複雑・ファジー小説

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第一限9/9上 更新】 ( No.22 )
日時: 2018/04/09 19:22
名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: dDbzX.2k)

第一限「嘘つきと早退者」9/9 下


-高等部校舎2階・廊下


「人に対しこうして使うのは初めてでしたが……存外に、華麗に防がれてしまうものですね」

 影が、意志を持ち実体すら持って壁を、床を這うように伸びてくる。
 何本も現れるは黒く触手めいたナニカ、されど指に酷似した部位も持つそれは対象を狙いつつ、岩田たちを守るべく光原の視界を遮るように揺れ動く。その姿はどこか、騎士を思わせるような紳士性を持ち合わせているように見えた。

「く、この!」

 彼の腕は二本、獲物はその両手を使った一刀のみ。それは悪魔を祓う銀でもなければ死者を作る鉄でもない。修練を目的とした木であるのだから、影達を弾き飛ばすことは出来ても切り捨てることはかなわない。
 それでも、それでも剣士——播磨海は凌いでみせる。早く鋭く来ようが、遅く鈍い一撃であろうが、その全てを捉え対処する。木刀で受け流し、あるいは身のこなしひらりと躱し一撃も入れることを許さない。

「……すごい、なんて腕してんのよコイツ」

 間違いなくこの場では近接戦闘最強と言っていい。そんな剣を振るう様を見て岩館は、影の攻撃がやめば頭から割られる自分の姿が容易に想像でき、体を強張らせ驚愕の声を漏らす。
 幸いにして、それは播磨の耳には届かなかったようだが。

「なずなちゃん、私の前に出ないようにお願いしますね」
「は、はい! けど、早くしないと」
「—えぇ。けど、もうしばらくすれば……」

 影より出ずる存在を使役するのは彼女、伊与田だ。光原の皇帝の覇道だけは発動させてはならない。その為か、弾かれるのを承知で黒き触手を無理にでも伸ばしていく。
 播磨も応じて跳ね退けては見せる。が、その間に伊与田たちが近づいて来れば、横を抜かれてしまわないようにその分彼も下がらざるを得ない。
 今のところ一つも傷を負ってはいない彼は、剣を振るいながらも次の一手を考える。触手は伸びこそすれど、全て窓から入る弱い月明りで出来た伊与田の影を根元にしている。
 そこにさえ気を付ければ、あとは彼の超常たる反射神経でどうにでもなる。幸いなのは、触手の最大威力でも木刀で弾き飛ばせる程度の重さというところだろうか……。

「(手数の多さで負けている、詰めればあるいは……っ、駄目だ!)」
 
 いっそのこと一撃をもらう覚悟で前に……そう考えた時、彼は心臓をわしづかみにされたかのような恐怖感に呑まれる。
 瞬時に体が反応し、大きく後退して彼女らと距離をとっていた。

「(なんだ今の感覚は、近づけば頭に一撃をもらっていた気さえする……)」

 剣道の試合中、格上との闘いの時に働くことがある第六感。そんなものが今発動したというのだろうか。
 確かに、命の取り合いをしているのだから、研ぎ澄まされた神経が危機を感じた。理屈としては何となく理解はできる……だがその相手が伊与田と岩館と言われると、少々の疑問が出てくる。
 あの影の攻撃の軽さはブラフで、近づけば強烈な一撃が待っているのか。それともまだ分かっていない岩館の能力が恐ろしいものなのか。現時点で彼に判別をつけることはできない。

「(……落ち着け、不安で剣を錆び付かせるな。羽馬先輩達のほうが相性がいい。僕たちは最悪耐えて、撤退すればいい……勝負に出るべき場所じゃあないんだ)」

 幾何の迷いは、維持を誘う。それこそが東軍の狙いとも知らず、播磨は勝負を仕掛けることをやめた。しかし、仕掛けることを捨てるならば……逃げに徹するべきであった。

——銃声が響く、。
 それが下の階からだということは直ぐにわかった。けれど、突然の発砲音に全員一度動きを止める。己も足を止めながら、その隙をずっと待っていた男が動いた。
 播磨を信じていなかったわけではない、むしろ自分の要望で人手を減らしてしまったということで申し訳なく思っていたぐらいだからこそ、突然の銃声をチャンスに変えようとした。

 頭を垂れひれ伏せ、軽く顎を上げて光原は二人を見下ろした。

 伊与田を、岩館を押しつぶす力が働き、彼女たちは地を這う。とっさに影を動かしたのか、顔と床の間に触手が入り込んだ。ただそれだけだしか抵抗は出来なかった。

「……ふぅ、成功した。お疲れ播磨君」
「い、いえ先輩のほうこそ」

 再び猛威を振るう皇帝の覇道、その強さは健在である。
 重圧は一秒ごとに強くなる。常人ならば耐えられるのはせいぜい最初の一秒のみ。会話の間に四秒へ達し、五分間の重圧が確定すればもはやから脱出は不可能。二人とも気が抜ける。
 後は十倍まで高め、身動き一つ出来なくなった伊与田達にとどめを刺すのみ。動けなくなった者たちに攻撃を加えるのは、と普段ならば考えたかもしれないが、今この状況では気にしてはいられない。
 先ほどの銃声とその後聞こえてきた悲鳴も気になるが、その間に播磨は他の疑問に思っていたことの方に思考を傾けた。

