複雑・ファジー小説
- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第一限8/9 更新】 ( No.20 )
- 日時: 2018/03/21 20:09
- 名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: D.48ZWS.)
- 参照: http://リク板にて企画開催中
第一限「嘘つきと早退者」8.5/9
走れ、走れ、それでも息を切らすな。
血に塗れたその体でも、まだ先延ばしにできる命があるはずだ。自分なんてもう信用はできない。だがそれでも、信用できる人の言葉がある。思いを知っている、なら動くんだ。
彼の犠牲で出来た猶予をかみしめろ、始まってしまった戦いを止めろ。
そうでなければ、この身は罪への意識でつぶれてしまうだろう……。
泣く暇があれば、嘆く時間があれば、とにかく動くんだ。
向かうは校舎、一秒でも早く……。
——また、銃声が聞こえた。
それに反応してしまい、少年は大きく体制を崩して勢いよく地面を転がる。硬い地面と砂利によって体のあちこちを擦りむく。
だが、止まるわけにはいかない。直ぐに起き上がり、痛みに耐えながら深呼吸をして体制を整える。
するとどういう訳か、擦りむいてできたはずの傷が綺麗さっぱりに消えていくではないか。まるで魔法のような光景を見てなお、少年の顔は浮かないどころか余計に険しいものとなる。
「……っ!」
その数秒後、悲鳴がかすかではあるが耳に入る。どうやら先ほどの銃声と同じ方角、慌ててそちらを見やる。
すると、遠くからでも校舎の一階部分で何かが光っていることが確認できた。どうにも彼にはそれが単なる明かりには見えなかった。
「——あそこか!」
思いっきり地面を蹴って、腕を振って、自分にできる全速力へと……。
夜の学園を少年は、その光に向かって一直線に走り抜けていった。
◇
--高等部校舎一階・廊下
数の利は凄まじいものだ。よほどの体格の差、体重の差でもない限り二人を相手にすればまず勝ち目は薄いだろう。
では三人は、四人はとなれば、どうだろうか。
その状況に置かれた千晴川はまさしく、窮地に立たされているといって過言ではない。
ほんの少し前まで数では同じだと思っていた相手が突如として、その数を二倍以上に増やす。そんな悪夢を目の当たりにしていた。
「愉快な仲間達≪ユーモラスフレンズ≫、その反応を見るにこれは知られてなかったみたいだね」
「……分身かよ。幻覚ってことは……無さそうだなぁ」
「さぁてどうだろう、案外触れば水に溶ける綿菓子の如く消え失せるかしれないよ。それこそ愉快に笑いながらね」
窓から入る弱い月明りに照らされ、彼らはそこにいる。
その中でも西軍の最上級生、羽馬詩杏。彼女は千晴川達——二人をせき止めるように、廊下のど真ん中に立っていた。それも三人、自分と瓜二つな人間を並べてだ。
この世にはそっくりな人間が三人はいる、なんて与太話を思い出す。だがそれらはそっくり人間、というよりかは羽馬の姿をコピーした操り人形といったほうが正しいのかもしれない。
その後ろに隠れている三星は何故か心なし誇らしげな顔をしているが、分身を数に入れれば五対二。圧倒的だからこそにじみ出る余裕があるのだろう。
千晴川は勿論、彼から少し離れて後ろに立つ深魅も冷や汗を隠せない。彼女らが無手ならばまだマシなのだろうが、羽馬とその分身たちは仲良くスタンガン、催涙スプレーと思わしき缶を構えている。迂闊によれば涙を流して痺れるのみだ。
「……まあでも、この距離なら当たりそうだね」
「頼むぜ深魅、流石に鉄パイプだけ振り回してどうにかなりそうな相手じゃあない」
「——シーちゃん先輩! 銃ですよ!」
「あぁ、美術部の看板を背負う人が持っているとは思わなかったな。手は痛まないのかい」
「……そうは言ってられない程度には命の危機でね。本体は、喋っている君でいいのかな?」
「それも無回答とさせてもらうよ、案外ここに本体はいないのかもよ」
東軍に勝機があるとすれば、それは深魅の両手に握られていた。開戦の合図にもなった拳銃、その銃口をゆっくりと上げて、本体らしき羽馬に向ける。
羽馬はそれでも表情一つ変えずに、飄々と軽口を飛ばしてみせる。それは自信の表れか、それともはったりか。
残る銃弾は七発、それでもこの場にいる全員に当てても残る数だ何より距離は数メートル離れているだけ、屋上に向けて放った時と命中率は雲泥の差である。
そんな中銃口が向いて、それでも焦らない……拳銃を握る深魅の思考に疑念が走るが、それでも彼女は銃身を向ける相手を変えはしない。
「……案外、方は早く着きそうだね。アカリちゃん、手筈の通りに」
「はい!」
「深魅」
「分かってる、そっちこそ焦って暗くしないで欲しいな。流石にシモヘイヘの様に、とはいかないんだ」
