複雑・ファジー小説

Re: 【参加型】神世ノ描画≪参加神募集中≫ ( No.6 )
日時: 2017/12/02 16:17
名前: 壱之紡 (ID: vGUBlT6.)


【黄昏の足音】


「無理だよ……あんな借金到底返せねぇ……」
「しっかりして下さい、今我々のギルドの命運は、貴方の手に握られているんですよ……!」
「ンな事言われてもよぉ……!!」

 太陽が傾き始め、橙に景色が染まっていく。声を張り上げる商店街の売り子。色々とりどりの野菜を1つ1つ物色する子連れの母親。虫人だろうか、薄く透き通る翅を持った人物が曲芸を披露していた。今から暮れようとする街は、これが最後とばかりに活気を増している。そんな街並みを、足取り重く進む男2人がいた。賑やかな店々には目もくれず、ひたすら進む姿は少し異様にも見える。片方の男は髭を伸ばした中年で、もう片方の男は黒い耳の生えた若い獣人だった。

「くそっ、あのギルドのせいだ、何もかもあそこのギルドマスターのせいだ……!!」
「ちょっ、大声出さないで下さいよマスター」

 マスター、と呼ばれた男は舌打ちをし、足元のタイルに唾を吐きかけた。すれ違う女性が眉をひそめる。トマトをかじっていた子供が男を指さす。気に留めず大股で歩く男。女性に頭を下げてから、若い獣人が小走りで追いかけてくる。黙って歩き続ける男。歩くのが速い男に獣人は苦もなく付いていき、いかにも不安そうに口を開いた。

「マスターのお気持ちは分かります。『ミス・トワイライト』はまるで人間とは思えない。ウチの主な取り扱い商品を大量に世にバラまいた挙げ句、それを我々よりも格安で、とは……明らかに潰しに来てますよ……しかも我々に金を貸して……」
「黙ってろ、ジョン」

 マスターがぶっきらぼうに声を投げると、ジョンと呼ばれた獣人は素直に口を閉じた。しかし、まだ何か言いたそうにしている。余程のお喋りなのだろう。それを眼で制し、マスターはまた黙り込んだ。
 真っ直ぐ続く橙の通りをひたすら進んでいく。人の行き来が少なくなる事は無い。やがて、マスターがいきなり立ち止まった。そこそこ人が出入りする店の前。ここなんですかと、遠慮がちにジョンが問うと、マスターは答ずに顔を上に向けた。視線の先には、店の看板。『ギルドショップ・トワイライト』と大きく描いてある。思わず唾を飲むジョン。気付くと、マスターは既に店の中だった。木製の扉を開くと、カラフルで、実に様々な物が置いてある広い店内。客も実に老若男女多種多様だ。マスターを慌てて探し追いかけると、混雑した中に見慣れた背中を見つける。何やら会計係の店員に尋ねているようだ。赤いショートカットの快活な女性だ。話の途中に、やっとジョンも追い付いた。

「お話は伺っております。ギルド『カリスト』のマスター様ですね? 我々のギルドマスターも貴方様をお待ちです」
「もう準備は出来ているのか?」
「はい、係の者がご案内致します」

 愛想の無いマスターの言葉に対しても、笑顔を崩さない店員。手にした呼び鈴を鳴らすと、同じ制服を着た男性が現れて、またもにこやかに声を掛けられた。同じような挨拶でも、マスターとジョンは不快感を全く感じなかった。これもプロの成せる応対術なのかもしれない。

「それでは、ご案内致します」

 店員の一声と共に、一行は店の裏へと進んでいった。赤髪の女性が頭を下げている。礼儀正しいな、と思いながらジョンは店員とマスターに付いていった。喧騒が段々遠のく。しかしマスターは内心それどころでは無かった。
 1段1段、赤いカーペットが引かれた階段を登る。マスターの体は冷や汗だらけだった。ドクドクと跳ねる鼓動。僅かに響く階段を登る足音が、やけに頭に反響して残る。半端ではない緊張感に反応したのか、ジョンの耳もピンと張り、顔も強ばっていた。少しずつ、地獄が近付く感覚。やがて階段を登りきると、広い廊下が続いた。右側には大きな窓、左側には幾つか扉が並ぶ。廊下へ踏み出す2人の足は、細かく震えていた。

「着きました、ここがお部屋になります」

 店員がにこにこと告げる。その笑顔もただただ憎らしい。2つの心臓はもう張り裂けそうであった。店員が重厚な扉の取っ手に手を掛ける。しかし、何かが弾けたのか、マスターが不意に店員の手を払いのけた。ジョンが慌てて止めようとしたがもう遅い。扉を押し開き、勇敢にも足を踏み入れる。

「失礼する、ミス・トワイライト!」

 扉の先は、落ち着いた空気の書斎だった。壁には本棚が立ち並び、無意識に圧倒される。部屋の中心には飴色のテーブルがあり、手前には椅子2つ、奥には椅子が1つあった。その椅子に、見た目麗しい男性が座っていた。隣には、縁無し眼鏡をかけた男性が大剣を背中に携えて立っている。細い脚を組んだ男性は、マスターを見ると琥珀色の目を細め、妖しげに微笑んだ。

「ようこそ、『カリスト』のマスター」

 突如、マスターの顔に怒りが充満した。肩をいきらせ、大声で怒鳴る。

「話が違うぞ!! 俺達が会いたいのは『ミス・トワイライト』だ、手下の男なんかじゃねぇ!!」

 男性に向かい走り出そうとするマスター。ジョンが急いでマスターを羽交い締めにし、すみませんすみませんと繰り返し謝る。その2人の姿を見て、椅子に座った男性は高らかな笑い声をあげた。マスターのこめかみに青筋が浮く。ジョンが腕に力を込め、マスターを更に封じた。興奮するマスターの腕に、ぽんぽんと、何者かの手が乗せられた。振り返ってその相手を睨むと、さっきの店員が相変わらずそこに立っていた。マスターが叫ぼうとする。するとそれを制すように、店員がゆっくりと微笑んだ。

「恐れながらお客様、仰られる『ミス・トワイライト』様とは、あの方で御座います」
「……はッ?」

 目を剥くマスターとジョン。思わず2人とも動きを止め、男性の方を見やる。そう、どう見ても男性。しかし、次にその男性が口を開くと、2人の言葉は完全に失われた。

「如何にも、貴方が仰られるのはわたくしの事ですわよ? 私はギルド『トワイライト』のマスター、『ミス・トワイライト』ことスレイヴ・E・ハイラント」

 男性は、妖艶に首をかしげた。

「初めまして、お二方。どうぞおかけになって?」