複雑・ファジー小説
- 第五階層[カイラクゾクとドラゴンネレイド] ( No.19 )
- 日時: 2017/12/10 16:24
- 名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: sxkeSnaJ)
第五階層に到着後、僕が最初に感じたのは
「ゲホゲホッ。な……に、これっ……息が出来な……」
息が出来なくて、すっごく苦しくて、空気を吸い込もうとしたら、吐き気がしてよけいに苦しくなる。咳が止まらないくて、目の前がじんわりとにじんで来て辺りの景色がよく見えなくなってくる。
やばいっ。このままだと僕、呼吸困難で死んでしまうかもしれない。
プリンセシナでの、死は現実世界で死ぬ事と同じ意味を持っているってパピコさんが前に言ってた。
そして僕が死ぬということ。それはヒスイも死んでしまうという事でもあって——
「ご主人様——これを!!」
涙で霞んで良く見えない目の前に何かが投げつけられた。拾い上げてみるとそれはおでこから顎の辺りまで覆い隠すマスクだった。どうしてこんなマスクが投げつけられてきたの?
「これは貴方様に危害を加える物ではありません。貴方様のお命を護る物でございます! さあ——早くお付けになって」
だんだんと遠のいていく意識。だんだんと暗くなっていく視界。
聞こえてきた声は幻聴? 死にゆく僕が見た幻?
でもいいや。そんなのどうでもいいや。こんなところで僕は死ぬわけにはいかない。少なくともヒスイを助けるまでは死ぬわけにはいかないんだ!
拾い上げてマスクを顔に装着してみる。
「シュボー」
するとどうしてだろう。吸いたくても、吐き出したくても、何をしても上手く出来なかった呼吸が嘘みたいに、いつも当たり前にしているように息をすることが出来んだ。
「シュボー」
息を吐くたびに鳴る変な音。
「間に合ってようございました」
「うわっ!?」
不審な人物に話しかけられて僕は尻餅をついてしまった。
「どうしました?」
その人物は橙色の丸い大きな瞳で僕を見下ろして、四角い機会をつけた口元からは言葉を話すたびに「シュボー」って変な音が鳴らしている。
「だ、誰!?」
「誰って……私は……」
不審な人は両腕を横に広げて、やれやらと言いたそうに首を軽く左右に振ると、顔に手を当てて
「ご主人様の正妻、パピコですよ」
"外されたマスク"の下には良く知っている、出目金みたいに大きな青紫色の瞳に、アヒルのようなぷるんっとしたサーモンピンク色の唇にほんのり桜色に頬を染めている、パピコさんの顔があった。
「パピコさん?」
「そうですよー。なんだと思ったのですかー?」
不貞腐れそう言うと、パピコさんさんはマスクを再び装着し直した。
なんだパピコさんだってんだ……僕はてっきり、と言ったところで口を閉じた。
だって僕を見る橙色のレンズからすっごく怖い視線が感じたから。
マスクで顔は隠されているからパピコさんが今どんな顔をしているのか、僕には見る事が出来ない。
だけどきっと多分、怒っているんだろうなあ……とは視線でなんとなく察する事が出来た。
なのでこれ以上は、余計な事を言わないようにしようと思います。
「それにしても……」
景色を見渡すパピコさんにつられて僕も見渡してみる。
曇天模様の空。分厚い黒い雲のせいで太陽の光が差さない。灯りは点々と置かれていうる、電灯や建物の明かりしかない。
僕達がいる場所は工場地帯のようで見える建物は全て黒い鉄で造られた建物ばかり。
街全体が黒一色。鉄の冷たい壁で出来ている。そんな印象を受ける。
煙突から噴き出ているなの黒い煙が空気汚染の原因ですね、とパピコさんは近くにあった建物の煙突を指さしながら言った。
確かに、爆発後に昇る黒煙のように黒い煙が空へ昇って行っている。黒い雲に混じった、黒い煙か……あの二つのせいでこの街は息が出来ない程に空気が汚れて、太陽の光が見えない程に分厚い雲に覆われた、黒一色の世界になってしまったのかな?
