複雑・ファジー小説
- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第一限5/9 更新】 ( No.15 )
- 日時: 2018/02/23 23:41
- 名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: UFZXYiMQ)
第一限「嘘つきと早退者」6/9
-東軍、千晴川八三雲のコテージ
購買棟での探索が終わり、幾田たちが学園内を走り回っていた頃のこと。東軍所属の五名は謎の流れによって千晴川の部屋に集まり、皆部屋に敷かれたマットに薄めの座布団を置いて座り込んでいた。
……より正確に言えば、誰かのコテージに集まろうとなった時、他四名が入室に難色を示しただけだ。女子はともかく、鴬崎すらも嫌がったのはいったいなぜなのかと千晴川はしばし首をかしげていた。
四人にとって当然のことだが、初めて千晴川の部屋に入ったわけだ……第一印象は恐らくいいものではない。家具に遊びはなく必要だから置いた、ただそれだけということがひしひしと伝わる配置。利便性のみを追求している。
テレビとパソコンが二台置かれてはいるが、他には男子らしい漫画も置いてない。精々の特徴と言えば、筋トレ用具が複数あったり……少し照明器具の類が多いと感じる程度だろうか。
どうにも生活感を感じない、不思議な部屋だ。
「……いけない、今お茶を淹れますね」
「あ、ならあたしも!」
「ん、なら部屋主のオレがやんぞ? ついでに食器の整理もしとかねーと……」
「……先輩」
「あはは、中々に愉快だね」
あまりに何もない部屋に何とコメントしていいかわからず、気を紛らわすためにも茶を淹れることを提言、それに乗っかる岩館。だが至極正論でそれを封じ、さっさと千晴川はキッチンの方へと行ってしまった。
その様子に少々の苦言を零しかける鴬崎、愉快と言いながらもあまり目元が笑っていない深魅。どうみても五人の関係は良好とは言い難く、岩館とエリーズ以外はいまだ少し距離が開いていた。
当然と言えば当然なのだが、まだ彼らはあって半日も経っておらず、出会った場は生徒同士殺し合いを奨励するようなところだ。これで仲良く会話をし始める方がおかしいということだ。
だが、彼らは数時間前に大當寺が考えていた通り賢い。仲が悪いから、という理由で話し合いをしないわけがない。全員が全員、生き残るためには協力しなければと考えていることだろう。
しばらくして、千晴川が人数分の茶を淹れて帰ってくるとそれをきっかけに話し合いが始まる。その際、全員分の湯飲みがなかったのかコップがバラバラだったが、流石にそれについて何か言われることはなかった。
「……そんで、これからどうすっかだよなぁ」
「そういやまだちゃんと聞けてなかったんすけど……千晴川先輩、その塚本さんってのが話したことは本当って信じていいんすか?」
「そりゃ嘘だと信じたいが、本当のことを言っている風に見えたなぁ」
「あたしも同じで、仕草こそふざけてましたけど冗談とは思えませんでした」
「まさか西軍が、とはね……」
ルール説明の際、どうみても西軍は殺し合いをいきなり始めるようには見えなかった。むしろメガホン片手に平和を訴えるのではと思うほどの能天気軍団、それが東軍共通の見解。だからこそ、塚本の話は寝耳に水であり衝撃は大きかった。
西軍が東軍に襲撃を仕掛ける、下手な冗談と突っぱねるほどのもの。それが二人が図書室で千晴川たちと合流した際に聞かされ、更には「嘘ではないだろう」と三人が言い切っていた。
精神があまり強いとは思われていない岩館のみならまだしも、常に冷静を保っているように見える伊与田までもが言えば話が違う。
——先ほどまでは千晴川の言葉にも一定の信頼があったのだが、人の感情の機微に少し疎いように見え、その株は少々落ちていた。
「……それで深魅さんたちは丁度同じころ、西軍の栂原さんに出会ったのですね」
「ああうん、別に攻撃してきたってわけでもないけど。僕が敵と認識してるかどうかも怪しい感じだったよ」
「偶然出会わなかっただけで、別の階に西軍が……いえ、そうだとしてもかなり危険な行為のはず……」
「栂原とはまだ知り合ったばかりだったからなぁ……能力どころか性格もよく知らねぇや」
栂原の脅威消却を知っているのは本人、そして偶々彼が能力を教えた西軍の光原のみ。同じクラスに在籍していた千晴川すらもまだ知らなかった。
そのことが益々、東軍から見たときの西軍への恐怖を煽る。塚本がそうしたように、強者ゆえの余裕だったのか。特に千晴川たち三人はそれを強く感じた。
伊与田は少し視線を落とし、自分が座っている座布団の方を数秒見て、再び四人に向いて襲撃についての疑問を述べる。
「人数の差を考慮して、最初に狙われるのは無所属のはず。……けれどそうしないのは一体なぜでしょう」
「……やっぱり、塚本さんのブラフなんじゃないっすか? それが本当のことなら、彼女が危惧するのはこっちが抵抗できず全滅とはいかないまでも大きく数を減らすこと。つまり西軍が有利になるってことなんでしょーけど……かなり強いって豪語してたんでしょ?」
「5人揃って対等とか言ってたからな……ん? ……いやそれでも西軍が襲撃失敗して数を減らせば十分に利があるはずだ」
「うーん、西軍が無所属狙わないのはなんとなくわかると思うけど?」
まだ中等部一年であり、精神が未熟であるためかあたふたしている岩館を除き、三人は議論を続ける。塚本と実際に会っていない鴬崎は、相変わらずその証言自体に疑いを向けているが……確証がないので何とも言えない顔をしていた。
