複雑・ファジー小説

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第二限-9 更新】 ( No.37 )
日時: 2018/05/25 23:54
名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: 2rTFGput)

第二限「ゆびきり」-10


 榊原伊央、無所属である彼女の唯一の武器は色彩哀歌≪エレジー≫。
 響く、自分の足音。何度も何度も地面を蹴る音が鮮明に。それが彼女には手に取るように分かる。
 音を操れる、ということは同時に、操るための音の捕捉に長けているということ。故に彼女は音に対し、非常に敏感であった。
 朝方に届く鳥たちの会合。初めてのステージだったが、無事に盛り上がった校内ライブの時の歓声。親友が自分を訪ねてくる急ぎ足の音。
 そのどれもが彼女にとって、心地のいいものだったことに間違いない。

「(……懐かしいなぁ)」

 そういえばどのような出会いだったのだろうか、と彼女は岩館との思い出を振り返る。
 確か、入学して間もない頃だったはず。突如能力者などと言われ学園に。けれどしばらくはその詳細がつかめず未判明として過ごしていた。
 とりあえずは友達を作ろう、そう奮起して話しかけた最初の人物……それが彼女だったはずだ。

「あ、あの岩館さん。よかったら一緒に──」
「なに、なんか用?」

 岩館は当時もコミュニケーション能力が高いとはいえず、相手を傷つけるような言い方をしてしまった。当然、榊原は少なからず傷ついた。その際に、彼女を不憫に思った人が話しかけて来て……結果的に彼女には知り合いが出来た。

「……?」
「はぁ、またやっちゃった……言いすぎだよあたし」


 その日の放課後、偶々物陰に居た岩館のため息を彼女の耳が拾った。今にして思えば、この時から能力の兆候はあったのだろう。
 それは、自己嫌悪。その場にいない榊原に対して申し訳ないと零した声。

「(……なずな、喋り方と性格が全然違ってたんだよね)」

 自分に対してそこまで悪感情を持っていなかった、その事実を知るのはとてもうれしく……思わず彼女は走り寄って岩館に抱き着いた。当の本人はまさか聞かれていたのかと顔を赤くし、慌てた。
 そんな始まり。とても楽しい、楽しかった光景。

──走馬燈みたい、ふと思いついて自嘲した。みたいではなく、そのものだろうに。

「……」

 足が止まる。けれどその耳は未だ音を捉えていた。
 こちらに向かい駆けてくる足音。所属の推測は出来ていたが、その数に違和感を抱く。が、あまり関係のないことだと直ぐに放った。
 特に気にすべきは……一つだけが先行し、残り四つがそれについていくように動いている集団……もうそれは目の前にまで近づいてきていた。

「──ねえ、一体どこにいくんだい?」
「そうそ、こんな夜中に出歩いてもいいことはそうないと思うけど」

 弱い月の光で漸く姿を現した五人、それは西軍。

「……羽馬さんでしたっけ。 双子、じゃなくて能力ですか?」

 当然、光原が生き返ったわけではない。単に羽馬の能力によって、頭数が一つ増えただけ。流石に西軍側の能力を知らない榊原も、同じ顔をしている人間が二人もいる。そうなれば、おおよそ彼女の能力だろうと見当はついた。
 されど五対一、生命の危機を感じてしかるべきシチュエーション。
 先行していた羽馬と、四人組の方に混ざっていた羽馬、その二人が連続して榊原に尋ねる。

「シアンでいいよ、言いにくかったらシアンさんでもね」
「そしてご明察、愉快な仲間達≪ユーモラス・フレンズ≫は今も稼働中。じゃなくて、こっちの質問に答えてほしいな?」

 分身は見事に写し取ったようで、彼女らは服装の違いすら見せていない。負傷した左肩を庇うためのサポーターも二つ、その場に存在していた。
 そしてその負傷を悟らせない為か、羽馬達の顔は笑っていた。左腕が上手く動かせないなら右腕も動かさない。更には口元を笑わせながらも相手の一挙一動を観察し、弱みがあれば直ぐ指摘し意識を逸らさせる。そんな意思が彼女達にあったのかもしれない。
 あまり対人能力が高くない榊原にとって、その構えの突破することは難しい。きっと、言いくるめることも出来ないだろう。

「別に、東軍に友達が居たのでお別れの挨拶をしてきただけですよ」
「……それって」
「……すごい度胸だね」

 まぁ、あまり関係はない。突破する必要はない。苦手な腹探りをする必要もない。
 素直な彼女の物言いに、他の西軍の人間も感嘆の息を漏らす。例え友達といえど、敵の陣地に単身乗り込むなんて──脅威消却を持つ栂原は若干反応が薄かったが──狂気の沙汰とも言える。
 そんな彼女に何を言うべきか、羽馬は考えただろう。褒める、貶す、慰める、或いは叱る。

「そうなんだ、ちょっと辛いことを聞いちゃったかな。けど、それにしたっておかしいな。東軍からの帰り道にしたって、今ここは学園内の中心部に近い位置」
「君の部屋に帰るには少し遠回りだろう?」
「──あぁ、簡単なことです。帰ろうとしたわけではなく、羽馬さん達に会いに来たんですから」
「……へぇ」

