複雑・ファジー小説

Re: 【参加型】神世ノ描画≪参加神募集中≫ ( No.5 )
日時: 2017/12/02 14:52
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

〈Story1 天才魔導士の初日〉

 凍てついた季節、凍りつく風。
 彼は冬が大好きだ。
 冬は終わりの季節、閉ざされた季節。
 冬の中でならば、何があっても心が揺れ動く事は無いから。
 しかし今、彼のいる場所は春。明るい光が当たりを照らし、雪を溶かして全てを温めていく。
 その中を、彼は歩き出す。手には入学証明書。
——目指すは、ルティーノ学園。
 認められたい、それだけの思いを抱いて、魔法の天才は前へ進む。
 その名を、ウィオネン・アルクィーゼといった。


  ◆


「入学式を始めます」

 校長の言葉にしっかりと耳を傾けながらも、彼はこれからの事を思案する。
 首席で堂々入学してきた彼。世間からの注目は高いが彼はそんなのに頓着しない。
 冷徹に新入生たちを見た。冷静に皆を観察した。
 彼は学園生活なんて楽しむ気が無く、ただ勉強に邁進(まいしん)する気しかなかったから。
 首席だからコメントを述べる場面何ていうものもあったが、彼は愛想笑いでそれを適当に済ませた。
 そして流れるように入学式が終わり、クラス分けされて教室に向かう。

  ◆

「ウィオネンくん、首席なんだ、すごいね!」

 教室に入って早々、そう声をかける人物がいた。
 彼が振り向けば鮮やかなピンクが目に入る。そこには桃色の髪を短いツインテールにした、赤い瞳のキュートな印象を与える女の子がいた。彼女はその瞳を好奇心に輝かせて彼を見る。どこまでも無邪気で純粋な態度で、明るく笑いながらも彼に話しかける。

「はじめましてっ! あたしはルキャナ! 炎の魔法が使えるんだよ? よろしくねっ!」

 彼女は彼と話したいと思っていた。しかし彼は彼女と話すつもりが無かった。
彼は渡された教科書を開いてパラパラめくりながらも、冷たい声で返答した。

「それで?」
「……え?」

 ルキャナと名乗った女の子が、その冷たさに固まった。

「それで、どうしたというんだ。名前は覚えた。しかし僕はあなたに用が無い。予習をしたいんだ、放っておいてくれないか」

 クラス中の空気が、その氷のような一言に固まった。皆、驚いたような顔で彼を見ていた。
 その視線を受けて彼は、鋭く皆を睨みつけた。昔から、そうだ。こうやって空気を乱す者は成敗される。それがここでも通じるのかも見物だなと、他人事のように彼は思った。
 ルキャナは思い切り頬を膨らませた。

「ウィオネンなんて、大っ嫌いっ!!」
「嫌いで結構。そもそも好かれようとなんて欠片も思っちゃいない」

 それは、断絶の台詞。

「僕に構うな」

 そして彼は独りになる。自らそう、望んで。

  ◆

「魔法の実技の授業をします」

 一時間目のオリエンテーションを終え、二時間目はいきなりこれだ。教室から外に出て皆が集う。実技は特にウィオネンの得意とする分野なので、彼の心はひそかに高鳴っていた。
 他のクラスメイト達とルキャナが笑う。

「あたしねー、炎が使えるんだよっ!」

 簡単なことを馬鹿みたいに自慢してみんなに「すごーい」と言われている。ああ馬鹿なんだなとウィオネンは思う。
 彼は自分の右手をそっと開け閉めした。途端に生まれる氷の結晶。

「ああ、大丈夫だ」

 誰にともなく呟いて、彼はアイスブルーの瞳で前を見る。
 先生が口を開いた。

「魔法と言ったらまず実技ありきです。そのため実技は重要な科目。しかしただ魔法を使うだけでは下手な暴走を招きます。ここでは魔法を暴走させないように、しっかりと制御する方法を学びます。
 第一に、精神統一。自分の魔法がどのような影響をもたらすか常に考えてください。魔法は壊すためにあるのではありません。そのことを常に心得て」

 女性の先生たる彼女は言って、静かに目を閉じた。
 次に彼女が目を覚ました時、そこには何本もの岩の柱が立っていた。
 彼女は大地使いであるらしい。

「大地だって制御を誤ればひどいことになります。炎使いは特に攻撃的な術が多いので注意してください。大きな標的を狙うのは簡単ですが、小さな標的を狙うのには集中力と精神統一が要ります。皆さん」

