp/miyabi-raikou/entry-11228476344.html

※ 作中の詩は、URLから引用いたしました。

◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆  †


《第二ラウンド 裏切り者にご用心》


 ——その日の、夜。

 その生徒は外を散歩していた。その生徒には組む相手がいたが、夜の空気を吸いたいとか言って外に一時期出ていたのだ。
 そんな生徒のもと、訪れる人影があった。

「貴方に秘密の任務を与えます。拒否することは許しません」

 流れるような金髪に、紫の瞳。
 七虹異能学園長、悪夢のゲームを始めたリェイルだ。
 生徒は首をかしげ、何の用だというような事を問うた。
 リェイルは笑う。

「第二ラウンドの準備ですよ、○○。第二ラウンドではこの学校の生徒の一人に『裏切り者』になってもらい、『裏切り者』は一定期間内に一定数、個々の生徒を殺してもらいます。ばれたら貴方は死にますが、期間内に一定人数を殺し終えた場合、その時点で貴方の勝利。貴方以外の生徒は責任をもって私が全員殺し、貴方だけが生き残るのです」

 生徒は憤慨して、叫んだ。

「そんな無茶苦茶な……!」
「命令です。貴方に逆らう権利なんてありません。これでも公正に抽選をしたのですよ? そうそう、貴方が『裏切り者』とばれて抹殺されても、私は一切の責任を負いません。貴方が勝つか、貴方以外が勝つか、です。以上、反論は許しません」

 その生徒は立ち去っていくリェイルを追いかけようとしたが、彼我(ひが)の力量差を知っていたため、茫然とその場に立ち尽くした。

 ——それは、誰にも知られぬ或る夜のこと。


  ◆


〈一章 マザーグースの詩は歌う〉


  Who killed Cock Robin?
  I, said the Sparrow,
  with my bow and arrow,
  I killed Cock Robin.

  誰が殺した 駒鳥の雄を
  それは私よ スズメがそう言った
  私の弓で 私の矢羽で
  私が殺した 駒鳥の雄を

  Who saw him die?
  I, said the Fly,
  with my little eye,
  I saw him die.

  誰が見つけた 死んだのを見つけた
  それは私よ ハエがそう言った
  私の眼で 小さな眼で
  私が見つけた その死骸見つけた

  Who caught his blood?
  I, said the Fish,
  with my little dish,
  I caught his blood.

  誰が取ったか その血を取ったか
  それは私よ 魚がそう言った
  私の皿に 小さな皿に
  私が取ったよ その血を取ったよ

  Who'll make the shroud?
  I, said the Beetle,
  with my thread and needle,
  I'll make the shroud.

  誰が作るか 死装束を作るか
  それは私よ カブトムシがそう言った
  私の糸で 私の針で
  私が作ろう 死装束を作ろう

  Who'll dig his grave?
  I, said the Owl,
  with my pick and shovel,
  I'll dig his grave.

  誰が掘るか お墓の穴を
  それは私よ フクロウがそう言った
  私のシャベルで 小さなシャベルで
  私が掘ろうよ お墓の穴を

  Who'll be the parson?
  I, said the Rook,
  with my little book,
  I'll be the parson.

  誰がなるか 司祭になるか
  それは私よ ミヤマガラスがそう言った
  私の聖書で 小さな聖書で
  私がなろうぞ 司祭になろうぞ

  Who'll be the clerk?
  I, said the Lark,
  if it's not in the dark,
  I'll be the clerk.

  誰がなるか 付き人になるか
  それは私よ ヒバリがそう言った
  暗くなって しまわぬならば
  私がなろうぞ 付き人になろうぞ

  Who'll carry the link?
  I, said the Linnet,
  I'll fetch it in a minute,
  I'll carry the link.

  誰が運ぶか 松明(たいまつ)を運ぶか
  それは私よ ヒワがそう言った
  すぐに戻って 取り出してきて
  私が運ぼう 松明を運ぼう

  Who'll be chief mourner?
  I, said the Dove,
  I mourn for my love,
  I'll be chief mourner.

  誰が立つか 喪主に立つか
  それは私よ ハトがそう言った
  愛するひとを 悼んでいる
  私が立とうよ 喪主に立とうよ

  Who'll carry the coffin?
  I, said the Kite,
  if it's not through the night,
  I'll carry the coffin.

  誰が担ぐか 棺を担ぐか
  それは私よ トビがそう言った
  夜を徹してで ないならば
  私が担ごう 棺を担ごう

  Who'll bear the pall?
  We, said the Wren,
  both the cock and the hen,
  We'll bear the pall.

  誰が運ぶか 棺覆いを運ぶか
  それは私よ ミソサザイがそう言った
  私と妻の 夫婦二人で
  私が運ぼう 棺覆いを運ぼう

  Who'll sing a psalm?
  I, said the Thrush,
  as she sat on a bush,
  I'll sing a psalm.

  誰が歌うか 賛美歌を歌うか
  それは私よ ツグミがそう言った
  藪の木々の 上にとまって
  私が歌おう 賛美歌を歌おう

  Who'll toll the bell?
  I said the bull,
  because I can pull,
  I'll toll the bell.

  誰が鳴らすか 鐘を鳴らすか
  それは私よ 雄牛がそう言った
  私は引ける 力がござる
  私が鳴らそう 鐘を鳴らそう

  All the birds of the air
  fell a-sighing and a-sobbing,
  when they heard the bell toll
  for poor Cock Robin.

  空の上から 全ての小鳥が
  ためいきついたり すすり泣いたり
  みんなが聞いた 鳴り出す鐘を
  かわいそうな駒鳥の お葬式の鐘を

【Who killed Cook Robin?(誰が駒鳥殺したの?)
 ——マザーグース】


  ◆


  1 誰があの子を殺したの?


 一日の小休止が終わり、生徒たちは再び体育館に集まった。
 体育館には相変わらずのリェイル。彼女はどこか嬉しそうに唇をゆがめた。

「小休止は終わりました。これより、第二ラウンドを開始します」

 居並ぶ生徒たちを眺めながらも、金色の学園長はルール説明に入る。

「私は昨日のうちに、この学園に1人『裏切り者』を紛れ込ませました。『裏切り者』は生徒達を殺していきます。貴方たちは一週間以内にその『裏切り者』を発見して殺さなければ全員私に処分されます。また、『裏切り者』も一週間以内に一定数の生徒を殺さないと私に処分されます。要は『裏切り者』対、他の生徒という事です。存分に疑心暗鬼になって殺し合いをして下さい。以降、授業は無くなります。ルール説明は以上です」

 彼女は暗に言った。この学園の生徒全員、いつ敵になってもおかしくはないと。

「疑いなさい、殺しなさい。疑うことを知らぬ者は、いつ殺されてもおかしくはありません。一週間後には誰が残っているのか、楽しみですねぇ」

 歪んだ笑み。
 かくして悪夢はまだ続く。


  ◆


「『裏切り者』だって? そんなの嫌だよ……」

 思わずといった感じで、ピースはソーマにしがみついた。
 そうだな、とソーマは硬い表情で頷いた。

「隣人すらも、敵になる、か」

 その表情は険しい。
 彼は言う。

「ピース、外出は必要最低限に控えろ。部屋の中ならば安全だろう?」
「え? でもソーマくんは……」
「オレはお前に近づく相手を警戒する。オレならば戦えるから、心配しなくていいんだ」
「私、心配だよ……」
「信じてくれ」

