複雑・ファジー小説

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第一限7.5/9 更新】 ( No.19 )
日時: 2018/03/05 21:22
名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: UFZXYiMQ)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode

第一限「嘘つきと早退者」8/9


 玄関チャイムを幾度となく鳴らす。しかし部屋の主であるはずの人物は出てこない。声すらもない。
 ただ一人、少年は彼を呼び続ける。

「先生……? いるんですよね……?」

 月明りと玄関灯に照らされて、幾田は急かす様にチャイムをたたき続ける。
 何故だ、何で出てこない。その答えを頭の中で探せば、いくらだって浮かんではくる。
 だがどそれだけはダメだ、と幾田はそれを拒否するために明るいことを考えて這い寄る闇を追い払う。思い過ごしだ、考えすぎだ、あの人が■●訳ない。
 返事はないが、ここまで押して駄目なのだ。ひとまず諦めて……何の気なしに、幾田はドアノブに触れる。

——ドアは、とても軽やかだ。

「……開いてる」

 その事実が、出来すぎた妄想を打ち消した。同時に、その先にある者の想像がついてしまった。
 幾田は、ほんの数時間だが彼の人となりを知った。
 幾田が転びそうになったり、少し気分を悪くしたときなどは心配そうに声をかけてくれた。
 目元がいつも笑っていて少し怖かったが、それは生徒のことを考えていたのだと分かればむしろ安心するものだった。
 探索中にふざけた者があれば、彼はそのたびに首謀者に対する怒りを見せた。理不尽に対する希望を教えてくれた。
 その一挙一動が少年にはありがたかった。
 だから、だから……今はほんの少しでいい、希望の欠片の可能性にかけて、彼は踏み込む。

「先……生、入りますよー……?」

 寝ている、あり得てくれ。少しした後に、眠そうに瞼を腕でこすりながら出てくる彼を見て、寝坊を笑いながら安心したいんだ。

 出かけている、そうしていてくれ。諦めて自分一人で探索に出かけて、バッタリ出会って、バツが悪そうな彼と笑いあうのだ。

 悪戯、それが一番いいだろう。いじけて背を向け、帰りそうになったその背中を叩いてくれれば、ちょっとの悪態をついて終わらせる。そうしてまた先行する彼の背中を追いかけるのだ。

 どれでもいい、いっそのこと複合でもいい。あるいは今までがタチの悪すぎるドッキリで、中に入れば肩を組んでいる皆が立っているのだ。
 もはや虚栄と分かり切っている夢に何度も手を伸ばし、その度に少年は打ち砕かれ現実を認識する。

 明かりがついておらず、物が散乱している。ここで生活をしていたと思えるほど、彼は不潔ではない。
 決して人の気配がしない、されど異物感というものがどうしても暗闇、部屋の奥の奥に感じ取れた。
 ふと、壁伝いに進んでいたところ、手元に明かりを点けるためのスイッチがあることに気が付いた。

——同時に、べっとりとした粘性の何かが手についた。その時、幾田はもう完全に一つの結論にたどり着いていた。
 それを確かめるため、不正解であると信じて、スイッチを押す。

「……あ」

 部屋の隅から隅まで満遍なく、漏らすことなく電灯によって明らかになる。
 瞬間的に、彼は今まで自分が歩いてきたほうを向いた。答えを先延ばしにする癖でもあったのだろうか。けれどその行動は、答えの過程を教えてくれた。時に回り道はいいものである。
 何故今の今まで気が付かなかったのだろうか、玄関の靴置き場から既に赤いそれが引きずられた跡になって伸びていたではないか。
 そうして伸びたそれは、幾田が感じていた異物感のあった場所へとつながっている。

「あっ、あぁ……」

 足元が見えた。運動するためか、スーツに似合っていないスポーティーで茶色いスニーカー。今は力なく、床に横たわっている。
 胴体が見えた。ジャケットのしたに見えていた、真っ白いワイシャツ。今はそこを中心として赤が広がっている。
 顔が見えた、その顔に力はなく、瞼は下りていた。

「——!!」

 少年は、膝をついて絶叫した。
 起きろ、起きてくれ、目覚ましの代わりにでもなればいい。そんな思いがどこかあったのか。
 しばし、彼の慟哭は収まることがなかった。

「——……おれが、おれが」

 ようやく叫びが途切れれば、今度は嗚咽し自身の不甲斐なさを嘆く。零す言葉は全てが己を突き刺すために、能無しであることを自分に再認識させる必要がある。
 ふらふらと亡者のように遺体に縋り付いその上半身を血で濡らす。
 自分が能あれば彼は命を落とすことはなかった、そんな仮定がいつの間にか頭の中で真実になって、意味もない例えをする。

