複雑・ファジー小説

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第一限4.5/9 更新】 ( No.14 )
日時: 2018/02/20 23:25
名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: UFZXYiMQ)

第一限「嘘つきと早退者」5/9

 幾田はここまで来てようやく、この状況にあった異物を見た。それはきっと、まず日常生活ではそうそう見ない物。いや探そうと思えば手に入るかもしれない、だが少なくとも平和で平凡な生活を送ってきた幾田には似合わないものだ。

「な、ナイフ?」
「携帯性の高い、折り畳みが可能な奴だな……本当に腹が立つ」
「……もしかして」

 黒い柄におもちゃではないと分かる金属光沢を放つ、まぎれもないナイフだ。幾田は嫌な予感がし、ナイフが入った箱を大當寺に預け周りの棚に手を伸ばす。
 少し雑になりながらも商品をどけていけば、既視感を覚えるほどにそっくりな黒い箱が埋まっていた。それを取り出してまた大當寺の前で、今度はためらいもなく開ける。
 
「包丁……」
「……あぁ、そういうことか……くそ」

 やはり玩具とは到底思えない刃物が一つ、幾田はどういった理由で衛材の中に隠されているのかと考えたが、それよりも先に大當寺が答えを出したようだ。
 少し音を立てて、彼は深呼吸をした。気持ちを落ち着かせるためだろうか、その後幾田に話しかける。

「幾田、今は探索ってことでここに来てるが、普通に考えてこんな状況でわざわざ衛材売り場に来るとしたら何だと思う」
「え、えーとよっぽどの心配症か……手当てが必要な状態になったからだと思います」

 健康なものは態々衛材売り場になんて来ない。であれば「もしかしたら必要になるかもしれない」という者か、考えたくはないが誰かに襲われるなりなんなりで怪我を負った者、あるいはその仲間だ。
 そんな彼らは、心配から、また必要になるかもしれないという思いから、それなりの量を持っていこうとするだろう。

「じゃあ、そんな奴らが凶器なんて見つけたら、どうなると思う」
「っ! ……多分ですけど持っていくと思います」
「……そうだよな」

 心配していれば、護身用と自分に言い聞かせて持っていくのだろう。自分がやられた、仲間がやられた者は反撃するために、仕返しのために持っていくのだろう。
 幾田自身も、大當寺と協力できず一人でこの場に来ていたら間違いなく持って行っただろう。
 そんな卑劣な仕掛けの前に、幾田はただ愕然とするばかりであった。
 これは、生徒たちの気持ちを利用するために仕掛けられた罠なのだ。一気に気分が沈み込むのを感じたが、そんな罠があったのであればなおさら動きを止めてはいけないと幾田は気持ちを切り替える。

「……出来ればこの階にある凶器を全部見つけて手の届かないところに移しておきたいんだが」
「じゃ、じゃあ先生は今のうちに二階,一階の方に……その、鳥海先輩もいるかもしれませんし」
「そうだな、何のために来たかはわかんないが」
「凶器を溶かしているなら、協力できるかもしれませんね」
「……そうだといいんだが」
「?」

 大當寺が言葉を濁したのを不思議に思ったが、とにかく今は行動である。幾田はさっさと近くにあったワゴン等を漁り始め、黒箱を見つける度にそれを絵の具溜まりの近くに置いていく。
 それを見て、大當寺は幾田に何かあればすぐ大声を出すように伝え、下の階へと降りて探索を続けに行くのであった。



 
「……ん、ありゃあ」
 
 三階は衛材売り場、そして一階は食べ盛りの高等部の生徒、教員や職員たち為の食堂。では二階は、といえば軽食や文房具などが置いてある売店である。
 そこで大當寺が真っ先に見つけたものと言えば、誰かがいたという痕跡である。衛材の階と同じように、大量の菓子やら飲み物が陳列されていたが……一部の棚のみ、明らかに減っている。
 きっと、誰かが持って行ったのだろう。そう推測するのは至極当たり前のことだった。
 では誰が、と大當寺はその棚に近づき何が持っていかれたのかを確認する。

「これは……!」

 乾燥されていて日持ちのする栄養食、大當寺も普段世話になっている物だと気が付いた時大當寺は焦る。
 ゼリータイプもクッキータイプも満遍なく、三十数個づつもっていかれている。カゴでも使って持って行ったのだろうか。かなりの大荷物だったはずだ。
 他のパンやおにぎりなどの軽食に手を付けられていない所を見るに、ただ食料が欲しいから持っていっただけではない。
 
——明らかに、長期戦になることを考慮してやがる!