 その青の瞳が、真っ直ぐにピースを見た。

「オレは貴女の騎士だ。信じてくれ」
「……わかった」

 仕方ないという様にピースは頷いた。

「でも、死なないでね。私を残して死なないでね。私を一人にしないでね?」


 その問いには、間髪入れずに「はい」と答えるべきなのに。
 一瞬返答に間をおいて、逡巡するようにソーマは頷いた。

「……ああ、必ず」

 揺れた瞳。
 ピースは不安を隠せないでいた。


  ◆


「『裏切り者』? でもあたしは信じるからね。あたしのチームの中にはそんなの絶対にいないって!」

 紫のツインテールを揺らし、そうエーテナは宣言した。

「『裏切り者』だって何も行動を起こさないわけにはいかないらしいわ。ならば今日一日待って、相手の出方を見るのが得策かしら?」

 一日が過ぎれば、何か行動を起こさないわけにはいかないだろう。エーテナは自分の仲間たちを見た。
 トーンは真剣な顔で頷いている。ハーフも同じくだ。しかしウェインだけがいまだ、どこか懐疑的な目を向けていた。
 しかしそれでもエーテナはリーダー、皆を導く役目にあるから。

「生き残るわよ。生き残って、あの学園長の目論見(もくろみ)を破ってやるんだから!」

 彼女は力強く宣言して、紫の手甲の付いた拳を握りしめた。
 そう、全ては次の日から始まる——。


  ◆


「学園長には断固として抵抗する」

 そう宣言したのはジェルダ・ウォン。彼は稲妻の宿る苛烈な瞳で己のチームメンバーを見た。

「言っておくがオレは全員を無条件に信じるような警戒心の無い真似はしない。クソ学園長のあの言葉から、オレは味方にすらも疑いの目を向けねばならなくなった。まぁ、仕方ないことだと思ってくれ。あんたたちがオレを疑うのも自由だ。だが、オレは『裏切り者』がこのチームの中にいない事を信じたいぜ」

 だが常に警戒はしておけよ、とそう彼は締めくくった。

「学園長も酷いこと考えるよね」

 思わずといった風に、テンプレイアが溜め息をついた。

「裏切り者にご用心? 仲間を疑え? 一体何なんだろう、何をしたいのだろう、学園長はさぁ」

 その瞳には、どこか諦観のような物があった。

「わたしはもう嫌だ、こんなゲーム。わたしはさぁ、ただ資格が欲しかっただけなんだよ? なのにいきなり殺し合いに巻き込まれて、仲間すら疑わなくてはならない状況に追い込まれて……それで、思ったんだ。そこまでして生き残ることに何か意味があるのかなって」

 その言葉は、これまでの全否定。
 ジェルダが眉をひそめた。

「おい、その言葉は皆を生き残らせるために最善を尽くそうとしているオレを否定しているよなァ? ふざけんなよ?」
「ふざけてない。ただ、もうすべてが嫌になっただけ。生き残ることに希望を見いだせなくなっただけなの」

 まぁそれでも、と彼女は言葉をつなぐ。

「わたしは自分のことなんてどうでもよくなった。でもみんなは違うでしょ? ならばわたしは自分のためだけじゃなくて、みんなのためにこの力、役立てることにするよ。それなら怒らない?」
「……あんたを守らなくても、いいのか?」
「死ぬときは死ぬよ、それでいい」

 言って彼女はジェルダにそっと手を触れた。
 すると、彼女に触れられたジェルダの腕が、少しずつ熱を持ってきた。

「これは……?」
「わたしの力。ささやかでしょ? 私が出来るのはね、触れた対称の温度を自由に操るだけ。だからテンプレイア、Temperature(温度)よ。……この程度の力しかないけれど」

 もしかしたら何か応用できるかもね、と気の無い感じでそう言った。
 それきり彼女は口をつぐみ、ジェルダの腕から手を放した。
 束の間漂う重い沈黙。
 破ったのは、白衣のシロ。

「まぁ、みんなで頑張るしかないですにゃー。シロはみんな、疑う気はないのです! シロだってみんなを守れるのですから、安心して欲しいのです!」

 ぎくしゃくした空気は流れたが、それでも宿った疑惑の種は、消えることはなかった。


  ◆


 ——そして、その夜。

「へぇ、あなたが裏切り者なんだね、意外」

 何となく外を歩いていたテンプレイアに、近づく人影が一つ。
 その人影は何も答えないまま、ぎゅっと唇を引き結んで彼女に近づく。

「あなたは優しい。だから誰も殺したくないんだね。でもあなたは見ていたよね、わたしが大した能力を持ってはいないこと。だからわたしを狙ったんだ? あなたらしいよね、そういうの。まぁ、出会ってからあまり時は経っていないけれど、あなたのことはなんとなくわかったよ」
「…………」

 人影の瞳が揺れる。その奥には深い悲しみ。

「あなたは自分に害をなすわけではない人間を、殺したくはなかった。でもそうしなければ生き残れないから、仕方なく殺すんだね。……これを知ったら、あなたの仲間はいったいどんな顔をするのかな?」
「…………ッ」

 一瞬、その歩みが止まった。人影は明らかに動揺していた。しかし一瞬止まった後、それでも進み続けた。まるで何かを振り切るかのように、一心不乱に。
 殺したくはないのに、『裏切り者』ゆえに殺さなければならない。そうしなければ自分が死ぬ。
 『裏切り者』は苦悩していた。
 テンプレイアはすべて受け入れるように両の手を広げる。

「いいよ、殺して。聞いていたでしょ? わたしはもう、これ以上このゲームを生きる意味を感じられないの。だから殺していいよ。あなたはあの会話を聞いていたから、わたしを選んだんでしょう?」
「…………」

 人影の動きは遅い。一歩ごとに、迷っている様だった。
 だからテンプレイアは自ら人影に歩み寄って、その距離を縮めた。人影の口から驚いたような声が漏れる。

「殺して。近づけばもう、殺すしかなくなる」

 二人の距離が、一メートルくらいにまで縮まった。
 双方の動きが止まる。
 人影が口を開いた。

「……ごめん」
「謝らなくていいよ。わたし、死にたかったから」

 人影は両の目から涙を流し、その能力を開放した。
 テンプレイアは目を閉じなかった。





 ——翌朝。

 テンプレイアの死体が校庭で見つかったと、騒ぎになった。


〈テンプレイア、脱落〉

◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆  †

DG 運命遊戯 2-1-2 誰がその死を看取ったの? ( No.19 )
日時: 2017/12/21 16:02
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

※ グロテスク表現を含みます。

◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆  †


 2 誰がその死を看取ったの?


 テンプレイア、死亡。
 翌朝、校内放送でそんな情報が入った。
 それを聞いたジェルダは驚きに目を見開いた。

「何だって……?」

 ジェルダは昨日の会話を思い出す。
 「死んでもいい」というようなことを彼女は口にした。彼女の瞳は疑惑に揺らぎ、心を閉ざすかのように頑(かたく)なになっていた。
 確かにそんな不安定な彼女は、殺すのにはもってこいの標的に見えたのかもしれない。現にあの会話は道端で行ったものであり、誰でも簡単にその内容を聞くことが出来た。彼女を殺した相手がそれを聞き、彼女を標的にしたのかもしれない。

「くそっ、とりあえず遺体の状況を見る! 死因から誰が彼女を殺ったのか判断するぜ。何人かの能力は既に割れてる。あ、死体とかが怖いなら来るんじゃねぇ。でも、オレから離れたところに行くなよ?」

 ジェルダの顔には焦りがあった。当然だろう、自分で守ると誓った仲間をこうもむざむざと殺されてしまっては、彼女を仲間に引き込んだ彼には立つ瀬がない。
 彼は明確に焦っていた。これまではテキトーに全てを乗り切ろうとしていた稲妻。しかし仲間の死という経験を得て、彼の意識は変わりつつあった。身勝手で自由奔放だった彼はその時、己がチームのリーダーであることを明確に意識した。
 稲妻が、本気になる。
 その目を閃光が過(よ)ぎった。

