複雑・ファジー小説
- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第二限-2 更新】 ( No.29 )
- 日時: 2018/04/20 19:39
- 名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: AwQOoMhg)
- 参照: http://投稿する前に全部変えたくなる衝動
第二限「ゆびきり」-3
-東軍、岩館なずなのコテージ
西軍が危機感から同盟を組もうとするのに対し、東軍の動きはどうか。
自陣営からは死人が出なかった、ということが彼らの緊張感を鈍らせたか。そんなわけがない、彼らもまた、これからの動きを決めるためにと会議を行っていた。
そして、西軍の沈んでいた空気とはまた違い、困惑。その場にいた三人は、多少なりともそれを抱いたことは間違いない。
三人──鴬崎、深魅、岩館達は自分たちに冷たいお茶の入ったコップを差し出してくる黒い触手をどうすればいいか迷っていた。
「ど。どうも……あ、おいしい。
ありがとう……しょ、触手さん? でいいですか、リズ先輩?」
「えぇ、特に名前もありませんし……お好きにどうぞ?」
最初に動いたのは岩館だ。恐れつつも、コップを受け取り口をつける。
一瞬だけ走る微かな苦み、そこへ流れ込む優しい甘さに思わず口元が緩む。ミルクの甘さはどうしてこうも精神を落ち着かせてくれるのか。
影から湧き出す触手すらも……流石にまだ受け入れずらい、だが余裕は生まれた。伊与田を愛称で呼びつつ触手さん、その呼称正しいのか確認できる程に。
「牛乳、勝手に使ってしまったけど……大丈夫でした?」
「な、なんかすみません。あたしあんまり淹れたことなくて……封切ってないやつだったのに、あんなに苦くなるなんて」
千晴川の部屋が使えなくなり、東軍は岩館の部屋に集まることになった。彼女は大慌てで人が来てもいいよう準備を整えた。散らかっていた物を物置に詰め込み、ペットボトルのお茶は出せまいと何かないか探した。
すると、別に飲むわけでもないが安かったので買い、仕舞っていた紅茶のパックがあった。これ幸いと淹れて……失敗し、伊与田によって少し苦みがあるミルクティーに生まれ変わった。
以上が本日の朝から起きた事件である。
「私も、最初は似たようなものでしたから……。パックでも……浸しすぎると苦味が出てしまいます」
「なるほど、勉強になります」
岩館の言葉に満足したのか、他二人にカップを渡すと触手はそのまま伊与田の影の中へと溶けていく。
その光景を見届け、深魅はポツリとつぶやく。
「未知数領域・反転旭暉≪テネブル・タンタキュル≫、……ピッタリな名前だね」
「あら、ありがとうございます。芸術方面の人に褒められると少々不思議な気分になりますね」
「ふふ、芸術方面って言ってもネーミングの方は微妙でね……僕なんて、具現の画伯≪イマジネーション・アーティスト≫だよ。ちょっと直接的過ぎたかな、なんて」
「そんなこと言ったらー……俺なんて皆乍回復≪リザレクション≫ですよ? ゲーム単語引っ張り出した奴で──」
「……?」
しばし落ち着いた心は、仲間たちの楽し気な会話によって更に……とはいかない。少女は、肌がヒリヒリと荒れる感覚を覚えた。
もしや、声色こそ笑っているが心からは……という人物がこの中にいるのだろうか。そう疑問に思っても、誰がその人なのかはさっぱりだと岩館は気にするのを止めた。
昨日まではこんな団結すらなかったのだ、態々荒らす必要もないと判断したのかもしれない。
もう一度ミルクティーを口に含み、言葉を飲み込んだ。
「──それで、これからどうするんだい、っとと」
「うぉっと、大丈夫っすか?」
「ごめんごめん、ちょっと寝不足でね」
意外にも一番早くコップを空にしたのは深魅だった。
彼女はそのまま器を床に置き、座布団の上で姿勢を直す。その際に、体の揺れが不自然に大きくなり崩れ、近くにいた鴬崎に寄りかかってしまう。
鴬崎も避けるわけにはいかず、その体重を受け止める。
彼女は直ぐに体制を立て直す。だが改めて観察すると、彼女はどこかフラフラしているように見えた。
こんな状況だ、熟睡できるほどの神経は持っていない。他三人も普段と比べればかなり寝が浅かった、彼女はもっと酷かったのか。そう同情しつつ、話を進める。
「ええと……これからについてでしたね。まず……今の状況を整理します」
正座を崩した形で、伊与田はじっくりと記憶を反芻していく。
「昨夜の時点で二人……。大當寺先生と、光原さんが死亡しました。対してこちらは負傷者が一人出ましたが……一命はとりとめています」
「西軍に治癒系統の能力者が居なければ、羽馬さんは左肩を負傷したままかな。あーけど分身出せたね彼女……そこまで戦力減ってないかな?」
「どうすかね、分身の詳細にも寄りますし……。まあそれはそれとして、生存者の数では確かに勝ってますね」
