複雑・ファジー小説

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第二限-10 更新】 ( No.38 )
日時: 2018/06/02 20:16
名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: 2rTFGput)

第二限「ゆびきり」-11



 明かりが消えた部屋の中、壁を擦る金属音のみが鳴る。
 その行為を成していた人物は一人、扉の前で立ち尽くす。ハサミを携えた左手で遊び、もう片方の手はドアノブを掴もうとしては躊躇し引っ込める。そんなことを、もう何度も繰り返していた。

『──』
「……」

 不意に、スピーカーから声が漏れた気がして振り返る。けれど、スピーカーはなにも発していない。気のせいだ。馬鹿なことだが、彼は今誰かの言葉を欲しがっていたのかもしれない。
 きっと、それさえあれば壁を打ち破れる。揺れ動かない、なんて信じ切っていた。

「……俺は」

 どうするべきだろうか。明りの消えた部屋で呟いても、誰が答えてくれるわけでもない。当然、ただの独り言になるだけだ。
 
──死者の復活

 それが、今の彼を苦しめていた。もし前提条件として……他全ての生徒たちを殺す必要がある。などと言うものが無ければすぐさま飛びついていただろうと思うほどに。
 生き返りの可能性がある。けれど、大當寺の願いは殺し合いを終わらせることだ。そのように動くことは、彼を、そして既に死んでしまった光原の蘇生も諦めるということにつながる。

──深呼吸を一つ
「いや、駄目だ。駄目に……決まってる」

 再起動、思考回路に障害物があるのか調子があまり変わらない。
 小さく頭を横に振り、ハサミを消した。暗い部屋の中、洗面台まで近づき冷水で顔を冷やす。ついでに水分補給、思えばすっかり水を飲んでいなかった。乾いた喉を癒すように、塩素臭い水を飲み干した。
 顔を洗う際、指が首輪に触れる。戦いを止める為にも、この爆弾をどうにかしなければいけないことを再認識する。少なくとも、彼のハサミでは不可能だった。首輪についた無数の傷がそれを物語っている。
 皆、こんな物が無ければ殺し合いなんてしなかっただろう。彼らの恐怖を無くすためには、首輪をどうにかする方法を提示するしかない。
 出来るかどうか……不可能ではないだろうか。

──深呼吸をまた一つ。

 残り一日、まだ探していない場所はあるのだろうか。思いつきもしない。
 希望の一つも見せられない自分が、生きるために必死な彼らを止められるだろうか。
 無理だろう。

──深く、何度も肺を膨らます。

 今からまた外に出る。仮に、また殺し合いが起こってしまっていたとしたら……自分は止めに行けるだろうか。
 そうやって何度も人が死んで、とうとう自分ともう一つの勢力だけが残ってしまった時。彼はどうするだろうか。最後まで、停戦を訴えて殺されるのだろうか。
 それとも……最後の一人になろうとするのだろうか。

──深呼吸を止めない。

「……俺は」





 数の利がこれほど生きない相手も珍しい、そう羽馬は分析していた。慢心していたか、そう思うほどの劣勢。
 その一瞬の後のこと、彼女と瓜二つな分身の足が潰れる。数瞬の後に、その体は乱雑に叩き潰され、溶けるように消え失せた。

「(生身でもヒビは余裕でいきそうかな)……分身だとはいえ、自分の見た目だといい気分がしないな」
「詩杏、まだ出せるか?」
「勿論。さあ来てくれ……私の愉快な仲間達」

 羽馬はそう言って今しがた潰されたものと同じ、自身の分身を生み出した。しかし数は一体のみ。
 先の二体、そして戦闘中に補充し、たった今破壊されたのと合わせれば四。実のところそれが彼女の、愉快なる仲間達が一定時間で出せる分身の最大値。恐らくはこの戦闘で使える最後の分身だった。
 それが破壊されれば羽馬は実質武器を持っているだけの女子高生に成り下がる。そこまで追い詰められていた。

「(初手で分身がやられたのが痛かったな。おかげで栂原くんも敵だって完全に認識……脅威消却は使えず。海君の超反射≪リーフレクス≫も相手がこれじゃあ……)」
「っ、さがれ!」

