複雑・ファジー小説

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第一限4/9 更新】 ( No.12 )
日時: 2018/03/06 21:07
名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: UFZXYiMQ)
参照: http://感想についてはリク板で返させていただきます

第一限「嘘つきと早退者」4.5/9


-高等部校舎 屋上

 結論から言って、幾田たちは電波塔の破壊に成功した。
 屋上まで昇りつめた一行は、大當寺のワイヤーなどの装備を駆使し根元からぽきりと折った。普段、癇癪を起こした生徒の能力の対応など荒事が多いという大當寺をしてかなり苦労したが、それでも破壊は可能だった。
 ……実の所、幾田は何もすることがなく、殆ど大當寺の一人仕事であるというのは秘密である。
 折れた電波塔は、大きく音を立てて屋上に叩きつられ、しばし振動をとても小さな達成感と共に伝えて来た。その振動が、図書室での一件に関わっているなど思いもよらないだろう。

「……」

 だが、それだけだ。
 変化など訪れるはずもないことをして、心に来ないはずがない。それを破壊したところで、別に悔しがる黒幕の声も、ましてや首輪が外れるわけでもない。
 それどころか、大當寺の推測が外れていれば電波塔を破壊するのが実は悪手だった、なんてこともありえた。
 けれど、大當寺はそれに心配するそぶりを見せていなかった。

「——ぃよしっ次はー……お、なんだ? 購買棟にも電波塔があるぞ」
「あれほんとだ、今気が付きました。学園にはなかったですよね、ああ前の……いや本当の?」
「ここが学園だなんて間違えても認めたくはないな。教師もいなけりゃ何も教えようしないでただ閉じ込めて、死ぬのを待つなんてただの監獄だ」
「そう、ですよね。じゃあここは——」
「どうせ上手くいけばあと一日もせずにここから出られるんだ。呼び名なんて後から決めればいい、だろ?」
「っ、はい!」

 それは幾田を心配してか、それとも単に思っていなかったか。それとも単純に彼自身そういうのを表に出さない性格なだけか。とにかく彼は、破壊した電波塔の残骸を屋上の片隅に寄せつつ、次の目標を見つけていた。
 校舎を挟み、無所属のコテージとは反対側。北側に聳え立つ無機質な建物を見る。
 三階建て、学園の生徒の多くが普段通っていたはずの購買棟。校舎ともつながっていて、校舎の三階部分からコンクリートで出来た連絡用通路がしっかりと購買棟に届いていた。わざわざ一階まで降りる必要性が無い、というのはありがたいことだろう。
 幾田の記憶が正しければ、そんなものはなかったはずだと言えたがまあ今更ではあるだろう。それに購買棟にはそれ以外の差異があったのだから。
 今しがた破壊したものよりも頑丈そうに見える電波塔、それが生える購買棟へと二人は向かっていくのであった。

 ——仮にだが、ここで彼らが2階以下に降りていればロッカールームでは栂原。図書室に行けば塚本の言葉に荒れている三人、それに戸惑っている二人という東軍の集団にも出会えたのだが幾田たちには知る由もないことである。


 ◇


 連絡用通路を通り、二人は購買棟三階、衛生材料売り場にやってきていた。絆創膏やガーゼ、包帯。はたまた消毒用のアルコール。主に運動部がよく利用する場所だ。
 特に変わった様子はない……わけがない。碌に来たこともない幾田すら分かる変化が多すぎて有り余る。

「な、なんか全体的に多くないですか……?」
「『使う』ことを想定してんだろうなぁ、胸糞悪い」

 山、山、山……どんな種類のものですら明らかに過剰と分かる程の量が棚に詰め込まれていたり、あるいはカゴ、ワゴンに積まれていたりしていて見苦しい。一体なぜこんなことに、幾田は疑問に思ったが、大當寺が出した正解に近いであろうそれに身を震わす。
 仮にAIが想定するような事態になった場合、こういった物はあって無駄なことは無いのだろう。
 今は物であふれているがそのうち……幾田はそこまで考えて一旦思考を打ち切った。またいつのまにか離れた位置にいた大當寺が声をかけて来たからである。

「幾田—、屋上行く前とりあえず誰か隠れてないか探すぞ」
「あ、わかりましたー!」
「とりあえず俺はこっちの端から探すー」
「じゃあ俺はこっからやりますー」

 それを言い終えるとさっさと大當寺は探索を始めた。怪しいところはないか、人が隠れられそうな場所はないか、棚の後ろを見ようとしたり隠し扉を探したりしている。やはり切り替えが早い、そんな風に思いながらも幾田もするべきことを始める。
 学園内の施設にしては……といっても異能学園以外のという文言が付くが、そこそこに広いこの衛材売り場、人が隠れられる場所は……皆目見当もつかない。
 そもそも彼はここに来るのはまだ三回目である、わかるはずもない。
 ではどうするべきか、至極単純に言って……しらみつぶしである。
 