「寂しい街だね」
「そうですね」
街の風景をぐるっと見渡して思った僕達の感想。
この街には動物の姿が一匹もない。植物が一本も生えていない。台地は枯れ果てていて、微々割れてあちらこちらに亀裂が入り大きな溝が出来ていて、崖のようになっている。
もし人があそこに落ちてしまったらどうするんだろう? 溝の中を覗き込んで見れば、底が見えない暗黒の世界が広がっていた。見ているだけでゾワリと背筋が震えた。
「ここはどこなんだろう……」
こんな場所、僕は知らない。ヒスイだけが知っている場所なのかな?
僕とヒスイは生まれた時からずっと一緒にいるわけじゃない。妹が紅い鎧を身に纏った騎士に攫われて、奪い返す旅に出た途中で知り合って、色々あって一緒に旅する仲間になったんだ。
だからヒスイと知り合う前の話だと、僕は彼女の事を何も知らない。
ヒスイ自身、あまり過去の話をしたがらなかったから。
- 第五階層[カイラクゾクとドラゴンネレイド] ( No.20 )
- 日時: 2017/12/12 16:59
- 名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: lEZDMB7y)
「歩いてみようか」
ここがどこなのか探る必要もあるし、今は少しでも情報が欲しいから。
僕たちは横一列になって歩き出した。何もない寂しい雰囲気の場所だな……。
周りを見渡して見てもあるのは、工場の鉄の壁ばかり。触ってみても冷たくて、こちらの体温を吸い取っていってしまうような、そんな感じ。
ずっと黙ったまま歩き続けているとやっと人がいる場所へと出て来たみたいだ。
沢山のお店が並んでいることから、ここは商店街か何かかな?
それに住人たちの恰好をみることでここがどこなのか、なんとなくだけど知ることが出来たよ。
今僕達がしているようなマスクだと、思ってたものは仮面と呼ばれるもので、それで顔を隠して色鮮やかなポンチョを身に纏っている人たちが沢山いる国、ここは仮面の国だったんだ。
仮面の国はどの国よりも機械的に発展していった国らしいから、この空気が汚染されて、台地が死に絶えている感じにも、納得がいく。
それに仮面の国になら来たことがある。
ランファに呼ばれて飛行船に乗ってリンクさんの闇を晴らそうとしたり、ドルファフィーリングの本社へ乗り込んだり、色々あった場所だからよく覚えてるよ。
この場所の思い出に浸っていると
『るっるっるー』
『スキップするのはいいけど、転ぶなよ』
『転ばないもーん』
聞き覚えのある声が遠くの方からこちらへ近づいて来るのが分かった。顔を振り向かせてみると角から曲がって来たのは、
「ランファ!? それにリアさんにヒスイまで」
楽しそうにスキップしているランファの少し後ろから、歩いて来るリアさんとヒスイの姿。
目の見えないヒスイに腕を掴んでもらって、リアさんがエスコートしているみたい。ランファは一人楽しく遊んでいるようだけど。
「三人は何をしているんだろ?」
「さあ? それにしても音程外しまくりの下手な鼻歌ですね」
「そ、そうだね……」
元からランファは音痴だと思ってはいたけども……。楽しそうに歌う彼女から奏でられている音楽? と思われるものは音程が外しまくりでとても聞いてられないようなそんな感じ……だけど、あんなに楽しそうに歌っていたら止めたくても止められないよね?
- 第五階層[カイラクゾクとドラゴンネレイド] ( No.21 )
- 日時: 2017/12/14 11:06
- 名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: 5AipYU/y)
『あーあ。それにしても……』
腕を上に伸ばし溜息をつくように呟いた。
『あの時、リアが邪魔しなかったら買い出しじゃんけんに負けなかったのにー』
……買い出し、じゃんけん?
