複雑・ファジー小説

prologue「強制入学 Live or Die」1/2 ( No.1 )
日時: 2018/07/07 20:04
名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: wooROgUa)

prologue「強制入学 Live or Die」 1/2


——男は、倒れ伏していた。
 立ち上がろうとする素振りは見せるが、数秒をかけ、少し腕が動いたかと思えば手を滑らせ沈む。彼は、流れ落ち出来た血の池で全身を濡らしていた。
 量から言って、まだ生きているのが奇跡なほどの赤。しかし、それも風前の灯火。今すぐにでも消え失せてしまいそうなほどのか細い呼吸音、それだけが部屋に響いていた。

 男は最後の力を振り絞り、無理やり体を仰向けにした。最後に見るのが冷たい床ということだけは避けたかった。
 とはいえ、血を失ったことでとうに視力は失われていたことに気が付くだけであったが。
 比較的綺麗だった背中も血で濡れたが、もはや気にするだけの余力はない。
 痛い、そんな感覚もなくひたすら襲ってくるは死に向かう恐怖。
 違う、こんなはずじゃなかったのに、何故だなんでアイツが……。

「——い、やだ」

 それが、彼の最期の言葉となった。





「——ッ!」

 少年は目覚めた。いつの間にかはだけていた布団を求めて、ゆっくりと上半身を起こす。その体は寝間着もつけず、肌着だけであったが、それが透けるほどには汗をかいていた。
 その事実に気が付くと、体にぴたりと張り付く気持ち悪さも感じ取る。ベッドから降りて、少し乱暴にそれを脱ぎ捨てた。
 やな夢だった、そう一人零したのちに彼は、かすかに首を傾げた。

「……何の夢だっけ?」

 とにかく嫌な思いをした、ということは覚えていたがその詳細が一切わからない。まるで霧の中に隠されてしまったような不明瞭な記憶。
 だがそれも、左腕にあったハサミ、あるいはバツ印に似た痣を見て思考の片隅に追いやられた。
 同時に、どうせこれのせいだろう、という勝手な思い込みを彼の脳内に発生させる。
 痣はそんな少年の恨みこもった目を受けても滲みもせず、ただ彼の腕に鎮座していた。


 突然ではあるが、彼は世界中に住む人間の中では『異能力者』というカテゴリーに分類される。それは決して、普遍的なものではない。それなりに希少なものだ。
 炎を出す、変身する、人を操る、子供ならば興奮して当たり前のような能力。そういったものを持って生まれてくる彼ら、痣はその証——おかげで痣を意図的に作ろうとする者もいなくもないが、当然見分けるための技術はある——で形も場所も様々だ。
 
 つまり、それを腕に持つ幾田 卓(いくた すぐる)、彼もまた特殊な力を持っていることが証明されている。彼は発覚後すぐに専門の教育機関、いわゆる『異能学園』に送られたわけである。本人の意向は無視された。
 突然の環境の変化が、思春期に突入しかけていた彼にとって大きな影響があるのは当然であった。

「じりつしんけい、だっけ?」

 彼は、それらが原因となり、自律神経が乱れたのかもしれない。テレビで得た頼りない知識をもとに、勝手に結論付けた。
 幾田は汗を洗い流すため洗面台に向かう。
 まだ薄暗い部屋の中、おぼつかない足取りで向かう。

「……つめたっ」

 水温む春がにはあと少し。予想を下回ったのか、幾田は冷たさに思わず目をつむる。その後はお湯を出せばよかったのだが、何かに勝負を挑んでいる気分なのか、そのまま水で顔を締めていた。
 彼のこれからの行動と言えば、今日は月曜日であるし服を着て、鞄を背負い歩いて百メートル程度の位置にある校舎に登校。
 授業を受けて、またどうでもいいような一日が過ぎていくのか。



——断じて違う。

「……ん、んん?」

 ふと、顔を腕で拭っていた彼は自分の首に何かが付いていることに気が付いたようだ。鏡を見て、その正体を確認すると酷く間抜けな声を出した。
 幾田の首には、首輪が付いていた。とても立派で、黒光りしているそれは今まで幾田が見てきた物の中でも群を抜いて頑丈そうだった。
 首輪、そう呟いた後に幾田は何度かそれを外そうと試みるが、びくともしていない。数分して、その行為が無駄だと悟り力なく腕は垂れ下がる。
 
「なんなんだよこれ……」

 誰もいない部屋にそう呼び掛けたところで、その問いには誰も答えない。だが、答えられる人物が彼を呼び出す。
 部屋に、声が響いた。

『──現在、音響機器の試験運転中です。しばらくお待ちください』
「な、なんだ?」

 慌てて洗面所から飛び出し、ベッドなどがある居間に戻る。
 照明をつけ音の出所を探せば、ベッドの反対側の壁、天井付近に一つのスピーカーが付いていた。
 混乱、昨日まではその存在は欠片としてなかった2つ目の異物。だがそんな幾田の心情を無視してひたすらにスピーカーからは機械音声が流れる。

