複雑・ファジー小説

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第一限7/9 更新】 ( No.17 )
日時: 2018/03/05 20:56
名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: UFZXYiMQ)

第一限「嘘つきと早退者」7.5/9


 とうとう始まってしまった戦い。その火蓋を切って落とした張本人は、銃の反動で痺れたのかプラプラと手を振っていた。もう片方の手には拳銃が握られているが、彼女のそれをプロが見ればお粗末とこぼす程度の握り方だ。決して慣れた者の動作ではない。
 その隣で鳴れない銃声に自然と耳を抑えていた男も手を下ろし、その頭に装着されていたヘッドセット、暗視ゴーグルを少し修正する。その視界には、常人よりも遥かに明瞭な世界が広がっているのだろう。

「……当たった感じじゃねーな、すぐにしゃがまれたっぽぞ」
「うん、威嚇だからね。それはそうと、なんで君はそんなの持ってるんだい? まあおかげで先手打てたからありがたいんだけど」

 深魅が千晴川の頭を見上げながら指さすと、彼はあーとしばし迷いを見せる。だが、隠してもしょうがないと思ったのだろう。すぐにその疑問に対して答えた。

「能力の実験用に作ってもらってな、俺の目は弱いし便利だから持ってた」
「ふーん……まあいいや。あっち、撃ってくるかな」
「どうだろうなぁ、あっちが遠距離武器持ってたらそりゃ使うだろうが……」

 深魅と千晴川、二人は戦闘を仕掛けたにもかかわらず、東軍側の校舎に向かって悠長に歩みを進めていた。
 靴音が響くようワザと足に力を入れ、千晴川などはどこかで拾ってきたのか鉄パイプを地面に擦り付けてまで自身の居場所を教えている。
 明らかに誘っている。西軍はそれでも彼らの存在は無視することはできない。
 かと言って、迂闊に頭を出せば今度は額を貫かれるかもしれない。死への恐怖を利用とした釣りである。しかしこのまま歩みを許せば、わざわざ高台をとった意味がなくなってしまう。
 そんな迷いがあったであろう数秒の後に、屋上の動きに変化が出る。勢いよく誰かが金属の柵を掴んだ音がした次の瞬間、橙色の光を放つ物体が確かな速さをもって彼らの近くに落ちてきた。

「何だ急に……!?」
「火の玉だね、攻撃してはお粗末だから威嚇……?」

 恐らくはボールような物体に火を点しただけのもの。
 暗視ゴーグルをしていた千晴川は突然の現れた物体に慌てるが、それを視認できた深魅が止める。彼女の言うとおり、落ちてきた火の玉は地面に落ちて数回跳ねはしたが決して二人にぶつかることもなく地面に転がるだけ……。
 だが、それは確かに二人を照らしてる。それだけで十分だった。
 視認できること、それさえ可能ならばその力は何もかもを地に叩き落とす。

——瞬間、彼らは地に引き倒される。
 冷たい地面に叩きつけられた事による鈍い痛み、いきなりの姿勢の変化に対応ができなかった彼らはそれを直に受けてしまった。

「ッ!?」
「こ、れは……」

 突如として地に伏せることになった二人、余りの痛みに思考すらも飛びかけるが何とかして意識を保つ。それでも、天から誰かが押さえつけているような感覚が彼らの頭を上にあげることを許さない。
 一転に集中するわけではなく、つま先から髪の毛の一本にさえも等しく重みがかかっている。そしてそれは時間が経つごとに倍増、押しつぶす力が強くなっていく。
 間違いなくそれは、屋上にいた者の能力による仕業。異能学園という名に恥じない強烈な力は今にも彼らをプレス、中身すらをも平たく押し広げようとしていた。
 あと数秒もすれば確実に死を迎える、そんな状態では千晴川たちには成す術がない……訳がない、彼らもまた異能学園の生徒なのだ。 
 
