複雑・ファジー小説
- Re: 片時も、違わずに ( No.2 )
- 日時: 2017/12/09 11:23
- 名前: 凛太 ◆GmgU93SCyE (ID: xV3zxjLd)
私が春から通う高校は伝統ある女子校で、古めかしい校舎が特徴的だった。御機嫌ようって言わなきゃいけないのかな、なんて思っていたら、入学式で校長先生が開口一番に言ってきた。中学の頃は共学だったから、辺りを見回しても女子しかいないのは、なんだか不思議な気分だ。
入学式はつつがなく終わり、残すはホームルームだけとなった。正直、入学式よりも緊張している。担任の先生が来るまでの、ちょっとした待ち時間。教室の中では、女子の密やかな声が蔓延していた。要するに、グループなんてものが出来上がっていたのだ。私はそれに加わることが憚られ、かといってすることもなく、ぼうっと座っていた。中学の頃は、振り返れば友達があまりいなかった。魔法使いなんて時代錯誤なものは、敬遠されがちだったのだ。
「成瀬亜梨子ちゃん、だよね?」
「え、う、うん」
いきなり話しかけられ、私の声は上ずった。見れば隣の席の女の子が、私に向かって笑いかけていた。
「あたし、持田瑞穂。持田でいいよ」
彼女は、印象深い容姿をしていた。全てが小さいのだ。身長や手足、そして顔の大きさも。けれど斜めに切り揃えられた前髪の、すぐ真下。そこには全てを取り込もうと意気込むような、丸々と大きい瞳が並んでいる。
「持田、さん」
「持田でいいってば」
「……持田」
「良し」
彼女、持田は目をすう、と細めて笑む。
「あたしは、貴女のこと、亜梨子って呼ぶね。だって、不思議の国のアリスみたいだし」
「別にいいけど」
「素っ気ないなあ、せっかく友達になろうって話しかけてるのに」
友達。私と、持田が?
私は大きくかぶりを振った。そうだ、みんなが私を疎んでいたのではない。私が、みんなを遠ざけていたのだ。
「駄目だよ、私と一緒にいたら」
「なにそれ、なんかかっこいいじゃん」
持田はけたけたと姦しい声を上げた。教室中の視線が、一瞬だけ私たちに集まって、それから四散していく。居心地の悪さを感じた。そんなの御構い無しに、持田は畳み掛ける。
「ねね、なんで一緒にいたらいけないの」
「や、それは」
言えないけど。折良く担任が教室に入ったのを認めると、私はその言葉を飲み込んだ。持田は担任の到来を快く思っていないらしく、わかりやすく頬を膨らませていた。担任は初老の国語教師で、淡々と挨拶を述べていく。私は頬杖をついて、今後のことについて思考を巡らせた。友達、なんてものはいらない。詩君以外には。
代わり映えのない自己紹介と、ちょっとしたホームルームが終わった。私はスクールバッグを肩にかけ、真っ先に教室を出ようとする。それを、持田は見逃さなかったらしい。
「一緒に帰ろうよ」
その誘いに、私はにべもなく断わった。こうして佇む彼女を眺めてみると、本当に彼女は変わっている。既に制服は着崩され、パーマをかけたのだろう、髪の毛は緩く波打っている。真白の肌に浮いたそばかすは、どこか愛嬌があった。どこからどう見ても、趣あるこの学校にはそぐわない。
「やだ、私図書室寄りたいし」
「じゃあ着いてくよ」
持田は何が嬉しいのか、頬を綻ばせながらそう言った。私はそんな彼女を無視して、廊下に飛び出す。負けじと持田も後を追いかけてきた。
「図書室の場所、知らないでしょ」
「うるさいなあ。適当に歩けば、いつか着くよ」
こうなったら、もう意地だった。持田は、何故私に付きまとうのだろう。さっき、会ったばかりなのに。友達作りなら、他の子とすればいいのに。
油断を、していたのだと思う。気づいた頃には遅かった。無闇に突き進むと、既に辺りに人の気配はなかった。私ははた、と立ち止まる。窓から西日が差し込む。廊下がはっとするほどの朱に染まっていた。瞬きの間、気が遠くなるほどの耳鳴りがした。
「ついに諦めた?」
私の前に回り込み、持田は勝ち誇った風に胸をそらした。私は人差し指を唇に当てた。もうここは、こちらの国ではないのだ。胸の内側が、妙に張り付く。騒いではいけない。あちらの国に、かどわかされてしまうから。