複雑・ファジー小説
- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第二限-7 更新】 ( No.35 )
- 日時: 2018/05/10 00:05
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: 2rTFGput)
第二限「ゆびきり」-8
──闇に紛れ、一団は動く。
声もなく、ただ何かを追う様に、辿り着くために。
そこにある感情はなんだろうか、怒り、憎しみ、憐憫……一つだけ言えることは、彼女ら一つ。覚悟を決めていたということだ。
生きる為に殺す、殺すことに卑怯も何もない。
物言わぬ死体になりたくなどない、死体になった仲間は救いたいと思う。その為にも、生き残らなければならない。
それが許されるかどうかは別として……彼らは動いていた。
◇
-東軍、岩館なずなのコテージ
「はぁ……」
「大丈夫、なずなちゃん?」
「あぁはい、大丈夫です」
少女は床に敷かれたクッションを拾ってはベッドに捨てる。雑に放られたそれは枕元から足元まで広く分布し、彼女がそこに寝る時は今度は下ろされる運命が待っていた。押し入れに仕舞うという選択肢はない。仕舞う場所もない。
それを行っていたのは部屋の主、岩館に他ならない。隣にいた伊与田はそれを宥めつつ盆にコップを集めていた。
これが彼女にとっての片付けだというのだ、普段の部屋は散らかっているというレベルではないだろう。全ては物が多すぎるのが原因である。
「(あぁもう、イライラする)」
彼女の気分は最悪だった。ガセで誘導し戦わせてくれた塚本の家に突撃するも留守。試しに家探ししてみても精々食料と難しそうな本があった程度。収穫はなし。
酷く微妙な空気のままではその後もままならないのは当然だ。
結局、東軍としての行動は数十分程前の放送を皆で聞くぐらい。
死者が出なければましか、違う。放送によって投下された二つの火種。それが明らかに東軍の空気を更に悪くしていた。
事実、考えを纏めたいと深魅はさっさと部屋を後にし、それに釣られるように鴬崎も千晴川の症状を確認すると言って帰ってしまった。
「(死体について質問した人は何考えてんの? あたし達が見た時は西軍の死体はなかったけど……それとも先生の方? にしたって態々聞く? 普通)」
東軍からは現状死亡者は出ていない。だがそれでもその言葉は否が応でも彼女に対し、放置され腐りゆく死体の事を思い浮かべさせた。きっと傷口を中心として徐々に、加速的に広がっていくのだろう。そんなことを考えて、いい気分であるはずがない。
「(願い事の方だって、そんなの死んだ人生き返らせたいから聞きました。って言ってるようなもんだし……そりゃ終わった後に頼んで、無理だって返されたらそれはバカなんだろうけど。
……出来るんだよね)
あ、代わりますよリズせんぱ──」
──では、自分は何を願うだろうか。
ふと、そんな疑問が沸きあがったが、チラリと伊与田を見ると集めたコップを流しに持ち込もうとしている。流石にこれ以上は部屋主がするべきだと慌て、立ち位置を入れ替わろうとする。
しかし、
「あぁ……ごめんなさい。この子たち、随分とやる気を出していて……」
「へ、へぇ……そうですか」
それを、伊与田の足元より伸びた黒い触手が止めた。フラフラと海底で揺れる海藻のように触手は岩館と伊与田の間を遮る。そのまま数本、流し台に突っ込まれていくところを見るに、どうやら食器を洗うのは彼らが担当してくれるようだ。
泡立つスポンジを器用につかんでみせる触手。酷く冒涜的なものを見せられた気分になったが岩館は流す。この生活における心の拠り所である彼女の能力だ。口にするようなものでもないだろうということなのか。
「リズ先輩……」
「……なんでしょう?」
手持無沙汰になり、その横に立って話しかける。聞かれた方は少し首を傾け彼女に視線を向ける。その間も手は動いている。
空いた両手で蛇口の水を出す。泡を流れ落とし、水切り籠に一つ置いた。
「もし、生き残ったら……なにお願いします?」
「……」
どういう意味でそれを聞いたのか、それは自分に沸き上がった疑問に向き合うため。その為にも彼女は他者の解を必要としたのだろう。
その質問に対し、伊与田は返答に困ったのか悩むそぶりを見せた。
──金銭は幸運なことに足りている。精々願い事と言えば生き残ることだが、その権利がもらえるのは生き残ったらと言うことなのでまず意味がない。
しいて言うのであれば……洗い物を既に終え次の対象を求めている触手に彼女は目が行った。
「……この子たちの強化? ……影が出来る場所にしか……お呼び出来ませんし。……その制限だけでもなくして頂ければ……ふふ、もっと仲良くできそう、なんて」
「……いいですね」
これがもっと強大になるのか。
触手の強化と聞いてあまりいい感想を抱かなかった岩館だが、流石に顔には出さなかった。しかし同時に、自身の能力に誇りを持つ彼女をうらやましく、また尊敬した。
岩館は自分の右手の甲に目をやる。そこには、能力者として証──赤黒い六芒星型の痣。心隅憂虞≪メランコリー・メランコリー≫、自分の能力名をつけた時……果たして自分はどんな気分だったか。
今ではもう忘れてしまったが、いい気分で付けた……とはどうにも思えない。
──え、すごい能力だねなずな!