『なんでぐーを出しちゃうかなー? あそこで空気を読んでチョキを出してくれれば買ってたのにー。
リアのせいで眠っているアルトさんを看病する側になれなかったじゃん。
買い出しの何が楽しいんだよー。どうせお菓子買ってくれなんでしょ?』
『当たり前だろ』
『ぶーぶー』
なるほど。これは僕がリンクさんの闇を晴らす為に彼女のプリンセシナに入っていた間の出来事なんだ。だがら僕が知らない場所が舞台だったんだ。
でも、お菓子を買ってもらえないからって不貞腐りすぎじゃないかな……ランファ。頬っぺたを河豚みたいに膨らませて腕をぶんぶん回して怒っているよ……なんと言うか、だね。
苦笑い。隣にいるパピコさんを見ると呆れたような表情をしていた。
『大体お前、ヒスイの目が見えない事を良い事にずるしようとしてただろ』
『うぐっ!?』
……ランファ。
『そうなのかな?』
クスクス。小さく笑うヒスイ。ランファをからっているのかな。
『そ、そんなことないもん!』
口調は震えている。目はバタフライをしているかのように、瞼はバタバタして目玉は左右を泳いでいる。
『あるだろ』
冷たく言い放つ。
『あるわけないじゃん!! 見て! ヒスイさん!
このランファちゃんの澄み切ったまん丸おめめを!!』
鼻息を荒くさせて鼻の頭が擦れるくらいに顔を近づける。
ヒスイは困ったように首を軽く傾げて苦笑い。
『ごめんね、ランファちゃん。
私のこの閉じてしまった目には、貴方の澄み切ったまん丸おめめは見えないよ』
小さな子供を窘めるように囁いた。のだけど……。
『グサァァ!! ランファちゃんは心の無いアホアホリアのせいで傷ついたっ。大きく傷つけられましたっ。うおおおおおんっ!』
大きな声で叫ぶと、泣いているふりをして何処かへ走り出してしまった。
走り去って行くランファの背中を見つめ、
『あんまり遠くには行くなよー。迷子になっても知らないからなー』
あっさりとした口調でリアさんは言っていた。追いかけないんだね……。放置の方向なんだね……。
まあ確かにランファなら、動物の帰巣本能みたいなものありそうだし大丈夫なのかな。
商店街の四つ角の道のど真ん中で放置された、リアさんとヒスイ。
ヒスイはリア腕を掴んだまま。リアさんはランファが走り去って行った方向を見つめたまま。もうランファの背中は見えないはずだけど……。
『……二人きりだな』
「え?」
数秒間、真っ直ぐを見つめていたリアさんが隣にいるヒスイに顔を向け囁いた。
二人きり? 町の住人さんたちもいるし、僕とパピコさんもいるから二人きりきりではないと思うよ、リアさん。そうですよね、パピコさん、と横に顔を向けると
「キタキタキタキタキタッキタァァァァァアア!!!」
大きくガッツポーズをして何かを叫んでいるよ?
たまにパピコさんがどういう人なのか分からなくなるときがああって、この人大丈夫なのかなって心配になる時があるよ……。
- 零れ話。 ( No.22 )
- 日時: 2017/12/19 13:27
- 名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: lEZDMB7y)
悪事が発覚してバシャバシャとバタフライさせているランファ被告。
どう言い訳するのかな?
『この純真無垢なランファちゃんがそんな事するわけないじゃないかっハニャロペッテ!』
ハニャロペッテ……?
慌てるあまり語尾が変な事になっているよ……。嘘つくなんて良くないと思うな、悪い事をしたならちゃんと素直に「ごめんなさい」って謝らないと。
と、思うのは僕だけなのなのかな……?
『寝言は寝て言え』
冷たく突き放すような口調で言い、続けて
『妄言は鏡見てから言えよ』
「リアさんっ」
さすがにそれは言い過ぎだと思う。
『うー』
ほらランファだって梅干しを食べた時のようなクシャクシャのかおになっちゃって……
『酷いよ、リア!』
ほら、怒りだして……
『ヒスイさんが自分の顔を見る事が出来ないからってそんなこと言うなんて!!」
……ん? あれ何かおかしいぞ?
ランファはリアさんの腕に捕まっていたヒスイを楯がわりに自分の前に引っ張り出して来ると、むすっと頬を膨らませて
『ヒスイさんだってね! 見えないなりに色々努力してんだよ!
