複雑・ファジー小説
- DG 運命遊戯 3-1-1 現実が怖くて ( No.24 )
- 日時: 2018/02/28 17:28
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
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《第三ラウンド Destiny Game 運命遊戯》
〈一章 姿の無い策略〉
1 現実が怖くて
「これから第三ラウンドを始めます」
翌日。校内放送で響き渡った無機質な声。学園長は皆を体育館に集めるのをやめたらしい。
その声とともに、新しい殺し合いの日々は始まった。
「第三ラウンドのルール説明をします。とはいえ、第三ラウンドは第一ラウンドとほとんど変わりません。なので変わった点のみを説明いたします」
新しいラウンド開始の声を、ピースは虚ろな心でぼんやりとしながら聞いていた。
「昨日のうちに、私はこっそりこの学園の中に幾つかの『アイテム』を配置しました。『アイテム』は一つ一つ違い、それは見つけるまでのお楽しみです。
ルールは簡単。今から一週間以内に、残り人数が四人になるまで殺し合いをしてもらいます。その際に『アイテム』を活用するもよし、しないもよし……。好きに殺し合いをしていただくのです。『アイテム』が使えないなと思った場合はそれを使わないという手もありますし、使いたいならばどうぞご自由に使ってくれても構いません。その『アイテム』をめぐって争いが起きても私は関知いたしません。『アイテム』の存在によって、少しルールが複雑化しただけ。簡単でしょう?」
『アイテム』を使ったからって勝てるとは限りませんから過信はせずに、と校内放送は告げる。
「以上が、今回の変更点となります。後は第一ラウンドと変わりません。それでは皆さん
——楽しい殺し合いをッ!」
こうして悪夢はまだ続く。
◆
エーテナの仲間はウェインとトーンだけではない。忘れてはならない少女がいる。
そう、いただろう? ソーマの命を最終的に奪った、気弱な少女が。
——ハーフが。
彼女は怯えていた。彼女は陰でウェインの話を聞いていた。
そして彼女は知ったのだ。ウェインの犯した、究極の裏切りを。
それを知って彼女は怖くなった。恐ろしくなった。
だから、逃げだした。
どこへ? それはわからないが、ずっと遠くへ。
この学校の敷地の奥へと、彼女は逃げて逃げて逃げだした。
彼女は生きていたかったから。少しでも自分の生存率を上げるためには誰にも会わない方が良いと彼女は考え、それを実行した。
——逃げるという形で。
人はそれを臆病と言うだろう、弱虫と嘲笑うだろうが果たして、それは本当に賢明な行動ではなかったのだろうか? この、誰が敵か味方すらもわからない環境では、それは一種の解決策であるとも言えるだろう。そのまま誰にも会わずに期間を凌げれば、彼女は絶対に生き残ることができる。衣食住の問題はあるかもしれないが、それさえ置いておけば理屈は合う。
この悪夢のゲームにおいて、真っ先に警戒すべきは同じ生徒なのだから。
その行動が裏目に出るか否かは、神のみぞ知る。
◆
「はあっ、はあっ、はあっ……」
どこを目指すとも知れず、ハーフは走る。気持ちを折る、心を折る。怠惰な気持ちを、諦めたいという後ろ向きな思いを、折る。彼女の力は『折る』力だ。応用すれば、それは精神面にだって作用する。
最初は自信のなかったハーフだけれど、今は亡きエーテナが教えてくれたから。
「あんたはもっとできる」と。ハーフの力はこんなものではないと。
彼女はその言葉に励まされて、自信を持った。しかしそれでも、狂ったウェインに対する恐怖の前ではせっかくの自信も形なし、砂の塔の如く崩れ落ちていった。
それだけウェインは異常だった。そんな恐ろしい雰囲気を身にまとっていたのだった。
しかしそんな彼女でも体力は無尽蔵ではない。やがて彼女は疲れ切って、校舎の外にある小さな林の中に倒れ込んだ。
荒い息をしながらも彼女はつぶやく。
「ここ、なら……誰も、追ってこないよ、ね……?」
その林は、学校全体から見たらかなり端の方にあった。普通ならば、そんな所に人はこない。
だからハーフは安心して緊張を解き、一気に体の力を抜いた。
時。
「……何でこんなところに人が居るんだよ?」
声。それは、非常に聞き覚えのある、声。
じゃらん、音をたてた鎖。林の陰から覗いたきんきらきんの頭。
ビリビリバチバチと、音を立てて爆ぜる紫電。
——ジェルダ・ウォン!
