複雑・ファジー小説
- 罪の花散る時 ( No.6 )
- 日時: 2017/11/28 08:13
- 名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: u3utN8CQ)
ミトラスフィリア南にある周りを海に囲まれた海の国大都市ゼルウィンズの街にある港に一隻の潜水艦が浮上した。
何事かと驚き、足を止め潜水艦を見つめる街の人々。
潜水艦の横には海の国の国鳥である不死鳥(フェニックス)の紋章が描かれていた。
おそらくこの潜水艦は海の国を護る壊楽族(カイラクゾク)たちで構成された騎士団、雪白の騎士の者達が深海から帰って来たところなのだろう。
何かを壊すことで喜びや快楽を得ると言われる壊楽族。
なのだが彼らの中にも何かを壊すのではなく、研究し探究することで喜びや快楽を得るという研究熱心な変わり者がいるそうだ。
きっと今日もその変わり者が深海に沈んだ過去の王国アトランティスに調査に出かけ、今帰って来たのだろうと、行き交う街の人々は自己完結し止めた足を動かし潜水艦の前を素通りしていると突然潜水艦唯一の出入り口が行き良いよく開かれ、
「んー、窮屈な潜水艦からやっと出れるー」
んーと言ったところで腕を大きく伸ばし背伸びをした白銀色の髪の少女が潜水艦から飛び出してきたのだ。
てっきり雪白の騎士の誰かまたは変わり者が降りて来ると思っていた街の人々は驚いた。
まさかゴツゴツとした親父ではなく色白で華奢な少女が降りて来るなんて想像もしていなかったからだ。
こちらの気を知ってか知らずか、降りて来た少女は柔軟体操を始めた。
オイッチニーと掛け声を言いながら。
動くたびに彼女が着ている踝(くるぶし)丈まである赤いポンチョが風になびく。ポンチョの隙間から肩に下げたショルダーバッグが見え隠れ。
「……ふぅ」
柔軟体操している少女の次に降りて来たのは金髪の伸ばした髪をポニーテールで結った白いワンピースを着た少女。
右が赤左が金の左右で違う瞳(オッドアイ)はこの世界でも稀で珍しい存在、いい見世物のご登場で人々は騒めきたつ。
「海の景色は綺麗だけどやっぱり、ずっと硬い椅子に座ってるのは無理!」
腰を労わりながら降りて来たのは前二人の中間くらいの背丈で折れそうなくらい細い身体つきをしている濃い紫色の髪の少女だ。
この少女を知っている。その場に居た街の人々は顔を見合わせ頷いた。
齢八ながらとある貴族様を殺したとしてそのか細い首にかけられた三億の雌豚だ。
「……………」
騒めく街の人々がさらに浮足立つ。
見世物、賞金首、その次は壊しても殺しても、煮ても焼いても食えない、憎き宿敵、ドラゴンネレイドが現れたのだから。
綺麗に伸ばした翡翠色の髪に白に若草色の蝶の模様が入った和服。
目が見えないのだろうか。閉じられた瞼に手に持った刀を杖代わりに使い、足元を確かめながら慎重に降りて来ている。
これは絶好のチャンスだ。
白銀色の髪をした娘は面白い曲芸師(ピエロ)として。
左右で色が違う瞳の娘はいい見世物として。
三億の雌豚はもしくはオークションの景品として。
ドラゴンネレイドの娘はどういたぶってやろうか?
