複雑・ファジー小説

第二階層[ウサギとドラゴンネレイド] ( No.16 )
日時: 2017/12/04 11:24
名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: GbYMs.3e)

 温かい。
第二階層に来て最初に感じた感想。瞼を開けてみると見えて来たのは緑豊かな大自然。
小鳥が歌い、ウサギやキツネ、タヌキとか小動物たちが楽しそうに踊っている豊かな森。

「深海の街の次は森の中ですかあ。自然豊かで素敵な場所でございますね、ご主人様♪」

 この森は南の森? 僕の故郷の近くにある森に似ているような気もする、けど多分違うと思う。南の森もこんな風に穏やかな春の気候で沢山の動物たちが暮らしていて、家族がピクニックするのに最適な場所……だったのは過去の話だから。

「海の中にお家と言うのも魅力的ですが、やはりここは定番に森の中にひっそりとウッドデッキのお家と言うのも乙なものでございましょう。
 動物たちに見守られながら、愛を育んでいくのですっキャ♪」

 自然豊かな森だった南の森はとある事件のせいで植物も動物も誰も生きられない死の森へと変えられてしまったんだ。そう……あいつのせいで。

「そうです! ウッドデッキも良いですが、御伽噺(おとぎばなし)に擬(なぞ)えてお菓子の家と言うのはどうでしょう?
 私そうゆうのメルヘンチックなお家に住んでみるの夢だったのです♪」

 あいつのせいで多くの血が流れ、多くの涙が流れ、多くの人の命が消えていった。あいつは許せない……そう思っていたのに、いざ目の前からいなくなってしまったら、達成感よりも虚無感の方が強く残ったような気がする。心にぽっかりと大きな穴が開いてしまったような、そんな気が……。

『まだこの本途中なの。最後まで読みたいから、ここでもう少し読んでるね』

 あれは……ヒスイ?
ぶつぶつと過去の出来事を思い返しいると、勝手に歩き出していた僕の足は目的地まで辿り着いていたみたい。

 森の中にぽっかりと拓けた草原の広場、その中央に佇んでいる一本の大樹……名前は確か時渡りの聖樹さまって言ったけ? 女神さまよりも昔から此処に生えているっている凄い長生きしているお爺さんの樹。

 その下にいるのはヒスイと多分この世界の僕達。
話している内容から察するに、賢者の隠れ里で女神さまのいるアンコールワットへ行く許可を貰ってこれから言って来るよって事をヒスイに伝えている所だと思う。

 昔あった戦争のせいでヒスイが生まれてきた種族、ドラゴンネレイドは臆病ウサギって呼ばれいる、リリアン達が忌み嫌らわれているそう。
だから聖地であるアンコールワットにヒスイを近づけさせない事、それが長から僕達に提示した条件。

 僕には戦争とか、今ドラゴンネレイドが抱えている状況とか、よくわからないけど、ヒスイが辛いのを独りで我慢しているのは分かる。……分かっているのに何もできなかったんだ、あの時も、今も。

『わかった……すぐに帰って来るから』

 僕たちは手を振りながらアンコールワットに向かって歩き出した。ヒスイは見えていないはずなのに、僕から過去の僕たちが見えなくなるまで手を振り続けて、見えなくなった丁度で手を振るのを止めた。

 いつも思ってたけど、ヒスイは目が見えない事を感じさせないくらいに普通に生活している。ごく普通に生活しているからたまにヒスイの目が見えていないことを忘れそうになってしまうよ。……駄目だよね、正常者が障碍者の手助けをしないといけないのに。

『さてっと』

 座り直して手に持っていた子供用の絵本を開く。ヒスイには僕たちの気配は感じていないみたい。それを良しとするのは間違っているのかもしれないけど、彼女の隣に座って絵本を覗き見てみる。

「あれ? 何も書いてない?」

 開かれている絵本は白紙で何も書かれていなかった。

「それはそうでは? だって彼女は目が見えないのでしょう?」
「そうなんだけど……でもヒスイは読書家さんでいつも沢山の本を読んでいる姿を見かけるよ」
「盲目なのにですか?」
「……うっ」

 そう言われたら反論できない。確かに目が見えないのにどうやって読書を楽しんでいるんだろう。ちらりと見たヒスイの横顔は読書を楽しんでいるかのように、楽しそうに微笑んでいた。
もしかして本当は見えているとか? ……でも本は白紙なのにどうやって……色々頭を悩ませた僕の疑問は小さな一言で解決する事になった。