「……ま、まさかこの薬の山になんてなぁ」

 彼の目の前には頭痛、胃痛薬、あるいは包帯などが乱雑に山積みにされたワゴンがある。確かに、その中にならば人一人程度なら隠れられそうだが、はたしてそこに隠れる意味はあるのか。そう言われたらきっと幾田はなにも返せない。
 そんなこと言っても見当もつかないのだ、と彼はワゴンの山を解体し始めた。どうせこれから辺りの山や棚全てを探していくのだ、わざわざここを抜かす意味はないとでも思ったのだろう。
 きっと他の生徒が見れば揶揄われる程度には間抜けに見える。

「ん? なんだこれ」

 けれど、現実は彼に成果を与えた。片っ端から上にあった物をどけていくうちに一つ、長方形の黒い箱が出て来た。ラベルもないそれは、どう見ても薬の類には見えない。
 怪しいと思った彼はそれを持ち上げ、決して空き箱ではありえない重みを感じる。空箱ではないなら一体何なんだ、と幾田はそれを耳に寄せ軽く振ってみる。
 音はしない、しかし手を下に引く重さからもしかして、厳重に梱包されているのかもしれない。気になったら見てみよう、怖いものではないといいな。恐る恐るそれを開けようとする。

「——幾田ー?」
「っはぃ!? ……ああ先生、びっくりしたじゃないですか」
「悪い悪い、少し気になるものがあったからこっちに来てくれ」

 心のどこかで黒箱を危険なものと認識していたからであろうか、後方から聞こえて来た声に何故か焦ってしまい声が上ずる。その様子を見て、少し遠くにいた大當寺は軽く笑った。
 またもや彼の言葉により一旦作業を止めることになった幾田、黒箱を小脇に抱えて先生のもとへと走り寄る。
 大當寺はやはり棚の後ろや床に何かが隠されていないか、それを重点的に見ていたようだ。彼の周りには位置がずれているワゴンなどが見える。
 だが、そんな事よりも幾田にはもっと気になるものが見えていた。それは、大當寺の足元近くに小さい溜まりを作っていた。
 水たまり、というには少々色がおかしい、黒い液体であるそれは粘度も高そうだが……数秒で幾田の知識でもある程度の予測は建てられたが、何故そんなものがあるのかと疑問符が浮かぶばかりである。

「黒い絵の具……ですかね」
「厳密には違うが……あぁ触らない方がいい。害はないはずだが一応な」
「う、すみません」

 危うく、好奇心から手を伸ばしてしまうところだったと幾田は己の不用心さを戒めた。
 それと同時に幾田は、大當寺がまるで謎の液体の性質を理解しているかのような言い方が気になる。

「……あれ、もしかしてこれが何か知ってるんですか先生」
「ん、あーそうだな分かるぞ。なぁ幾田、鳥海って子知ってるか?」
「え? と、鳥海って——あぁ! あの全身黒づくめの先輩ですか」

 無所属、鳥海天戯とりうみあまぎ。頭の中に朧気ではあるが幾田は一人、足下から首回りまで全て黒で肌を隠していた女性を思い浮かべた。確かルール説明の際に一番遅れてやってきていた人、というのが幾田の印象だ。
 唐突なフリに少年は困惑を隠せないが、一体それがこの絵の具らしきものと一体何か関係があるのだろうかと。
 その感情を読んだのか、大當寺はその場にしゃがみ込みながら情報を与える。

「——溶血性漆黒病≪ペインツ・オブ・ブラックブラッド≫、触れた物全てをこんな液体に変える……彼女の能力だ」
「……え、ってことは鳥海先輩がこの辺に、というかこの絵の具っぽいのも元は物かなんかだったんですか」
「そういうことになるが、ほらこれだ。多分だがこの箱に入ってたんだろう」
「あ……黒箱」

 幾田は絵の具の方にばかり目を取られていたが、大當寺はその手に幾田が持っていた物とはまた違う黒い箱を持っていた。幾田の物よりも少々大きいだろうそれは今開いていて、中には何も入っていないことがわかる。
 鳥海はこの中身を溶かしてしまったということなんだろうか。それはなぜだと思うよりも先に、幾田は脇に抱えていた方の黒箱を大當寺にも見えるように胸の前まで持ってくる。それにつられ、大當寺も立ち上がった。
 
「中が少し気になるが——って幾田、もう見つけてたのか。中身もあるみたいだな」
「はい、少し怖いですけど……開けますね」
「代わろうか?」
「いや……大丈夫です」

 何故彼女がそんなことをしたのか、知るべきだという理由も得た。今度は近くに大當寺もいる。そのことに勇気をもらい、彼はゆっくりと箱を開ける。
 最初に見えたのは白い……いや単なる発泡スチロールだ。恐らくは梱包材だろう、そんなことはどうでもいい。
 蓋を少しずつ上に持っていき、漸く二人は中身が何なのかを理解する。
 幾田は息をのみ、大當寺はその目の笑みを止めた。


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お詫び:
 どうも通俺です、本当に申し訳ないのですが今回登校するものを加筆修正などしていたら一回分ぐらい伸びてしまって……。なので今回は4.5/9として投稿させていただきました。
 本来あってはならないとは思うのですが、今の感じだとまた一話分伸びそうなところがあるなぁと戦々恐々です。その際はまた0.5投稿させていただきます。申し訳ないです。