複雑・ファジー小説

∮???章——始まりを告げる者∮ ( No.17 )
日時: 2019/09/06 08:57
名前: 姫凛 (ID: 9nuUP99I)

-絶望の???編-











分厚い黒い雲に遮られ灯りの無い常闇が支配する森の中で大きく煌く深紅の光。
轟々《ごうごう》と獣の唸り声のような音をたて、黒い炎が森の木々や動物たちを容赦なく燃やし溶かしていた。
上空から見れば森は深紅に煌めきを放つ黒い炎に呑まれ黒煙を上げ、ゆっくりとだが確実にじわじわと全てが灰となろうとしていた。

「おえっ。お、おえええ……」

 女だ。いやまだ少女というべきだろうか。
大人の女とはまだ言い切れない、子供のようなあどけなさとを残した少女が木に手を付け盛大に胃の内容物をぶちまけている。

 自慢の白銀に輝く髪が胃酸で汚れる事も気にせず少女は腹の中に蓄えていた物を吐き出す。
べちゃくちゃと吐き出された物の傍らには一体の死体が転がっていた。

 死体には首よりも上、下歯茎から上、上歯茎から頭頂部が存在していなかった。
灼けて溶けたかそれとも何処かで落としたか。残された下歯茎部分に収められた舌は表面が炙られだらりと力なく垂れ下がり、残っていた唾液の気泡がぶくっと膨れては破裂するを繰り返していた。

 只の死体であればきっと少女は見捨てていただろう。非情にも思えるが≪この時代≫では仕方のないこと。
彼女は慣れ過ぎてしまったのだ。死体を見るのもそれを作る事にも。

「おぇえええ」

 まだまだ吐き足りない。吐く物が無くなっても嗚咽は止まらない。
それは何故か? 転がっている死体が彼女にとってとても大切な存在だったからだ。

 彼女はとある組織に所属している。そして同時にとある組織と闘う戦士である。

 転がっている死体の名はハーゲルン・クラウン。大貴族クラウン家の嫡子だ。
顔が半分ないが着ている服装で彼だと判った。
派手好きの彼。皆着飾る余裕がないというのに彼だけは少ない物資をやり繰りしいつ如何なる時でも貴族として恥ずかしくない振る舞いを心掛けていた。

 自身を着飾る余裕があるのならば飢えに苦しむ子供たちに少しでもいい食事を提供できるようにすればいいじゃないのかと、毎日顔を合わせる度にちょっとした喧嘩をしていたのはいい思い出だ。
——本当にいい思い出だった。

 前に売り言葉に買い言葉で「あんたなんて死ねばいいんだ!」などと言ってしまったことがあった。
すぐに謝ろうと思った。だが彼女も彼も組織では要とされる重役。闘いが激しくなるにつれゆっくり二人で会話をする時間を設けることはできなかった。
——そう。今此処で彼の死体を見つけるまで。

「ぁ……あぁ……ああああああ!!」

 胃酸さえも吐き出せなくなった彼女は自身の居場所が敵に察知されるのも構わず叫んだ。

 へたりと崩れるように座る。汚物で形見の紅いポンチョが汚れることも厭わずに。
彼に恋慕に感情を自分が抱いていた事は知っていた。彼もまた自分に対して同じ感情を抱いてくれている事を知っていた。
だが自分たちは貴族さまと迫害者。身分があまりにも違い過ぎる。そうでなくとも今の時代、婚姻など祝い事で貴重な食糧や物資を使う余裕などない。

 だから言えなかった。言えるはずもなかった。
ただ遠くからでも互いを思い合っていればそれでよかった。それだけで良かった。……それなのにどうしてこんなっ。

 彼の残された頭の下半分を手に持つと

 ぐちゃり

 鈍い音をたて首から頭が取れた。

「…………」

 泣き腫らした顔に≪彼だったモノ≫を近づけ頬釣る。
涙はもう流れなかった。泣き過ぎて枯れてしまったから。

 彼女はうん……うん……そうだね……と彼だったモノと会話をかさね。満足がいったような顔をするとそっと元あったように彼を置いた。
スッと立ち上がり、ポンチョの裾に着いた汚物を取り払う。

 何時までも此処で泣いている訳にはいけない。自分には他の誰にも代わりの出来ない使命があるのだから。
彼女は自分を振い立たせ前へと進む。

「もしもさ。輪廻転生《りんねてんせい》の先でまた会えたらさ」

だがその前にもう一度彼が眠る方へ振り返った。

「——また喧嘩しようね!」

 ニカッと笑う彼女の笑顔が好きだった彼の為に彼女は今できる最大限の笑顔で別れを告げた。





絶望の???編-2- ( No.18 )
日時: 2019/09/09 09:58
名前: 姫凛 (ID: 9nuUP99I)


——走る。

 彼女は振り向かずひたすら前だけを見て走る。

 うぉぉぉおおん。

——走る。

 彼女を追う狼に似た獣の遠吠えから逃げるために走る。

 ガサガサと木々が揺れる。
走る彼女の身体が当たり揺れていたのではない。視線だけ後ろへ向け見えたものは。

 ぐるるるぅぅぅぅ。
鍛えられた闘犬とも、または狼の群れのボスとも見える、が、そのどちらでもない数匹の四足獣。
その屈強な肉体はほぼ筋肉だけで造られており、人のこぶしくらいはありそうな筋肉の塊がぼこぼこと凹凸し元の身体の原型を留めてはいない。

