複雑・ファジー小説

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第二限-4 更新】 ( No.31 )
日時: 2018/04/27 19:26
名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: 2rTFGput)
参照: http://明日忙しいので事前にどす

 
第二限「ゆびきり」-5


 振り向けば、そこに居るのは東軍二人組。カメラを首からぶら下げる青年は段ボールを抱え、朱色の髪の女性も両手に大きなビニール袋を抱えていた。物資を運んでいる途中だったのだろうか。

「そこの鍵か、……ほら、僕は美術部だからさ。知らない? ああそう、まあいいや。
息抜きのためにも作業場が欲しくてね。人に入られてたくもないから掛けさせてもらったよ」
「そ、そうですか……」

 袋を丁寧に床に置き、身軽になる。
 カツリカツリと、音を立てて歩く彼女。いきなり声が掛けられたことで驚いている幾田から視線を放さず、距離は徐々に縮まる。そして、彼が正気に戻る頃には手が届くほどにまで迫っていた。
 慌て、幾田は扉の横へ離れ、転ぶ。足がもつれ、無様を晒す。
 ハサミで床に杖を突き、立ち上がる時にはすっかり彼女は扉の近くに居た。

「……もしかして、名前すらも分からないかな。入学したばっかりの子すら知ってたから、少し自惚れていたかもね」
「あ、いや! えっと……深魅、さんですよね」

 高等部美術部の部長、数々のコンクールを受賞してきた凄い人。それが幾田の認識だ。
 新入生と捉えていた人物に名前を覚えられているのが嬉しかったのか、深魅の口元が緩む。
 しかし、幾田の知識は教師である大當寺と行動している際に教えられたものである。決して、彼女の知名度が裏付けされた訳ではないが……知らない方がいい時もある。
 少なくとも、深魅からの感情がマイナスではないということが大事なのだ。

「……ちなみに、中を見せてくれたりと──」
「駄目だね」

 あっさりと彼女は言い切った。
 扉に寄りかかり、横目で幾田を見やる。
 
「言っただろう、息抜きのための作業がしたいんだ。僕の作品が見たいって話ならうれしくもあるけど……」

 違うんだろ。そう残念そうに瞳を閉じる。もし仮に、幾田が彼女の熱心なファンだったならその先を見せてくれたのだろうか。
 東軍の彼女が、と言うのだからまさかそこにAIの一派が潜んでいるとも思えない。流石に東軍とAIがつながっているとは考えたくないが故だが。
 少年がそこに入る必要性は少し薄れる。同時に、今この状況の危うさを認識した。

「(あ、まずい……!)」

 こちらは一人、あちらは二人。二人の能力は不明だが……幾田は能力奪取の詳細、やり方すらいまいちつかめていない。いきなり現れたハサミに引っ張られるよう腕が動いただけだった。
 襲ってくるか、深魅を視界に入れながらも青年、鴬崎の方を見る。
 だが二人とも、その気がないのか構えてすらいない。

「……別に、こっちは戦う気はないよ。単に物資の補給中に音がしたから確認しに来ただけだからね。
──ピーちゃん君は彼に何か話すことはあるかい?」
「うっ……確かにそれで呼んでくださいーて言いましたけど。何もこんな時に呼んでくれなくても……。
俺自身は特になんも、男に興味ないですしー。というか、いつの間にここの鍵なんて手に入れてたんすか先輩?」

 段ボールを抱えたまま首を振るピーちゃん。
 その呼び名に幾田が脳内で疑問符を浮かべる。
 そんなことはさておき、ひとまず戦闘にならないというのはいいことである。昨夜は殺し合いの途中、幾田が呆然としていたせいか碌に情報を得ていない。それどころか質問ばかりされていたような気もする。
 もしかしたら東軍だけが知っているようなものがあるかもしれない。首謀者を捕まえるため探索していることを伝え、知っていることはないか確認すべきだろう。

「……?」

 左膝に痛みを感じた。見れば先ほど転んだ時か、擦り剥いていたようで血が滲み出ていた。
 何のことはない軽い怪我だ。治すため、深呼吸を一つとる。
 再起動、相変わらず精神面の治癒は期待できないが、外傷ならば十全に発揮できた。
 肺に大き空気を送り込み、いらない物全てを吐き出す。行為が終わるとほぼ同時に、傷が消える。
 さてと、と改めて彼らに向き直る。