「えっと、三星先輩が炎。羽馬先輩が分身、播磨先輩はやたら強かったから身体能力系統……?」
今一番勢力が大きいのは、生存者の数からいって東軍。強敵と思われていた大當寺が消えた、つまり彼を殺せる何者かがこの学園にいるということになるが……。
塚本の発言。西軍は東軍への襲撃を考えている、という言葉がいまだに伊与田の頭の中を過る。
殺すつもりはなかったが、偶々殺してしまったのか。と言えば、違うと叫ぶ者が居た。
五人相手でも同等だと言って見せた塚本でも、悪評纏う鳥海でもない。
二つの勢力のぶつかり合いに介入してきた少年。
「偶発的ではない。彼の証言が正しければ……ですが」
「幾田君かい? あれは嘘をつけるって感じじゃあなかったと思うな。心ここにあらず、とはまた違うけど……形相は必死そのものだった」
光原を殺した後、停戦を訴えるためやってきた幾田。間に合わなかったことで動揺したのか、聞けばある程度の事は教えてくれた。それにより、東軍は大當寺死亡の詳しい情報を得ている。
呆然としている播磨を連れ、栂原達は直ぐ離脱したため、西軍はあまり得ていないだろう物だ。
いつ頃死んだのか、どうやって、場所は、全てが彼の視点と言う危うさはあるが。
「大當寺先生は部屋で死んでいた、傷は腹部に一か所。血は死体中心で、玄関から引きずった跡はあるものの、コテージの外には続いていない……扉開けた瞬間グサッと、かなー」
「即死ってやつですか?」
「ショック死かも、いや死体見ても分からないだろうけどさ」
保健委員の経験があれば、と鴬崎に注目が集まる。しかし彼はそれをやんわりと否定した。
「西軍がやるなら、まだ能力が予想もつかない栂原先輩を抜いても……そんな状況になるなら作戦を組んでいたと考えるのが自然すね」
「東軍を襲撃する予定を立てつつ……先生も? 少々無理があるような」
「……うーん、けどそうなるといよいよ犯人が無所属の塚本さん、あとさか──」
「伊央ちゃんにはできません! あ、ごめんなさい……」
殺人の疑いを友人に掛けられてはたまらない、岩館は深魅に食って掛かり……直ぐに謝った。
深魅は一瞬目を見開き、驚いた表情をした後に目をこする。どうやらいい眠気覚ましになったようだ。
話が逸れていた、現状の把握に努めるべきで真相の解明は二の次だ。
「いいよいいよ……答えなんて出ないし、このことはひとまず考えないでおくよ。
首輪のリミットまではあと一日以上あるし、流石に連日のぶつかり合いはないかな……?」
「なら、衛材とか食料の補充したいんで購買棟に向かいたいっすね。特にガーゼとか消毒液とか。部屋に合った備蓄使い切っちゃったんで」
鴬崎が要望を告げる。備蓄を使い切った原因は……今ここにはいない千晴川のためだというのは岩館もすぐにわかる。
三星との戦闘で、大火傷を負い現在は部屋で寝込んでいるというのも知っている。
しかし、伊与田に庇われたのか岩館はその状況を目で確認することができていない。
「……そんなに酷いんですか?」
「──あー、うん。下半身は比較的平気だけど、上半身。特に首から上あたりが火傷まみれなんで……直ぐに死にはしないだろうけど、痛覚が残ってるのかずっと呻いてる」
彼は、答えていいのか軽く伊与田達を伺い、正直に答える。
岩館はその状況を想像し、顔を顰めるが……同時に、鴬崎の皆乍回復でどうにかできないのかと考える。その疑問に答えるべく、直ぐに鴬崎は補足する。
「えっと、昨日も言ったと思うんだけど皆乍回復は無制限にできるってわけじゃーない。対象の症状が酷くなればなるほど力も体力も多く使うし、効力も落ちるんだよね。
……今千晴川先輩に使うとすると多分、一日近くは動けなくなるかな。その結果も、なんとか動けるってレベルだろうし。今やるべきならやるけど……」
「──今はそうすべきじゃあない。一人動けなくなって、一人は重病人のまま……だとね」
「……それに、鴬崎さんの"奥の手"を失うのは」
だから、千晴川の苦しみは放置するしかない。
彼らは暗にそう言っていた。岩館は罪悪感を感じたものの、尊敬し始めていた伊与田の「奥の手」というワードで自分を納得させた。
西軍の思惑とは別に、彼らが四人で会議をしていた理由はそこにあった。能力レポートでその力の殆どを把握していながらも、「それをしたら自分たちが回復できない」と言う意見で治さない、そんな結論が出るとは思わなかったのだろう。
コクコクと彼女は頷いた。
「では……鴬崎さんの案で行きましょう。ひと先ずは食料と衛材を取りに購買棟へ」
「あっ、出来ればいいんだけど美術室で作業したいから校舎を通して──」
別に放置するわけでもない、彼の力が必要になれば直ぐに能力を使うだろう。判断するには早すぎるから、薄情に見えたかもしれないが……それが彼女らなりの生存戦略であった。
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