ハーフは戦慄し、固まった。
なぜ、なぜ、あの彼がこんなところに。ハーフの思考はひたすらに空回りしていく。パニックになって頭が真っ白になっていく。
誰にも殺されないように、生き残れるように、生き続けられるように、それだけを思って逃げ出してきたのに。
よりにもよって、出会ったのはジェルダ・ウォン。既に殺人経験を持つ、学園の問題児。否、ハーフも殺人経験を持つがそれは不可抗力であってジェルダは違う。確かに売られた喧嘩ではあったけれど、彼は明確な殺意でもって人を殺したのだから。
彼はハーフを見て、不思議そうにつぶやいた。
「ま、見回りついでに得したってことでいいか。コイツを殺せばオレたちがさらに一人分、生き残れることになる。幸いコイツ弱そうだし、わざわざ遠出した甲斐があったなァ?」
その言葉は、ハーフを殺すという計画。
彼は実にあっさりと、まるで世間話でもするかの様に彼女の前で、彼女を殺す話をした。
ジェルダの実力は彼女も知っている。だから彼女は思った。
終わったな、と。
いや、実際ハーフがここまで疲れていなければまだ、反撃のしようはあったのだ。
ソーマの時と同じだ、首を折ればそれで一発即殺だ。能力を使う際のタイムラグも無いし、実に綺麗に人を殺せる。不意打ちだってできるだろう。それはエーテナが生前、彼女に気づかせてくれた彼女の本当の力。
しかし疲労していては能力を使えない。彼女は逃げれば勝てると考えてそれに賭けた。だが現実問題、彼女の目の前には彼女を殺す人物がいる。つまり。
ハーフは。ハーフ・アンド・セカンドは。
自分の命を賭けた賭けに、負けたのだ——。
「どうせ無理だと思うけれど」
半ば諦めた口調でハーフはジェルダに言う。
「見逃して欲しいな……」
「無理な相談だって、わかっているだろう?」
ジェルダの返答はにべも無い。
「まぁ確かに、その選択も間違っちゃあいなかったがな? このオレと出会ったのが運のツキだ。諦めて大人しく死んでくれ」
その言葉を聞いて。
どうせそうだとわかりきっている言葉を聞いて。
なのに割り切ることのできない自分を、ハーフは感じた。
死を前にして。絶望の中、彼女はぽつりと言葉を漏らした。
「そんな……私だって、老衰で死にたいよ……家族を作って、息子娘を作って、優しい夫と毎日を過ごしてマイホームに暮らして、息子娘から息子娘が生まれて、孫になって、御婆ちゃんとか言われたかったよ……なのに……何で……私はこんなに不運なんだろう……?」
「神様を恨めよ。最後、名前だけ聞いてやる。あんたの本名は?」
ジェルダは彼女の悲しみさえも無視する。
しかし名を聞いたのは彼なりの優しさだ。彼女が死んでも、彼女のことを覚えてやれるように。彼女の本名を知って、彼女の家族に彼女の訃報を伝えられるように。それは確かにささやかだけれど、それは確かな気遣いだった。
その言葉に隠された意図を知ったから。
ハーフは、名乗った。
「私は……衣更着 卯月。きさらぎ、うづき。それが、私の名前だよ、ジェルダ……」
「衣更着卯月、オレは雷門寺秋羅だ」
名前を明かしてくれた礼として、自分も名前を明かしながらも。
ジェルダは手を掲げた。掲げた手に、稲妻が集まる。
「痛くないぜ? 一瞬だ。一瞬で心臓を止めてやる。だから恐れるな、怖がるなよ?」
手がゆっくりと下ろされていき、やがて——。
「さよならだ、卯月。安らかに——眠れ」
その手が完全に下ろされた時、的確に心臓を狙って飛んできた稲妻が。
