複雑・ファジー小説

第二限「ゆびきり」 ( No.27 )
日時: 2018/04/12 22:42
名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: dDbzX.2k)

第二限「ゆびきり」-1

-校庭

 日付は変わっていた。けれど、彼はいまだに動きを止めることしていない。
贖罪、何か行動を起こしていなければ彼は直ぐにつぶれてしまうから。だからといって、休まずに数刻も穴を掘るという行為を続けられるほどの体力がどこに残っていたのだろうか。
 始まりがいつからだったのかは定かではないが、もう少しすれば夜が明け始めるだろう。
 辺りは寝静まり、ただ土を掘る音のみが聞こえる校庭の端。
 一人、幾田卓は電気式のランタンを地べたにおいて作業を続けていた。

「……ちくしょう、ちくしょう」

 慣れぬ穴掘りもようやく終わりを迎えたようで、彼はショベルを杖に突いてまた後悔の言葉を出す。
 穴の数は二つ、長さとして二m届かない程度だが……人を埋めるには事足りる。深さは一m、異臭などの騒ぎが懸念されるほどの浅さ。それは彼の知識で思いつかなかった箇所なのだろう。仕方がない。
 自分が掘った穴の出来を見た後に、その近くにあった一つの遺体の横に腰を下ろす。
死体が放つ独特の臭いが彼の嗅覚を刺激し、自然と涙をこぼさせる。知的生命体ならば誰もが持つであろうし死への恐怖。それを経験させたということが辛い。

「──ごめんなさい、先生……!」

 無所属最初の犠牲者へ、大當寺亮平へ、亡骸と化した彼に幾度と詫びる。当然だが返事はない。
 不思議なことだ。屋上の電波塔を破壊して見せた彼が見せた屈強さ、それとは真逆。腹部に合った一つの刺し傷、傷口こそ荒れていたが……目立った外傷はそれだけだったというのに。
 たったそれだけで、幾田の心の支えとなっていた彼はこの世を去ったのだ。
 もし、少しだけ早く向かっていれば……少なくとも彼は死ななかったのではないだろうか。更に沸いた自身への憎悪。それは彼の左腕のほうへと向かう。

——左腕に浮かび上がる、巨大な銀色のハサミへ
「……なんなんだよ、これ」

 心なしか、赤みを増した痣。念じてみればそこから、長さ五十cm程のかなり巨大なハサミが浮き出る。銀色のそれは、外そうにも左腕にピタリとくっつき離れない。
 それが、彼の能力。触り降ろされたナイフを止め、土壇場で目を覚ましたモノ。
 開閉は意思による操作、または手動でも可能。擦れる金属音を鳴らし、決してまやかしの類ではないと自覚させた。
 このままであれば、ただ巨大なハサミを出現させる奇妙な能力で済んだ……だが、幾田のそれは終わらなかった……。思い出す必要すらない、脳裏に張り付いた記憶。

 呼吸が荒くなる、見たくないものに蓋をするため左腕のハサミを消した。

「はぁ、はぁ、あぁ……」

 寄りかかっていたショベルを土に刺したまま手を放す。
 彼は、右手で大當寺の首にゆっくりと触れて、そのまま両手で遺体を抱え込む。
 酷く冷たい訳でもない、かと言って人肌を感じられることもない。常温、それと同時に反発もしない肉の感覚。
 持ち運ぶときに何度も感じた、死体の重さに何度も手放しそうになっては掴みなおす。

 時間にして数分、幾田は大當寺を穴の底に寝かし立ち上がった。
 今まで呼吸を止めていたわけでもないのに、大きく息を吐く。
 そうして墓穴に眠る彼を見た。瞼を閉じたまま、口が半開きになっている。閉じようとしたが、固まって動かせなかった箇所だ。

「……」

 幾田はショベルを再び手に取る。そうして少しばかり土を掘り、遺体に掛けていく。足、腰、胸……ゆっくり、ゆっくりと上っていく。
 無論、顔にかけた際には彼の口の中に土が入った。
 だが、大當寺は身じろぎ一つしない。
 改めて、死体になるということを理解した。
 
