複雑・ファジー小説
- 第四階層[ウラギリのドラゴンネレイド] ( No.18 )
- 日時: 2017/12/07 11:04
- 名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: UQpTapvN)
『ルシアァァァァァァァァアアアアアアアアアア!!!』
第四階層に到着して最初に聞こえて来たのは耳を劈く(つんざく)ような悲鳴。
『なんで……なんで……君が……』
掠れ(かすれ)た声、ゆっくりと倒れて行く僕。
『どうゆうつもりだ——』
——ヒスイ!
倒れた僕の目の前に呆然と立っていたヒスイにみんなの視線が突き刺さる。哀しみと怒りと絶望を混ぜたような、混沌とした視線が鋭い刃となってヒスイの心に突き刺さる。
「…………」
隣にいるパピコさんは何も言わない。なにも言わずに"観て"いる。
『ふふふ……』
吹き抜けになっていて天井の無い丸型ドームの特設ステージ。舞台の上で白い睡蓮(すいれん)が描かれた扇子(せんす)を広げて口元を隠して、目元を緩めて微笑んでいるのはドルファフィーリングの四天王の一人であり、カジノ経営を任されている氷霰(こおりあられ)のナナさん。
十二単のような何枚の着込んだ着物と呼ばれる衣装は動きにくそうに見えるけど、ナナさんは氷魔法の使い手。自分が一歩も動かない。動くのは敵対者だけ。
だってナナさんが放つ氷の刃は少し擦めただけでみるみるうちに身体が凍っていってしまうから。
ナナさんと一戦交えた後のリアの身体には沢山の小さな氷柱(つらら)がぶら下がっているし。
観客席で黒服さんたちと戦っていた僕たちは怖い氷の魔法の餌食にはならなくて済んだけど、信頼していた仲間からの予期しなかった一撃。
僕の腹部にぐさりと突き刺さった一本のナイフ。刃渡り三十センチくらいはありそうな大きめのナイフは僕の弱い皮膚なんて簡単に突き破り、柔らかい肉なんて簡単にザクザクと突き刺し、スカスカな骨なんて簡単に粉砕して、また弱い皮膚を突き破って貫通する。
貫通したナイフを勢いよく抜けばそこから真っ赤な血が噴水のように噴き出すんだ。
この赤を見ていると、ヨナが好きだった苺を思い出す。家の近くに生えていた木苺……またヨナと食べたかったな。
『ヒスイは妾の僕(わらわのしもべ)
其方らの仲間のふりをしてずっとこの時を狙っていたんどす』
階段状に無数の椅子が並べられている観客席から、中央にある月の光が差し込む特設ステージに飛び上がりナナさんの三歩後ろに立ち、
『……そう。私はナナ様の道具。
——貴方達の事なんて一度たりとも仲間だと思った事は無い』
そうはっきりとした口調で、僕たちを斬り捨てるようにヒスイは言った。
でも僕は知っているよ。口ではそう言っていた君の瞳が濡れていたことを。
『テメェ!!』
情に篤いリアさんはヒスイに斬りかかった。でもそれを僕は止めた。
だって仲間が争う姿なんて見たくないから。それに……ヒスイはまだ知らないはずだから。あのことを——。
『…………どうして仰ってくれなかったのですか』
床に倒れているナナさんの上半身を抱きかかえ膝をついた足の上に乗せて大粒の涙を流しているのに、本当は大きな声で泣き出したい癖に、ヒスイは全部我慢して、冷静に冷たい口調で言う。
『どうしてっ……なんであの時っ、仰ってくれなかったんですか!?』
強く。感情のままに叫び、ナナさんの身体を揺らす。……けどもうナナさんからの返答はない。ナナさんからヒスイの質問の答えは帰って来ない。
だってもうナナさんは——
『ああ……あぁあ……アア——アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
あの日カジノ中に響き渡るヒスイの金切り声。
あの日も今日も僕はただ見ている事しか出来なかった。ヒスイが苦しんでいる姿を遠くから"観て"いる事しか出来なかった。
観客席に座って舞台を観る観客のように、この場で起きた出来事をただひたすらに観ている事しか出来きないんだ。
僕に"起きてしまった過去を変える力"なんてないんだから。
お互いに無言のまま。顔も合わせないまま僕たちは次の第五階層へと続く扉を探しに歩き出す。
背後から聞こえてくる悲鳴から逃げるように、僕たちはここから離れた場所へと歩き出した。