「(……鴬崎先輩はどこにいったんだ?)」

 それは戦いが始まって直ぐのこと、てっきり三人とも一緒になって追ってくるものだと思っていたのだが、何故か鴬崎はさっさと姿を消した。逃げた、訳ではないのだろう。ならば下の階の戦いを補助しに行ったのだろうか……。
 考え事をしている内に十秒が経つ。彼女たちの体重が仮に四,五十程度だったとしても五百キロ。気が遠くなるほどの激痛に襲われているに違いない。

「……それじゃあ」

 その言葉をはっきりとは言わず、濁したのはきっと決心が少し揺れ動いていたせいなのだろうか。
 光原が腰ベルトに下げていたカバーから、大きめのナイフを取り出した。それで心臓でもさせば直ぐに死ぬ。
 とは言ってもこれはゲームではない。追い詰めるところまでは何とかできても、実際に殺すとなれば話は別である。
 そうしなければ自分らに明日はない。生きる時間を得るために、襲ってきたものを殺す。自分に言い聞かせ、彼らは勝利したのだ。ここで折れていてはしょうがないとナイフを握る力が強くなる。。
 しかし、その場限りで言えば光原は……もう少し精神の迷いを許してもよかったのだろう。

——教室、廊下にあるスピーカー、あるいは天井に取り付けられた火災報知器がアラートを発する。

「……サイレン、って電気も」
 
 火事です、火事ですと機械音声が鳴り響く。どうやら一階の廊下で火事が起きたらしい。
 しかし仲間の中に火炎系が居たために、彼女の仕業だろうかと自然に播磨は考えることができた。
 それとほぼ同時に二階を照らす明かりが灯る。急に明るくなったことで播磨は眩しさから目を背け近くにいた光原のほうを首を向ける。
 光原も突然の事に驚きはしたが、特に問題はないと思ったのかそのまま歩みを進める。そのまま播磨の横を通り、彼女たちの元へと近づいていく。

「(火事はともかく、なんで電気まで……?
明かり、アカリ——いや関係ないか。仮に東軍の作戦だとしたら、電気をつけるのに何の意味があるんだろうか……!?)」

 木刀を仕舞おうと目線が下を向いた時、ようやく彼は明かりがついたということの重要性を知る。
 電灯によって照らされたことで、月の光の時とは比べ物にならないほど濃く、はっきりとした影が足元にある。
 播磨のはまだいい、ただの濃い影だ。けれど光原の影は……彼の動きに合わず、不自然に揺らめいていた。
 そこから先は、ほんの数瞬のこと。
 持っていた物も捨て駆け寄ろうとする播磨であったが、一手遅い。

「っせんぱ——」
「…………え?」
 
 突如として影から勢いよく飛び出た触手は、がら空きであった光原の背中に突き刺さり……彼を赤で染め上げる。
 播磨は、間に合わなかった。触手は直ぐに影の中に戻っていき、そこには背中に穴を開け膝から崩れ落ちる光原が残るのみ。肩をゆすり、意識を確かめる必要すらない。

「……そん、な」

 もう彼は、死んでいた。
 仮に二人の内どちらかが、鴬崎が電気をつけるタイミングを遠くから見計らっていたことに気が付いていれば、というのはもしもが過ぎるという話だった。

「——ここか! 戦いをやめてくださ……い」

 愕然としていた播磨の後ろから、階段を上ってきた幾田がやってくる。彼は人の姿を見つけるやいなや停戦を呼びかけようとするが……既に事切れていた光原を見つけ口をつぐむ。
 その近くで地に伏していた伊与田、岩館。遠くから走ってきていた鴬崎、何が起きたのかを詳細に知ることはできなかったが……彼が止める必要もない。
 西軍は撤退。東軍も伊与田達の重力増加が切れるのを待ち、帰っていくのであった……。





『こんばんはみなさん、AIです。十一時、定刻となりましたので本日の死亡者の発表を行わさせていただきます』

 機械音声が学園中に届く。コテージの中、校舎、果ては校庭までも。その声に感情なんてこもっていないはずなのに、どうしてか皆AIが楽し気だと感じた。

『本日の死亡者は二人です。無所属、大當寺亮平。西軍、光原灯夜』

 それは、聞くもの全員の感情が負に染まっていたからかもしれない。

『時間制限は48時間、延長されました。残り時間は59時間、です』

 後悔、怨嗟は渦を巻く。

『今回の質問は特に無いようなので、これにて放送を終えます。それでは皆さん、良い夜を』

 決して、笑っているものなど一人もいない。ただ一人、この放送をするものを除いて……。




第一限「嘘つきと早退者」修了

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