「ついて行くなら止めねぇぞ? そこで後悔しても自己責任だぜ! オレは行くぞ!」

 彼は走りだす。騒然とし始めた学校の校庭に向かって。
 その目でしっかとテンプレイアの死因を見極め、犯人を特定して復讐するために。
 シロは迷わず彼について行き、一拍遅れてアキュアリアも走り出す。
 かくして稲妻の一団は、動き始める。


  ◆


 地面に転がる虚ろな死体。しかしその顔は笑っていた。その顔に恐怖は浮かんでいなかった。
 それを見ながらも、これまでずっと静観を決めていたゼロ——烏丸 空悟(からすま くうご)は目を細める。
 少女の遺体は損壊がひどく、見ていると眩暈がしそうなほどの代物だった。
 幾重にも切り裂かれた腹からはぬらぬらと光る内臓が飛び出し、それが周囲に飛び散っている。首は切られ、四肢もまた切り落とされて遺体の周囲に並んでいた。頭蓋も大きく陥没し、そこから深紅の脳味噌がはみ出て、それもまた細かく切られていた。夏だからかそれは既に腐敗し始め、虫がたかって所々黒く、おぞましく蠢(うごめ)いている。冒涜的なまでに壊されたそれは、もはや人の形をしていない。
 赤い肉塊で作られた、鉄錆の臭いのする奇っ怪なオブジェ。
 吐き気がするような、夏の一場面。

 赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤。
 血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血。
 死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死

 目の前に広がる、現実感のない深紅。
 息が出来ないほどに濃密な血の匂い。
 彼女に宿った、紛れもない死の気配。

「…………っ」

 ゼロは思わず目を背けた。そのさまはあまりにも凄惨に過ぎた。
 彼は無意識の内に後ずさり、一瞬よろけたその手が校庭の朝礼台の金属に触れた。
 途端、小さな爆発音。彼は慌ててその場から飛び離れる。
 朝礼台の金属の一部はその爆発でひしゃげ、無残にも曲がっていた。しまったと彼は舌打ちをする。
 彼の能力は『無機物爆弾』。簡単に言えば、彼は触れた無機物を爆弾にすることが出来るのだ。
 その能力を使えばテンプレイアみたいな少女くらい、簡単に抹殺できる。
 彼は己が犯人と疑われるのを防ぐため、念のために状況を見に来てこの惨状に行き会った。
 そして小さく確信したのだった、自分ならばこの状況を作り出せると。
 疑いは晴らさなければならない。彼は知っているから。

「俺は犯人じゃない。俺は『裏切り者』なんかじゃない……」

 だが、口ではなんとでも言える。しかも彼は、朝礼台に証拠を残してしまった。
 目の前で見た惨状と、殺されることへの恐怖が彼の脳裏を過ぎった。
 誰かが駆けつけてくる足音。
 結局、彼はその場から退散することを選択したのだった。


  ◆


 「それ」を見て、カーシスは吐いた。
 うげぇ、と世にも奇妙な音が口から洩れる。『策略家』も形無し、彼は顔面蒼白だった。
 対するヴィシブルは平気な顔をしていた。彼は物でも見るような目で「それ」を見ていた。確かに「それ」は今や物と化していたが、とてもじゃないが正視出来るようなものではないのに。
 その横顔はぞっとするほど無感情で、どこまでも冷たかった。
 ようやく落ち着いたカーシスはそんな相棒に気が付き、ショックで震える声で彼に問うた。

「お前……平気なのか!?」

 別に、と彼は短く答える。
 その瞳に束の間過ぎったのは、果てを知らない虚無。
 『策略家』カーシスのものよりもなお深い深淵。
 それを覗き込んだカーシスは一瞬、戦慄を覚えた。
 ヴィシブルは自分に囁くように、小さく呟いた。

「全てが壊されたあの日の方が、もっとずっと、赤かった……」

 彼には両親がいない。彼は祖母に引き取られてそこで暮らしている。
 彼の両親は既にこの世に亡(な)い。それは彼の、ずっと昔のトラウマの記憶に起因する。
 その記憶には地獄があった。その記憶では、これよりもさらにひどい惨劇が繰り広げられていた。
 だから彼は言えるのだ。

「この程度、全然大した惨劇じゃないさ。僕があの日に経験した悲劇は、こんなものじゃなかったんだ」と。

「カーシスは僕みたいに、目に見える惨劇は経験していないの?」

 不思議そうなその瞳に、カーシスは何度も息をして呼吸を整えながらも、そうだと答えた。

「僕の悲劇は虐待だった。あんたは……事件か?」
「母親が不倫したから、父親が母と不倫相手、僕の双子の兄を殺して自殺した」
「な……!」

 明かされたのは、一つの世界の崩壊。
 ヴィシブルは壊れそうな笑顔で笑った。

「父親はこれでもかとばかりにみんなを殺した。みんなもう人間の姿をしていなかった。兄さんはその日、体調不良で学校を休んでいて、比較的体調の良かった僕は早退しないで学校に行っていた。僕が学校に行っている間に悲劇は起こった。僕が思うに、兄さんは巻き添えにされたんだと思うよ。そうさ、兄さんは死ぬ必要なんてなかったのに。父親によって巻き添え食らって、肉の塊になり果てたのさ。僕は最初、『それ』が兄さんだとは分からなかったよ……」

 その日、彼の世界は壊れた。

「だから平気さ、このくらい。カーシスが見ていられないのならば、僕がしっかりと見て死因を特定するから下がっていていいよ。僕なら慣れてる。君に頼ってばかりじゃ悪いし、さ」

 カーシスは何も答えられない。ヴィシブルに宿った虚無はその事件のせいだと解ったが、掛けられる言葉なんて存在しない。
 カーシスの悪夢はカーシスの悪夢だが、世の中にはこんなにも、大きな悪夢を背負っている人間が存在するのだ。
 純白のヴィシブルは遺体の前にかがみ込んだ。白の衣装が乾ききらぬ血に汚れる。本当はカーシスもその惨状を見て状況をしっかりと分析しなければならないのに、彼にはもう二度と、「それ」を見ることが出来なかった。
 重苦しい沈黙。ヴィシブルが時々位置を変え、遺体に触らないようにしながらも丹念にその様を凝視する。

「わかった」

 しばらくして、そうヴィシブルが後ろに呼びかけた。けれどカーシスはヴィシブルを見られない。正確には、ヴィシブルの前に広がる「それ」を見られない。
 ヴィシブルはそれを知りつつ、カーシスに背を向けながらもさりげなくその「名前」を口にした。

「『裏切り者』は……**だ」
「なんだって……?」

 その答えを知って、カーシスは驚愕の声を漏らす。
 淡々と白の少年は説明する。

「傷の形。『裏切り者』は他の人物の仕業だと思わせるためにわざと大きく遺体を損壊させているけれど、これは紛れもない××の傷。××を扱う人間といえば?」
「……**、か」
「その人しかいないよね? 正体はわかったよ」

 ヴィシブルはその場から立ち上がり、自分に背を向けたままだったカーシスの隣に立った。

「他の人はきっと、僕みたいに『あれ』を注視できないさ。だからまだきっと『裏切り者』の正体はわからない。しばらく泳がせておかないかい? 犯人は分かったことだし、僕らはその生徒に気を付ければいいだけだしね」

 虚無の宿る白の瞳の奥には、冷酷なる策士の顔。
 一見弱々しい彼だって、カーシスと同じ『策略家』。
 カーシスは頷いた。

「分かった。その策、乗る」
「ならばみんなを混乱させるため、早速動き出すべきだと僕は思うよ」
「策を練るか」
「そうしようよ」

 惨憺たる様の遺体を後ろに、二人。
 全てを知った彼らは、動き出す。


  ◆


 学校の校庭に、嘔吐の音が響いた。その惨状を見た者のほとんどは大慌てでその場を離れ、ひたすらに嘔吐した。
 ジェルダも蒼白になって胃の中身を吐き出し、彼は彼なりに彼女を弔う事にした。
 この「遺体だったモノ」をずっと放置するわけにはいかないから。
 固く固く目を閉じて唇を引き結び、彼は稲妻を呼び寄せた。
 温度を操った少女の成れの果ては勢いよく燃えて、血の臭いを含んだ風を運んだという。

◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆  †

DG 運命遊戯 2-1-3 誰も血を取る者はいない ( No.20 )
日時: 2017/12/24 14:11
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

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 3 誰も血を取る者はいない


 翌朝。テンプレイアが殺されて二日目。
 もう一つ遺体が発見された。
 第一発見者はリィアナ・ファーンディスペリ。
 殺されていたのは、彼女の相棒だった。

 ——アーリン・フィディオライト。相手の能力を真似する能力者。

 しかしその遺体はテンプレイアの時とは違い、綺麗に殺されていた。
 首に支給品のナイフを一刺し、ただそれだけだった。
 いつもはクールで動じないリィアナの、胸の張り裂けるような悲痛な絶叫が長く長く尾を引いた。


  ◆


「オレはやっていない」

 その報を聞いて、ぽつんと一言。そう言ったのはウィルド・ソーマだった。彼は蒼白な顔をして、自分のナイフを見つめていた。
 アーリンの殺害方法は首をナイフで一刺し。ソーマは刃物を自在に操る能力を持っているから、疑われても仕方がない。
 彼は仲間のピースに必死で訴えた。

「オレはやってない! ピース、信じてくれ!」
「う、うん。私は信じるよ!」

 気圧されたかのようにピースは慌てて頷いた。
 テンプレイアが惨殺されてからソーマはどこか不安定なところがあった。少しでも疑いが自分に向きそうになると過剰反応し、必死で否定するようになった。
 確かに、テンプレイアの遺体には刃物で切り付けたような跡もあったらしい。彼が警戒心を異常に高めるのも仕方のないことなのだろう。
 次に殺されるのは私かもしれない。様々な不安を抱えて、ピースはソーマを伴って朝食を摂りに行く。
 人が死ぬのにはピースだってそれなりに慣れた。なのにピースよりも心が強そうなソーマはなぜか、ピースよりもショックを受けているようだった。

(アーリンさんと仲が良かった……訳ないよね?)

 どうにも不可解なピースであった。


  ◆


「ねぇ、いい加減誰が『裏切り者』か目星を付けようと思うの。もう二人も殺されてる。次は我が身かもしれない、そうでしょ?」

 朝食の席で、エーテナはそう言った。
 その日は何故だろうか、皆朝食のタイミングが揃っていた。残っている生徒たちは全員その場にいた。
 それはただの偶然にすぎないが、エーテナはそれを好機と見た。
 彼女は言う。

「このままだとあたしたち全員殺されちゃうわ。だからさ、怪しい人を絞り込もうと思うの。座して死を待つのなんて意味がない。ね、そう思わない?」

 だから検証するの、と彼女は言う。

「二つ起きた死それぞれについて、誰ならその人物を殺し得るか考えましょう。それで怪しい人物に警戒するの。場合によっては早急な判断も厭わないわ。みんな、生き残りたいのでしょう?」

 ……潮時だった。
 この生徒たちの中に誰か一人『裏切り者』がいるのならば、いつかは『裏切り者』が誰かをめぐって論争が巻き起こることを誰もがわかっていた。
 皆それぞれに顔を見合わせる。辺りに広がった、毒のような不信と疑念、疑惑の数々。
 仲間すらも疑いの目で見る人だって現れ始めた。それらをまとめるように手を叩く。

「疑うのはあとにして! まずはみんな、誰が一番疑わしいのかせーので指差さない? そしてなぜその人が指されたのか考えて、指された人は弁明をする。指された人が弁明できなかったらその人が『裏切り者』よ、いい?」
「気に入らねぇなぁ、エーテナさんよォ?」

 彼女に反論したのはジェルダ・ウォン。
 彼は敵意丸出しの目でエーテナを睨んだ。

「ここにみんなが集まったのは偶然だとオレは認めるが、なんであんたが仕切るんだよ? 実はあんたが『裏切り者』で、自分に疑いが向かないようにしようとあえて、指導者を気取ったんじゃねぇのかオイ?」

 その言葉に、エーテナはキッとジェルダを睨んだ。心外だ、とその顔が言っていた。

「何を……! あたしはただ、この状況を何とかしたかっ」
「だ・か・ら。仕切る人間が一人だけっつーのは少し疑いやすい。だから何人かで協力して仕切ったらどうだ?」
「会議の進行が遅くなるけど?」
「それでも、誰か一人だけに任せるのよりはいいと思うんだがなァ?」
「……わかったわ」

 エーテナは小さく溜め息をついた。

「でもあたしは、あんたには任せない。あんたが『裏切り者』って可能性もあたし、考えに入れているからね。あたしは何の関係の無い人をもう一人の司会者として選ぶわ。いいかしら?」
「……信用されていないのは認めるぜ、ああ」
「じゃあ……」

 エーテナは周囲を見渡した。
 今現在残っているのは、エーテナ、ウェイン、トーン、ハーフの四人とジェルダ、アキュアリア、シロの三人。そしてカーシス&ヴィシブル、ピース&ソーマ、単独で動くバロン、ゼロの二人と、相棒を失ったばかりのリィアナ。計14人。
 エーテナは真っ先にリィアナを除いた。彼女は相棒を失ったばかりでまともな精神状態ではないし、『裏切り者』からも除外できる。
 エーテナの紫の瞳が皆を見回す。彼女は公正を期して一人を選ぶ。
 選ばれたのは——

「ピース・ピジョン、ちょっといいかしら?」
「わ、私ですか?」

 不安そうに成り行きを見守っていた、ピースだった。
 ピースは戸惑いの目をエーテナに向ける。
 エーテナは大きくうなずいた。

「そ、あんた。あんたなら不正なんてするはずがないとあたしは見た。だから協力してくれる?」
「別に構いませんけど……」

 元々ピースはこういった場で目立つのが好きではない。しかしこうやって選ばれた手前、断るわけにもいかなくなって彼女はおずおずと進み出る。
 ジェルダが更に目を細めた。

「あんたよぉ、気弱そうな奴を選んで結局、自分が仕切るつもりだったんじゃねぇのか? あんたの選択、俺には不服なんだがなァ?」

 その言葉に、エーテナは憤慨する。

「違う、そんな意図なんてない! あたしは彼女なら公正に判断できると——」
「言い訳にしか聞こえない。まぁ彼女は返してやった方がいいと思うぜ? ガチガチに緊張してる、可哀想じゃねぇか」

 エーテナはピースを見た。そう言った場に出ることに慣れていないピースは、不安げな顔できょろきょろと周囲を見回している。仲間のソーマを何回も見ていた彼女は、今にも戻りたそうだった。
 エーテナはジェルダを睨んだ。

「じゃあ何、また選び直せって? これじゃあ堂々巡りじゃない!」
「そっちが仕切ろうとするから悪いんだろ?」
「あたしは公正になろうとしてるのに、いちいち盾突くあんたも悪い!」
「仕切ろうとする奴に信用が置けるかよ? 誘導しているようにも見えるぜ?」
「そういうあんたも誘導しているのと違うの!?」
「ああー、なんだよもう。この水掛け論が何とかならないと話が進まねぇぞオイ!」
「突っかかったのはあんただ!」
「仕切ったのはそっちだろうがよ!」

 延々と続く言い争い。困り顔のピースは恐る恐るソーマの元に戻ってしまった。誰かこの状況を何とかできないものかと思ったが、触らぬ神に祟りなし、誰もが静観するばかりで自分からは動こうとしない。
 青のローブが溜め息をついた。