──uugh

 栂原の警告に、一同は飛び退いた。
 可愛らしくも怒りを乗せた唸り声が響く。ほぼ同時に、風が吹き荒れる。ただの低温が、確かな威力を持ちその場に形成され始めている証。
 播磨はすぐに下がった仲間達の前に立ち、防御の構えを取った。

 直後、目に見えない弾丸が彼を弾き飛ばす。明らかに攻撃に反応できていない。
 
「ウミ先輩!」
「ッ、大丈夫。最初の時に比べればまだマシ……かな」

 駆け寄ろうとした三星を制し、体を揺らしながらも彼は立ち上がり再び構えを取った。その木刀には多くの傷があり戦闘中、彼が何度も盾になっている事が分かる。
 それでもまだ、大きな怪我をしていないというのは本当に運がいいとしか言えない。
 事実、榊原の色彩哀歌に対して彼は一度も反応が出来ていない。伊与田の触手にも反応して見せた超反射だったが……相手が悪すぎた。

 反射的に動くためにはまず、体が認識することが必要不可欠。けれど、音を視認することは不可能。聴覚で反応しようにも、攻撃事態が音と同時……つまりは音速なのだから回避どころかズラシも出来ない。そして攻撃は斬撃、殴打、吹き飛ばしなど多様。迂闊に近づけば吹き飛ばされ、そのまま大きく斬りつけられることになっていただろう。
 
「制御不可なんて聞いてが……ガセか?」
「……いや、多分これは」

 最大戦力である播磨が通用しないのであれば、榊原がこのまま勝つのでは。そう栂原が零すが、直ぐに播磨が訂正した。
 彼は一番攻撃を受けているからこそ、気が付いていたものがある。

「……」
「彼女、段々攻撃が荒くなり始めています。威力も下がってる。多分もう少しすれば……」
「あぁなるほど、音の操作なんて精神力を使うだろうから長くは持たないって訳か。
……制御不可になれば切り込める?」
「……多分、狙いも狂うでしょうから……一人なら。逆に全員で行けば、負傷の確率が上がると思います」

 最初は景気よく斬撃を飛ばしていた榊原であったが、分身を二体片付けた辺りから徐々に攻撃の頻度も下がっていた。
 そして戦闘開始から無表情を貫いていた彼女であったが、それは自分の体力の低下を悟らせない為であったのだろう。じっくりと観察すれば肩で息をし始めていることが伺える。
 耐久をしていれば済む相手であれば攻め込む必要はない。西軍の三人はそう決めて無理に切り込むのを止めた。

「近づくのもあれですよ? その時になったらアタシのアルコールなげつけて、その後火点けましょう」
「……相変わらずえぐいなアカリちゃん、けどそっちの方がよさそうだ」
 
 一時はどうなるかと思った三人であったが、彼女の一撃にさえ気を付けていれば……。
 長くても数十分。榊原の命はそれだけあれば消えることだろう。

 ──本当にそうか?
 
「……」

 播磨は耐えると言う行動を疑念視していた。光原と戦ったあの時も、無理に攻めることはない……そうして結局はどうなった。攻めるわけではなく、守りに回ること。それがどうにも心に引っ掛かっている。
 別に何がと言えるわけでもないが、時間が経てば……それは本当に最善の選択か。彼は悩んでいた。
 





「(制御できなくなるのを待つんだ……)」

 榊原は一人、作戦が殆ど上手くいったことに安堵していた。
 これで仕込みは完成、後は自分の消耗を急ぐのみ。相変わらず距離を取る西軍に気取られぬよう表情は崩さない。
 その間も彼女の頭の中には音が混ざって入り込んでくる。
 取り分けて、使えそうな音を抽出。回して削って尖らせて、即席の音のナイフが出来上がる。

 けれどそれだけでは足りない、指向性も射程も何もかも。これでは薄皮一枚剥くことも出来ない。
だから、同じ高さの音に乗せる。

──Laa

 特別製のマイク、学園側に頼み込んで作ってもらったもの。特異な性能を持ち、周囲のスピーカーをジャックしマイクの音声を流すことが出来る。
 手持ちのコンパクトスピーカーにつなぎ、その音を波にしてナイフを乗せる。