「しもへい……まぁいいや」
千晴川の暗視装置は相変わらず機能している。重力攻撃の際には地面に強打しても問題がないほどの頑丈さを見せはしたが、今現在の状況では驚愕暗転装置は使えない。スプレーのような物は暗闇の中でも効力を発揮し、更に暗闇の中では深魅のサポートが受けられないからだ。
お互い作戦を確認しあい、その上で自分は出来ると心の底で勇気づける。
自然に皆、握りしめる力が強くなる。拳銃を、ボールを、鉄パイプを、スタンガンとスプレーを。
踏み込みのため、膝がほんの少し角度をつけ、前を見据える。あるいは下がるため、踵に力が入り、重心が後ろ寄りになる。
「……ところで、一つ聞いておきたいことがあるんだけど」
「へぇ?」
羽馬はそんな中でも一つ、気になったことがあったと突如として訪ねごとをした。どうせこの後にはそんな状況はなくなるのだから、貴重なこの場で聞いておくべきだろうと思ったのか。
少し千晴川たちは眉をひそめたが、特にそれを邪魔をしようとはしない。
「いや、やっぱりいいや。聞いても多分、分かり切ってる」
「……そうかい」
しかし、彼女はそれを口にすることはなかった。何故いきなり撃ってきた、などと聞いても高台をとっていれば十二分に理由になりうる。他に理由があったとしても濁されて終わり、核心がつけるわけではない。
我ながら意味のない質問だったと自嘲し、少しスプレー缶を振って話を流す。
だがふと、背後の三星の息遣いがゆったりとしたものになるのを感じ、丁度いい時間稼ぎになったことに気が付くと口元を僅かばかりだが緩ませた。
「──ッ!」
撃鉄が上がる、瞬間羽馬は体を傾けた。
——銃声が耳をつんざく、銃口から体を逸らしておけば当たることはない、なんてどこかの本に書いてあった知識を思い浮かべていた。
けどやっぱり、当てにならない。タイミングを狙ってみてもこうして当たるじゃないかと恨み言一つ、苦悶の声と共に吐いた。
鮮血が舞い、赤は後ろにいた三星にまで降りかかる。ルールを理解した時から覚悟は出来ていた、そんな彼女でも先輩が撃たれたという事実に一瞬動きを止めた。
「……ぃきな」
「——っ、はい!」
痛みと眩暈、急な脱力感にふら付きながら彼女は指示を飛ばす。
左肩を撃ち抜かれてなお、彼女は歯を食いしばってその二本足で立ってみせた。持っていた道具を放して、撃ち抜かれたところの近くを握りしめ、千晴川達をその眼光で射貫く。
促され三星が走り出すとほぼ同時に、分身たちは彼女を隠す様に前を行き千晴川達に迫る。銃撃後を狙っての物量作戦だ。
「下がるぞ!」
「もちろん」
対して東軍は千晴川前衛とし、引き撃ちでその数を減らそうとしていた。銃の反動に顔を顰めながらも、深魅は後ろにステップをして下がっていく。その間にも再び狙いを定めようとしているが、やはり初心者には難しく銃身がぶれて使い物にならない。
その隙を逃がすものか、ボールを握る三星の右手に橙色の炎が灯る。分身たちはスタンガンの前に構え、当たれば直ぐに痺れさせる気だ。
追いつかれるわけにはいかない、千晴川も後ろに走るが……鉄パイプを持っていては流石に遅い。
ついに分身の一人が射程圏内にまで入り、千晴川に右手のスタンガンを伸ばした。
「——ちっ、そらっ!」
分身たちが思いのほか直線的な行動をとってくれたおかげか、対処は容易に出来る。
千晴川は鉄パイプで薙いで躱す。すると分身の体は鉄パイプが当たった横っ腹から上半身と下半身を二分するように裂けた。
耐久力はそれほどではないのか、そう考えてしまうのも隙であった。
裂けて宙を浮いたかと思った羽馬の分身は、上半身だけになっても道具を捨て、千晴川にしがみついてきたのだ。
「なっ!?」
そんな突然ことに姿勢が崩れなかったのは流石といえる。だが更に荷物が増えてしまった千晴川に対し、残りの分身たちが近づいて催涙スプレーを吹きかけてくる。
激痛が皮膚のあちこちに走り呼吸もままならなくなるが……まだ終わりではない。
「千晴川!」
「——アタシの炎で燃え尽きろっ!!」
三星はその一投に様々な思いを込め、炎を纏ったボールを投げつけた。
炎の玉は一秒も満たない間に千晴川に着弾し……次の瞬間、催涙スプレーのガスに炎が引火する。
スプレーを吹き付けていた分身、そして中心にいた千晴川、それら全てを飲み込み……炎は天井をも焼き尽くす勢いで燃え上がった。
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お知らせ 9/9は二回に分けて投稿いたします。これも全て文字数が少なすぎるプロットを作ったわしが悪いのです。
ちなみに現在リク板のスレに手リクエスト企画を受け付けています。読者様、オリキャラ作成者関係なくリクエストは出せますのでよろしくお願いいたします。