「──っ」

 自分もいずれこうなるのか。

 むしろお前がこうなるべきだっただろう。

 死への恐怖と罪の意識が加速し、既に空だったはずの胃から何かがこみ上げる。
 左手で抑え、必死に飲み込んだ。
 吐いている場合ではない、そんなことは許されない。呪いにも等しい義務感によってそれを制し、埋める作業を再開した。
 ──丁度、穴が完全に埋まった頃だった。

『殊勝ですね、辛いのならば放っておけばいいのに』
「ッ、その声っ」
 
 機械音声が、近くにあったスピーカ—より流れ出た。AIだ。
 音量が小さく辺りで反響する音が聞こえない辺り、そのスピーカーしか起動していない。幾田にだけ話しかけているのだろう。
 朝の説明と、夜の発表の時以外はアンテナを壊す時にさえ無反応だったそれがなぜ今。そう疑問に思う前に音声は続ける。

『えぇ、AIです。幾田卓、死体のお片付けご苦労様です。そして、能力の覚醒……おめでとうございます』
「——片、付け……?」
『えぇ、そうでしょう。穴が二つあるということは、この後に校内へ光原灯夜の死体を回収しに行くのでしょう? こちらの手間を削っていただいて、酷くありがたいものですよ。
そんな貴方に報酬と……少しばかりの助言を」

 今までのどの発言よりも、AIの言葉には抑揚が付いていた気がした。だがそんなことより、彼はAIの死体を物とする発言が気に障った。
 そもそも、お前がこんなふざけた場を用意しなければ……。
 これ以上ふざけたことを口にさせない。彼はショベルを構え、スピーカーに投げつけるため直ぐに振りかぶる。

「ぶっこわれ——」
『いいんですか、 折角"奪った能力"の使い方を知らないままで』
「っ!」

 石化したかのように、幾田の体の動きが止まる。
 監視カメラの類はなかったが、見られていた。誰に告白する勇気もなかった事実、AIは知っていた。

『ハサミ、それで死体から——能力を切り取りましたね。傷一つ作らず、見事なお手前だったかと思います』
「ち、違う! 体が勝手に、いきなりハサミが出てきて……!」

 無能が故に素晴らしい人を失い、能を得て死体すらも侮辱した。
 その罪を指摘され、彼はしどろもどろになりながら弁解する。

『責めていません、殺し合いを認めたこの学園でいまさら何をしたところで……。ですが、一番多く動き、声を上げる必要のある者である貴方は知る必要があるでしょう。
なによりあの教師の理想……犠牲者を出さずに終わる、でしたか? 既に不可能となりましたが、まだ13人生きています』

 そこに付け入り、AIは畳みかける。
 彼がもう少し冷静であれば、殺し合いを提唱する存在が教える意味はと考えたかもしれない。
 だが現実、彼は何度も蘇る光景を振り払うことに必死になっていて気が付けない。
 半ば狂乱状態となった幾田に、AIは冷たい言葉を注ぎ込む。

『出来るものならば、殺し合いを止めてみなさい。折角、動き続けられるチカラを手に入れたのですから。理想を持って死んだ者の能力、それすら役に立てず死に絶えたいというなら話は別ですが』
「……」

 ショベルはいつの間にか地に落ち、彼は口を閉ざし俯いた。 

『……では彼の能力の名前から、再起動≪ハードワーカー≫と言って——』

 足元のランタンが照らす弱い光の中、幾田はしゃがみ込む。
 耳をふさぎたい、だが奪ってしまったものを持ち腐れたら……相反する気持ちにどうしたらいいかわからなくなり、ただただ彼はその言葉を聞くことしかできなかった。
 使い方、注意事項、余りに親切すぎる対応は生存の大當寺のことを想像させた。

 それから数時間ほどたち、夜は明けた。
 しかし彼の心はより一層深く、深く沈み捻じれていくのみであった。


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