 何度も何度も何度も打ち付けて、対象を斬る音に。

 威嚇として、西軍の一番前にいる彼に届ける。……ああ駄目だ、途中で集中が乱れブレてしまった。こんなことでは碌な切れ味も出ず、精々木刀に小さな傷をつけるのが精いっぱいだろう。

──頭痛がする。

「ッ! ……」

 待っていた痛みは依然感じた物よりもずっと重い。思わずマイクを握っている手で頭を押さえ、足元をふら付かせる。
 だが、それでいい。もうすぐだ。笑うことなく、頭痛など何でもないと立ってみせる。

 彼女は、暴走した時の惨事を思い出す。正確には目を覚ました後の説明と、証拠としての写真のみだったが。
 大きな実験室、教室よりももっと広かったはず。それが部屋の隅まで刻まれ、周囲にあった機材の殆どが潰れるなり切り裂かれていた事を。
 そして、その中心にいた彼女は……。

 改めて、周囲を見る。明かりが弱く、離れている彼らの表情をうかがえることはないが、大まかな距離は分かる。
 あれだけあれば十分だろう。そう思って彼女はマイクを握りなおした。更に能力を行使しようと口を開く。

──痛みが頭部全てを支配した。

 開いた口が動きを止めた。どうやらもう限界のようだ。
 立つ力も失い、その場に崩れ落ちた。もう、耳に届く音に意味はなくなった。後は暴走するのを待つだけだ。

「──」

 声を聴き分ける能力も失ったのだろうか。西軍が何か話しながら近づいてきているのが見えたが、内容が分からない。だが、さっきの会話から知っている。アルコールのボトルを投げて、火をつける。それだけだろう。
 とどめを刺しに間近に寄ってこないことは予想外だったが、それでも射程距離だ。

「……ふふ」

 案外、作戦を考えるのが上手いなと榊原は自分を褒めた。これで全て上手くいく。数が減った、大怪我をした西軍相手ならばもう東軍は問題ないだろう。
 ……死ぬのは怖いけれど、きっと彼女が生き返らせてくれるから大丈夫。
 少なくとも、もうこの学園生活の中で自責に落ち込む必要はない。役目は果たせた。

──でも、なずな……怒るだろうなぁ

 自分の死体の前で、彼女は泣いてくれるだろう。親友と仲良くしてくれていた伊与田と言う女性も悲しんでくれるかもしれない。そうすれば、きっと生き返らせることに協力してくれるだろう。
 なんだか、感情を利用するみたいで申し訳ない気持ちが今更わいてくる。それでもやっぱり、成し遂げる瞬間はどこか誇らしい。

「──ちゃん!」
「(……うん、こんな感じ。怒りながら、自分も泣いちゃってて──え?)」

 まだ遠いが、声が聞こえた。いくら消耗してもわかる、何度も聞いた彼女の声。
 瞬間、思考が冷えていく。

 足音が聞こえる、更に離れた位置から追いかけてきているものがある。しかし、追いつけそうにない。
 違う、来てはいけない。
 体を起こそうとして、また地面に打ち付けた。声を出そうにももう体が言うことを聞いていない。もうすぐ暴走は起こる、確実に。止める術はない。

 違う、止まれ、止まって。

 先ほどまで待ち望んでいたそれを、彼女は抑えつけ始めた。どれほど効果があるのかはわからない。けれど、少なくとも彼女が近づいてきている今起こしてはいけない。

 だが、止まるわけがない。暴走とはそんな生ぬるいものではない。
 だからこそ彼女は利用しようとしたのだ。その全てを破壊する力を使った盛大な自殺。もし彼女のミスを述べるとするならば、態々岩館の所になど寄らなければよかった。
 自分だけで決めて、誰にも知らせず西軍に突撃すればよかった。
 だって、そうしなければ彼女は──榊原の親友、岩館なずなは。

「伊央ちゃん!」
「──ぁ」

 この場に現れることはなかったのだから。

──計画が崩れ去る音が轟音となって、彼女の全身を突き抜けた。けれど頭痛も終わらず。

 破滅への前奏曲は弾き終えた。ならば次に来るのは……破滅を語る哀歌だろう。



********

-前:>>37「ゆびきり」-10
-次:>>39「ゆびきり」-12