 彼女は手を上げて前を指し示した。
 そこにはいつの間にか、いかにも魔法で作ったような、岩でできた細い棒があった。

「これを離れた場所から狙います。正確に自分の魔法を当てられるようにしましょう。では、始め!」

 生徒達が散開する。「離れた場所から」と言っても具体的な距離は言われていなかったので、棒に近い場所に皆群がって自分の技を当てようとした。それでも外す者がいる。ウィオネンはルキャナがその一人になっているのを確認すると、「その程度か」と内心で馬鹿にして、棒から大きく距離を取った。
 生徒たちが群がっているもののほかに、まるで違った方向にもう一本の棒があるのを、彼は正確に見抜いていた。それを狙えばいいのである。
 先生がそんな彼を見て、顔にパッと喜色を浮かべた。

「よくそれに気が付きましたね、流石主席です! ……そんなに離れたところから狙って、当たるのかしら」
「まあ見ていてください」

 彼は離れていく。その岩の棒が、親指ほどの小ささに見える位置まで。
 彼はスッと目を閉じた。目を閉じれば己の内に潜む闇が、常にうごめいているのが解る。
 彼は目を開けて、前に右手を突き出した。

「放たれよ」

 短く一言。彼の指先から冷気がほとばしり、それは氷の矢となって歪むことなく前へと突き進む。どこまでも——どこまでも、前へと。
 先生の歓声が上がった。

「すごい、すごいわ、ウィオネンくん! あんなに離れているのに見事に命中!? とてもじゃないけれど私には無理よ!」

 反応から、命中したのだとすぐに分かる。
 彼は淡く微笑んだ。

「そんなの、ただの偶然ですよ」

 謙虚にしていればよく思われると、知っているから。
 だから彼は敢えて、「当然ですよ」とは言わなかった。
 これが彼の処世術だった。

  ◆

 二時間目は武術。ある程度の体力作りは魔導士にも必要らしい。
 そしてそれは彼の苦手分野だった。彼は内心で溜め息をついた。

「避けては通れない壁だと、わかってはいるんだがな……」

 この先を思って思わず悲観しながらも、皆の動きに従って運動場へ移る。
 運動場にはいかにも武闘派と言えそうな、大柄な男が立っていた。
 男はよく通る声で言う。

「二時間目は武道だ! 体をしっかりと動かすことも重要なのだ。俺はここの担当のラダム。まず早速だが、この運動場を一周してもらおう。全員、駆け足!」

 有無を言わさずラダムは急かす。運動場はそこそこ広く、ざっと見200メートルはありそうだ。
 急かされて皆、走り出す。ウィオネンだって例外ではない。
 しかし走り始めてすぐに、ウィオネンが皆から大いに遅れた。ラダムの叱声が飛ぶ。

「こら、そこ! 首席だからと言って怠けてチンタラ走らない! さっさと追いつけ!」

 怠けてなんかいないのに、その言葉に彼は一瞬、腹を立てた。だから風の魔法を併用して一気に走った。それでもかろうじて最後尾に追いつける程度だった。

「なんだ、やればできるじゃないか! 出来るのならば最初から手を抜くな! わかったか!」

 その言葉に応えられるほどの余裕を彼は持たない。
 200メートルを走りきった時、彼は息をするのもやっとだった。彼は地に手をついて座り込み、懸命に呼吸をしようと喘いだ。周囲を見ても、そんなにひどい状況の人は彼以外に居なかった。

「よし、走ったな? ならば次! あの木まで行って帰って来い!」

 間髪を入れず、ラダムは一本の木を指し示した。その通りに生徒達は動く。
 しかしもう、ウィオネンは動けなかった。立ちあがる気力すらなかった。
 あまりにも圧倒的な魔力を生まれながらにして持つ彼は、その代わりのように体力を持たない。彼の体力は常人以下だ。
 そんな事情を知らないラダムは、ウィオネンの胸ぐらをつかみあげて怒鳴った。

「怠けるなと言っているだろうが!」

 その行為にウィオネンは切れた。激しく咳き込み咳き込み、途切れ途切れになる息の下で冷徹な声を放つ。

「怠けているのは……あなたの方だ」
「何だと?」

 彼の周囲で冷気が渦巻く。

「生徒の事情を知ろうともしないで……あんたこそ……怠けているのと違うか!」

 無理をした身体は軋みはじめる。ウィオネンは己の意識が遠のいていくのを感じた。
 それでも、一言を放つのは忘れない。

「貴様など……教師とは認めない!」

 この学園の生徒は多い。その一人一人の事情を知れとはさすがの彼も言わないが、それでも知らなくてはならない事がある。武道教師ならばうまく体を動かせない人のこと、実技教師ならば魔法の制御が生まれつき不完全な人のこと。それくらい、教える者の義務だと彼は考える。
 それなのにラダムはそれを果たさず、彼を「怠け者」と罵った。
 だから彼は、認めない。
 徐々に薄れゆく意識の中で、彼は己の心に更なる霜が降りたのを感じた。