『真っ白なのに何がそんなにおもしろいの?』
「えっ!?」

 声をした方を振り向くとそこには、小さな子ウサギ……じゃなかった、ウサ耳が生えた子供達が興味津々って感じでヒスイを取り囲んでいる。

『なんで目をとじてるんだよー』

 不思議そうにヒスイの顔を覗かせているのは、ピンっと伸びた黒いウサ耳と短く整えられた黒髪に黒真珠のような黒い瞳で全体的に黒一色でまとめたやんちゃそうな男の子。

『その、絵本、わたち、知ってる』

 可愛い茶色く黄ばんだウサ耳のぬいぐるみを抱えて途切れ途切れに話しているのは、垂れた長い茶色のウサ耳と栗色の長い髪と銀杏(イチョウ)の葉のような瞳で全体的に茶色系な物静かそうな女の子。

『ちょっとチミたち、知らない人と話してはいけないとせんちぇいが言ってましたよ』

 かけたメガネをくいっと上げて後からやってきたのは、ライオンの鬣(たてがみ)のようなふさふさしたウサ耳と肩まで伸ばした毛先がカールしていて、透き通った海のような瞳の真面目系な男の子。

 可愛い子ウサギ三人組。隠れ里に住んでいる子供達かな?
自分を取り囲んでいるあの子達に気が付いたヒスイは優しくお姉さんのように微笑んで

『これは点字の絵本だよ』
『てんじー?』
「点字ってなに?」

 子供たちと一緒になって首を傾げるとパピコさんに笑われてしまった恥ずかしい……。

『触ってみると分かるよ』

 差し出された絵本に子供たちは手を伸ばす。
ご主人様も如何です? とパピコさんに言われて僕も触ってみることに。

『ブツブツだ!』
『ポコポコ!』
『いえこれはデコボコですね』
「人によって感じ方は違うんだね」

 触ってみた紙はブツブツもポコポコもデコボコもしていた。丸い点みたいなものが等間隔にあるような気がするけど、もしかしてこれが?

『それが点字。そのプツプツでお姉ちゃんは絵本を読んでいるんだよ』
『へえー目とじてても本が読めるなんてずげーな』
『……すごい」
『そ、そんなこと勉強すれば僕にも出来ますよっ』

 爛々と目を輝かせてヒスイの持っていた絵本を触っている子供達。
僕たちがアンコールワットに行っている間、寂しい思いをしていないか心配だったけど

「良かった、ヒスイは子供達と楽しい時間を過ごしていたんだね」

 ほっと胸をなでおろしていると、隣に座っていたパピコさんが難しそうな顔をして声を潜めて

「……どうでしょうね」

 何処かを指さしながら言った。引きつけられるようにその方向を見てみると

『きゃあああああああ!!?』

 持っていた籠(かご)を振り上げ、尻餅をつく一人の女の人がいた。白いウサ耳とブロンドのなびく長い髪が綺麗なリリアンの人はどうしてあんな、まるで化け物でも見たような形相で驚いているんだろう。

『あ、ドロシー先生』

 やんちゃそうな男の子がへたりと座り込んでいる女の人に声をかけた。でも女の人は呼吸困難になっているみたいに、口をパクパクさせて顔からはどんどん血の気が引いて行き蒼白とした表情になっている。

『こ、子供達!』

 絞りだした声で女の人は子供たちを呼んだ。なんで呼ばれたのか分かっていない子供たちはきょとんと首を傾げてお互いの顔を見合わせ女の人の元へと駆け寄った。
女の人は子供たちを強く抱きしめて

『大丈夫ね? なにもされていないわね? 怪我はしてないわよね?』

 何度も何度も、無事を確認する。そんなあの子たちを傷つけるようなことヒスイがするわけないじゃないか、と僕は言いたくなった、けど。

『貴方に敵意がない事はお仲間からお聞きしています。……ですが、私達は貴方達から受けた傷を忘れた日はありません。
 貴方がそれに関与している、していないに関わらず、私達は貴方を許す事は出来ません。
 どうか……私達に武器を取らせないでください。どうか……何も知らない子供達にあの悲劇を見せないでください』

 子供たちに身体を抱えられ助けられ、重たい身体を引きずるようにして女の人たちは隠れ里へと帰って行った。
これがリリアンとドラゴンネレイドの間にある溝なんだ。

 ヒスイにリリアンたちとどうにかしたいと言う気持ちはない、リリアンのみんなもそれは理解してくれている、でも、なのに受け入れ合うことは出来ない。
それだけリリアンとドラゴンネレイドの間には深すぎる溝はあるから。

「この階層の記憶はここまでのようです——行きましょう」

 前を歩くパピコさんに続けて僕も重い足を動かした。
次に待ち構える第三階層と書かれた扉を探すために。