いくらっ夢見る乙女でもそんな酷い事言っちゃ駄目なんだよ!?』
うー、と獣のような呻き声をあげて、キャンキャン吠えているランファにはぁあと重たい溜息を一つ吐くと、
『いや……お前だよ、お前』
「貴方のことですよ、貴方の」
呆れた口調でリアさんとパピコさんは同時に言った。
二人には何か通じ合う者でもあるのかな、同じ瞬間に言えるなんてすごいや。隣にいるパピコさんと、前の方で話しているリアさん達を交互に見つめてみる。
『大丈夫だよ、ヒスイさんっ。
たとえお顔がぶちゃいくだったとしても、気にしちゃ駄目だかんねっ。
世界でイッチバン可愛いのはランファちゃんだってもう世界が誕生したときから決まっている事なんだからっ、あたし以外なんて道に落ちてる小石以下なばかりなんだから気にしたら駄目だよ!』
たぶんこれはランファなりの励ましの言葉だと思う。いや思いたい。
片目を閉じてウインクをして、親指を立てた指をぐっ! って感じで見えないヒスイの鼻先に持って行って「頑張れよっ」って口パプで呟いているよ……本当何がしたいんだろうね、この子は……。
『あー、でもそうだな……』
何かを思い出したようにリアさんが突然声をあげた。
『何も見えないってのは確かに色々損しているかもな』
それを今更? とも少し思ったけれど確かに、今僕たちが当たり前に見ている物が見えない生活ってどんな世界なんだろうね。
口で説明するのは簡単だろうけど、でもいざその状況になってしまったら、僕はどうするんだろう……。
『何も見えないってことはよ』
ごくりと唾を飲みこみ、リアさんの次の言葉を待った。
『俺のこの美貌も見えてないってことなわけだろ?』
「……はい?」
思っていた内容とは違う物で、想像していた言葉とは別の、斜め上方向からきたからちょっと素っ頓狂な声が出ちゃった……。
リアさんは自分の手の平で、自分の筋が通った高い鼻すじやぷるんとした唇にふにふに柔らかい頬ををさすりながらこう言った。
『この完成されたイケメンフェイスが見れないなんて、人生の半分以上損している事になるよな』
えーとっ、僕からはノーコメントです。パピコさんからは?
「…………」
だそうです。ヒスイも同じ返答みたい。じゃあ最後にランファから、
『……うっわ。自分でべた褒めとかキッモ』
気持ち悪い虫を見るような顔で言っているけど、数分前君もおんなじこと言っていたからね?
僕の周りにいる人たちは言意味でも、悪い意味でも、面白い人たちばかりのようです。……楽しいから僕としてはいいだけどね?
- 第五階層[カイラクゾクとドラゴンネレイド] ( No.23 )
- 日時: 2017/12/23 17:14
- 名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: B0dMG1jJ)
泣き叫び走り去って行くランファの背中を呆然と見つめていると
『……二人きりだな』
ぼそりとリアさんが呟いた。独り言を言うように小さな声で囁くように呟いた。
『……そうだね』
リアさんの左斜め後ろ、彼の腕を掴んでいたヒスイもまた独り言のように小さく呟いた。こくりと微かに頷いて。
二人のやり取りを見て、
「キタキタキタキタキタッキタァァァァァアア!!!」
シャアアッ!! と、ガッツポーズをして叫んでいるパピコさん。彼女の大きな瞳は、まるで新しいおもちゃを買って貰った子供みたいに光輝いて……正直ちょっと引いてます。
「ヒスイさま、ここに極めりです!」
大きな声で大きな独り言を言いだしました……。ヒスイを指差すと血走った目で興奮気味に息を荒げて、
「色欲魔とのフラグ建設展開! これはもう詰んだも同然!
二人はこのまま順調に愛を深めて行くのです。そしてやがてヒスイさまのお腹には新たな命が……ですがそれが運の尽き!
色欲魔の目的は若い女と寝る事、子供が出来た女には要は無いとボロ雑巾のように捨てられればいいのです!!」
…………なに言っているんだろう、この人。
声高らか自信満々の声を大にして言っているパピコさん。笑い声は勝ち誇った人みたいにご満悦なもの。
「あのね、パピコさん。リアさんはそんな酷い人じゃ——」
言葉を遮るように突如、疾風が巻き上げた。それは竜巻のような強い風であり、嵐でもあり……吹き飛ばされてしまいそう!
