複雑・ファジー小説
- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第一限完結 更新】 ( No.23 )
- 日時: 2018/04/09 19:21
- 名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: dDbzX.2k)
休みの時間「破滅への前奏曲≪プレリュード≫」
彼女は一人、辺りを警戒しながらも購買棟の二階にまで来ていた。白いパーカーのフードをかぶり、自分の白い髪ごと頭を覆い隠している。
——白を白で隠しても意味の無いことのような気がするが、精神的な問題だろう。
時刻はまだ昼どころか、二十四時間制限が始まる十時にすらなっていない。
階段から顔を出す。丸く大きな赤い目を光らせ、売店の内装を確認したのちに、少しだけ気を緩めて入店。
入り口近くにあったカゴを取ると片っ端から日持ちのしそうな食料を入れていく。ゼリー系でもクッキー系でも何でもいい。
待て、スポーツドリンクなどもあった方が……、いや野菜ジュースも取るべきか。少しの迷いの後に両方入れる。
どう考えても、一日では消費しきれない量。
無所属にして中等部一年、榊原伊央(さかきばら いお)。彼女はルール説明の後すぐ様に行動を開始していた。
殺し合いをしろと宣告されたのだ。当然、榊原もショックは受けはした。だがそんなことをしていてもしょうがない、とりあえず生き残るためにどうするべきかと切り替えることができていたのだ。
宣告を受け、大當寺に声を掛けられるまで呆然としていた幾田とはえらい違い。彼女は現実を見据えていたのである。
更に無所属だからこそできるフットワークの軽さも相まって「とにかく助けを待って籠城していれば何とかなる」という結論を早々に出したのであった。
大當寺が危惧していた「籠城戦を見据えた」人間の一人が彼女だ。そこに戦意はない。
「……あれ、もう誰か来てる?」
そんな彼女であったが、ふと商品に伸ばしていた手を止めてとあることに気が付く。
他の商品は全て限界を超えて陳列されているというのに、保存食の場所のみ陳列が適正になっている。この状況では一番必要になるもののはずなのになぜ……と考えれば自ずと答えは出る。
過剰な陳列が適正になる分、誰かが既に持ち出しているのだ。
「……っ!」
下手をすれば、今このフロアに誰か隠れている可能性がある。それ気が付くと彼女は一気に青ざめた顔になる。
慌てて満杯のカゴを抱え階段を降りていく。そのまま見えない誰かから逃げる様に、自分に与えられたコテージまで走り抜けていったのであった。
被っていたフードも外れ、肩まで伸びた髪を揺らす彼女を遠くから見つめる者、なんて誰もいないというのに。
◇
部屋に入り鍵を閉めてようやく肩の力を抜く、訳でもなく奪う——もとい貰って来た食料の仕分けを始める。
ゼリータイプや飲料は部屋にある冷蔵庫に、クッキータイプは湿気のないところに。
少々散らかっている部屋だからか、カゴいっぱいの食糧を持ってきたせいで更に手狭に感じる。だがそれでいい、今この状況では部屋が広い方が恐ろしい。
「はー、おわったー!」
暗い雰囲気を吹き飛ばすためか、控えめながらも明るい声を出して彼女はベッドに飛び込んだ。その際に上着などは雑に脱ぎ捨てられている。
これからすべきこととと言えば、精々が過食による食料が尽きることを防ぐことだろう。
幸いにして彼女は小食である。元々部屋に置いてあったお菓子などや食料も考えれば、例えこの異常事態が最後まで続いたとしても持つだろう。
「……最悪後二十四時間かぁ」
ベッドで仰向けになりながら、ちらりと壁掛け時計に目をやる。数字の代わりに音楽記号が配置されている不思議な時計。針はまだ十時に達していないことを知らせてくれるが、それでも刻一刻とタイムリミットは迫っている。
それを見ながら、首輪に触れる。金属が伝える冷たさは決して心地のいいものではない。その冷たさが永遠であることを祈る、決して弾けることがないように。
けれど、その為には自分以外の誰かの死が必要で……。
「——でも、無理だしなぁ~」
自分が誰かを手に掛けるところなど想像もつかない。それどころか、自身の戦闘力では殺される側だということが分かり切っている。軽音楽部のルーキーは戦うことを諦めている。
彼女が出来る事と言えば、歌とゲームが多少得意なくらいだ。こんな場では何の役にも立たない。