「僕が司会を引き受けよう、それでいいのだろう」
「あんたは……」

 見るに見かねて立ち上がったのはカーシス。青の衣装がひらりと揺れた。

「水掛け論に意味はない。そして僕はエーテナ、あなたと共に司会をやるつもりもない」

 彼の存在はその色彩も相まって、砂漠のオアシスのように、皆に映ったことだろう。

「ジェルダもエーテナも信用できないな。だから差し出がましいことを言うが……僕がこの場、仕切ってもいいだろうか?」

 皆は知らない。この『策略家』カーシスこそが、真に皆を誘導する可能性のある人物であることを。
 彼は意図的にこの状況を作ったわけではないが、今の状況は彼にとって好都合だったから。

(利用させてもらうよ)

 隅に座っているヴィシブルにアイコンタクトすると、彼は確認を取るかのように皆を見た。
 首を振る者はいなかった。
 こうして全会一致で、会議の進行は決まったのだった。

◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆  †

DG 運命遊戯 2-1-4 死装束は誰のため ( No.21 )
日時: 2018/01/04 12:25
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

 1/3分を微修正。

◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆  †


 4 死に装束は誰のため


「僕は犯人候補として二人の人物を挙げる」

 そう、カーシスは話を始めた。

「一人目、ゼロ。朝礼台に彼がやったとしか思えない爆破痕を発見した。彼の能力は爆破。ジェルダが皆の能力をつまびらかにしてくれたから、僕は一部の人の能力を把握できている」
「疑われるのは重々承知の上だが、俺は自分がやったのではないと宣言しよう」

 カーシスの言葉に静かに反論するゼロ。
 カーシスは頷いた。

「言い分は後でじっくり充分に聞く。だからしばし待ってくれないか。
 さて。僕が疑うもう一人の人物は……」

 彼の青い目が生徒達の上を通り過ぎ、一人の人物の上で止まった。

「ソーマだ」
「違う!」

 その言葉を思わず否定したのはピース。彼女の眼は必死だった。

「ソーマくんはそんなことしないよ! じゃあ疑う根拠を言ってよ!」
「今から言おうと思っているんだ。急かすな」

 その青の瞳が一瞬、ぞっとするような輝きを帯びた。
 ——人を殺したことのある眼。
 その目は暗く、澱んでいた。

「僕がソーマを疑うのは、彼ならば能力反射のアーリンだって殺し得ると解っているからだ」

 その言葉を聞いて、相棒を失ったばかりのリィアナの目が鋭く細められた。
 カーシスは、続ける。

「ソーマの能力は刃使い、つまり道具を必要とする。アーリンの能力は反射だが、それはジェルダの稲妻には有効であっても反射対象が能力以外のものならば反射が効かなくてもおかしくはないね。彼は確かに能力で刃物を操るが、操られた刃物そのものは能力で作られた物ではない。よって反射は効かない……。リィアナ、貴方は科被害者の相棒なのだし、彼を良く知っているだろう。被害者の能力の認識についてはこれで合っているな?」

 そうよ、と小さく彼女は頷いた。

「そして私も同じ。私も全てを無効化できるわけじゃない。間接的な物理攻撃は防ぎようがないの……」

 呟き、彼女はキッとゼロとソーマを睨みつけた。

「この人殺し! あなた達の能力でなら、私くらい十分に殺せるわ! もしもこの中に『裏切り者』がいるのならば私はいい餌よ? 殺しなさい!」

 殺しなさいと彼女は叫ぶ。

「私は願いなんてなかった! 彼も同じよ。強引に参加させられただけの私が、生き残っても意味ないじゃない! それに……死んだら、彼にまた会える……!」

 大切な人を失った青い薔薇は今、狂気の淵に足を踏み入れつつあった。
 彼女はそのまま両の膝に顔をうずめ、静かに涙を流し続けた。
 痛ましげな空気が周囲に流れる。
 カーシスが、まとめるように手を叩いた。

「まあ、そんなわけで疑わしい人物は二人だ」

 皆の意識が彼に向く。

「だが、今どちらが犯人か決めて断罪するよりも、後一晩んまって様子を伺った方が良いように僕は思う。その間に誰かが死んでもそれは自己責任だ。今のままでは何も起きない。だから、あと一晩」

 それに皆賛成し、三々五々それぞれに散ろうとした時だった。
 うつむいていた青薔薇が、突如ヴィシブルを突き飛ばした。

「おい貴様! 僕の相棒に何をする!」

 叫ぶカーシスに、平常心を取り戻したリィアナは告げる。

「私は貴方も疑っているわ。私たちはジェルダの電撃にさらされた時、とっさの反応が出来なくてあれに打たれたんだから。私は貴方がなぜ、私たちの能力を知っているのかしらない。それが不可解だと言っているのよ」

 それでは御機嫌よう。そう言い残して彼女は消えた。
 突き飛ばされたヴィシブルがゆっくりと立ち上がり、白い服に付いた埃を払った。
 カーシスが心配げな顔をする。

「大丈夫か?」
「この程度、なんともないさ。そうそう君、すごいね。君なら洗脳なんて容易くしそうだ」
「僕に任せろって言ったろ?」

 『策略家』の顔異に浮かんだのは、人を謀り欺く事に長けた圧倒的な自信。

「今晩、結果が明らかになるさ」
「カーシスは次の犠牲者は誰だと思うんだい?」
「**さ。この人以外にはあり得ない」

 その答えを聞いて、ヴィシブルはふうんと鼻を鳴らした。

「波乱が巻き起こるだろうね」


  ◆


 ——翌朝。

 エーテナの惨殺死体が校庭で見つかった。
 現場には大量のカッターが落ちていた。


〈エーテナ、脱落〉

◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆  †

DG 運命遊戯 2-1-5 歌われるは裏切りの讃美歌 ( No.22 )
日時: 2018/01/04 12:29
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆  †


 5 歌われるは裏切りの讃美歌


  ◆


 時は昨晩に遡る。


 真夜中の校庭で、エーテナは首をかしげていた。
 その前に立つのは一つの人影。
 エーテナは問いかける。

「何? 急に呼び出して」

 その人影は、彼女とそれなりに親しい間柄のようだった。エーテナは純粋にその人影に呼び出されたことを疑問に思っていた。
 その人影は、口を開く。

「*************。************」

 その人影が握りしめていたのはカッター。人影は小さく震えながらも、狂ったような瞳でエーテナを見た。その目に宿るは恐怖と狂気。ないまぜになった暗い感情がエーテナを射抜く。
 その返答とその人物を見て、エーテナは嘆息した。

「ああ、『裏切り者』はあんただったの」
「違う」

 人影は否定して言葉をつなげる。

「**、『****』***************。*********、************。***」

 狂った瞳が、誤った決断を下させる。

「***、******。**************。**************。**?」
「……違わないわね。確かにあたしはそう言ったわ。でもね、それは真実でもないのよ」

 あたしは言ったでしょ? と悲しげに揺れた、紫の瞳。

「******、って。確かにあたしの言葉は相反していたのかもしれないけれど、あたしは*****とまでは言っていないのに。何を曲解したんだか。
 ……それでもあんたはあたしを殺すのよね? 一度こうなってしまった以上、次に告発されるのはあんただもの。あたしはあんたの言葉を信じないわ。この状況で、あんたが『裏切り者』でない証拠なんてどこにもないんだから」
「***********。****、****」

 消え入るようなその言葉に、エーテナは聖母のように微笑んだ。

「ええ、わかるわ。そしてあんたはあたしを殺す。あたしはあんたの能力に対抗するすべを持たないから、あんたはいとも容易くあたしを殺すことが出来る」

 人影が一歩、近づいた。あと一歩でその能力の間合いに入る。
 人影は最後に、小さく別れの言葉を告げた。

「****、****。***********、*******……」

 その言葉に、エーテナは悲しく笑って答えた。

「****、****。***************……」

 誰も望んでいなかった結末。どうしてだろう、運命はどこまでも残酷で。
 人影が最後の一歩を歩んだ。

 ——そして。

 そしてエーテナの命は、そこで絶たれた。


  ◆


「『裏切り者』はあんただな」

 ほとんどの人が一人の人物を指した。指された人物は沈鬱な顔でうつむいていたが、その顔にはわずかな疑念があった。
 その人物の隣に立って、しきりに違うとピースが訴える。

