複雑・ファジー小説

罪の花散る時 ( No.12 )
日時: 2017/11/28 14:50
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: oyEpE/ZS)

「ああ……」

朝日が昇っていたことを告げる鶏のそれよりも

「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっ!!」

大きな少年の叫び声がゼルウィンズの街に響き渡ったという。





                        †


その声で起きてきた仲間達はすぐにヒスイの眠る寝具を囲い悲し気な顔で話し合う。

「どうして……なんで……」

誰に問うでもない質問を投げかけるシル。
だが誰もそれに答えることは出来ない。その答えを知らないから。

「チッ」

苛立ちを露にして足元にあったゴミ箱を蹴り上げるリア。

「ひっく……なんで……いっぐ」

一枚のハンカチではとても拭ききれない大粒の涙を流すランファ。
鼻から垂れる水もテッシュで一度かむくらいではおさまらない。

「……これ」

看護師としての観点からヒスイの身体を調べていたシレーナは、空になった小さな小瓶を寝具の下から取り出し立ち上がった。

手のひらサイズで表面には角が生え二枚の翼が生えた馬のシールが貼られている見たことない小瓶だった。
この家の物かとリアの方を見たが、知らないと首を振っている。この家に元々あったものではないとすると、ヒスイが自分で持ち込んだものなのだろうか。

「ちょっと貸してみ」

シレーナから小瓶を受け取り鼻を近づけ中身の臭いを嗅いでみる。

「これ……毒か」
「……ん」

臭い嗅いだ、だけで毒だと分かるリアも凄いがそれを聞いてごく自然に頷けるシレーナもまた凄い。

「……変」

部屋を見回しながらシレーナは言った。

小瓶に入っていた毒物は即効性の高いもので飲めばすぐに全身の組織を破壊し苦痛にもがき苦しみながら死に至るそうだ。
だが横たわるヒスイの身体は綺麗そのもの。その見た目は眠っているのと同じ、とてもそんな苦しんだようには見えない。
吐血することもあるようだが、口元はもちろんのこと、布団や床にひかれている絨毯(じゅうたん)にも血などは付着していなかった。

——ここには何者かが存在した?

一瞬頭の中に過った疑問。だがその疑問はシレーナの次の言葉でかき消された。

「……まだ……脈ある」
「えっ!?」

あんな氷のように冷たかったのに——そんなまさか、と思いシレーナが持っていたヒスイの左手首を軽く握ってみる。
やはり体温は感じられない。人形のように固く冷たい。これはもう……。

「……ぁ」

僅かだが指にトクンッと波打つ感触を感じた。
今にも消えてしまいそうな弱々しい鼓動を感じた。

ヒスイはまだ生きている!

諦めかけたルシア達に見えた僅かな希望の光。

「……解毒剤……作る」

今は仮死状態と言われる者らしい。
息をしておらず、心臓も動いていないのに? と、色々疑問な点は多くあるが今はそんな事よりも解毒剤を作ってヒスイを助ける事の方が先決だ。

解毒剤を作るのに何が必要かと、ルシアがシレーナに聞くと

「…………それだけじゃだめ」

顔を俯せシレーナは静かにそう言った。

「そんなどうして!?」

なんで、なんで、と聞くルシアに

「治したところでまた自殺するからだろ」

リアは冷たく事実を言い放った。

「え……これは自殺という事?」

第一発見者であるなら薄々は分かっていたこと。でも認めたくなくて仲間達に聞く。
これは自殺ではないと言ってほしくて。

「自殺だ。ヒスイは自分の意思で自分の命を絶ったんだ」

でも事実は変わらない。現実はいつもルシアに牙をむける。

解毒剤を作ればヒスイを蘇生することが出来る。でも蘇生したところでヒスイはまた自害を選んでしまうだろう。
どうすれば、どうすればこの負の連鎖を断ち切ることができる?