ハーフの、衣更着卯月の、命を一瞬にして奪った。
〈ハーフ・アンド・セカンド、脱落〉
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- DG 運命遊戯 3-1-2 錯綜する真偽 ( No.25 )
- 日時: 2018/03/01 15:25
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
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2 錯綜する真偽
「ヴィシブル、やれるぜ? 僕ならば絶対にやれる」
ヴィシブルの額に乗った冷たいタオルを取り換えながらも、カーシスはそんなことを言った。
ヴィシブルはあれから高い熱を出していた。小休止一日程度で治るようなものでもない。
「厄介な奴、いただろう。青薔薇だ、不可能の青薔薇だ。僕はそいつを潰しにいこうと思う。まぁ無論、正攻法なんか使わない。僕が使うのは搦め手だ」
その人物は不意打ちすればカーシスでも殺せるかもしれない。しかしそれではつまらないのだ、それではカーシスは満たされないのだ。
さしあたっては。
「悪い、ヴィシブル。君の体調については良くわかっているつもりだ。だが、最初は僕が担当するが、君にもそれを見届けてほしいんだ。僕は自分の計画に自信があるが、万が一ということもあるだろう。それにあまり君を一人にしたくないものでね」
カーシスの言葉に、ヴィシブルは頷いた。
「わかった。僕、何とかして治すから……」
熱に潤んだ瞳が、カーシスを見上げた。
カーシスは相棒に優しく笑いかける。
「大丈夫だ、計画はほとんど僕が担当するから、お前は無理するなよ。で、計画についてだが……」
——第三ラウンド開始直後。
早くも彼らは動きだす。
◆
アーリンを失って、リィアナは虚ろになっていた。
目を閉じれば浮かんでくるのは、いつも明るく笑っていた道化。反射能力者アーリン・フィディオライト、本名、山中智也。リィアナこと古門院幽奈の幼馴染。
あの日、ソーマに殺されたのだと彼女は信じていたけれど。
ソーマの最期の言葉がひどく、気にかかる。
『オレが犯したのは最初の殺人だけだ。後の二回はオレじゃない』
見苦しいぜとジェルダにけなされた、言葉。
だが、もしもそれが真実だとするならば。
アーリンを殺したのは一体誰だろう?
リィアナは復讐したかったのに、ソーマはもうこの世にいないから。
だから、彼女は求めた。自分の復讐心を満足させる相手を。
そう考えたら、ソーマの最期の言葉は彼女に、まだ復讐が可能だとささやきかけているようにも思えるのだ。
無論、単なる無効能力者たるリィアナが誰かを殺せるはずも無い。反射ならばまだ可能だが、無効は防御特化の能力だ。
——しかし、彼女は今なら誰かを殺せる。
リィアナは手にした物体の重さを確かめるように、「それ」を軽くゆすり上げた。
それは、小型の機関銃だった。何故そんなものを彼女が持っているのか? それはその機関銃が各地に散らばった『アイテム』の一つだからだ。
虚ろな彷徨の末、彼女は偶然それを手にした。
そして彼女は思ったのだった。
——今なら、やれる。
今なら、銃を手にした今なら、自分はきっと復讐できる、と。
そんなことを確信した彼女の前、声をかける者があった。
「リィアナ・ファーンディスペリか? 丁度いい。ある情報を手にしたのだが、君にその情報をあげよう」