「な、何事ですかっ!?」
近場に合った掴まれそうなものを掴み、反対側の手はパピコさんを掴んだ。砂を巻き上げて砂嵐が起きているから、いまいち状況がよくわからない。いったい何が起こっているんだろう……ここで。
「…………ッ」
砂嵐を作った竜巻は少しずつその大きさを変えながらどこか遠くへ進んで行った。良かった、進行型タイプで。そのままずっといるタイプだったらどうすることも出来いまま……ってことになる所だったよ。
危なかった。過ぎ去って行く竜巻を見つめ、ほっと胸をなで下ろす。でもこれはただの始まりだったみたい。言うなら、戦前に吹く一陣の風のようなものだった。
『チッ、外したか』
突如風が吹き荒れた場所から聞きなれた声がする。
『下手くそ』
最初に聞こえた声から少し離れた場所からも、聞きなれた声がする。
「……ぇ」
ずっと竜巻ばかり気にしていたから気が付かなかった。竜巻の中に人がいたなんて……自分とパピコさんの身の安全を守るだけで精いっぱいで二人がどうなったなんて気にしている暇がなかった。
大地震が起きたかのようにひび割れて、めくれ上がり地層が見えて深く埋められているはずのパイプが浮かび、引き裂かれてしまった地面に向かい合うように立って睨み合っているのはよく知った顔。
『うるせ。人に殺してくれって頼んでおきながら、攻撃を避ける奴に言われたくねーな。
死にたいんなら、大人しく俺に殺されとけよ。ドラゴンネレイド』
眉間にしわを寄せて、苛立ちを露にしていつもは絶対にしない乱暴な口調で話すリアさん。
『殺刃(さつじん)を放たれたら誰だって避けると思うけどな、だってそれが動物的本能というものでしょう?
そうじゃないとしても私は殺気を感じたら、瞬時に避け始末するように"プログラム"されているの、だから一瞬で終わらせてくれないと——下手くそな壊楽族さん?』
無表情で淡々と機械的に喋るヒスイ。あまり自分の感情を表に出さないタイプだけどこんな人形のような喋り方を彼女は絶対にしない。
こんな血が通っていない人形みたいな表情を彼女はしたりなんてしない。
いつも杖代わり使っていた刀はリアさんの足元に転がっていた。つまり今のヒスイは武器を持たない丸腰の状態、なのにリアさんは剣をヒスイに向けている。
『お前が死ねないのは俺が悪いとでも?』
横に剣を振るうとまた風が吹き荒れ上昇気流がうまれた。風はさっきの暴風で破壊された民家や建物の瓦礫を噴き上げて、
『俺達、壊楽族がお前らドラゴンネレイドに劣るとでも?』
指揮者が振るう指揮棒のように剣を振るうと、風は八の字ダンスのように揺れ吹き荒れ、不規則な動きをする瓦礫がヒスイに襲い掛かった。
「危ないっ!!」
すぐに空中を飛び交う瓦礫を叩き落とそうと剣を抜いたのだけどそれは、
『…………ッ』
余計なお世話だったみたい。ただひっそりと立っているだけだと思っていたヒスイが一瞬力むと彼女を中心とした竜巻が生まれた。
『……貴方には失望したよ』
見捨てるように、憐れむように、呟く。
竜巻はリアさんの作った風を押し返すように、ぽんっと空中を飛び交っていた瓦礫を全て遠くへ吹き飛ばしてしまった。
リアさんが瓦礫を舞い上げて一分も経たない間に起こった出来事、これはまるで打ち上げ花火のような一瞬の出来事だった。
『………クソがッ!!』
またも攻撃をかわされてしまったリアさんは、自暴自棄になってしまったかのようにがむしゃらに剣を振るった。
がむしゃらに振るわれる、剣の切っ先はヒスイの肌にかすりもしない。疲れるのは汗だくのリアさんばかりで、飛び散るのは彼の汗の雫ばかりで、涼しいげな汗一つなく、立っていた場所から一歩も動かないまま華麗にかわすヒスイは人形のような機械的な口調で
『この程度の実力でドラゴンネレイドを殺せるとでも思っていたの?