 もっと早くに駆けつけ、応急処置や手当をすれば助かったかもしれない。自分の拠り所を打ち砕かれ、まともに動ける者がいるだろうか。なにより、中学一年生である彼が碌な医療知識を持っているわけがない。

 もう少しだけ、力があればどうにかなっただろうか。違うだろう、いくら強くても、教師である大當寺は彼を気遣って休息の時間を取り一人になった。

 ではなにか、異能力。それさえあれば彼は救えたか。それに対する否定はない。火炎、重力、暗黒、意識操作、超常言われる現象が起こせるそれらに限界はきっとない。
 だからこそ、幾田は悔やんだ、嘆いた、悲しんだ。
 幾田に備わった異能力はそれらを成せないほどちっぽけなものだったから……ではない。

「俺が、未判明≪アンノウン≫じゃなけりゃ……!」
 
 未判明、能力の詳細はおろか、彼を能力者たら占めているのは今は血に濡れた左腕にある痣のみ。そんな人間に贈られる称号が今はとても憎い。
 何ができるなんて彼が知りたい、けれど未判明であるからこその無限の可能性。
 その無限の可能性が、今は彼を押しつぶそうとする。

「ちくしょう、ちくしょう!」

 何度も何度も痣を殴る、こんな物が無ければ彼はここにいなかった。そうなれば幾田の代わりに誰かが参加させられて、その人が先生を助けられたかもしれない。
 憎悪を止める者はもはやいない、それが少年を自傷に走らせる。既に痣の周りは赤く染まり腫れていたがこんなもの、教師が感じた痛みには程遠いだろう。

「……」

 視界が逸れた先、近くに置いてあった段ボール。そこには二人で隠そうとした凶器が山ほど眠っているはずだ。
 ちょうどよく、段ボールの上に一つ黒い箱が置いてある。開けてみれば、鋭利なナイフが一本手にできた。うつろな目で、それを右手に握りしめた。
 大當寺が見ていれば殴ってでも止めるだろう、だが悲しいかな。骸は何も言わない。
 大きく、右手を振りかぶった。

「こんなの……!!」

 彼は、痣に向かって振り下した。





-高等部校舎2階・廊下


 油断はしない、そんなものは最初で吹き飛んでいる。けれどそれでも、いつ死ぬかはわからない。
 いくら強い能力を持っていようが、所詮はただの人間。それこそ階段から転げ落ちでもすれば簡単に死ぬ。
 銃なんてものを使わなくても、鈍器、あるいは果物を切るためのナイフであっても、人は死ぬのだ。

「……伊与田さん、だっけ」
「……えぇ、そうですね。今朝方ぶりでしょうか」

 だからこそ、重力を操る彼の前では、
 木刀を構え、姿勢を崩さない彼の前では、
 伊与田は決して気を緩ませたりなどしない。例え作戦が読まれ、深魅たちが注意を引き付けている内に一気にという目論見が崩れても、気丈にふるまい仲間を鼓舞しなければならない。
 そうでなければ、岩館は鴬崎は、あるいは自分は……明日にでも土の中に埋められる命になる。

「ふ、二人だけ!? あっちに割くにしても人数間違えたんじゃないの!」
「うーん、光原先輩はともかく、あっちのメガネの能力が分からないと面倒っすね」

 そう、あちらが光原、そして木刀を構えている播磨の二人のみ。数の利は確かに東軍側にある。
 しかし、駄目なのだ。そもそも東軍はガタイがよく筋力もある千晴川、ロッカールームから偶々銃器を引き当てた深魅と比べるとどうしても岩館、鴬崎は戦闘に向いていない。
 あくまでこれは、襲撃をかけ瞬時に一人を葬り、その後の逃走を考えた編成なのだ。
 伊与田は能力の面で少々強いかもしれないが、それでも播磨が戦闘タイプであれば戦力的に負けていることもありうる。

「……光原先輩」
「うん。前は任せるよ」

 構えが素人のそれではない、その程度ならば知識がない伊与田でもわかる。今夜数を減らし、タイムリミットを引き延ばす役割を負うのは東軍かもしれない。
 静かに彼女は息をのんで足元、廊下の窓から差し込む月明りによって作られた自身の影を見る。

「……お願いね」

 影が少し揺らめいたよう見えたのは、きっと見間違えではない。
 これまたロッカールームから入手した短剣を握りしめ、二人を見据えた。


********
-前:>>17 「嘘つきと早退者」 7.5/9
-次:>>20 「嘘つきと早退者」8.5/9