小柄な体躯に銀髪、緑の瞳に黒のタキシード。
最近は目立ってはいなかったが、彼は皆の前で堂々と一人の人間を殺している。
破壊者、イグニス・シュヴァルツを殺した張本人。
リィアナは彼の名を呟いた。
「バロン……」
「そう、それが私の名前だ」
バロンはそう言って頷いた。
リィアナは首をかしげる。
「ある情報って何? あなたは私に何をくれようというの?」
「簡単な話だ。君は復讐したいのだろう? その相手についての情報だ」
「アーリンを殺した人……?」
目を見開いた彼女に、バロンは続ける。
「単刀直入に言おう。アーリンを殺した人物はゼロだ」
ゼロ。爆破能力者。しかしリィアナは思い出す。アーリンの死に様は首にナイフをひと刺しだった。爆破されたのならば一目でわかるだろう。
彼女の疑問を先取りするように、バロンは語りだす。
「単純に爆破してしまったら誰が彼を殺したのか一目でわかる。だからゼロは不意打ちを使った。不意打ちで、後ろから襲いかかって彼を殺した。私は偶然その様を目撃したが、大して重要なことだとは思えなかった。だからこれまでずっと黙っていたのだが……君にここで出逢ったのも縁だと思ってね、話すことにしたのだよ」
——不意打ち。アーリンは不意を打たれて殺された。
それには彼の『反射』なんて無意味だ。極論言えば、不意打ちにはどんな能力だって無意味だ。
ゼロが、アーリンを殺した。リィアナにとって重要なのはその情報だけだ。
テンプレイアが殺されたときにゼロは『俺はやっていない』なんて言っていたが、結局彼は人殺しになったのだ。
——人殺しには、復讐を。
リィアナは凄絶な笑みを浮かべて、バロンに言った。
「ありがとう、銀色の男爵さま」
手にした機関銃を、揺らしながら。
「これでアーリンも、報われるわ」
「……それは良かった」
ありがとう、ありがとう。そう何度もリィアナは繰り返して。
そしてバロンに背を向けて、いなくなった。
復讐に飢えた狂気の彼女は今、己の牙にかける者を探し求め始めた。
何の疑いも無く彼女はバロンの言葉を信じたが、果たしてそれは真実だったのだろうか?
とはいえ、物語は再び動き始める。それがどんな方向に向かっていくのか、わかる者は誰もいない。
『策略家』ならば、もしかして何かを知っているのかもしれないけれど、ね。
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- DG 運命遊戯 3-1-3 青薔薇には青薔薇を ( No.26 )
- 日時: 2018/03/03 09:03
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
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3 青薔薇には青薔薇を
ゼロがアーリンを殺した。ゼロがアーリンを殺した。ゼロがアーリンを殺した。
——ゼロがアーリンを殺した。
知った事実が彼女を狂わせ、復讐という道に走らせる。
手にした小機関銃。初心者でも扱えるような作りになっているらしく、ご丁寧に操作マニュアルまでついていた。
リィアナは狂った瞳で笑う。
(アーリン、待っていて。私があなたの仇を取るから……)
けれども、死んだ彼は果たしてそんなこと、望んでいるのだろうか?
彼女に対して、復讐なんてどうでもいいから生き延びてほしいと願うのではないのか?
