複雑・ファジー小説
- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第二限-6 更新】 ( No.34 )
- 日時: 2018/05/06 14:42
- 名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: 2rTFGput)
- 参照: http://感想返し更新しました
第二限「ゆびきり」-7
血の匂い残る部屋の中、深呼吸する音が続く。薄暗い明かりの下、彼はいた。
椅子に腰を預け、ふとスピーカーを見る。ついでに見える時計は、もうすぐ十一時を指す。死亡者がいれば、そこで通達される。
もう一日が終わるのだ。
無益。無駄に過ごしてしまった。少なくとも、少年はそう認識していた。
きっと今日の死亡者はいないだろう。何となくそう思っていた。人が殺された現場をみなかったら、騒ぎの音も聞こえなかったから。
──本当は、何もできなかった日にこれ以上悪くなれば、もう耐えられないからだろう
それは彼の努力のおかげか、違う。二人の尊い犠牲から出来た制限時間の余裕が生んだ成果だろう。
彼は何をしていたか、他人に能力が見られ動揺し、家に籠った。その後、フラフラと探索を再開するも何も無し。
つまりは空振り。無為に終わった。それどころか鍵すらもいつの間にか落としていた始末。
無所属、塚本のコテージの扉が破壊されているのを見た時、彼はどれほど心を乱したかは語るまでもない。
だが、彼女の名が呼ばれることはないだろう。
「──ん、君は……塚本を殺しに来たの?」
「……よかったぁ」
どこかで塚本が狙われているのか、そう思った彼は癒えぬ心のまま走り回った。その後、校庭の隅にある倉庫に身を隠していた彼女を見つけた。
眉一つ変えず話す、彼女の様を思い出す。
とはいえ、一触即発……と言う空気になることはなかった。何せ、塚本が傷一つなく生きているという事実を認識した後、彼は心から安堵し、尻もちをつき大きな隙を晒したのだから。
あぁこれは違う、彼女もそう認識してくれたのであったろう。
「東軍が部屋壊してたから逃げた。心当たりはない」
「東軍が……」
そう彼女は幾田に吹き込んでいた。彼はそれを信じ、東軍の標的に選ばれてしまったのかと彼女を憐れんだ。
──無論、虚言癖の効力は失われていない。嘘をつけば、相手には本当だと確信させる。つまりはそういうことだ。
「……塚本は、人を殺す気はないから。ほっといて」
「な、何か、必要なものとか、ありますか?」
「……後でいいから本と食料」
ここで漸く、幾田は図書室の本が何冊か抜けていた理由を察した。
そして宅配まで頼まれてしまったが、別に彼はそれを良しとした。殺し合いをする気がないというのならそれに越したことはない。
無論、本心で言っているかどうかはわからない。そう彼は気が付いていても無視することにした。疑ってもしょうがない。
「……」
恐らくは本日一番の動きともいえるだろう塚本宅襲撃、そこの住人が元気だったのだ。両軍、他の無所属にも被害はないだろうと彼は見積もっていた。
……明日はどうであろうか、彼は考える。制限時間は迫って来ている。東軍は塚本の部屋を襲うという行動を起こしている。能力が知られた幾田など今まさに襲い掛かられても不思議ではない。むしろ何故彼女が襲われたのかが分からない。
その理由が彼の落とし物によるものなど、気が付くことはないだろう。
彼が考えるに、両軍とも狙うのは無所属だろう。鳥海という女性は大當寺から聞かされた話から警戒に値するべきだ。しかし、複数人を相手取るよりはましなのではないか。
「(東軍は五人。あ、でも千晴川?って人は大怪我してたな。それでも四人で、一人肩を撃たれていた西軍より有利だ。止められなきゃ多分東軍が勝つ)」
止めなくてはいけない、そう認識している考えているのにいつの間にか止められないケースを想定している。それは彼が心のどこかで「自分では無理なんじゃないか」と諦めかけているからか。
大當寺先生が生き残っていれば、止められたんじゃないだろうか。いつの間にそんな思考に入り込む。
東軍が勝ち進み、一人になった時どうなるか。AIの言うことが本当ならば元の生活に戻り……
──更には優勝賞品としてなんでも一つ、願いをかなえてあげましょう
「願い事、なんでも……」
ここに来てようやく、幾田はその存在を認知した。殺し合いという言葉に気を取られすぎて、そちらのことを全く考えていなかった。
殺し合いは止めるのだからそんなのは考えなくてよい、大當寺と一緒にいたことによる影響があったのかもしれない。
殺し合いを提示するようなふざけた奴が叶える願い事など、ろくでもないに決まっている。そう決めつけ思考を放棄しようとし、少年はふと……思いついてしまった。
もしかしたらこんなこともありうるのか、と。
「……」
スピーカーが起動し細かく振動を始める。答えを返す者はそこいる。
しかし、言葉にしようとはしない。聞いて帰って来て、更に揺らいでしまう様な気がしたから。
……ならば、彼は耳をふさいでおくべきだったのだろう。何故他の誰も聞かないことがあるか、彼はそれを失念していたのだ。
◇
-西軍、播磨海のコテージ
「へぇ、それで海君は玄関側に座って警戒してるってこと」
面白いと言わんばかりに彼女は右手を振る。左腕が使えなくなった今、彼女の感情を表現をするために動きは右腕に詰まっていた。
何故彼が義務感に支配されたか、と言うことは触れない。その結果が何に達しても、今は歯車は動いている。錆び付くよりはいいのだ。