「違う、違うよ! ソーマくんが『裏切り者』なんて、そんなの嘘だよ!」

 疑いが確定したのはソーマだった。
 現場に落ちていた大量のカッター。刃物を操る人間なんて、この学園の中には一人しかいないから。

 その人物とは、ウィルド・ソーマ。

 ソードマスター。ピースに忠誠を誓った白銀の騎士。誰よりも正義に燃えて公正を愛し、皆の範となるべき高潔の人。中世の世界から飛び出してきたような騎士。守ると誓った存在は絶対に守る、忠義の騎士。
 ウィルド・ソーマ。
 彼が、『裏切り者』。

「現場に落ちていた大量のカッター。ソーマ以外に誰がいるってンだよ、あァン?」

 ジェルダの周囲から稲妻が飛ぶ。彼は仲間であるテンプレイアを失っていた。
 これまでずっと黙っていた、エーテナの仲間だったハーフが呟いた。

「私、信じていたのに……」

 皆の視線がソーマに集まる。チームメイトを殺された人たちの視線は特に強烈だ。
 ピースはソーマにしがみつき、必死に彼に問うた。

「ソーマくん、違うよね? ソーマくんが『裏切り者』の訳ないよね?」
「違う。オレが、『裏切り者』なんだ」
「え…………っ」

 ソーマははっきりと、宣言した。
 その藍色の瞳に宿るのは、諦観。
 彼は腰に差した騎士の剣に触れ、何を思ったかいきなりそれを投げ捨てて叫んだ。

「オレは! こんなこと、やりたくはなかったんだ!」

 それは『裏切り者』になることを強要された彼の、魂の絶叫。

「誰も殺したくはなかった……。オレは自分から人を殺さない! オレは自己防衛とピースの為にしかこの剣を振るわない、はずだったのに……!」

 彼は頭を抱えた。

「どうして? どうして学園長はオレを選んだんだ? どうして……どうして、よりにもよって『騎士』たるオレなんだ!」
「弁明の余地はないみたいだな」

 静かな声でカーシスがそっと告げる。
 涙にぬれた瞳で、ピースはソーマを見上げた。

「ソーマくん……」
「誰も信じてくれないだろうけれどな!」

 彼は居並ぶ皆を、諦めた目で見遣った。

「オレが犯したのは最初の殺人だけだ。あとの二回はオレじゃない……!」
「てめぇのその言葉を信じる道理はねェよ。この期に及んで、見苦しいぜ」

 ソーマの言葉をジェルダが切って捨てる。

「それでもてめぇはテンプレイアを二目と見られぬ姿で殺した! それがてめぇの犯した確実な罪なんだよ、ふざけんな!」

 守ると彼は誓ったのに、守りきれずに失った。
 その身に宿した憤怒は、瞋恚しんいはどれ程のものか。
 彼の周囲で紫電が弾け、バリバリバチバチと激しく火花を散らす。

「謝れよ! そして泣いて命乞いしろってンだよッ!」

 その劇場を秘めた言葉に、ソーマは頭を下げて謝る。

「……済まない」

 しかしその淡々とした態度に、ジェルダの怒りは増すばかりだった。
 彼は吼えた。

「それで許してもらえるって本気で思ってンのか、あァン!?」
「落ち着きなって!」

 闇。
 その瞬間、質量をもつ圧倒的な闇がジェルダを包み、弾き飛ばした。闇は一瞬周囲に広がって皆の視界を奪ったが、すぐに晴れた。
 髪が左右で白と灰色に分かれた目立たぬ少年が、溢れだす感情を押さえようとするかのように必死な表情をしていた。
 彼の名はトーン。エーテナの仲間だった少年だ。

「……頭が冷えた?」
「……カッとなって、悪かったな」

 トーンの言葉に、ジェルダは申し訳なさそう顔をして謝った。

「あなたの気持ちはわかるよ。……自分も、エーテナを失ったんだから。でも、今は抑えるべきだと思うんだ」
「だよなぁ。わりィ」

 決まり悪そうな顔をジェルダはしたが、その直後、稲妻のように鋭い瞳でソーマを睨んだ。

「でもよ、オレはあんたを許したわけじゃァねぇからな!」

 そこまで行ってから彼はカーシスの方を向く。

「で、オレたちは『裏切り者』を始末したら助かるんだよな?」
「ルールで言えばそうなる」

 さあ、とカーシスは険しい顔でソーマを睨んだ。

「あんたには死んでもらわなくてはならない。あんたが死ななければ全員殺されるんだ。断罪を受けよ」

 その言葉を聞いてピースは叫んだ。

「嫌! 嫌だ、ソーマくん! 私、一人になる!」

 彼女はひたすらに涙を流す。
 誰も望んでいなかった結末。どうしてだろう、運命はどこまでも残酷で。
 ソーマはそっと彼女を抱きしめて、小さくささやいた。

「ごめんな。オレはお前の騎士に、なりきることが出来なかった」

 そしてピースは感じた。自分の唇に一瞬、柔らかくて温かいものが触れたのを。
 彼が「守る」といった日から、知らず彼に抱いていた淡い淡い恋心を。
 彼と別れることは身を引き裂かれることと同じ。
 避けられぬ別離の予感。『裏切り者』が殺されなければ、全員死ぬ羽目になる。
 ピースはぽつりと呟いた。



「私……片翼の鳩に、なるんだ」



 ピース・ピジョンという平和の鳩は、一人きりでは完全にはなり得なかった。ソーマと組んだその時から、彼女は己の片方の翼を彼に任せるようになっていた。
 その片方の翼たる彼が、ソーマが、死ぬ。殺される。断罪され、処刑される。
 それは彼女が片方の翼を失うも同じこと。
 鳩は片翼だけでは飛べない。両の翼が揃ってこそ、はじめて空を飛翔できるのに。
 ソーマは死ぬ。だから。

 ——ピースはもう二度と、飛べなくなる——。

「第二ラウンドが始まった日、ソーマくん挙動不審だったよね?」

 ピースはもはや遥か彼方となった、遠い日を思い出した。

「あの日ソーマくんが挙動不審だったのは、自分が『裏切り者』だってこと、わかっていたからなんだ……」

 もう、何を思っても遅いけれど。
 その言葉に、ソーマは無言でうなずいた。
 そっか、とピースは呟く。

「でもソーマくんは本当は、人を殺したいなんて少しも思っていなかったんだよね……」

 誰も望んでいなかった結末。どうしてだろう、運命はどこまでも残酷で。
 急かすような目で皆が睨んだ。皆、断罪を望んでいる。
 終わりの時が来た。ピースが片翼になる時が、来た。
 この機会を逃したら、もう何を伝えようにも手遅れになるから。
 彼の真実を聞き、別離を悟ってようやく気付いた想いを、彼に向ける 最後の言葉を。
 淡い淡い、薄桃色した恋心を。
 伝えるために、その口を開いた。

「ソーマくん」

 一瞬振り向いた彼の顔は、この世のどんな宝石よりも、ずっとずっと綺麗だった。
 ピースはその顔を忘れない。
 この一瞬を忘れない。


「私……あなたのことが、好きでした」


 あまりにもベタな言葉だけれど、それ以外に言うべき言葉が彼女には見当たらなかった。
 ソーマはその言葉に、何よりも綺麗な澄みわたった顔で、返す。

「守りきれなくて、ごめんな」

 言って、彼は前へと歩き出す。
 死刑執行人たちの居並ぶ、処刑台へ。
 生徒たちは互いにアイコンタクトしあって、ハーフがそっと進み出た。

「私はこんな役なんてやりたくなかったよ。でも、私ならばいちばん綺麗にあなたを殺せるの」

 彼女の能力は『折る』能力。それを使えば首だって。
 彼女はそっと彼に近づいて、言った。

「さようなら」

 ポキリ。あまりにも呆気ない音が一つ。
 騎士の瞳から光が消えた。
 あの美しい顔はそのままで。
 こうして『裏切り者』は死に、第二ラウンドは終了する。
 翼を失った片翼の鳩の、静かな嗚咽の声が延々と響いた。