私一人簡単に殺すことが出来ないのに"あの人"に復讐することが出来るとでも思っているの?』
『————ッ!!』
『自惚れさん』
袖の中に隠していた刃渡りが十センチにも満たないぎらりと銀色に輝く切っ先をリアさんの喉仏に突き刺した。……ように見えた。実際は薄皮一枚分刺しただけだったみたい。
だけどがむしゃらに、無茶苦茶に剣を振り回すリアさんを止めるにはこれだけで十分だった。
後ろへ引き下がる事も、前へ行く事も、呼吸をすることだって躊躇われる。僅かでも動けば刃はリアの喉を突き刺し、頸動脈を斬って血が淋漓(りんり)のように流れて最終的に——死んでしまうから。
死にたくない理由なんて人それぞれ。僕にも、パピコさんにも、誰にだって一つは絶対にあるもの。
リアさんにどんな過去があったのか、なんて僕は知らない。ヒスイが言っていたあの人とか、復讐とか、意味なんてわからないし、何も知らないけど、ここで死ぬわけにはいかないという気持ちだけはわかる。
悔しそうに血が出るまで歯を噛みしめている彼を見ていれば、誰だってわかるよ。
心が締め付けられるように痛いんだ。頭の中に見たことのない映像(記憶)が流れているようで痛いんだ。
——前にも僕はこの光景を観ていたような、前にも僕はこれを体験したような、そんな気がするのは……何故?
鉄を打つ金槌(かなづち)の音が仲で鳴り響くように痛い。頭を抱え押さえていると、さらに痛くさせるようなハイテンションの食う血を読まない明るい声が辺り一帯に響き渡った。
『もーーーーうっ!! いつになった追いかけて迎えに来るんだよー。
知ってる? ウサギさんとランファちゃんは、ほっとかれると死んじゃうんだよっ!?』
ぷくーと頬を膨れ上がらせて怒っているランファの姿が視界の端に入った。相変わらずの空気を読まない発言。ランファはいつでもどこでも変わらないな……。
『勝手に死んどけよ、チビガキ』
『なんだとー!?』
ランファをからかうのは、ひょうきんとした話し方をしてまるで悪戯っ子のようにニカッと笑ういつものリアさん。
『ランファちゃんはウサギさんだったんだね?』
『そうなんです! ぴょんぴょん跳ねちゃうよー』
近寄って来たランファの頭を優しく撫でてあげているのは、いつもの優しいお姉さんのような母性を感じさせる優しい微笑みのヒスイ。
「……いつも通りの二人だ」
さっきまでのは……幻? 白昼夢? そう勘違いしてしまう程に、二人はいつも通りだった。でもあれは現実に起こった出来事。その証拠に地面はひび割れて、大きくめくれ上がったままだし、リアさんは汗だくで首には薄っすらと血が滲んでいる。
『何かあったの? なんかリア、ボロボロ−』
周りを見ながら、少ししょんぼりとした表情で答えた。
ランファが空気を読むなんて珍しい……。って思ったらいけないのかな、やっぱり。
『ああ……ちょっとな』
『うん……ちょっとね』
苦笑いして二人は視線だけ合わせ。
『お前が立ち去った後、俺達の前にコンクリートマフィアが襲ってきたんだ』
『こんくりーとまふぃあ!?』
なにそれなにそれと目を輝かせるランファに、どうどうと落ち突けと宥め。
『いやー本当驚いたぜ。まさか白ブリーフ一丁の変なオッサンの集団が突然目の前に現れて、
「チミタチはトランクス派か、ブリーフ派か?」
って聞いて来てなー、トランクス派だって答えたらいきなりだぜ?』
え……そんな愉快な人たち居たっけ?
『頭の毛もないつるてか集団ですっごく驚いたよね』
白いブリーフ一丁で、頭の毛もないつるっつるっのてかりと光っている人たちで結成された集団なの!?