明るい話はいい。原因は何であれ、空気をよくするのならそれは喜ぶことだ。
「……僕は最善を」
「いーじゃないですかウミ先輩、別にバカにされてるわけじゃないですし」
「──ははっ」
「栂原先輩!?」
話している間もチラチラと玄関側に視線をやる播磨。ついそれを栂原は笑う。少なくとも朝は暗く沈んでいた後輩がどうすればこうなるのか。
灯夜がいれば教えてやりたい、そう思うほどに。彼は反省はしても後悔はしない。少々生真面目な後輩のためにも自分も頑張らねば、そう気持ちを入れなおしていた。
彼を起点に他二人も少々笑い声を零す。
「──フフフ、っとごめんごめん。今日の成果の確認の話だったね」
播磨の部屋に置かれた時計の長針が動いたことに気が付き、まとめに戻る。
「鳥海ちゃんの勧誘は失敗。部屋にまで入れてくれたけど……殆ど無視されちゃったなぁ」
「殺しに来たかと思ってた、って言われたかんな……」
少しうなだれる様にして見せる羽馬。それに付け足すように、栂原はその時の状況を思い出す。
ノックをして名を呼んでみれば「開いてる」と言われた。実際に鍵はかかっておらず、恐る恐る中に入ってみれば暗い部屋の中、ベッドに横になっている鳥海がいた。
本当は死んでいるのではないだろうか、言葉にこそしなかったが彼はそう思った。
「……殺さないの?」
一,二分ほど経ち、唖然としている二人に対して告げた言葉。どうやら彼女はすっかり自分は死ぬのだろうと思っていたらしい。それなのに慌ても反抗もせず、ただ寝ていた異常さにやはり驚愕した。
羽馬はそれを見て少し思うところがあったのか、乱雑にゴミや物が置かれた部屋を片付けながら彼女に話しかけてみた。殺し合いなどないかのような世間話、彼女の人となりを少しでも知ろうとした。
けれど、届かなかった。
「やる気ない」
彼女はそう突っぱね、その後は何も話さなかったのだ。
めげずに何度か話しかけてみるも、彼女の持つ雰囲気が不機嫌になり始めたのを察しそこで一度交渉を諦めたのであった。
改めて聞き、三星たちは彼女の態度に驚きを隠せない。
「……すごい人ですね」
「殺すならいつでも殺して—って感じだったのかな。あ、アタシたちの方はまず反応すらして
もらえませんでした。居ないのか、ちょっとわかんなかったです」
三星は鳥海の人物像を浮かべつつも自分たちの行動を話した。
とはいえ成果はないので目新しい情報はゼロ。ただ居留守をつかわれたのかどうかも分からない。
塚本は訪問する前に、東軍に部屋を襲われ行方は知れず。幾田などはノックしてもうめき声が返ってくるのみ。彼らの作戦は二つとも失敗に終わった。
「……うーん、今日やることは全部空ぶってしまったね」
そう、二つとも。一つは停戦、同盟を結ぼうとすること。もう一つは……死体について。
彼らが光原を迎えに行ったとき、その死体は血痕だけを残し姿を消していたのであった。当然、西軍もそれについて慌てる。何故だと考えをめぐらした。
「──本当に、灯夜の体はAIの奴が持って行ったんだよな……?」
「へ、多分そうじゃ……ない?」
「……」
その時、彼らはそれがAIの仕業だと考えた。殺し合いを管理する立場の人間なら、そういったことをしてもおかしくない。そう思い、諦めた。
他の事を思いついていた人間も無視をした。その方が思考が健全だったから。
けれど、ここに来て栂原はその可能性に言及してしまう。気になってしょうがなかったものが、その日の事を思い出し一層強くなったことによるものだ。
まさか、まさかだが仮にそうであれば……栂原の脅威消却は、下手人に対しては完全に効力を失うであろう。
『──』
丁度、スピーカーが起動する音が響く。あと少しすれば放送が始まる。
質問をすれば、答えるだろうか。いやそれどころか間に合うかもわからない。聞いてどうにかなるものでもない。
しかし、気になった。それが一つの問いを作り上げ……スピーカーに向けて、届けられた。
数分後、帰ってきた返答は最悪なものだった。
◇
『こんばんはみなさん、AIです。十一時、定刻となりましたので本日の死亡者の発表を行わさせていただきます。本日の死亡者は……ゼロです。
時間制限の延長はありません。残り時間は35時間、です』
型にはまっているのだろう、特に感情も何も感じさせない。淡々とした声が学園全体に響く。
『今回の質問は二つあるので順に答えさせていただきます』
だが今度は、声が加工されているとはいえいくらか人間のような喋り方をしていた。
『まず一つ目、死体の処理についてですが……こちらでは一切手を出しておりません。誰かが何かしない限り、死体は動きません』
それで、西軍の考えを打ち砕き疑惑を、怒りを生み出させる。誰かが光原の死体を動かしたことを知覚させる。
では誰が、その疑いが一番強いものは。あの場に最後まで残っていた者たちは。
不和の種としてはこれだけで十分だ。
『二つ目、願い事についてです。なんでも、と言ったがどこまで可能か……具体的に提示するために、恐らく質問者が望んだと思われることを返します』
けれど、提示は終わらない。ただの憎しみだけではない、彼らに希望を見せるための返事があった。
『──死者の蘇生は、可能です。是非とも頑張ってください。
……流石に15人全員、は保証しませんが。
これにて放送を終了します』
禁忌ともいえるそれを誰が聞いたか、もはや関係ない。共有された、既に死者が出ている。それだけが重要だった。
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