〈ウィルド・ソーマ、脱落〉

◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆  †

Re: 【2/25更新】Destiny Game 運命遊戯 ( No.23 )
日時: 2018/02/25 11:03
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

 長らく留守にしておりましたが、書くのをやめたわけではございません。
 一か月以上ぶりにお久しぶりです、流沢藍蓮でございます。
 今回は6300文字という大ボリュームなのでお許しを……。


◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ † ◆ †


 6 鳴らすはラウンド終了の鐘


「規定人数に達したので、これで第二ラウンドを終了します」

 学園長リェイルの無機質な言葉が、校内放送に乗って流れた。

「これより一日限定の小休止を与えます。この間、殺しをしてはいけません。この期間中に殺しを行った者は私が責任を持って処分しますのでそのつもりで。それ以外ならば何をやっても構いません。第三ラウンドは明日から開始します。詳細はその際に伝えますので、今の時点では明かしません。それでは、良い休日を」
「……何が『良い休日を』だ、ふざけんじゃねぇ」

 その放送を聞いて、ジェルダは毒づいた。
 守ってやると誓ったのに、彼は一人の仲間を完全に殺された。完膚なきまでに殺された。
 それ以外にも、人が死んだ。

「良い休日? ハッ、地獄に落とされたのは誰のせいだと思ってやがるんだよ、あァン?」

 そもそも「ゲーム」さえなければ、こんなことにはならなかったのに。
 刺激を愛するジェルダ・ウォン、雷門寺秋羅。しかしそんな彼にさえ、今回の件は少し堪えた。
 生徒たちはこうやって、心をすり減らしていくのだろうか。

「会議だ、会議をするぞ」

 ジェルダは黙りこくった仲間たちにそう呼びかけた。

「もうこれ以上、誰も殺させねぇ。だから考えよう、どうやったらオレたち全員が確実に生き残れるか。そして他の生徒たちをどうやって倒すか、あるいは他の生徒たちの能力からどうやって我が身を守るか、考えようぜ? ……次こそは、守り切ってやるんだからなァ!」

 振り返れば、ぎこちない笑顔で笑ったハーフ、もちろんですにゃー、と元気いっぱいに答えたシロ、善は急げですわ、と微笑んだアキュアリア。ジェルダの、頼もしく愛おしい仲間たち。
——大丈夫、やれる。
 彼ら彼女らを見て、ジェルダはそう確信した。

「ならば全員部屋に来い! そうだ、善は急げだ!」

 この先に逆境があっても、前向きに進むしかないのだ。


  ◆


 大切なものを失って、片翼となった平和の鳩。
 部屋に戻ればまだそこには、誇り高き騎士の残り香がした。
 ピースの両の瞳から、透明な雫が溢れ出る。

「ソーマ、くん……」

 一人きりの部屋。空いた空間。それはもう、ソーマがどこにもいないのだということを示すかの様で。
 つい昨日まで、そこにいたのに。つい昨日まで、そこで笑っていたのに。
 今や彼はもういない。喪失感がピースを押し包んだ。

「どうして……どうして、ソーマくん、だったの……?」

 『裏切り者』が単独行動をしている誰かだったら、周囲は傷つかずに済んだのになと彼女は思った。
 だが思い出してみろ、学園長リェイルはそんな女じゃない。そんなに優しい女じゃない。誰かが傷付くのを見て喜びを、愉悦を感じる人間だ。そんなに優しい人選など、するわけがないのだと。
 ようやく伝えられた気持ち、自分でも知らなかった本当の気持ち。
 ソーマのことが「好きだ」という、ピースの素直で純粋な気持ち。
 伝えたのに、全ては今や手遅れで。

「……何もしたくない」

 つぶやいた彼女の瞳は、虚ろだった。そこには果てなき虚無が広がっていた。
 ピースは、平和の鳩は、臆病な白い少女は。
 ソーマという相棒を失って、信互という恋人を失って、
 その喪失感と心に広がった虚無に、気付いて。
 壊れた。

「あアあああアアアああぁァぁぁァァァぁぁぁァァぁぁァぁあああ————ッ!!」

 言葉にならぬ悲鳴が、慟哭が。
 彼女の部屋の中、悲痛に響き渡った。


  ◆


「…………っ」
「ヴィシブル!? おい大丈夫か、しっかりしろ!」

 一方、策略家たちの別室では。
 これまでのことを普通に歓談していたら、何の前触れも無く、ヴィシブルがドウと倒れた。カーシスの顔が青ざめる。

「どうしたんだ、一体? 立てるか、動けるか?」
「……どうやら無理が祟ったみたいだねぇ……」

 苦しそうな顔でヴィシブルは笑う。彼は何度も何度も咳き込み、息をしようと必死でもがいていた。
 これまでも何度かヴィシブルは倒れたが、今回のそれは尋常ではなかった。今にも死にそうな、と形容するのが相応しいほど、ヴィシブルの容態は悪いように見えた。
 しかしカーシスはナイフの扱いこそ知っていても、病人の世話の仕方など知らない。彼が知っているのはあくまでも自分のこと。自分に対する応急処置と、自分なりに覚えた護身術。彼の育った環境では、他者に気を遣う余裕なんてなかったから。
 隣で聞こえる荒い呼吸。ヴィシブルは偽りの微笑みを浮かべるのさえできなくなって、その目は固く閉じられ、苦しそうな顔をしていた。

「どうすりゃいいんだ……」

 途方に暮れたカーシス。とりあえずヴィシブルを抱きかかえてベッドに運ぶと、その手を握ってやった。

「死ぬなよ、ヴィシブル。僕たちは『ゲーム』のプレイヤーだ。『ゲーム』の枠の外で死ぬなんてことになったらお笑い草だ。『資格』が欲しいのだろう? ならば、生きろよ。僕がいる、僕が傍にいて守ってやるから、生きろよ。僕は君の病気に対して何も打つ手を持たないけれど、君が死んだら困るんだから。……それと、無理するな。君のそういった態度が、君を思う人間を傷つけることになるんだぞ?」

 どこまでも真摯に、真面目に、カーシスはそう言った。
 『策略家』が本音を話すのはヴィシブルの前でだけ。彼はヴィシブル以外を信用しないが、ヴィシブルもそれは同じだろう。
 ヴィシブルはカーシスの言葉に、無理して笑って答えた。

「死なないよ、カーシス。僕は、こんなところで……」

 生きたいと、強く願った。ヴィシブルは「あの家族」の唯一の生き残りだ。だからヴィシブルは誓った。自分が、途中で死んでしまった家族の分を生きると。双子の兄の見られなかった「その先」を、代わりに見ると。病魔に冒されながらも、人一倍、強く強く。願い、願って、誓った。
 白く儚く弱々しい姿。されどその瞳に輝くのは、どんな風にも吹き消されることのない紛れも無い炎。
 時に冷たく、時に限りなく残酷に、白く燃える命の炎。

「僕は、死なない。絶対に」

 宣言するようにつぶやけば、少し身体が楽になったのを彼は感じた。
 病は気から、とはよく言うものだ。ラウンド終了の知らせを聞いて、気が抜けてしまったのだろうとヴィシブルは思った。
 ためしに彼がその身を透明にしてみれば、カーシスがおふざけはやめろと憤慨する。
 透明化を解いた彼。カーシスの青の瞳と目が合った。