伊与田が疑問に思った、何故先に無所属ではなく東軍なのかということ。無所属の一人の塚本が真に五人組を相手にして互角だというのであれば、他の無所属も一人一人強靭で、それを殺す際に一人でも欠ければ……その先にあるであろう東軍との戦いが不利になるから、がそれらしい回答だろうか。
そう考えていた際、深魅が伊与田の疑問に答えることができると言い出した。
「ほら、鳥海さんとか」
「あー、広報の仕事してた時にも悪い噂流れてたっけな」
「えっと、どんな人なんです?」
「……流石に中等部にまでは流れないか。いいかい、彼女は普段は学校に来ない人らしいんだけどある日ね——」
鳥海はまず襲わない、その言葉に納得の意を示した高等部組。
だが、名前と能力だけは知ってる、ルール説明の時最後にやってきた人でしょ、と岩館は同時刻の幾田と同じような認識であり、それが理解できていなかったため、深魅が彼女について流れている話を一つ伝える。
「——ということなんだ、わかっただろ?」
「……!」
話し方は軽快に、けれど内容は地よりも深く。芸術家である彼女は岩館の頭の中に描くように、丁寧に説明する。元々話を知っていたはずの残り三人も若干顔を青くするほどに、その怖さをしっかりと伝えきった。
それを聞き終えた後の岩館は、少し引き気味になりながらも頷いた。
流石にそんな人をいきなり襲おうなんて考えは誰にも湧かないだろうと思いながら、続きをく姿勢だ。
「これで残り四人、次に塚本さんだけど……こっちに接触したってことは西軍にも自分が強いってことを言いに行ってるかもね」
たとえその発言が嘘だったとしても、そう言いたげにしばし間を開けてから塚本への評価を終える。
その姿を見て、鴬崎もまたしばし何かを言いたげであったが、右手に持っていたコップを傾け中身のほうじ茶と共にそれを飲み込んだ。
「次に大當寺先生、彼の能力は授業中よく自分で言っていたし、高等部の人ならまず知ってるんじゃないかな。生存能力特化だからあまり狙いたくないね、それに本人の戦闘能力も高いだろうし、ついでに言えば高等部の人だったら能力を知られている可能性も高い」
これについては自信満々に、最初に狙われる人間ではないとわかっているからだった。どこの世界にいきなりボス級の敵に挑む者がいる。
彼の強さをよく知っている高等部の人間はこれについて、異論を唱えずにただ続きに耳を傾ける。岩館はやはり納得がいっていない表情だったが、それよりも気がかりなことがあったためかじっとしていた。
「残り二人だけどうち一人は……ええっと榊原……伊央ちゃんだっけか。よく広場で演奏していて人気者だったね」
「その、伊央ちゃんは——」
「大丈夫だよ岩館ちゃん、彼女の能力についての話は中等部じゃ結構有名な話なんだろう? 西軍にも中等部が二人いたから知っている可能性は高いだろうね。リスクが大きすぎてわざわざ狙われることはないだろう。だから残り一人、幾田くんだっけか」
岩館が榊原の名前に反応し話を遮ろうとするが、そうはさせまいと深魅が押し切る。
そして彼女を安心させるためか、軽く微笑むと彼女は榊原の危険性を理解している旨を伝え、ついにその名をつぶやいた。同時に、彼らの視線が落ちる。
そして脳裏には、ルール説明の際、岩館と同じく激しい動揺を見せていた彼の姿が浮かんだことだろう。
AIの宣告に膝をつき崩れ落ちた、その瞬間を。
「……正直言って、強そうには見えなかったなぁ」
千晴川の言葉が、深魅を除いた四人の総意でもあった。完全に狙い目に見える、なぜ狙わないのだと問い詰めたいほどだ。
榊原のように能力で何かを起こしたような噂すらも聞かない、身体能力が高いようにも見えない。
まるで殺しのチュートリアルのために設置されたような立ち位置だった。
「そりゃ僕も断言はできないけど、西軍が彼を狙わずこっちにってのは……あっちがこれの幾田くん版でも持ってるんじゃないかな? 鍵一本持ってたし、存在には気が付いているはずだよ」
「あぁそうか、鍵持ってロッカールームに来たってことは少なくとも一つ持ってんのか」
「……それは、時系列が逆なのでは……栂原さんが遅れていたということでしょうか」
「実は既に開けてて、なにか忘れ物したから来てたけどごまかした……とか?」
西軍が最初から幾田のことを知っていたとは考えづらい、ならばどこかで彼についての情報を手に入れる必要があったはずだ。
何が言いたいのか、察した面々は思い思いに考えを述べる。
その論議を見て、少し満足げに表情を緩ませた深魅はちゃぶ台に置かれていた三枚のファイルを持ち上げ、顔に近づけた。
それは、鴬崎たちがロッカールームから手に入れていた、このいかれたゲームの中では命の次に大事といってもいいほどのもの。
「——この、能力レポートをさ」
その書類にはそれぞれ、鳥海、榊原、光原の顔写真が張り付けられていて……彼らの能力についての詳細が事細かに記されていた。ご丁寧に所有者、名称、あるいは能力を使用した実験例まで添えて……。
「さて、これで僕の話はおしまい。じゃあ次に一番大事なこと……彼らが襲撃してくるしないにしても、僕たちはこの首輪のタイムリミットまで何をするのかってことだ」
ここから先は、大當寺が予想できなかったこと。アナウンスよりも早く、生命の危機を再認識する出来事があった賢い彼らは、例えどちらに転んでも問題ない戦略を立てようとしていた。
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