頭を抱え悩み苦しんでいると

『悩めるご主人様も素敵♪』

ルシアの心中へ直接、誰かが語り掛けてきたのだ。甲高いキャピッとしたぶりっ子しているような、若作りが大変そうですねと、言いたくなるような女性の声だ。

普通ならこんなショッキングな体験をして深い精神的ダメージを負って疲れているのだと、空耳、気のせいだと流すところ。

だがしかし、ルシアはそうしない。何故ならこの声の主を知っているから。

『パピコさん!』
『はいっ♪ シルさんのプリンセシナぶりでございますねっ、ご主人様♪』

パピコ。それは人の心が具現化した世界プリンセシナと呼ばれる場所の案内人の女性だ。
人懐っこい性格の彼女はルシアのことをご主人様と呼び、べっこう飴のようにベットリと絡みついてくるような話し方をし、ルシアが右腕手首にはめているブレスレットを通じて、ここではない何処か遠くから話しかけているのだ。

パピコの声はルシアの心の中に直接語りかけているため他の者には聞こえない。
ルシアの声もまた心に思った声なので他の物には聞こえない。
ただ第三者からは呆然と立っているように見える為、変な人認定されてしまうのが玉に瑕(きず)だ。

『パピコさん、今ヒスイが大変なことになっててそれで……』

今は忙しいからまたあとでと言おうとしたルシアの言葉を遮るようにパピコは

『そのヒスイさま? とかいう女、闇病にかかっていますよ』
『……あとにってえぇ!?』

ルシアは驚いた。まさかヒスイまでも闇病に感染していたなんて。

闇病とは死の流行病。
かかれはもう治す手段はないとされ、死ねば穢れと呼ばれる人ならざる化け物へと変化してしまう襲ろしい病。
そんな病にヒスイが侵されていただなんて……気づきもしなかった。

『もしかしてヒスイが自殺した理由って……』
『確かな事は分かりませんが、闇病にかかっていることも理由の一つかもしれませんね』

闇病は別名心の病と呼ばれることもある。
それは闇病にかかる者の多くが過去・今現在に罪を犯したものだからだ。

——罪悪感を感じた時人は罪人(つみびと)となる。

単衣(ひとえ)に罪人と言っても千差万別だ。

物を盗んだ。人を殺した。など分かりやすい罪人もいれば、

幼子が親にお菓子を食べてはいけないと言われたのに食べてしまい、それがバレて怒られた幼子は罪の意識を感じる。それも立派な罪人だ。

闇病の前に犯した罪の大小など関係ないのだ。

「ルシア君? ボーとしてるみたいだけど大丈夫?」

パピコと話をしていると、不意にシルが心配そうな顔を覗かせた。

「え……? あっ、うん、大丈夫だよ」

ぎこちのなく笑ったあと

「みんなあの——きいてほしいことがあるんだけど……」

パピコと話した内容を仲間達にも伝えた。

ヒスイが闇病にかかっていること。
おそらくそれが原因で自殺したのではないかということ。
自分がヒスイのプリンセシナに行き闇病に穢れてしまった心の浄化をするから、その間にみんなは解毒剤を作って、と。

「そうすれば負の連鎖を断ち切ることができると思うから」

力強い口調でルシアはそういった。

「闇病で……なんとなく分かるかも。私もそうだったから」

自分の胸元を強く握りしめながらシルは言う。

「あの頃は死にたくて、死にたくて、死にたくて、しょうがなくて……でもユウがそれを許してはくれなくて……そしてルシアが救ってくれたんだよね」

俯せた顔を上げシルは優しく微笑む。

彼女もまた闇病に侵された罪人なのだ。

人の心の世界プリンセシナに行くには水色の特別な石、精霊石というアイテムが必要不可欠。
この石は元々ルシアの持ち物ではない。初めてプリンセシナに入った時に無理やりランファから持たされた物だ。
ランファの持ち物なのに、精霊石はルシアにしか使いこなせないそうだ。

精霊石をヒスイの胸元に近づけると、眩い程の光を放つ。

「じゃあ行って来ます」

光に包まれ薄っすらと消えていく仲間達に見送られながらルシアはヒスイの精神世界プリンセシナへと旅立って行くのだった。

















                                  -To be continued-