とはいえ死人に口なしだ。今更アーリンがどうこう言えるわけも無い。
だって彼は、脱落したのだから——。
「アーリン、アーリン、アーリン……」
人間は、脆い。
極限状態で相棒を失う、それだけでこうも壊れ得るのだ。
狂った青薔薇は壊れた人形のように、ただただ得物を探し求める——。
◆
「貴方がアーリンを殺したから、私は貴方を殺すわ」
いきなり現れた黒と青の少女に、ゼロは何事かと問いかけるような眼を向けた。
場所は、中庭。
戸惑う彼にも構わずに、リィアナは彼に手にした小機関銃の銃口を向ける。
ゼロは誤解を解こうと必死になった。
「いや待て、落ち着け。俺じゃない。俺はアーリンを殺してなどいない。……誰がそんなことを?」
リィアナはその答えに眉をひそめた。
「この期に及んでまだ言うの? いいわ、教えてあげる。
私にその情報をくれたのはバロンよ。しっかり目撃したんですって。貴方は自分が殺したとばれないように、あえて力を使わないで不意打ちで綺麗に殺したって、ね」
違う、とゼロは反射的に呟いた。彼はその日の夜、自分の部屋にいたのだ。……一人行動の彼だ、誰もそのアリバイを証明できる人間なんていないけれど。
ゼロは冷静に彼女に返した。
「冤罪だ、俺はやっていない」
「往生際が悪いのね?」
リィアナは銃の引き金に指を掛けた。
「せっかく犯行動機なんかを聞こうと思っていたのに、気が変わったわ。貴方があくまでも犯行を認めないのならばそれはそれで構わない。だって未来は変わらないわ。貴方は私に殺される、それだけよ」
一見冷静に見えるリィアナ。しかし彼女に話は通じない。
会話の中からそれを知ったゼロは、諦めたように呟いた。
「……わかったよ、ああ」
そのバロンという男が、同士討ちを狙ってガセ情報を流したのだと、ゼロは心の底で確信した。
——バロン。
その名前、覚えておこう。
彼は無造作に手袋を外してポケットに仕舞うと、足元から手頃な石を一つ拾った。その動作に警戒したリィアナが、引き金にかけた指を引いた。
それと同時に、指から弾かれる石。
しかし石は外見こそ石であっても、中身は石でなくなっていた。
ビュンと音を立ててゼロの頭上を通り過ぎた弾丸の嵐。辛うじてゼロはそれを避けた。
同時に。
閃光。
あまりにも眩しく、辺り一帯を照らして。
偶然それを見た他の生徒の目を焼いて。
たまらずリィアナの手から放り出された機関銃が辺りに弾丸を雨と降らし、やがて弾切れになって止まった。
ゼロは咄嗟に木の陰に隠れたから、その身体に傷はない。
彼はそうなることを予期していたから、そもそもその方を見てさえいない。
弾丸と、閃光。一瞬の交錯の終わった後には。
目を押さえてうずくまるリィアナと。
木の陰に退避し、悠々と立っているゼロ。
その二人だけが残された。
——勝敗は、決した。
それがゼロの能力である。触れた無機物を指で弾いて爆弾に変える能力。威力も調節することができるし、先程の閃光弾はもちろん、音響弾、時限爆弾、空気爆破などたくさんの応用ができる優れもの。
そしてそれは物理的な暴力であるがために、能力無効化のリィアナ、『不可能』の青薔薇にも防げない。リィアナならば、彼が『爆弾』にした直後の物質に触れればもしかしたらそれをただの無機物にしてしまうこともできるのかもしれない。しかし『爆弾』から『爆破』までのタイムラグはゼロに等しい。運動音痴のリィアナにそんな真似が出来るはずがないし、そもそもそこまで近づくような大胆さも彼女にはない。
大胆なのは、彼女の相棒だったアーリンであった。リィアナでは、ないのだ。
何はともあれ。
目を押さえてうずくまり、何もできなくなったリィアナの隣、ザッと靴音を立ててゼロが立つ。
彼は不思議そうに彼女に問うた。
「……どうして、俺に挑んだ。相性の悪さはわかっていただろうに」
問いかけるゼロに。
リィアナはただ呻くことしかできなかった。
惨めで哀れな復讐鬼の姿を見下ろして、ゼロは悲しげに笑った。
そして彼は最後の準備をする。
この中庭にはたくさんの木がある。が、その足元はアスファルト。つまり——無機物。
ゼロはリィアナの足元のアスファルトを指で弾くと、その能力を封印するためにいつも身につけていた手袋をつけ直し、その場を立ち去った。
