複雑・ファジー小説

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【休みの時間 更新】 ( No.25 )
日時: 2018/04/09 19:21
名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: dDbzX.2k)

 休みの時間「死に至る病」


 鳥海天戯は死んでいる。
 物理的にではない。彼女の心臓は今はまだ、しっかりと鼓動を続けている。
 では一体どういう意味か、と問われれば……彼女の過ごし方を知れば納得するだろう。

「——あ、なんもないじゃん」

 誰よりも遅くその場にやってきた人、鳥海天戯。
 鳥海天戯はルール説明の後、部屋に戻ろうとしたのだがその途中あることに気が付いた。
 飯ないじゃん……と。
 振り返ると塚本が居たが、お互い目を合わせることもない。彼女はさっさと購買棟に食料を補充しに行った。
 榊原の様に籠城を考えて、とかそういう難しいことを考えてではない。ただ食料が無いから取りに行っただけである。
 
 手に取るのはクッキータイプとゼリータイプの栄養食、彼女の主食だ。通販以外の手段で買うのは久しぶりだなと思いながら、それらを一定数カゴに放りこむ。
 レジにまでもって行き、じっと待っていた。
 だが一向に、店員はやってこない。当たり前だ。

「……あ、そっか」

 こんな時に店員がいるわけがない。そんな当たり前のことに気が付くと、彼女は財布からお札を三枚取り出しテーブルの上に置く。その際、彼女は手袋をしていたせいで少々取りづらくはあったが……別に急かされる訳でもない。悠々と済ませる。
 レジ袋を拝借し、購買フロアを後にしようとした。

「……ん」

 そんな時、下の階に誰かがいることに気が付いた。音からするに、どうやら上って来ようとしているようだ。
 が、別に取り乱したりもしない。下の者に気が付かれないように音もたてず、三階へと上がることで邂逅を回避する。
 理由は単に、人と会うのが面倒くさかったからだろう。その面倒だと思う気持ちが、榊原との接触の機会が無くなった。
 同時に、この場で誰かが無くなるという可能性を消し去った……のだろうか、榊原と鳥海ならば遭遇しても互いに逃げるだけで終わっていただろう。

「……物多っ」

 そうして彼女が目にしたのは、幾田たちも出くわした悪辣極まる衛材売り場。所狭しと物が置かれており、碌にこの場に来たことがない彼女さえも異常と感じるほどだ。
 鳥海は別段、病弱,怪我をしているわけでもない。なので特にこのフロア自体でやることはない。しかし下では誰かがまだ作業をしているらしく、降りることも出来ない。
 だからといって、態々連絡通路を使い校舎に向かうのも駄目だ。出来る限り人と会うのを避ける彼女がそんな選択肢をとるわけがない。
 手持無沙汰になり、近くにあった棚の商品を手に取ってみる。効能がどうとか、彼女にとってどうでもいい情報が羅列してあるが、多少の暇つぶしにはなるだろう。

「……」

 ——誰かの走る、遠ざかっていく音が聞こえた。
 どうやら、二階に上がってきていた何者かは直ぐに逃げる様に去っていったようだ。
 であれば、この動作も無意味。直ぐに物を棚に戻そうとして……彼女は「それ」を見つけた。

「……なにこれ」

 黒く四角い、不思議な箱。試しに取り出してみると、ずしりとした重さがあった。思わず落としてしまいそうになる。ダミーの仕切り、という訳でもなさそうだ。
 いったい何なのだと、彼女は箱を無造作に開けた。

「なにこれ」

 出てきたのは、刃渡り二十センチ程のナイフ。しばし考えた後、これは武器の配布なのか、と気が付く。
 学園内のいたる所に隠されているのだろうか、はたまたここだけなのか、とにかく鳥海はいち早く凶器を手に入れることが出来たわけである。
 ……だが、彼女にとってそんなものは必要ない。
 そっと、ナイフを握っていない方の手を噛んで、手袋をはぎ取る。

