複雑・ファジー小説

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第二限-8 更新】 ( No.36 )
日時: 2018/05/25 23:55
名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: 2rTFGput)

第二限「ゆびきり」-9


 日付は既に変わっている。いや、この不思議な空間にそれがあるかどうかも分からないが。ともかくとして、既に寝に入る者もいるであろう時間であった。
 それでも、彼女らは寝ない。何せこれから茶会が始まるからだ。

「え、西軍の奴らが勧誘に来た!? そ、それでどうしたの?」
「怖くって、私黙ってたんだ。……しばらくしたらまた来ます、って言って帰って行って……けど怖くてその後もずっと」
「怖いよそれ、だって相手二人いたんでしょ? そんなの、いざとなったら反撃しますっていってるようなものでしょ!?
──あ、ごめん……」

 ここは雰囲気を醸すアンティーク調の家具も、英国式のティーセットもない。茶だって安物のパック、菓子も同程度のクッキーがあるぐらい。伊与田が普段開くようなものと比べれば格が低いと言わざる負えない。
 だが、それがどうした。真に茶会の格を決めるというならば、必要なのは出席者の質。いかに綺麗なものを揃えても、理解が出来るものが居なければ意味がない。

「はい、どうぞ。……少しは落ち着けるでしょう」
「あ、ありがとうございます。え、えっと伊与田先輩」
「好きに呼んでもらって構わないわ……ね?」
「リズ先輩、何度もすいません……」

 その点、この茶会はどうだろうか。殺し合いなどと言う事態に恐れながらもヤケにならず、自分にできることを探していた二人。元の学園生活の中でも親友でありながら、軍と言う分け方によって切り裂かれてしまった。
 それが今、こうして面と向かいあっている。席の場としては上等と言うほかない。
 ならば上級生である伊与田は給仕でも務め、──西軍の勧誘の動き、と言うのは非常に気になったが……年上の彼女には未だ警戒の色が見える。無暗に聞くべきではないと判断した──見守るのが役目と言うものだ。
 話しづらいだろうと彼女は触手にお帰り願い、キッチンの方へ身を隠した。
 これで、居間にいるのは岩館、榊原の二人のみになる。

「え、えっと……こっちは今日は、私たちに嘘ついた塚本って人の所行って……」
「……なずな」
「あ、ごめん! その、殺してないから! え、えっと違って……」

 岩館は榊原を前にした時からこの調子だ。元々喋り方としては荒く、敵を前にしても挑発するような言い分が目立った彼女であったが、周り人間が年上ばかりだったからだろうか。同年代、かつ親友と思っている人間に対しかなり言葉選びが杜撰になっている。
 チームを組めていた自分と違い、単独だった榊原を気遣った発言が上手くできていなかった。このままではまるで、殺し合いを意気揚々としているようではないか。岩館は取り繕う言葉を探す。

「いや、そうしないと死んじゃうみたいだから、しょうがないよ。私よりも……ずっとマシだよ……」
「……伊央ちゃん?」
 
 それを榊原は止めた。首輪にそっと触れて、生きようとすることは悪くないと自分に言い聞かせる。例えそれで誰かを殺すことになっても……それでも。
 泣き腫らした目を無理やり開いた。溜まっていた涙の大粒が一つ、手に零れ落ちる。

「……私ね、昨日……ずっと家の中に籠ってて。誰か助けに来てって、他人任せにしてたんだ」
「い、伊央ちゃん。それはぜ」
「──それでさ、東軍はなずなちゃんがいるから来ないだろって。西軍の人来ないでってずっと思ってて……いつのまにか寝ちゃって。気が付いたら二人も死んじゃってて……しかもそれでどっか、安心しちゃって。
生き抜いたんだって、あと二日、この首輪で死ぬことはないんだって……」

 吐露する。自分に詰まっていた罪悪感を。
 吐いても吐いても、枯れることはなかったものを。
 
「ずるいよね? 籠城作戦なんて言って。なずなちゃん達だって危ないことなんてしたくないのに。人に殺すのを任せて、昨日死んだ人たちだって、死にたいなんて思ってたわけじゃないのに」
「……」
「さっきの。西軍が来た時も、そんな私を殺しに来たのかもって思ったから返事も出来なくて……だからって、返り討ちにして……なんてことも出来なくて」

 自分の不甲斐なさを嘆く。少なくとも今自分がここに生きている、それは東軍や他の誰かが殺しと言う罪を背負ってくれたから。
 共闘の誘いすらも蹴って、自分はこのまま籠っているのか。そう何度も問いかける。

 そんな榊原が今夜、岩館の下に現れたのは……そんな振舞いを叱ってほしかったからなのだろうか。気持ちを無視したことを言ってくれる、そんな期待があったからなのか。
 彼女には、それが分からない。想像を働かせてもその程度だった。