「——驚愕暗転装置≪コンプリート・ダークネス≫ッ!!」

 能力には能力だ。
 意識を保つためか、呂律も回らぬ口で地面に向け叫んだかと思えば、彼を中心として黒い半球が現れる。 黒は弱い月明りと火によって照らされた空間をも飲み込み、何者も視ることができない領域を作り出す。
 その長さは直径二十mというかなりの大きさを持った暗闇で、その端のほうは校舎の一部にぶつかりその部分の視認を不可能にしていた。

 驚愕暗転装置、その範囲の中ならばどんな光をも飲み込む闇を生み出す能力……それが千晴川八三雲に宿る能力であった。
 そして闇が展開されたとほぼ同時に、千晴川らを縛る重圧は霧散し起き上がることが許される。
 だが、それでも痛みは消えず残っており、二人は簡単に起き上がることはできないでいた。
 
「……ぉい、生きてっか深魅」
「な、何とかね……見下すだけ重力倍化、一秒ごとに一倍増加で最大十倍、か。なるほど皇帝の覇道≪ロード・オブ・ロード≫って名前に負けてないねこれは」
「感心してる場合か……それだけで圧死だぜ」

 何も見えないがそれでも呼吸を整えるため、深魅は暗闇の中で体を仰向けにする。やはり星空さえも見えない黒い空間が見えるだけであるが、考え事をするにはちょうどいいだろう。彼女は読み込んできた資料の一部を暗唱する。
 それは西軍、光原灯夜の能力である皇帝の覇道についての記載、先ほどの現象の正体。それにつられ千晴川も書類のことを思い浮かべ、その内容の無茶苦茶さに顔についた砂利を払いながら顔を歪ませる。

——所有者が対象を物理的、もしくは精神的に継続して見下すことで発動。一秒につき1倍(最大値10倍)まで対象にかかる重力を増やす。効果時間は4秒までは見下している間、それ以上は約五分間。精神的に見下す場合、対象を鮮明にイメージする必要あり——

 見下す、という動作こそ必要なれど僅か九秒で重力十倍の状態を五分間付与する。なるほど高台をとっているのは彼の能力を最大限有効に使うためでもあったのだろう。

「4秒前に間に合って助かったな……」
「正直、君が発動してくれないからひやひやしたよ。けどまぁ……囮としての作戦は成功かな?」
「じゃねーとやってらんねーな……オレたちもそろそろ中に入るか」
「ああ腕を引っ張ってくれ、君の能力下じゃその特注暗視ゴーグルとやらの力を借りないと一歩も動けないよ」

 暗闇の中で千晴川が立ち上がる音が聞こえたのか、深魅も疲れ果てた声を出しながらも誘導を促す。東軍の作戦はまだ始まったばかり、戦いが終わったわけでもなくさぼっている暇はない。
 とはいえ流石に、光原が二人のことを鮮明にイメージできるとは思えない。つまり重力による追加攻撃はない……その認識が二人を一瞬の油断へと誘う。

「——あつッ!?」

 空を切り裂き、高温の物体が闇の中心へ、そこにいた千晴川の背中を掠り鈍い音を立てアスファルトの地面に突き刺さる。
 仮にもう少しだけ彼がのんびりとしていれば、間違いなく直撃していたであろう。
 千晴川が慌てて見上げれば、暗視ゴーグルを通した空にまた一つ、かなりの熱量を持った物体が見えた。

「あ、やべぇ」

 背中に走った熱さすらも気に止めないほどに凶悪なる一撃が彼らに迫って来ていた。





「……ストップ。多分もうあの中にはいない」
「ん、はいわかりましたー。……思いつきだったけど上手くできました!」
「と、灯夜ナイス……アカリちゃんもサンキュー」

 屋上の柵に体重をのせ、拳大程度のボールを握っていた三星は光原に向かって笑みを見せる。だがそれに対し、彼は少々無機質な笑顔で返した。別段光原は彼女を嫌っているわけではないが……実行している作戦に対し少々思うところがあったのだ。
 ほんの少しだけ、時は巻き戻る。

