複雑・ファジー小説
- 第六階層[ナミダを流すドラゴンネレイド] ( No.24 )
- 日時: 2017/12/30 22:55
- 名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: vevJKpiH)
『じゃあ……行って来るね』
窓の外から茜色の夕日が差し込む部屋で"僕"は振り返りそう言った。
『大丈夫、シルちゃんの事は私に任せて』
振り返った先にいる彼女は優しく微笑んだ。振っている手は、ヨナを思い出す。外にお仕事で出かけるときに、痛いのを我慢して玄関まで来て「いってらっしゃい」と言ってくれた、あの笑顔を思い出させる。
『………ありがとう』
この声は彼女に届いているかな? "僕"は聞こえるか、聞こえないか、くらいに小さな声でそう囁き、手に持っていた水色の石を正面にあるベットの上で、死んでいるかのように目を瞑り(つむり)横たわっているシルの胸元へと近づけた。
石は温かく眩い光を放ち、"僕"の身体を包み込んだ光はシルの身体の中に入って行くようにスーッと、消えた。
部屋に一人取り残されたヒスイは布団からはみ出ていた、シルの左手を掴み
『……貴方は愛されているんだね』
そっと布団の中に戻した彼女の表情は
『私も愛されたかったな……』
とても哀しそうで—— とても苦しそうで——
『人形に感情などいらぬ』
背後から聞こえる。地の底から出すような低い声。聞き覚えのある声。絶対に忘れるわけの無い声。憎くて憎くて気が狂ってしまいそうなくらいに憎い声の持ち主。
「どうしてお前がここにッ!!?」
驚いた。振り返った先に怨敵(おんてき)が居たことに。
白い肌に牛のような鋭い角、裂けて大きな口と鋭く尖った牙、恐ろしい般若のお面で顔を隠して、返り血で赤黒く汚れた見るだけで吐き気のする汚い鎧で身を汚し、汚れきった手でヨナを攫った憎き騎士。僕は彼の事を"紅き鎧の騎士"と呼んでいる。
怨敵を前に怒り露にして、腰に下げた剣を振り上げ紅き騎士に襲い掛かろうとした僕を、パピコさんが止めた。これはヒスイが見た過去の記憶であって現実のものじゃない。今ここであいつを斬ったって、現実のあいつに何も害を及ぼさないからって……そんな事言われたって、あいつのせいでヨナは!!
カチャリ。抑えるパピコさんの腕を払いのけようと暴れる僕の耳元で聞こえた軽い音。留め金のような物が外されたような音。ゆっくりと音がした方向を見てみると……。
「……ッ!」
息を呑んだ。
茜色の夕日が眩しい窓の傍にある、ベットの前に置いた丸椅子に座りシルの寝顔を見つめるヒスイの後頭部に、黒い銃口が突き付けられいた。突き付けている犯人はもちろん紅き鎧の騎士。銃口を突き付けたまま、無言で立っている。
「あいつ、ヒスイを殺すつもり!?」
剣をもう一度振り上げる。
「……狙いは本当にヒスイさまなのでしょうか?」
僕を抑え込んでいたパピコさんの腕が離れた。……どうゆうこと?
振り上げた剣をあいつに振り下ろすことなく、剣の先を床に向ける。ここは様子を見た方がいいと思ったから。
『何故殺らない』
地響きのような低音の声。
『自分の失敗を拭えないのがそんなに心配?』
無邪気な子供のようなあどけない声。ヒスイが喋ったの?
『意味の解らない事を言うな。貴様はメシアと雌豚、両方を殺れる好機を無駄にするつもりか』
無機質な銃口でこつんとヒスイの頭を小突いた。
僕の事をメシアって種族名で呼ぶのは構わない。でもシルの事を雌豚って呼ぶのはやめてほしい。彼女は豚なんかじゃない、れっきとした人だ。可愛い女の子なんだ。
『……血の臭い』
クスッと小さく笑い彼女は答えた。
『この臭いはユウの。それに火薬の臭いも……そういえば闘技場(コロシアム)の地下には大量の爆弾が隠されているって噂があるんだよね?
負けず嫌いのあの子なら、きっと転んでもただは起きないはず。全てを巻き込んで自爆の一つや二つしそな物なのに——どうして私達は生きているのかな?』
歯を食いしばり分が悪そうな顔をしている彼の姿を愉しむように。
『ドルファに敗者はいらぬ。足手纏いになる者など王に必要ない』
『だから殺した? 放って置けば勝手に死んでくれたのに?』
後ろに立っている僕からじゃ、彼女が今どんな顔をしているのか見えない。回り込めばその顔を見ることは出来るけど、足が動かない。根がはっているみたいに、重くて持ち上がらない。
『メシアも雌豚も邪魔者も、何もかも全部消す事が出来たのにどうしてそれをしなかったか……』
ゆっくりとこちらを振り返った顔は……。
『それはルシアを助けたかったからでしょ?』
——バンッ。一発、部屋に鳴り響く爆発音。
紅き鎧の騎士が撃った弾はヒスイの頬を掠めて、窓枠に当たった。
『ほざくな人形が』
般若のお面の下にある鋭い眼光がヒスイを睨み付ける。
『もしかして図星だった?』
あはっと嗤うヒスイ。こんな……嫌な顔をする彼女を見たのは初めてだ。胸の辺りがざわざわして気持が悪い。
『ぅ……うぅ……』
小さな呻き声。それはシルが発したもの。彼女の胸元が光り輝いている。"プリンセシナに行った僕"が返って来るんだ。
『時間切れか』
紅き鎧の騎士は構えていた銃を下し
『次は無いぞ』
鎧の中へとしまう動作のなかヒスイを睨み付けそう言った。
『もしかして脅しのつもり? それとも命令?
どちらにせよ、そんなの聞くつもりなんてないよ。私の雇い主は貴方じゃないもの。
"今の雇い主"はナナ様だから』
それにね——と、背を向けて立ち去ろうとする紅き鎧の騎士を呼び止めるようにヒスイは言葉を続けた。
『言われなくても、メシアの生き残り……ルシアは殺すよ。お墓には貴方の首を供えてあげるから安心して?』
にこりと微笑んだ彼女の顔からは生を感じなかった。どちらかというと、能面のような、無表情でなんの感情もない——人形のような笑みだ。
『それは楽しみだ』
捨て台詞を吐いた後、紅き鎧の騎士は光に包まれて僕たちの目の前から姿を消した。
ベット以外何もない部屋には、僕とパピコさんとヒスイだけが取り残された。それはなんだか、世界にたった三人だけ取り残されたような、孤独感を感じ、
『……貴方は愛されているんだね。私も愛されたかったな……。
だから、私が終わらせてあげる。貴方の幸せで楽しい人生を』
頬に一筋の雫が垂れるその姿は胸が締め付けるように痛く、苦しいもので真っ直ぐ見る事が出来ず目を背けてしまった。
ヒスイ……君は一体……どんな人生を歩んで来たの? 君の事を知れば知る程、僕はッ!
誰かに握り潰されるように痛くて苦しい胸を押さえ、身体を引きずるようにして僕は次の階層への扉を探し出し、倒れるようにして中へ飛び込んだ。
この間、パピコさんは何も言わなかった。何も答えてはくれなかった。遠慮していたのか、あえて何も言わなかったのか、全部知っていながら黙っているのか、どれが正解なのか、違うのか、それは分からない。僕に出来るのはただ観ているだけだから——