(生きて、いけるよ)

 その瞬間、生まれた根拠なき確信。それでも。
 この相棒がいる限り、この絆が在る限り。
 生きていけると、二人は互いに確信したのだった。
 ヴィシブルの身体から力が抜けた。

「ヴィシブル……?」
「僕、疲れたから……少し、休むよ」

 病と闘いながらも、少年はそっと目を閉じた。
 カーシスがその額に手をやってみれば、高い熱が感じられた。


  ◆


 エーテナが死んで、二人きり。
 ウェインとトーン。内気すぎる二人だけが残った。
 先ほどから二人の間に会話はない。当然だ、エーテナがいてこそ成り立ったチームだ。
 ウェインは狂ったように何かをつぶやき続け、トーンは終始無言のまま。
 チームの崩壊も、目の前に迫っていた。

「エーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナエーテナ……」

 同じ名前を何度も、何度もつぶやいているウェイン。
 と、突如その言葉が止まった。狂った瞳がトーンをぎょろりと見た。

「……何」

 警戒心を込めて、そうトーンは問うた。念のため、と彼は大きく距離を取る。
 ウェインはその様を、悲しげに見つめていた。

「ボク、知ってる」

 明かされたのは。

「エーテナを殺したのは、ソーマじゃないの」

 衝撃的な、

「ソーマは冤罪を掛けられたの。こと、エーテナの死に関しては」

 あまりにも衝撃的な、

「エーテナを殺したのはね、トーン」

 全てを覆すような、


「——ボクなんだ」


 ——事実。

「…………え?」

 固まった空気。
 驚愕に動けなくなったトーンを尻目に、ウェインは叫ぶようにして語りだす。それは、懺悔。それは、後悔。しかしどうしようもない人間不信に塗りつぶされた、臆病な少女の臆病すぎる告白。彼女には、弱い彼女には。そんなに大きな秘密、抱えて生きるなんてできなかった。
 語られた、真実。溢れ出る言葉はさながら、大地を掛け下る土石流の如く。

「エーテナはボクに言ったんだ人を簡単に信じちゃいけないってあの状況の中でボクはエーテナさえも信じられなくなったんだだってその言葉は裏を返せばエーテナ自身も信じるなってことになるなのにエーテナは言うあたしを信じなさいと矛盾しているおかしいよだからボクはエーテナを信じられなくなって彼女が裏切り者だと判じたんだそしてボクは彼女を深夜の校庭に呼び出して殺したボクは重力を使うその力で重力で押し潰してぺしゃんこにしてそしてボクの犯行とは悟られないようにあらかじめ木工室から取ってきたカッターをばら撒いてカモフラージュにして現場を逃走しただからソーマはエーテナを殺していないエーテナを殺したのはボクなんだボクがエーテナを殺したんだエーテナは裏切り者じゃなかったのにボクが人間不信によって殺したんだエーテナは仲間に殺されたんだエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナはボクが殺したエーテナは……」
「もういいっ!」

 飛んできた闇、質量を持った闇。
 ウェインはトーンの能力に大きく弾き飛ばされた。
 全てを知ったトーンは今、彼女に対して恐怖を感じていた。
 人間不信。このゲームの中にあってならば、その気持ちはトーンにだってわからないことも無いけれど。
 それでも、だからといって。ウェインのしたことは異常過ぎた。
 自分が絶対に信用できると思った人を、そこを疑ってかかって殺した。そしてその罪を何の関係も無い第三者にかぶせた。確かにソーマが裏切り者だったが、それはおそらくまぐれであろう。それで違った人間が疑われて『裏切り者』として処分されても、ウェインは何も思わないのだろう。恐るべき自己保身。恐るべき自己中心。彼女は自分が生き残るためならば、『人間不信』でいとも容易く他者を裏切るタイプの人間だ。それにエーテナは気付けず、ただ臆病で利用しやすい少女だと思い、そして彼女に殺された。彼女の人間不信に殺された。
 そんな人間とこれまで行動を共にしていたなんて——。
 だからトーンは、宣言する。

「ごめん、ウェイン。自分はもう、あなたと一緒のチームにはいられない」

 生き残るために。この悪夢をクリアするために。

「あなたは自分が何をしたのか、わかっているよね?」

 一歩一歩、遠ざかりながら。ただしウェインを警戒し、後ずさるようにしながら。

「さようなら。あなたの傍にはもう、誰も来ない。誰もあなたによりつかない。それがあなたの選んだ道なんだ、それが『人間不信』の選んだ道なんだ、違う?」

 そうやって誰もを遠ざけて、ウェインは一人きりになる。

「さようなら」

 最後通牒のように、トーンは言った。
 そして彼は駆けだした。仲間殺しの化け物から、『人間不信』のウェインから、ひたすらに逃げるように。
 ウェインは追ってこなかった。
 残されたのは、狂った少女、独りきり。


  ◆

 事の真実は、こうして明かされた。
 巻き戻って見てみようか?



 真夜中の校庭で、エーテナは首をかしげていた。
 その前に立つのは一つの人影。
 エーテナは問いかける。

「何? 急に呼び出して」

 その人影は、彼女とそれなりに親しい間柄のようだった。エーテナは純粋にその人影に呼び出されたことを疑問に思っていた。
 その人影は、口を開く。

「*************。************」
(「人を簡単に信じちゃいけない。エーテナがそう教えたんだ」)

 その人影が握りしめていたのはカッター。人影は小さく震えながらも、狂ったような瞳でエーテナを見た。その目に宿るは恐怖と狂気。ないまぜになった暗い感情がエーテナを射抜く。
 その返答とその人物を見て、エーテナは嘆息した。

「ああ、『裏切り者』はあんただったの」
「違う」

 人影は否定して言葉をつなげる。

「**、『****』***************。*********、************。***」
(「でも、『裏切り者』はエーテナかもしれないじゃない。誰が敵で誰が味方か、ボクにはまるでわからない。だから」)

 狂った瞳が、誤った決断を下させる。

「***、******。**************。**************。**?」
(「怖いよ、みんなみんな。だからボクはあなたを殺すんだ。疑うべきは一番身近な人からだ。違う?」)
「……違わないわね。確かにあたしはそう言ったわ。でもね、それは真実でもないのよ」

 あたしは言ったでしょ? と悲しげに揺れた、紫の瞳。

「******(信じなさい)、って。確かにあたしの言葉は相反していたのかもしれないけれど、あたしは*****(味方を疑え)とまでは言っていないのに。何を曲解したんだか。
 ……それでもあんたはあたしを殺すのよね? 一度こうなってしまった以上、次に告発されるのはあんただもの。あたしはあんたの言葉を信じないわ。この状況で、あんたが『裏切り者』でない証拠なんてどこにもないんだから」
「***********。****、****」
(「殺したくはなかったんだ。分かって、エーテナ」)

 消え入るようなその言葉に、エーテナは聖母のように微笑んだ。

「ええ、わかるわ。そしてあんたはあたしを殺す。あたしはあんたの能力に対抗するすべを持たないから、あんたはいとも容易くあたしを殺すことが出来る」

 人影が一歩、近づいた。あと一歩でその能力の間合いに入る。
 人影は最後に、小さく別れの言葉を告げた。

「****、****。***********、*******……」
(「さよなら、エーテナ。ボクの道を示してくれた、ボクだけの師匠……」)

 その言葉に、エーテナは悲しく笑って答えた。

「****、****。***************……」
(「さよなら、ウェイン。あたしの可愛い可愛い小さな弟子……」)

 誰も望んでいなかった結末。どうしてだろう、運命はどこまでも残酷で。
 人影が最後の一歩を歩んだ。

 ——そして。

 そしてエーテナの命は、そこで絶たれた。


  ◆


《第二ラウンド、終了》


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