『おはようございます皆様。突然ではありますが、この放送を聞いている人は今すぐに高等部校舎前に集まってください。この状況についての説明を行わせていただきます』

 最後まで聞いた幾田はそれが、加工された声であることに気が付いた。意図的に性別の差をなくし、感情は込められていない。
 どう考えても怪しすぎたが、彼はしばし迷った後、首輪を何度か触り、簡単なものを着て外に出た。
 
 もう日が出ている時間帯ではあったが、生憎天気は曇り。いい気分には決してなれない。
 とはいえ、今の幾田にそれを気にすることができるほどの余裕はなかっただろう。
 
「あれ、あれ……なんで、寮は?」

 昨日まで彼が住んでいたのは、巨大な寮の一室だ。
だからこそ、今彼は他の寮生の部屋とつながる廊下に立っていなくてはおかしいはずなのだ。
 それがどういうことだ、寮なんてどこにも存在していない。
 後ろを見たところで、石造りのコテージが佇んでいるのみ。その場から両隣へ、50メートルおきに離れた場所に同じような建築物が2軒ずつ。
 見れば、その前にも彼と同じであたりを見回している人影があった。

 幸いにして幾田から向かって左側、二件のうちでは手前側に立つ男性に見覚えがあった。彼自身とは碌にかかわったことは無いが、学園の先生であることを彼は知っていた。
 彼は名前こそ憶えていなかったが、入学するにあたって少し話をしたことがある。少なくとも安心ができる人物ではあった。
 もしかすると何かのオリエンテーションか何かなのか、そう幾田は思ったかもしれない。

「せ、せんせ——」
『手早く、迅速に来てください。早くしないと悪いことが起きてしまいます』
「……」

 遮るように、今度は少し離れた位置にある校舎から音が聞こえた。
 建物間で反響していたが、聞き取れないほどではない。しばし悩みつつも、幾田はその声に従った。
 彼が校舎に駆け足で向かっていくのを見て、周りにいた四人も無言で従う。
 うち一人、教職であった男、大當寺 亮平(だいとうじ りょうへい)の顔色は決して良くはなかったが、それを出してもしょうがないと判断したのか、観察する目を続けながら校舎へと向かった。

 ◇

 駆け足で二,三分、高等部校舎、正門前に幾田は辿り着いた。
 普段ならば登校しだす生徒たちがちらほら見える時間帯ではあるが、そういった姿は一つも見えなかったことが彼に幾多の恐怖心を生み出す。
 彼が余り騒がずいられるのは、やはり先ほど見た人影——教職の人間がいたおかげだろう。
 今も軽く振り返れば何人かがこちらに近づいているのが見え、決して自分一人ではないということが安定剤となっていた。
 
「…………」
「——なぁ」
「ぅおっ!? あーびっくりした!」

 後ろに振り向いていた幾田、突然の横からの声かけに腰を抜かしかける。それは彼が緊張しすぎていたのが悪いのだが、少々の理不尽な怒りを吐き出そうと首を回す。

「……あれ? えっと、何の用ですか?」
「いんや、音の指示通り来たらお前がいたからな。なんか知ってんのかと思って」
「俺も指示通り来たので、ちょっとよくわからないです、はい」
「そか」

 だが、不思議と彼はその男性を見た瞬間に怒りが立ち消えてしまう。
 感情がすっと消える感覚を不気味に思いながらも、そのまま口を開いたままなのもみっともなく、幾田はそこにいた男性に話しかけた。
 年上であろう彼は、幾田よりも身長は定規一つ分程度はある。灰色のパーカーで手も上着のポケットにしまっているため肌の露出は少ないが、首から上は少し浅黒いのが見てわかる。部活動でもしているのだろうか、幾田はそう思った。

 幾田は知る由もないが、その男の名前は栂原 修(とがはら おさむ)、高等部2年だけあってかその精神力は強靭、もしくは気にも留めていない程図太かった。
 ちなみに部活動は彼はしていなかったため、幾田の推測は外れている。

「あ、あれそういえば先輩はどっちから来たんですか?」
「ん? あっちからだけど」

 そう言って彼が指さす方を見れば、遠くの方にまた人影が見えた。彼はもしやと思い反対側もむく。そこには同じように影がある。
 どうやら三方向それぞれから人が向かってきているようだ。
 
「結構人がいるのか……?」
「どうだろな、少なくとも俺の方にはあと4人いたな。灯夜と——」
『幾田くん、栂原くん、口を慎むこと』
「……ったく」
「(とがはら、先輩か)」

 会話が弾みそうだった時、またもや校舎に取り付けられたスピーカーから走る音声がそれを止める。
 その際、幾田はようやく栂原の名前を知ったが特に気にする様子も見せなかった。
 幾田と栂原は渋々従い、口を閉ざす。
 その後も続々と人が集まってきたが、幾田たちが黙っていたことと二度の音声による指示のせいか、誰一人として声を発する者はいなかった。


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