『撃ってきっ、あっちは銃持ってるのか!?』
『当たった子は? 光原君は敵の場所分かった?』
『駄目です。流石に暗すぎて……』
『まじか、まじで銃なんて……!』

 突然の発砲音に慌てふためく西軍。本当は狙いなど最初から定めておらず、よほど運が悪くなければまず当たるわけがない……などとは誰も知らない。聞き慣れているはずもないそれに対し、至極当然の反応であった。
 しかしただ一人、突然のことへの対応は慣れていたのか、それとも勝負となればずば抜けて思考能力が高くなるのか、三星はその中では一番冷静であった。
 
『トーヤ先輩、明るくします!』
『っ、何を』

 流れるように彼女は、取り出したビンの中身をもう手にしていたボールに振りかける。
 次の瞬間、屋上はそのボールが纏う淡いオレンジ色の炎によって照らされる。火種は必要ない、それこそが彼女の能力なのだから。
 名を豪炎放射≪バーラスト≫、その両手から炎を出すというシンプルかつ強力。一般人が異能力といわれれぱまっ先に思いつくだろう火炎系能力。
 もちろん、西軍はその情報を共有していたが、なぜこの状況で……そう思った次の瞬間には彼女は銃撃者に向かって投げつけていた。

『……あぁ、そういうこと!』

 光原は漸く合点が行き、彼女の隣に立って下を見やる。そこには彼女の炎によって照らされた深魅、千晴川たちの姿があった。二人はいきなり落ちてきた火の玉に注意をとられ、こちら側を見ていないのが分かる。
 後はもう、そこから軽く首を上に傾け見下すだけであった。
 一秒、たったそれだけ見下せば彼らに掛かる重力は倍となる。同級生相手にかけるのはいささか心が苦しかったが、発砲してきたという事実がそれを薄める。
 二秒、三秒……このままいけばと思ったところだった。

『……!!』

 押しつぶされていた為か、聞き取ることも出来ないほど不明瞭な叫び。それと共に三星が作った明かりすらも飲み込み、ただただ黒い空間が彼らを覆い隠した。
 西軍が持っていた資料に載っていたものと違いない、千晴川の能力。だからこそ光原達は知っている、その空間の中では炎の光は役に立たないが、燃焼活動は続き炎は絶えないことを。
 しかしこうなってしまえば視認することで効力を発揮する光原は何もできない。どうしようかと考えていた時、またもや彼女が何か思いついたらしかった。
 ポーチからまた一つ、新しいボールを出し、アルコールで濡らし点火する。

『トーヤ先輩、たしかボールとかも重くできるんですよね』
『ん? 出来るけど、何をする気なんだ?』
『えっと、あの真っ暗なのってヤミクモ?先輩を中心にしてるから、まだあの辺にいるはずなんですよね』

 柵に寄りかかり、ボールを持っていない方の手で千晴川の作り上げた闇を指さす。

『——そこにとことん重くしたボール落とせば勝てるかなって』

 何の気なし、悪意も何もない言葉に対し、四人は熟し裂けたザクロの実を思い浮かべた。
 その後、光原が青い顔をしながら実行したところ、鈍い音がしたがほぼ同時に元気騒ぐ彼らの声が聞こえ、少し安心してしまったのは間違っていたのだろうか。
 光原は決して軽蔑したわけではない。ただ重くするわけではなく、点火することで直撃しなくともダメージは与えられる。そんな作戦を思いつく彼女に対しての評価はとても高い。
 だがそれでも、出会った時からほんの先ほどまで彼女に抱いていた印象とあまりに違う、そのギャップに驚いていただけなのであった。

「……あ、羽馬さん。次はどうしますか?」
「え、そうだね。とりあえず下にいた人たちが誰かを教えてくれるかな。時間はないけど、次の対応を考えきゃね」
「……? えっとヤミクモ先輩とリオン先輩です。たぶん二人とも校内に入りました」

 周りの反応が少し変だと気が付きはしたが、それでも三星は気にせずに状況報告をして指示を待つ。
 殺し合いに一番似つかわしくないと思われていた少女であったが、その才能……勝負ごとに対しては誰よりも熱心という性格がいかんなく発揮されていた。


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