 ──二人の視線は余すことなく、幾田に突き刺さっていた。
 瞬間、怯む、竦む、悟る。
 今、少年は二人の前で「大當寺亮平の能力」を使用した。それがどういう意味か、今頃になって彼は気づいたのだ。
 雑談に興じながらも彼女らは見ていた。少年が深呼吸をして、怪我を治す。その行動は昨夜亡くなった教師のものと酷似している。
 そして、その少年は大當寺の死体を見つけたという少年である。邪推ではない、想像して当たり前のことだった。

「再起動、だね。なんで君が持っているのかな?」
「う、あ……」

 カマを掛ける意味もなかったかもしれない。既に少年は取り乱し始めていたからだ。
 AIに知られた時よりも更に深く、生徒たちに知られたということはそれだけ大きな意味を持つ。
 混乱する、深呼吸をする、自責する、深呼吸をする。ループが始まる。

「ハサミ……能力を切り取る……? それで先生から能力取ったんすか?」
「ち、違う! 腕が勝手に……!」
「取ったんだ」

 否定をしない。そこだけに注視する。詳細なんていらないと鴬崎は彼を見下した。目を細め、疑いを強くする。能力取るために殺したのか、次に放つ言葉が容易に想像できる。口が少し笑っていることに気が付いているのだろうか。
 後ずさりをして、幾田は深呼吸を続ける……しかし、焦るあまりか適切に出来ていない。もはやそれは過呼吸ともいえる所作だ。
 精神面の均衡を保っていた効力が切れる、蓋をしていた物が再度噴き出す。

「あ、ああぁ──!!」

 叫び、彼はその場から逃げ出す。足がもつれ、何度も転ぶ。
 探索も忘れ、彼は一目散にコテージの方へと走っていった。

「……どう思います?」
「さあどうだろう。案外彼は多重人格者、とかいうオチかもね。外面はひ弱な少年、中身は猟奇的殺人鬼、みたいな」
「あー、よくある小説みたなやつすか」

 残された二人は、つまらなそうに会話を続ける。
 能力奪取系統は末恐ろしいものがあるが、本人があの調子では碌に活用できないだろう。精々、次の狙いが困ったときの標的になるだけだ。
 さっさと上の階に居る二人のところに戻り、このことを報告して終わりだ。

「……ん、あれ? なんか落ちてません? そこ」
「ん、どこだい……」

 だが、鴬崎がここで気が付く、幾田の逃走経路に何かがあることを。転んだ時に落としたのだろうか。
 本当に間抜けなことだ。深魅はそれに近づき、拾い上げる。

「……」

 銀の鍵。
 ロッカールームから能力レポートを手に入れることが出来る、この異能学園の中では最重要と言って差し支えない物。
 これをもって出歩いていたということは、まさか未使用か。鴬崎にも見せて、その存在を認知させる。

「えっ、まさかアレが落としてったんすか」
「そう、みたいだね。丁度いい、ロッカールームにも寄っていこうか」

 ロッカールームも二階にある。確かめるのに時間はそうはかからない。
 一応誰かが潜んでいる可能性も考慮したが、部屋には誰もいなかった。いくつか扉が開いているものを無視し、鍵に掛かれた番号のものを探す。

「ええと415、415……あった。しかも開いてない。これは期待大だね」
「おぉ、誰のが出てくるか少し楽しみっすね」

 東軍がこれまで手にした三枚の内訳を考えれば、自軍のは出ないと考えるべきか。しかし鍵の所有者は「無所属」だ。本人を除いた全参加者の物が候補にあっておかしくない。
 ハズレ枠は東軍の物だが……敵にわたるよりかはずっとましだ。
 鍵を差し込み、開く。
 中身がある。

「当たりだね」

 笑って、それを引き出す。中には支給武器なのかナイフも一緒に入っていたが、ただのナイフなどどうでもいい。
 さて誰の能力が書いてある。二人は期待しながらのぞき込んで……眉をひそめた。
 別に、東軍の物だったわけではない。だが、だがその能力の記載は、彼らに一つの感情を芽生えさせるには十分すぎる。

 所有者は無所属、内容は以下の通りだ。

 ──虚言癖≪ライアー≫ 
 認識を改ざんする能力。
 所有者がついた嘘、それを聞き理解したものにそれが真実であると誤認させる。
 また、理解する必要があるため耳栓、言語が違う、そもそも聞き取れない時には効力を発揮しない。

 所有者:塚本 ゆり──

「塚本は断然強い。あなた達三人よりも」
「5人揃って、漸く対等。だからここでやってもいい」
「さっき西軍の人の話を立ち聞きした。東軍に襲撃かけるって」

 その発言の意味を、どうして聞いた三人が真実だと断言していたかを、二人は理解した。
 遅くても十数分後には、伊与田達もそのことを知る。
 その時、塚本がどうなるかは……想像だに難くないことだった。


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