複雑・ファジー小説

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第一限8.5/9 更新】 ( No.21 )
日時: 2018/03/08 19:01
名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: D.48ZWS.)

第一限「嘘つきと早退者」9/9 上


 風が少し強くなってきたか、栂原修は屋上のフェンスによって辺りを見回す。
 彼は一人、見張り役という名の留守番を食らっていたのだ。そのことに対し、不満を漏らそうにも返すものはいない。
 ふと、友人とのやり取りを思い出す。
 
『栂原、君の能力は偵察ならともかく戦いの場に居たら不味い』

 彼の友人、光原の気遣いであったのだがら素直に受け取るべきなのだろうが……それでも納得のいかないこともある。彼の脅威消却を持ってすれば、単独で動くのも問題はない……と言っても彼は少々それを「ただ影が薄いのかやたら無視される」程度のものと認識していたが。
 確かに切った撃ったの場面に居れば流れ弾があり、いくら殺意を持たれていないといっても危険はある。だがそれでも人手が減るのは痛いと指摘が出た。
 そもそも殺し合いの場で危ないから下がれというのは……栂原の言葉を、光原は遮る。 

『違う、君の能力が今後機能しなくなったらそれこそ損失だ』
『あ? あー……例の制約か。すっかり忘れてた』
『自分の能力だろ、しっかり把握してろ……。えぇっと皆、こいつの能力は確かに自分に向けられた殺意を消し去ることができるんけど……、それはあくまでも栂原が敵意とかを持っていないときってのに限られる。
栂原の能力は強力、いずれ使えなくなるかもしれないけど、だからこそ今夜で失うわけにはいかない』

「——だからって、居残りはねーだろ居残りは」

 確かに能天気だとは自覚しているし、そもそも能力を有効活用できているどころか能力者であるという自覚すら薄い。三星の作戦に「そこまでやるか」と一瞬思ってしまったのも確かだ。
 それでも、仲間が体を張っているというのに何もできないというのは……。

「ん、何の音だ……?」

 突如として機械的な警戒音が校舎の中に広がる。それが気になり見下ろせば……人影が一つ、校舎に近寄ってきていることに気が付いた。

「まずっ、灯夜達に知らせねぇと……!」

 彼はそれに慌て、急いで校舎を降りていくのであった。

——もう少し気が付くのが早ければ、と彼は直ぐに公開することになる。





——火災を知らせるベルが鳴り響く、火を消し止めるための放水が始まる。

 天井にまで炎が届いてしまったのは失敗だった。三星はやってしまったという表情で見上げ、かかる水に顔を濡らす。
 完全にこそまだ炎は消されていないが、人一人を焼き殺すには不十分。羽馬の分身たちはあっという間に燃え尽きたが、千晴川はまだ死んでいない。
 彼は今も小さくなった火と燃えずに残り、流れ落ちていない催涙スプレーの成分に苦しんでいるので無力化こそは出来たのだが……。

「……この学校の防災設備が整ってて良かったよ」
「燃え移った後ならともかく、直接なら……!」

 三星はいったん千晴川は倒したものとし、深魅のほうへと向いて隙を伺う。それに対し深魅は銃口を三星に向けていて、引き金に指をかけていた。
 スプリンクラーが動作している今こそ攻め時かもしれないが、そんなことをすれば深魅も二の舞を演じる可能性も高い。
 三星も早く羽馬の手当てに向かいたいのはやまやまだが、相手の拳銃をどうにかせねばいけない。
 お互いがお互いを警戒して動けない、膠着状態が続く……きっとどちらかの人間が息絶えるまでそうなるはずであった。

——廊下の窓の外、二人の視界の端に人影が映る。

「っ!」
「え、なに!?」

 深魅、三星は突然の来訪者に慌て飛び退き、相手と謎の人物そのどちらも狙えるようにと警戒する。窓の外の人物は二人の行動など知ったことではないとグングンと近づいてきて……とうとうその姿が露になる。
 闇に溶け込んでいる黒く短い髪を揺らし、ルール説明の際には膝をついて心の弱さを皆の前で晒した男——幾田卓だ。意外過ぎる人物に深魅などは呆気にとられている。

「……!」

 幾田は窓に手が届く距離まで近づくと、左腕を後ろへと思いきり振りかぶる。
 彼の動作にまさか、と身構えたのは三星だ。校舎の窓は彼女が前に聞いた話では強化ガラスが使われているらしく、殴った程度で簡単に砕けるものではないはず。
 そんなものを砕く気でいるのであれば、その余波がこっちにまでやってくるかもしれない……そう思ったからだ。
 瞬間、彼女は確かに見た。幾田の左腕、肘のあたりから手甲の様に張り付いている大きな銀色のハサミを。

 ハサミの先、その一点に幾田の全体重、走ってきた勢いの全てが乗れば砕くことは容易い。強化ガラスは粒子の様に崩れ落ち、枠のみを残して入口が出来上がる。。
 そこを通り入ってきた幾田。スプリンクラーでその身を濡らしながらも深魅と三星の間に立ち、口を開いた。

「——戦いを、やめてください……!」
「……へ?」
「……もしかして、平和主義するためにわざわざやって来たのかな」

 肩の力がガクッと抜ける感覚、そして幾田に少々を呆れを見せる二人。もう少し場に合ったセリフの一つでも飛び出すものだと思ったのだろう。
 苛立ちを込めながら、深魅は諭す様に語り掛ける。

「やめてくださいって言われてもさ、幾田君。別にこっちも好きで殺しあってるわけじゃないんだ。悩みに悩んだ末で、僕たちは明日生きるためにこうして武器をとっているんだ」
「そうだよ。アタシだって死にたくないもん。それに先輩もやられちゃったし……!」
「……首輪の時間制限の話ですか」
「あぁ、君の首にも確かに嵌められているそれ。このままじゃあとー……十四時間ちょっとで爆は——」

 そこまで言って、深魅は幾田の衣服に大量の血が付着していることに気が付いた。しかし幾田に傷は見当たらない……となれば。
 三星もそれを確認し、すぐに襲い掛かって来てもいいように両手に炎を点す。
 二人の変化に、自分に疑いがかかっていると察したのか、幾田は首を横に振った。

「違う、けど……大當寺先生が死にました」
「……へぇ、あの先生が」
「……だから、時間制限は伸びました。せめて……せめて今日はもう止めてください」

 嘘か本当か、それだけでは判別がつかない情報を彼は告げ、懇願した。それを受け、さてどうしたものかと三星は考える。
 勝負を再開するには少々水を差されすぎた。今始めたところで、そこに幾田も加われば泥沼に陥る可能性が高いということを三星は何となく分かっていた。
 それでも確実に息の根を止めなければ……その思いがどうにも決断を鈍らせた。

「——それじゃあ、そうさせてもらうとするよ」

 三星とは対照的に、深魅の動きは早かった。銃を幾田に見せつけるように腰のホルスターにしまい、千晴川に近寄ると自身の濡れたブレザーを火に押し当て消火を始めた。
 三星はそれを止めようとしたが、幾田がどうにも邪魔で近づけない。そうこうしているうちに、とうとう火は消されてしまった。

「……わかった」

 もはや再開は不可能と彼女も諦めたのか、両手の炎を消す。幾田たちに背を向け、いつの間にか倒れ伏し気絶していた羽馬のほうに駆け寄っていくのであった。


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