「……伊央ちゃん。あたしね、すっごい怖かったんだ」
「……うん」

 例えそうだとしても、自分に叱る資格なんてない。
 薄いクッションの上に座り込み、向かい合っている二人。岩館はワンピースの裾を掴み、握りしめていた。人殺しなどしない方が偉いに決まっている。
 いくら自分が死ぬからと言って、しなかったものが責められる。そんなことはあってはならない。
 ポツリ、と話し出した彼女。それを短い返事で返し、続きを待つ榊原。
 きっと、それが本来……学園で仲よくしていた頃の二人の話し方だった。

「起きて、いきなり首輪なんてさせられて……殺し合いしろ、なんて言われて。出来るわけないって思ってたのに、ふと周りを見たら皆やる気があるように見えちゃって……」
「……」
「でも……伊央ちゃんは信頼できる、って思ってて。けど私、すっかり自分の事だけ気にしちゃってて……あの時、声を掛けに行くべきだったのに──」

 これは確認だ。
 お互い、同じような恐怖を体験しただろうということを理解し合うためのもの。榊原は何も返さない。
 もしあの時、十五人の区分けが発表されなかったら……。

「──助けに、なれなくて……。伊央ちゃん、すっごい怖い思いしてるのに……」
「うん……」

 岩館は、確実に榊原と行動を共にしただろう。だができなかった。東軍を説得して、彼女を仲間になんて大それたことをできる度胸がなかった。
 そもそも彼女はその時、事態のおかしさに参ってしまい過呼吸に陥っていた。どう考えてもそんなことが出来たとは思えない。
 その後も、迂闊に一緒にいれば……時間制限の際、東軍からは死者が出なかった時の生贄として見られた可能性も高い。
 そう一瞬だけでも脳裏によぎれば、誘ってはいけないと岩館には刻まれていた。

 ──けれど、そう言い訳をして自分は何をした。彼女の唯一の武器である能力をバラし、狙わないことを他四人の善意に頼っただけだ。
 例え力になれなくても……声を掛けに行くだけでもできたのではないだろうか。もしくは、自分の命も危険に晒すと分かっていても、どこかに匿う……そんなことができたのではないか。
 そうしていれば、目の前の親友の苦しみを少しでも、取り除けたんじゃないだろうか。

「伊央ちゃん──ごめん、ごめん……ごめんね」

 絞り出すように、この二日間の後悔を吐き出した。同時に、止まっていた涙が再度あふれ出す。あなたは悪くない、悪いのは力になれなかった自分だと、何度も訴える。

「……うん」

 それを見て、榊原は……奇妙なことに落ち着きを見せた。涙は止まらないが、けれど先ほどよりも視線はぶれず、親友を見つめていた。
 後ろのキッチンの方にいる伊与田、その存在を確かに感じつつ、彼女は話す。

「ね、なずな。今から、すっごいずるいこと言うね? 今日の放送……聞いたよね」
「え? う、うん……」
「──死んだ人の復活」

 急に何のことだ、と少々呆気にとられる岩館。そう隙を晒す彼女に対し、酷な選択と分かっていても告げなければならない。
 なんでもないように、笑顔を作った。

「なずな達が勝って──それで、生き返らせて?」
「えっ?」
「榊原ちゃんそれは──」
「伊与田先輩、なずなをよろしくお願いします」

 いきなりの発言に、案山子に徹していた伊与田も驚き声を出した。
 震えながら振り返り、友人が世話になっている者へ挨拶をした。その発言は、もう自分が生き残ることを諦めたことを意味している。
 彼女は、放送を聞いた時ある可能性に気が付いてしまっていた。なずなならば、頼めば生き返らせてくれるんじゃないか。
 自分はどう考えても、東軍の彼女と一緒に生き残ることはできない。自分が生き残るには、親友をこの手に掛ける必要性がある。
 未だ固まる友人の手を取り、榊原は無理やり小指を結んだ。

 ──ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼん飲ーます。

 そう言い切ると、彼女は立ち上がり玄関の方へと向かう。伊与田は止めるべきかどうか迷い、素通りさせてしまう。
 ここで漸く、岩館は彼女が何をしに来たのかを混乱する頭で悟った。
 彼女は、叱ってもらう訳でも助けてもらう訳でもない。最後の別れを言うつもりでやってきていたのだ。
 それを彼女は、今この瞬間……自分の為に泣いてくれる友人を見て最後の一歩を踏み切ってしまった。
 
「ま、待っ──!」
「約束だよ? ……ごめんね」

 最後の言葉を言い切る前、彼女は勢いよく扉を閉めて出て行った。
 ほぼ同時に、弱弱しくながらも走り出す音が聞こえる。音が建物から遠ざかっていく、それだけは何故か手に取るように分かった。


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