 AIから提示されたタイムリミットは一日、しかし死者が出れば出るほどこの時間は延長される。その最長は参加者15人のうち死者14名、最後の一人になった時直ぐに終わることを考慮した時、最大にして13人分の延長が入るはずなのだ。一人の命につき一日、つまり1+13で14日まで続くわけだ。
 これを持って行ったものはそれを考慮していると考えて間違いない。先を見据えている、というのは聞こえがいいが裏を返せば「死者が出る」ことを前提に動いている。
 ……最悪なのは「死者を出して生き残る」という考えだった時で——、
 
「……ふぅ。いや、もう一つあったか」

 そこまで考えて、大當寺は思考が傾きすぎていることに気が付いた。いつのまにかこの異様な空気にのまれていたのか、落ち着かせるためにも一つ、慣れたように深呼吸を取る。
 効果はてきめん、彼は理性を取り戻して探索を再開。その間も更なる可能性の方も考え始める。
 確実に、三階には来ていただろう人物。
 それは、この行為をしたのが先ほど幾田にも説明した鳥海 天戯だった時だ。
 
『……なんで授業に出なくちゃいけないの?』

 不意に彼は、最後に彼女と会話した時のことを思い出していた。鳥海は、寮の自室にこもり、授業を欠席することが半ば当たり前になっている生徒であった。
 生活指導員でもある彼は、何度か彼女の説得に向かった。能力者として開花した生徒たちの一部には異端なものとして扱われ、心に大きく傷を負った者たちもいて、大當寺は教師としてだけではなく、一人の人間としても心を砕いていた。
 それでも、彼女の心の壁を取り除くこと難しかった。

『栄養が偏る? どうでもいい』

 その際に見た、彼女の部屋の異質さをよく覚えている。
 無造作に段ボールが置かれているかと思いきや、中には大量の栄養食。もしやと思い聞けば彼女は三食全てをそれで済ませていたらしい。
 無くなれば注文し届けてもらう、極限にまで外に出る回数を減らすための策だったのだ。
 だがここは配達サービスなんてあるはずもない異質な空間だ。彼女が食料補充のため、購買棟にまで出てくることはなにもおかしくない。

『この先どうする気なんだって、なるようにしかならないよ』

 そして、彼女の性格を考えるに態々張り切って殺し合いに参戦する訳がない。そんな馬鹿げたことは勝手にやってて、そう投げ捨て自室に籠るだけ。
 仲間になってくれるわけではないが、敵になる訳でもない。
 この可能性が正解であることを彼は祈った。
 いくら教師である大當寺と言えど、今この状態では早く黒幕を探し出す、もしくはその時間制限自体を意味がないことにすることが最優先だ。
 生徒たちの殺し合いを止めていては到底時間が足りない、それ故に彼は幾田を仲間にするとすぐに行動を始めたのだ。
 
「東軍はかしこい、西軍は危ないが殺し合いができるっていうわけじゃあない」

 大當寺は思考を外に漏らしながら、この階に何か別の物が隠れていないか探る。
 人は集団になればなるほど、思考が鈍る。それはこの場において危険なことではあるが、両軍ともいきなり殺し合いを始めようとする人間はいなかったはず。
 彼の予想では、殺し合いが起きるのは夜のアナウンスが過ぎた後だ。そこまではきっと皆沈黙を保つ。
 だがアナウンスで死者が出ていないことを知らされ、タイムリミットの存在を改めて認識した瞬間……火蓋は落ちる。
 彼が今まで面倒を見て来た者だけではない、未来のある大切な生徒たち。それらが互いに武器を持ち、備わった能力で殺しあうのだ。彼に看過できるはずがない。

「どこに、どこにいやがる。どうすればいい、考えろ……」

 既に時刻は正午を過ぎようとしていたが、収穫と言えば意味があるかどうかもわからない電波塔の破壊のみ。
 争いを止める手段は彼はいまだ持ち合わせていなかった。


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