 ——その下には、人間のモノとは到底思えないほどに黒く染まった腕があった。
 顔などの病的に白い肌とは正反対、黒い絵の具に直に突っ込んだかのような色合いをしている手で、ナイフの金属部分にそっと触れる——瞬間、ナイフに変化が生まれた。
 彼女が触れた点に、黒が生える。黒は次第に金属を、柄を侵食していく……。
 その終わりを見ることもなく、鳥海はつまらなそうにナイフを床に放り捨てた。
 そして口に銜えていた手袋を再びはめる。
 
 黒箱もその辺に放り投げ、彼女は食料を入れたビニール袋片手にコテージへと帰っていく。
 その場にはただ、黒く溶け切ったナイフだったものが残っていた。



 部屋に戻り何をしたか……何もしなかった。荷物も放り投げ、ただ彼女はぼーっと、暗い部屋の中で横になっていた。それに意味はない、榊原の様に籠城しようと思ったわけでもない。
 ただ、やるきがなかったから部屋にいた。それだけなのだ。そこには混乱も何も無い、殺し合いかーそっかー、けど面倒くさいな。彼女の心情を表すとしたらただそれだけだろう。

 十時になった、依然として彼女はベッドの上
 昼を過ぎた、未だに彼女は部屋から出ない。喉が渇いたな、小腹がすいたなと思えば乱雑にしまってある冷蔵庫から取り出して口に入れるのみ。ベッドの近くにあったゴミ箱は既に満杯だったが、気にせず押し込んだ。
 ゴミを纏めるということすら煩う彼女の部屋はそこまで散らかっていないところを見るに、誰かが定期的に掃除をしているのだろうか。
 腹に物が入ったせいか、少々の眠気が出た彼女はくぁと欠伸をした。

——いつの間にか夜になっていた。どうやら暇を持て余すあまり眠ってしまったようだ。
 夢も見ることのない深い眠りだったようだが、どうにも体が重いようだ。
 チラリと時計を見やれば、とうに夜の十二時を過ぎている。あれから半日近く寝ていたのだとすれば、倦怠感も納得であった。

「……そういや、だれか死んだのかな?」

 結局のところ、彼女は初日のほとんどを寝て過ごした。そこに焦燥はない。
 鳥海は、死に対しての恐怖がないから、今きっと彼女の前に殺人鬼が現れたところで動揺はしないだろう。
 何故そこまで彼女が……と誰かが聞いたとすれば彼女はきっと「意味がないから」と答えるのみだろう。
 どれだけ怯え泣き叫んだとしても、何も起こらない。
 ならば武器でも持って全員を殺そうと取り組むか、それもまたない。それだけ頑張って、例え生き延びたとしても……その先に何がある。
 また彼女は部屋にこもって、一日が無駄に流れていくのみだ。

「……」

 生きることは楽しいことか、と言われたら迷いなくいいえと答えるだろう彼女。
 このまま彼女は、何もせず死んで行くことを望んでいた。文句を言うとすれば、このような特異的な場所ではない方がよかったが……別に今は静かなのだから我慢すればいい。
 少し枕の位置を整えて、もう一度目を閉じる。その首にある爆弾が起動すれば即死、一瞬で死ねる。
 それを彼女は良しとした。
 死ぬのは怖くない、生きていてもしょうがない。
 だから、殺すなら殺してみろ、私はその時まで静かに生きるだけ。そんな挑発じみた思いがあったのかもしれない。
 
 死を覚悟した、というわけではない。
 ただ生を楽しくないものとし、執着することを止めた。そして、毎日をただ無気力に過ごすだけ。
 鳥海は既に他者に影響を与えることも、受けることも拒否している。何かを生み出すわけでもなく、ただ最小限の消費をしているのみ。 
 なるほど、彼女はすでに死んでいる。いや肉体的死が中々訪れないからと、彼女はその意識、行動だけでも死体の如くふるまっているのだろう。
 生者として動けば動くほど、損しかしないと思っているからこその諦めだ。 
 
「——なるようにしか、ならないよ」

 言い聞かせるように一つ呟いて、布団を頭にまで被せた。




休みの時間「死に至る病」修了

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