「あばよ、リィアナ、青薔薇。俺に挑んだことが間違いだったな」
彼がその場を去ってから数秒後、リィアナの足元のアスファルトが爆発した。
仕掛けられたのは時限爆弾。そうすればゼロまで巻き込まれないで済むから。
爆発した。爆風。その中央にいたリィアナに、それを無効化するすべはない。
彼女の細い手足がバラバラに吹き飛んだ。青薔薇の彼女に、紅い花が咲いた。
——青薔薇には青薔薇を。無効化には、無効化できぬ攻撃を。
無効能力者は一部の人間には脅威だが、それを破る手段はどこにでもある。
かくしてリィアナは命を落としたが、それが不運だったと一律に断じることはできまい。
——もしも天国なるものが実在するのならば、彼女は今頃、アーリンと再会できていることだろう。
◆
「見届けたよ、カーシス……」
苦しそうな呼吸音。
何も無いはずの空間で、そんな声がする。
誰もいなくなったのをその場で確認し、少年は透明化を解いた。
『不可視』のヴィシブル。身体弱き策略家。
カーシスは彼に「見届ける」という役割を課した。確かにそれ以外のことは皆、カーシスがやってくれたから。少しでも役に立ちたいとヴィシブルは思った。
見届けるのならば透明化できるヴィシブルが最適。だから彼はその役目を任された。
とりあえず、リィアナは死んだ。確実に、これ以上ないほど確実に、死んだ。カーシスの策にはまって殺された。
カーシスの計画はこうだ。
まずバロンにさりげなくガセの情報を流す。さりげなく、実にさりげなくだ。「風の噂で聞いたのだが」みたいな感じで、誰にすれ違っても同じように言うかのように。そして「ゼロがアーリンを殺した」というもっともらしき理由を適当にでっちあげる。
バロンは馬鹿ではないからその情報を鵜呑みにはしないだろう。しかし利用しようとはするはずだ。この「ゲーム」で生き残るには少しでも人数を減らす必要がある。そのためにはこのガセ情報は役に立つ。リィアナとゼロを同士討ちさせて人数を減らし、少しでも自分の生存確率を上げる。頭の回る人間ならばそうするだろう。事実、バロンはそうした。カーシスの考え通りに動いた。それもヴィシブルが見届けている。
そして「バロンの流した」ガセ情報に踊らされたリィアナはゼロに挑み、呆気なくその命を散らした。
——全て、カーシスの計算通り。
自らの手を汚さずして人を殺す。
それらを無事に見届けたヴィシブル。あとは帰るだけだ。
「流石、カーシス。大したお手並みだね……」
柔らかく微笑んで、ヴィシブルは帰るために歩きだした、
矢先。
「…………ッ!」
治りきらぬ体調不良がその小さな身体を襲った。たまらず彼は倒れ込む。
立ち上がることができなくなっていた。
「まずい……。こんなところで、倒れちゃ……!」
普段は冷静なのに、彼のことになると心配性になる相棒のことを思いながらも、ヴィシブルは必死で動こうともがく。
しかし力を失った身体は全然動かなくて、いたずらに手だけがアスファルトを引っ掻く。
帰らなくてはならないのに。
次第にブラックアウトしていく意識。力を使い過ぎたんだ、無理し過ぎたんだと彼は思った。
とはいえ、どうっしようもない。
(ごめんね、カーシス……)
白の少年は意識を失った。
◆
中庭の隅っこで、倒れている少年が一人。
意識はないようで、苦しそうな顔をしている。
それを見つけた白衣の少女は首をかしげた。
「病人ですにゃー?」
そのまま放っておくという手段もあっただろう。
現にこの「ゲーム」に則るならば、そうした方が良かった。
いっそのこと、無防備な彼を殺してしまっても、良かったのに。
「放っておくのもひどいですし、連れて帰るにゃー」
ちっぽけな正義感。心優しい彼女は、彼を放っておくことなどできなかった。
だからそっと彼を背負って、歩き出す。自分と仲間たちのいる場所へと。
「それにしても枯れ木のように軽いですにゃー。大丈夫かにゃー?」
暢気なことを言いながらも。
こうしてゲームはまだ続く。
〈リィアナ・ファーンディスペリ、脱落〉
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