複雑・ファジー小説
- 第七階層[アンサツ者ドラゴンネレイド] ( No.25 )
- 日時: 2017/12/31 10:14
- 名前: 姫凛 ◆x7fHh6PldI (ID: Yt9nQPKm)
鉛のように重たい瞼を開くと、目の前いっぱいに広がるのは赤の世界。それは厭と言う程見て来て血の赤じゃなくて、紅葉した紅葉の並木通り。傍に建ち並ぶ桧(ひのき)で造られた建物から出入りし、行き交う人々は絵画のように幻想的で、美しいと見惚れてしまうそんな景色が広がっていた。
さっきまで感じていた胸を締め付ける痛みがすーと、どこかに溶けてなくなってしまった。息が出来なくなるほどに痛かったのに。
『…………』
すれ違う人々はみんな可笑しな見た目をしている。
普段僕達が着ている洋服じゃなくて、和服と呼ばれる独自の文化で生まれた衣装を着て、下駄と呼ばれるサンダルをもっと歩きづらくさせたような靴を履いて、住人の殆どが二本足で立って歩いている"毛の生えた"動物たちのような見た目だ。
人の姿をしている人たちはみんな変な髪形をしている。
男の人はちょんまげと呼ばれる、頭のてっぺんが少し寂しいヘアスタイル。女の人は丸くてもっこりと盛り上がった髪に、櫛(くし)や簪(かんざし)を刺して豪奢な感じだ。
「ここは和の国だ。動物人みたいな見た目の人たちの国。
他の国との交流を一切遮断することで、独自の文化を持って発展していった国だ」
——ヒスイと初めて出会った国でもある。
なんとなく紅葉の並木通りを歩いていたはずだった。だけど僕の足は吸い込まれるかのように、とある一本の路地裏へと赴いた。そこに行けば何かがあるような気がして。
そこは薄暗く、ドブネズミがはうゴミだらけの汚い場所だった。無法に放置された黒いゴミ袋からは腐った生ごみの悪臭が漂っている。左右にある家の壁も、長年掃除されていないんだろうな、スプレーのような物で落書きされたままになっていて、さらにその上から何か食べ物がかかったような跡が付いている。ここに長居すると身体に何か悪影響を及ぼしそうで怖いと、思いながらも路地裏を進んで行く僕の足は止まらない。
『時間丁度。面白くないくらいに正確ね』
曲がり角に差し掛かった所で誰かに声をかけられた。声は曲がった先から聞こえた。若い女の人の声、まだ二十代前半の僕とそんなに変わらないくらいだと思う。声の人は僕に話しかけたのかと一瞬変な誤解をしてしまった。
『……今回の任務は』
真後ろから聞こえた、聞きなれた声に納得した。
振り返った先にいるのは、もちろんヒスイ。その顔は無表情で何も感じさせない人形のようなもの。第五階層で見せたあの無機質な顔だ。淡々と機械的に話す彼女の声に一切の感情を感じない。
『この男を殺しなさい』
曲がった角の先に居たのは和服が似合う綺麗な女の人。麦色の綺麗で長い髪をうなじの所で一つに纏め(まとめ)緩く大きな三つ編みで結んでいる背の高い凛とした顔の人。口は緩み口角が上がっているけど、上にある目は緩んでいない。鋭く吊り上がった目尻は、恐怖を感じさせ身体が震えた。
『……』
差し出された手のひらサイズの紙を受け取ったヒスイの横から覗き見てみた。本当はこんな事したくはないのだけど、ヒスイの事を知る為にはしょうがないことなんだ、と自分に言い聞かせる。
「……え」
紙に書かれていたのは一人の青年の絵。それは良く知っている青年の顔で、ずっと一緒居た青年の顔であり、
『名前はルシア。あのメシアの最後の生き残りだそうよ』
その青年は僕の事だった。
『ルシア……ッ』
一瞬、ヒスイの顔が歪んだ。声が震え、驚きと恐怖の感情が出ていた。
『どうしたの? 標的(ターゲット)に動揺するなんて珍しい……もしかして知り合いだった?』
可笑しそうに女の人は扇子で口を隠しくすりと微笑んだ。
『知らない、初めましての相手よ。……じゃあ私は行くから』
背を向けて立ち去ろうとしたヒスイを「ああ、待ちなんし」と女の人は呼び止めた。
ヒスイは頭だけ振り返った。
『先輩の小話くらい付き合ってくれてもいいんじゃないかしら?』
その言葉に、ヒスイは無表情で何も答えない。でもそれが答えだったらしく、女の人は嬉しそうに微笑み言葉を続けた。
『その男、般若の騎士のコレらしいわ?』
小指を一本立てた。
『戦いにしか興味無いって言っていた戦闘馬鹿が恋だなんて、あー可笑しい!
そんなら後輩として、真っ赤な花束くらい贈らないとねえ?』
『そうね。身体は綺麗に斬り飾ってあげないとね』
何この会話……どうして二人は"人を殺す"話をこうも嬉々として話していられるの? なんでこんなにも楽しそうな口調で話しているのに、どうして君たちの顔はそんなにも無表情なの?
『今度こそ行くから。必然的な出会いより、偶然的な出会いの方が運命めいたものを感じるそうだから、男って生き物は』
再び前を向いた彼女の顔は、自嘲するような笑みだった。
†
なんとなく。本当になんとなくだったけど、プリンセシナ内に鍵(ロック)がかかったような気がした。それはまるでこの階層で観れる記憶はここで終わりだと伝えているようなものであり、ヒスイのプリンセシナ内部に閉じ込められてしまった合図のようなものに感じられた。
記憶の終わりはいつもパピコさんが教えてくれた。始まりも終わりも
、次が最下層のシークレットガーデンに続いている事とか、何もかも、全部案内人のパピコさんの指示に従って動いて来た——今までずっと。なのに今回はそれを教えてくれなかった?
「あれ? 待って……パピコさんはどこにいるの?」
いつもすぐ傍にいるはずの人がどこを見渡してもいない。かわりにあるのは吸い込まれそうな常闇。
「ここは……どこ?」
聞いても誰も答えてはくらない。自分の質問の声が反響するだけ。
慌てちゃ駄目だ。落ち着け、落ち着け、落ち着くんだ僕。瞑り胸に手を置いて暴れる心臓を押さえ、冷静になろうと頑張った。
まず先に思い出されたのは、ここで観た記憶の数々。
海の国の王様に頼まれて僕たちは、海の中に沈んだ王国アトランティスに行ってそれで……二匹のドラゴンと出会い、時渡りの聖樹の下ではリリアンとドラゴンネレイドの間にある埋めたくても埋められない溝の深さを見せつけられて、裏カジノでは全てを知ってしまった彼女の絶望するさまを見た、工場地帯では死を願いながらも死ねない苦痛、殺人を日常的に殺らなくてはいけない楔(くさび)を打ち込まれた彼女の心——その悲鳴が頭の中で反響し激しい頭痛を催す、だけど僕にはその悲鳴の原因となったものが理解できなかった。
——僕にヒスイの闇を浄化することはでき…………ザザッザザザッザザザザッザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッ……目の前は壊れた液晶画面のように砂嵐となり何も映さなくなったザザザザッザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッ……。
-To be continued-