一撃で殺すなんて勿体無い。死にたいと願ったって殺してやるもんか。
目の前に突如転がってきた大金と復讐のチャンスに一同が浮足立ったその時だった。
「やっと着いたか……あーしんど」
驚愕した。立ち止まって奇妙な少女を見ていた街の人々は響(どよ)めいた。
……まさかあの青年がこの街に帰って来ていただなんて。
シュッとした整った凛々しい顔立ちの赤い血の色のような瞳に短髪の星一つない薄暗い夜空のような髪をした脚の長い細身の青年。
国の権力者は国王、その次に王族、そして貴族と特別な使命を持った一族だ。
この青年は海の国で最も偉い、下手をすると王族と同等の権力を与えられた一族の末裔。
平民である街の人々は人して扱われる者たち——では平民以下だと。
蜘蛛の子を散らすように街の人々は何事もなかったようにその場を早歩きで去って行く。
彼に拘われば碌(ろく)な目にあわないからだ。下手を打てば王に叛逆の罪としてこの世界から消される虞(おそれ)があるからだ。
「…………」
貴族の青年とドラゴンネレイドの娘は逃げてゆく人々の背中を見つめる。何処か遠いものを見ているような、空虚なる瞳で見つめている。
「みんな早いね」
はぁはぁと少し息を荒げ最後に潜水艦から降りて来たのは、今作の主人公 白銀色の鶏のトサカのような前髪をした少年 ルシアだ。
背丈、能力共には一般男子の平均をやや下回る何処にでもいそうな、強いて言うなら猪狩りが得意なごく普通の村人だった少年。
今現在は色々訳ありな状態で仲間達と旅をしている。
——どんな訳があったのかはまた別のお話で語るとしようか。
「君が遅いだけだろ?」
先に降りていた青年がニヒッと意地悪に口角を上げた。
「そ、そんなことないですよ。だって潜水艦ってシートベルトをしないといけないから……あれ外すのが中々大変で……」
見振り手ふりで言い訳をするルシアの必死すぎる姿が面白おかし過ぎて
「あはははっ」
「わ、笑わないでっ」
笑い飛ばす仲間達。
ルシアは頬を紅潮させ頬を河豚のように膨らませるが、それはすぐに青年に潰され恥ずかしそうに顔を隠す。
「何を遊んでいる」
仲間達とじゃれていると突然かけられた怒号。
見ると雪のように白色に蒼い海のような縦縞(たてしま)、背中にあるマントには国鳥の不死鳥が描かれている鎧の男、見上げる程の屈強な雪白の騎士の男が握りしめている槍をカンカンッと石の地面に叩きつけ苛立ちを身体全体で表していた。
- 罪の花散る時 ( No.7 )
- 日時: 2017/11/25 18:43
- 名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: 6/JY12oM)
「え……えっと……」
振り返り騎士を見つめ恐る恐る訊ねてみる。なんの用ですか、と。
「我らが王、ブルースノウ様がお待ちだ」
キッとルシアを睨みつけ力強い口調で騎士は言った。
「別に待たせとけばいいじゃねぇーの? あんなオッサン」
ふぁあと大きな欠伸をし面倒臭そうに言う青年に騎士のこめかみにしわが寄る。
「……何か?」
が、王族と同等の権力を持つこの青年には一介の騎士では歯が立たない。悔しそうな顔で唇を噛みしめる。
「リアさんっ」
「あーはいはいっ」
リアと呼ばれた青年ははあと大きくため息をつき
「行きたくねーけど、ルシア君がうるさいから仕方なーく行ってあげますよー」
小石を蹴るような仕草をして面倒くさいアピールをしている。
(行きたくない理由を僕のせいにしないでくださいよ……)
遠い引いた目でリアを見つめるルシアと仲間達。
「……行きましょう」
「ヒスイ?」
目の見えない盲目の少女、ヒスイが手に持った刀の鞘を杖代わりに使い地面をコツコツと叩き足元に何もない事を確かめながら城に向かって先に歩き出した。
「ふんっ。あのドラゴンネレイドの娘の方がいくらかマシなようだな」
吐き捨てるようにそう言うと騎士はヒスイの後を追うようにして歩き出した。
(なんだかヒスイの様子が変な気がする)
ルシアに一抹の不安が過った。
元よりあまり自分の気持ちを言う方ではないヒスイ。悲しい事、辛い事、全てを自分一人で抱えため込み、一人で解決しようとする節がある。
心配だ。海の国に来てからヒスイはずっと蔑むような視線に晒されていた。いやそれはこの国に来る前からずっと——彼女の精神的ダメージが心配だ。
†
前を歩く騎士に従い城の中へと入り真っ直ぐに寄り道せずに進み階段を上がることを数分、大きな扉が現れ内側へ開けば王の謁見の間だ。