ああけど、あの子は褒めてくれたなと思い出して、彼女は笑った。自分の能力が嫌いだったのに、他人の能力を妬みもせず純粋にほめてくれた女の子。
きっとその時の岩館は……本人すらも恥ずかしくなってしまう、満面の笑みだったに違いない。
「──ずなちゃん、なずなちゃん」
「え、あっはいすみま──」
「静かに」
物思いにふけっている間に洗い物は乾拭きまで終わっていた。伊与田は岩館に話しかけていて、それに気が付き慌てて返事を返そうとするが……口元に人差し指をつけることで彼女は沈黙を促した。
そして彼女を背にし、ゆっくりと扉に向いて構える。
──静かになった部屋に、乾いた音が二つ響いた。
ドアが叩かれた音、来訪を知らせる合図だ。
「……り、リズ先輩」
「……この子たちが警戒してる」
小声で確認を取れば、少し視線を下げる事でそれを確認できると言われる。
恐る恐る見れば、触手たちが先ほどよりも太く、鋭くなっている。迎撃のための準備。伊与田の足元で伸びる彼らに合った雰囲気だからか、より悍ましく感じさせた。
東軍ではないかもしれない、それが岩館の警戒レベルを一気に引き上げる。
こんな夜中、更に東軍ではない者が来るなど……襲撃以外には考えられない。
「(どどどっど、どうしよう!? こっち今戦えるのはリズ先輩だけ……)」
岩館は戦闘タイプではない。横から口をはさみ、補助をする程度の事しかできない。仮に彼方が西軍だとしたら四人、いくら伊与田でも対処が難しいだろうことは明白であった。
ノックに反応すべきか、それとも逆に一気に外に出て仲間を集めに行くべきか。
じっ、と伊与田を見つめ判断をゆだねた。
「……ドア、壊しちゃって大丈夫?」
「……はい」
どうやら、最大火力の触手で先制を仕掛けると決めたらしい。その後は戦闘に移行する、そう思い岩館はポケットに護身用と隠しておいたカッターを手にした。
無いよりはまし……かもしれない。刃物を手にした、と言う事実がほんの少しだが彼女の心を尖らせた。
「……だ、誰!?」
ノックをしたということは、岩館がいるかどうか確かめているのだろうか。それとも油断しドアを開けたところを狙う算段なのか。ともかく、こちらも攻撃を仕掛けるのであれば相手の位置を知る必要がある。
そう思い、扉の向こうの者へ話しかける。
返事をした時、それが開戦の合図。息を飲む。今まで直接的に人を傷つけては来られなかったが、とうとう腹をくくらねばならないと。
けれど、そんな彼女の覚悟。
「──な、なずな? 私だよ……? ちょっと、お話したくて」
「伊央ちゃん!? あっ、リズ先輩ストップ!」
それを簡単に崩してしまう人が居た。
無所属、榊原伊央。初日に全く動きを見せなかった……何度も岩館が庇う姿勢を見せた人物。親友といってもいいと考えていた彼女はその声に驚き、慌て伊与田を押しのけドアを開けた。
当然伊与田は警戒したが……直ぐに触手を仕舞う。少なくとも、いきなり攻撃をする必要性はなさそうだと判断した。
ドアの向こうにいた少女は武器も何も持っていない。周りに人もいない。無防備と分かる状態でそこに立っていたから。
いくら友人の家に行くとはいえ、一人でやってくるということにどれだけの勇気がいるか。それが分からない彼女ではなかった。
「あっ、…………なずなぁ~!」
「伊央ちゃん、伊央ちゃん……」
榊原は岩館の顔を見て何かが達したのか、泣き崩れる様に彼女に抱き着いた。釣られるように岩館も泣き出し、お互いの安全を確かめ合う様に抱き着き返した。
「……ふふ」
その光景を見てすっかり安心した伊与田はドアを閉め、またお茶の準備を始めた。
ようやく、真にほほえましいものを見た気がする。そう思いながら。
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