よくドラマやアニメなどでは音楽の力を使って世界を平和にする、なんてことがあるが……その程度で首輪の爆弾が外れるならば喜んで歌おう。そうでなければ意味の無いことだ。
そして少々能天気に物事を考えたところで、それが現実になる可能性なんてゼロである。
——もし、仮に、夜十一時の死亡者発表で誰も死んでいなかったらどうしよう。
その可能性に対し彼女は体を震わせる。誰かが殺しあってくれる可能性にかけての引きこもりだが、みんな榊原の様に引きこもっていれば詰みである。
きっと、誰かが死ぬ。無所属組はともかくチームを組んでいる所は動くに違いない。集団に属するということは、集団の命の責任も負うということだ。誰かが殺すだろうから籠っていよう、という結論にたどり着くとは思えない。
そうなれば軍同士でぶつかるのが一番いいが、人数の差を考慮し無所属狙いになるかもしれない。
無所属で一番殺しやすい人間を考えた時、男よりも女、若い人間……能力が知られてなければ第一候補は榊原である。
「……なずな、私の事庇ってくれてる……よね?」
ふと東軍に所属してしまった友達、岩館のことを思い浮かべる。彼女とはからかわれ騙される仲であり、榊原自身仲のいい子を挙げろと言われれば直ぐに思い浮かべる人物でもある。
彼女が居れば東軍からの襲撃はまずないだろう、と信じ今度は西軍を思い浮かべる。そちらには知り合いは誰一人といない。
「——私の能力が知られてますように」
小さくつぶやき、彼女は目を閉じた。
自分の能力が知られていればまず最初は狙われないはず、中等部が西軍には二人いたのだからきっと知っているはず。
電気も消さずに閉じた瞼の裏は赤が映る。それがどうにも、とある日のことを思い出させたが……時間が経つにつれ意識はまどろみ中に消えていった。
◇
榊原伊央は中等部一年、軽音楽部のルーキーである。彼女の歌声は皆から好まれ、休みの時間にリクエストを受ける、なんてこともあった。
彼女はきっと、異能学園などに来なくても幸せだっただろう。むしろ、異能なんて物が無ければ彼女は完璧だったのだろう。
『それじゃあ、今日はどれくらいの事まで出来るのか試してみようか』
入学してから少し経った後、自分には「音を操る能力」があることに気が付いた。始まりはそれだけで、まるで魔法使いになったような気分で彼女は実験に臨んだ。
最初は上手くいった、硬いものを音を操って切断することが出来た時は疲れもしたが喜び飛び跳ねた。
けれど……、
『次は、いろんな音を操作して簡単な演奏ができるかやってみよう』
雑音にも似たものを操り、カエルの合唱だってやり遂げて見せた。
けれど、
『お疲れさ……どうしたの?』
けれど、ああ……どうしてか頭が痛む。
『——実験停止! 機材はいい! 怪我人の救助を優先!』
どうしてか、視界は赤で染まっていて、私は……どうなったんだろうか。
ああそうだ、それ以来私は二度と能力を使うことなんてなかった。誰に何を聞かれても、危険すぎたと全てを教え、みんな私に能力の話題を振ってくることなんてなくなった。
誰かが名付けた、色彩哀歌≪エレジー≫。
私がもう一度使う時が来るとすればそれは……きっと私が死ぬ時なんだろう。
◇
——突然、彼女は目を覚ます。
時計を見ればもうベッドに横になってから随分と時間が経っていた。それどころか、もう死亡者発表の時間であった。
いやな夢を見ていたと、しっとりと肌につく衣服の感覚に辟易とする。
起きた原因は何か、と眠い頭で考えている内に部屋の中に機械音声が響いているという事実に気が付く。
『——AIです。十一時、定刻となりましたので本日の死亡者の発表を行わさせていただきます』
あぁ、これが目覚まし代わりになったのかと納得がいく。
そして、結局死亡者は出たのか、そうでなければ……心臓の鼓動が急速に早くなるのを感じつつ彼女は、
『本日の死亡者は二人です』
首の皮がつながったことと、それが誰かの犠牲に成り立っているという罪悪感に吐き気を催した。
否、その後に誰が死んだということを聞かされると彼女は吐きだした。
先ほど見た夢の光景と寝起きの頭が相まって、意識が酩酊する。
明日は誰が死ぬ、
明後日は、
明々後日は、
きっといつか、自分が死ぬ。
そんな予感がしたのだ。
休みの時間「破滅への前奏曲≪プレリュード≫」 修了
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