 上手い言い回しも出ず、とりあえずは新たな疑問をぶつける羽馬。しかしすぐさま、それを打ち返された気分になった。
 榊原はそのまま、播磨たちに視線を移す。

「えっと、多分そちらの……播磨さん、三星さんですか。居留守を使ってごめんなさい。怖くて、つい返事が出来ませんでした」
「あ、そうだったんだ。ダイジョブダイジョブ、当然だと思うしむしろ警戒して当たり前だってー」
「事実、東軍が塚本さんの家を襲っていたし、まっとうな判断だと思うよ」

 思い返されるは勧誘の時の事。播磨たちがいくら呼びかけても反応を返さなかった、無視したことを彼女は謝罪した。それに対し、二人はしょうがない事と彼女の判断を支持した。自分が同じ立場に置かれていたら同様の事をしてもおかしくない。そう思えたから。
 では、榊原が態々西軍に会いに来た要件とはそれだけか。そんな訳がない。

「けどよかったよ、こうして「偶々」私達が出歩いていたから会えたけど。下手したらすれ違いになる所だった」

 鎌をかける様に羽馬が一つ、置いてみれば榊原の表情が若干変わった。明らかに、誘っている。そう気が付いた。しかし普段だったらつい乗っていただろうそれに、彼女は敢えて意を決し踏み込んだ。

「いや、監視してましたよね? 私が部屋から出た後、誰かが付いてくる音がしてましたから」
「あぁやっぱり、気づいてた」
「多分ですけど……東軍側にも一人いましたよね。あ、今こっちに向かってきてるのってもしかすると羽馬さんの分身ですか」
「……ははは、凄いね榊原ちゃん。音に関する能力とは聞いてたけど……まさかここまでとは」

 ネタバラシは早い方がいいだろう。榊原に近かった方の羽馬は右手だけで降参のポーズを作り、その行為を認めた。その後ろでもう一人の彼女もまた、やれやれと首を振っている。
 勧誘の後、こっそりと両軍に向け配置していた分身体。それに気が付かれていたのはまさしく驚きであったのだろう。
 
「(なるほど、監視してた分身が報告のため、西軍の方に向かったから所属もバレたってわけか。)
……それじゃあもう一つだけ、聞いていいかな。東軍のお友達に分かれを告げて、勧誘してた私たちに会いに来たってのは……そういうことでいいのかな?」
「えぇ、私は……お返事をもってきています」
「是非、聞かせてもらっても?」

 夜中に出かけていた理由、出会えた訳、そして目的。その全てが分かるときが来た。だが、その答えはもはや明白だろう。なにせ彼女は東軍と態々縁を切りに行ったのだから。
 東軍と組まずとも万が一、彼女が単独で乗り切ると決意していたのならば態々西軍と邂逅する必要はない。
 色よい返事が来るだろう、そう彼女らは思っていた。

「──お断りします」

 彼女の、少し前の約束。それさえ知らなければ……いや、例え知っていても理解に苦しんだだろう。
 何せ、意味がない。中等部生二人から西軍が得ていた情報は、音に関する能力、ただし制御不可であり本人すらも危ういもの。
 そんな彼女がどうして単身で西軍の前に姿などさらすか。

「……理由を聞いても?」
「私は、なずなちゃん──東軍に勝ってもらうことにしました。……西軍の人たちには申し訳ないですけど、負けてもらいます。その協力のためにも、ここへ」
「おいおい、いくらなんでもそりゃあお前……っていうか別れの挨拶をしたんじゃないの?」
「栂原先輩、下がってください。彼女は本気です……!」

 つまりは、東軍のためにも一人で西軍の打撃を与える。
 あまりの突拍子さに栂原は近寄って話しかけようとするも、既に抜刀していた播磨がそれを止めた。敵対の意思を見せたのならば、少しでも隙を晒すことはない。剣士は既に臨戦態勢に入っている。

「一応、言っておくけど、君が生きて帰れる可能性はかなり低いと思うんだ」
「シアン先輩、たぶんですけどこの子……もう」
「……うん、そうだね。決死の突撃って奴かな。まさかこんなことを仕掛けてくるなんて思わなかった」

 羽馬と三星も互いの武器を手に持ち、友好の姿勢を解いていく。折角数的有利が手に入ると思えばこれだ。今回西軍としての勝利条件は一人も欠けることなく、榊原を殺すことか。
 しかし、もうすぐ帰ってくる分身も入れれば人数は六。ここには超反射の剣士もいるし、豪炎を手に纏う少女もいる。栂原の脅威消却が働いているかどうかは判別がつかないが……不利ではないだろう。

「……っふー」

 少女は自然体だと言わんばかりに肩から力を抜いた。その瞬間、今の今まで抑えつけていた恐怖が舞い戻る。空っぽのはずの胃から込みあがる感触がする。
 伊与田に出してもらったお茶を飲まなかったことをふと、思い出した。
 それでも、抑えつけておくべきだったとは思わない。狙い通り進めるためには、自分は今この瞬間だけは精神的に不安定になるべきなのだ。

「……音って、結構怖いんだよ?」

 その言葉はきっと、自分に向けたもの。
 けれど、少女は笑う。どこに仕舞っていたのか、可愛らしいマイクを握りしめたその姿はまるで……学園のアイドルだった。
 


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