『まだこの辺にいるかもしれねえ。おいっ、チビガキ。危ないからお前は先に店に入ってろ』
『えっでも……リアとヒスイさんは?』
心配そうな声を出すランファにリアさんはぐっと親指を立てると
『安心しろ。ヒスイは命を懸けて護り店まで連れて行くからよ!』
『うんっ!』
瞳に涙で潤ませてランファは大きく頷くと、身体を翻してお店に向かって走り出した。
「なんでしょう……戦場で負傷した兵士が仲間に俺に構わず先に行け! 大丈夫だ、俺は後から追いかけるから、って言うの臭い場面を思い出してしまいました」
隣にいたパピコさんが何か言っているけど、何を言っているんだろう。……よく聞き取れなかった。
走り去って行くランファの背中を呆然と見つめ。
『チビガキは単純だな』
『ランファちゃんだからだよ』
呆れたような口調で独り言のように呟いき、リアさんは歩き出した。その後を追いかけるようにヒスイも歩き出す。途中、落とした刀を拾い上げて。
『諦めたよ』
ぼそっと囁いた。
『何が』
振り返らないままリアさんは訊ねる。
『貴方じゃ私を殺せない——だから自分で決着をつけることにするよ。
短い間だったけどありがとう、殺す為に頑張ってくれて。……どれも無駄だったけどね』
俯せ静かに淡々とした口調で喋るその表情はやっぱり人形みたいに、何も感じさせない無表情なもので。
『待てよ』
黙々と歩いていたリアさんの足が止まった。
『キミが死のうが、死ぬまいが、俺を裏切ろうが、どうしようが関係ない。とゆうよりキミに興味がない。だけどな——』
くるりと振り返った彼の顔は、まるで人の過ちに怒った悪魔のようなもので。
『ルシアの気持ちを裏切るような事は絶対に許さねえ』
吐き出された言葉はまるで地の底に住まう魔王のような地を振るえるような重たいもので。
『アイツは人を疑うって事を知らないお人好しの大馬鹿者で、困っている奴がいるって聞けば善人でも悪人でも助けてしまうようなどうしようもない大馬鹿者なんだよ』
……あれ? 僕すっごく散々な言われようされていない? ふと、隣に居るパピコさんを見ると「そうです。そうなのですよ。色欲魔の癖によく見ていますね」と、リアさんの言葉を肯定するように大きく頷いていた。首ががくんがくんなっているけど、痛くはなにのかな……。
『アイツの気持ちを裏切り、悲しませるような事は絶対にするな。
もしそんな事をするって言うんなら——この身の全てを失ってでもキミを』
最後の言葉を敢えてリアさんは言わなかった。それでもヒスイには伝わったみたいで彼女は小さく
『そう。好きにすればいいと思うよ』
囁くと、リアさんの横を通り歩いて行った。
残されたのは舌打ちをする悔しそうなリアさんと、こつんこつんと鳴り響くヒスイの持つ鞘が地面を叩く音のみだけ。
(ここでの記録は濃厚的なものでしたね。まるでこってり豚骨ラーメンを食べた時のような不快感です。……あぁ、気持ち悪い。
まあこのような事ご主人様に言えるわけもありませんけど。あの方は優しすぎますから。
……ですが、ここだけ記録が濃厚と言うのもまた興味深い事象なのもまた然り。"あの方"なら嬉々として調べ上げそうなものですね。いえ、もうお調べになられているのかもしれません、あの方はそうゆう人でしたから)
「パピコさんがぼうっしているなんて珍しいですね」
「えっ? ええ……ってなんです、ご主人様? 私だって物憂げに考え事だってしますよ。ぷんぷんっ」
ぷんぷんって口で言う擬音だったけ?
「さあ、変な事言っていないで、次の階層へと参りましょう」
変な事って、言いだしたのはパピコさんさんの方なんだけどな……。僕は目の前に差し出されたパピコさんの手を掴んだ。肉質ある温かいすべすべとした手は、周りにいる女の子たちとはやっぱり違う感触がする。さすが大人の女の人だなって気がする。
なーんて、どうでもいい事を考えながら僕とパピコさんは第六階層へと続く扉をくぐり抜けた。