一直線に伸びたレッドカーペットの先にある藍色の玉座には黒い立派すぎる髭を生やし、頭にはサファイアなど青色の宝石が装飾された王冠をのせ、蒼い海を表している法衣を身に纏い
「なんだ。もう戻って気負ったか」
不貞腐れ、ふんぞり返っているのは現海の国、国王ブルースノウ王その人である。
周りには王を護るために集められた屈強な騎士たちが左右一列に並んで圧巻な光景だ。
「ええ、どうも生還して参りました」
「ふんっつまらん」
リアとヒスイを交互に見つめ
「貴様とドラゴンネレイドの娘が死体が浮かぶ光景を今か今かと楽しみにしておったのだがな」
自慢の黒い髭を撫でながらブルースノウ王は言う。
「本当に楽しみにしていたのだ」
顔を俯せ
「いつもは楽しい"食事"も貴様らの所為で味気ないものとなってしまったぞ」
何故だろうか。ブルースノウ王が発した食事という言葉に背筋がゾワリと凍るような嫌な感覚がしたのは。
「あの食事って」
「そうですか。ダイエットになって良かったんじゃないですか?」
その意味を聞こうとしたルシアの言葉を遮るようにリアが言った。
- 罪の花散る時 ( No.8 )
- 日時: 2017/11/26 08:20
- 名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: 6/JY12oM)
「王様太り気味ですもんね」
リアのその言葉に
「貴様王に向かってなんて口の利き方を!」
左右に陣取っている雪白の騎士たちが持っていた槍の切っ先をルシア達へ向ける。
鼻すれすれにまで槍に怖じ気づき動けない。いや動けば鋭い矛で貫かれてしまうだろう。
オロオロと何も出来ないでいると
「よいよい」
ブルースノウ王が雪白の騎士たちを止めた。
「しかしっ王!」
食い下がる側近の騎士にブルースノウ王は
「このような言葉遊び如きでいきり立つな」
そう言い聞かせ、リアを見る。
「フォッフォ……貴様だけだぞ、ワシにそのような口が利けるのは」
愉快そうな蔑んだ瞳で。
「……さいですか」
目を合わせないままぺこりと軽く頭を下げると
「さあ帰った、帰った!」
「王は貴様らとは違いお忙しいお方なのだぞ!」
リアの無礼に耐えられなくなったのか、雪白の騎士たちが声を荒げ槍の切っ先で突いてきたのだ。
早く帰れと。
言われなくてもそうする。此処にこれ以上いる理由などないのだから。
雪白の騎士たちに背中を突かれながらルシア達は王の謁見の間を後にしそのままの足取りで城も追い出された。
城の出入り口である巨大な門の前で
「あーーーームカつく!!」
地団駄を踏み全身全霊で怒りを表しているランファ。
「まあ気持ちは分かるけどね。あの王様すっごく嫌味な感じだったから」
「シルさんまでっ!?」
シルと呼ばれた賞金首の娘はランファと一緒になって
「ムカつくぞー! 王ー!!」
城の中に居て聞こえないはずのブルースノウ王に向かって文句を言っている。
(気持ちは分かるけどせめて城から離れた場所で言って!)
ルシアの願いは聞き遂げられなかった。
†
一通り叫んで落ち着いたか、もしくは諦めたか、それともただ疲れただけか、ランファとシルは大人しくなり辺りは静かとなった。
(……良かった)
ほっと胸をなでおろす。
「ねぇねぇーリア」
普段なら決して出さない猫撫で声でリアに纏わりつくランファにリアは
「なんだよ。気持ち悪い」
嫌そうな顔をして絡んできた腕を振り払う。
「ンガー! なんだとー!」
ジタバタして怒っているランファはいつもの事だと放って置くとしよう。
「……つかれた」
ぼそっと独り言を呟いたシレーナの言葉をリアは聞き逃さなかった。
「それはいけない。危険な旅には可憐な花と甘い蜜は必要不可欠。
お姫様方、宜しければ我が家でお身体をお休めくださいませ」
何処の紳士だと言いたくなるような口調と仕草でで台詞を吐き九十度に腰を曲げ頭を下げたリアの前に仁王立ちし
「ふっふんっ。そこまで言うならしょうがない、泊ってあげても……」
腰を持って胸を張り偉そうに言っているランファに頭を上げたリアは
「あーそうですか。嫌なら無理して泊らなくていいですよ。どうせボロ屋ですからねー」
口をとぎらせてそう言うと
「さ、行きましょ」
シレーナとシルの間に入り、二人の肩に腕を回しさっさと自分の実家へと帰って行ってしまった。
「あっ! 待ってあたしも行くのー!!」
さっさと行ってしまったリア達を走って追いかけて行くランファ。
僕達も行こうか、と隣に立っているヒスイに声をかけたのだが
「……」
ヒスイは青いどこまでも広がる空を見上げ、自由に飛び回る鳥を見ているかのようだった。