 呻き声をあげる四足獣たちが一般的に家庭で飼われたり、自然の世界で自由に暮らす獣と違う点がもう一つ。

 首がない。

 正確には胴体から続く首とその上にあるはずの頭がなく、その代わりに青白く燃える炎が陣取り獣が声を発するたびに炎は形を大きさを変える。
その姿はまるで墓場に現れる《デュラハン/首無し騎士》によく似ていた。

 彼らはナニモノか——化け物=デュラハンと一言で片づけてしまえば問題は簡単に解決したようにみえる。
だが彼らは騎士ではない。強いて言うのであればデュラハンが跨る首の無い馬の方が近いだろう。

 それに一括りデュラハンと言えど《フェアリー/妖精》寄りのものか《アンデッド/死神》寄りのものと大きく二つに分けられる。
彼らはその見た目の醜悪さからフェアリー種ではないだろう。
ならば犬か狼の死体が何らかの方法で突然変異を起こしアンデッド化したか。または第三者が生前の彼らに何か施したか。
そのどちらかだろう。アンデッドを自らの手で生み出す手段を持つ《ネクロマンサー/死霊使い》辺りがこの世に復活させたまたは生み出された《哀れな化け物たち》

「……きもちわっる!」

 そんなことどうでもいい。化け物の生い立ちなど知った事ではない。そんなの自分には関係ない。

 踵を返し彼女は追って来る化け物たちと相対する。

 うううぅぅぅ。
化け物達は想像もしなかった突然の鼓動に驚き足を止め威嚇の呻き声をあげた。

「——おそいっ!」

 声を発すると同時に背負ってた自身の身体と同じまたはそれ以上の銀色に煌めく剣を鞘から抜き取ったと同時に薙ごうた。
間合いに居た化け物達は皆何が自身に起きたのか理解する時間もなく四本の足を失った。

 くぅあ。

 近くに居たため運悪く足を失った化け物。ほんの少し離れていたおかげで運良く逃れた化け物。
数秒後あげられた間抜けな鳴き声はどちらがあげたものだったか。
その更に数秒後、己の足が奪われた事に気が付いた化け物たちは痛みと悲しみと悔しさが入り混じった声をあげた。

 うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉん!!!

 その悲痛な叫び声を合図に仲間の血で黒く汚れた剣を握りしめたまま呆然と何もせず佇む標的に向け同時に飛びかかりその強靭な爪牙で襲い掛かった。
鋭く尖った牙は白桃のように白くすべすべとしたか細い二の腕にずぷりと突き刺さる。
大地を削る爪は大地を踏みしめる馬の皮膚で造られた帆の長い履き物を引き裂き、その下に隠された柔肌を傷つける。
 何もせずただ呆然と立ち尽くす彼女の身体は纏っていたポンチョと相まって紅く染められてゆく。

 喰らう。裂く。これでもかと化け物たちは柔らかい身体を喰らい尽くす。
しょっぱい。肩を喰っていた化け物が感じた。
顔をあげると獲物から水が流れていた。しょっぱい味の水だ。まずい。この水はうまくない。
こんなまずいものを飲ませやがって、このまま肩を喰いちぎってやる。オマエが奪った仲間の足みたいに。

 化け物はぐっと噛みしめ喰いちぎろうとした。だがしかしそれは出来なかった。なぜなら。

 ぎゃあああああああおぉぉぉん。

 肩を喰いちぎろうとした化け物の身体は宙を舞っていたからだ。
何が起こったのか分からずまた反応が遅れた刹那また化け物が吹き飛んだ。今度は剣を持つ腕を噛んでいたものだ。

 何が起こっている。何が起こっている。理解が追いつかない化け物たちはとりあえず噛んでいる《獲物》から離れようとした……できない。喰いちぎってやろうと深々に刺した牙はぷにっとした柔らかな肌に飲み込まれているように抜け出せない。切り裂こうとした爪も同様。

「ふふふっ」

 震える。噛んでいる獲物が声を出し震えている。

「あはっあはははっあーはははははははははっ」

 頭の中に響く声。声。声。狂いそうだ。いや眼前に居るこいつはもう既に狂っている。

 気づいた時にはもうすでに事遅し——軽く。本当に軽く。周りを漂う小蠅を払うかのように軽く剣を一振りされ飛び散った。

悲鳴をあげる暇もなく散った。
宙に放り出され斬られた。肉片と共に臓物が辺りに飛び散った。
真っ二つに斬られた胃からは胃酸の酷い悪臭を放なたれ、ぶつ切りにされた盲腸からは糞尿などが飛び出し酷いアンモニア臭が漂い、ずるりとむき出しにとなった心臓は自身を収納し護ってくれる肉体を失った事に未だ気づかず、どくんどくんと巡回する先の無い血液を回し続ける。

 燃える木々の臭い。香ばしいを通り越し炭と化した動物の臭い。原型を留めないぐちゃぐちゃになった肉塊の臭い。まき散らされた臓物の悪臭。
それら全て舞台の背景だと言わんばかり踊り狂う少女が一人。

「あははっ踊ろう! みんなでもっともーーーとっ踊りましょーーーーーーーーう!」

 あはははははっと乾いた嗤い声をあげ彼女は踊る。
時には観客を魅了する《バレリーナ/白鳥》のように。時には見る者を笑わす《ピエロ/道化師》のように。

 あはははははっと乾いた嗤い声をあげ彼女は剣を振るう。
周りに観客はもういない。いるのはバラバラになった肉片のみ。

「…………」

——と、思われた狂乱に舞う舞台を見据える観客が数名……いや数百名存在した。