だが彼女の閉じられた瞳は青い空も、白い鳥も見えてはいないはず、見えない瞳で何を見ているのだろう、と気になったルシアは
「どうしたのヒスイ?」
そっと軽く肩を叩く。
「ん? ああ……ごめんっぼーとしてたみたい」
てへっと舌を出して照れ笑い。
「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だから。ほら置いていかれちゃうよ」
どんどん離れてゆく仲間達を指さしヒスイは刀の鞘を杖代わりに使い先を歩いて行く。
何故だろうか。前を歩く彼女の背中が何処か寂しげに感じるのは。
何故だろうか。笑っていたはずの彼女の顔が泣いているよう見えたのは。
何故だろうか。このまま彼女が何処か遠くへ行ってしまうのではないかと不安になるのは。
色々な事を心の中で思いつつ、考えつつ、ルシアはヒスイの後を追い、先を行く仲間達の背を追いかけリアの実家である大豪邸へと向かった。
今日はそこに泊まり明日また次の目的について話し合えばいいやと。
——ヒスイには"明日”また聞いてみればいいやと軽い気持ちでそう思っていた。
†
街の誰もが寝静まった夜更け、夜の帳の景色を眺める女が一人。
今宵は星一つない曇天模様。人々が寝静まっているため街の灯りもない暗闇の景色を寂しく眺める女が一人。
——違う。女は瞼を閉じている。
閉じた瞼の中にあるのは光をうつさない瞳。
終焉の世界しかうつさないその瞳で女は大粒の涙を流す。
何を憂いているのだ。
細い指で握るのは杖代わりにいつも使っている刀ではなく
手のひらサイズ小さな小瓶。
思いつめたような。覚悟を決めたような。
小鬢の蓋を開け、中に入っていた無色透明な液体を飲み干す。
ぐらりと身体が揺れる。ビクビクと痙攣し口からは赤い液体が噴き出される。
よたよたした足取りで女は寝床へ向かいそのまま
——ばたりと倒れ静かになった。
- 罪の花散る時 ( No.9 )
- 日時: 2017/11/28 13:13
- 名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: u3utN8CQ)
夜が明けた。
昨日の夜から曇天模様だった空は大粒の涙を流していた。雷雲鳴る土砂降りの大雨だった。
(……やっぱり気になる)
昨日から、いやこの国に来てから、それともカジノで驚愕の真実を知った時から、ヒスイの様子が可笑しかった。
朝日が昇ると同時に起き上がったルシアはあらかじめ設定していた目覚まし時計の電源を切ることも忘れ、寝巻から洋服へ着替え身なりを整えることも忘れて部屋を飛び出した。
隣の部屋、ヒスイが泊る部屋へ向かって。
ドアの前に立ち深呼吸。焦る気持ちを抑え軽くドアをノックする。
「朝早くにごめん。ルシアだけとヒスイ……ちょっといい?」
「…………」
返事はなかった。
物音一つ聞こえない部屋の中から人のいる気配が感じられなかった。
まだ夜が明けたばかり。こんな時間に何処かへ出かけたのか?
「ヒスイ……?」
もう一度ドアをノックしてみたがやはり反応がない。
鼓動が早まる。もしかして……と嫌な予感が過る。
ドアを叩く力が強まる。ドアノブを捻ってみると、
「……開いてる」
ドアに鍵はかかっていなかった。不用心な。だが今は好都合
(ごめんなさい)
心の中で謝罪するとルシアはドアを開け部屋の中へとこっそりとひっそりと足を音をたてないように静かに入って行く。
部屋の中は薄暗かった。
電気はついていない。カーテン、窓は全開に開け放たれていた。
朝日が少し眩しく、外から入って来る雨風が冷たい。
鼓動がどんどん早まる。痛いくらいに。
「…………」
部屋に備え付けのトイレ・お風呂の前を通り奥にある寝室に入りかかったところでルシアは"見つけた"
「…………」
寝具の上に仰向けに横たわっているヒスイの姿を。
(なんだ……寝ていただけだったんだ……)
ふぅと額に流れる冷や汗を拭った。
胸の上に祈りを捧げる信者のように指を絡ませ置いたまま布団の上から横たわり目を瞑っているヒスイに近寄り
「布団ちゃんと着ないと風邪ひいちゃうよ?」
そう優しく声をかけ身体の下にひかれた布団を引き抜こうとする、すると違和感を感じた。
ヒスイの胸が上下に動いていない。細身の彼女にしては身体が鉛のように重い。
一度引いた冷や汗がまたぶり返すようだった。鼓動がまた痛いぐらいに早まる。
これ以上関わってはいけないと本能が告げる。でも……。
「ヒスイ?」
ルシアは触れてしまった。彼女の身体に。
「……う……そ……でしょ?」
触れたヒスイの身体は鉛のように重く、鉄のように固く、そして——氷のように冷たかったという。