複雑・ファジー小説

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第二限-11 更新】 ( No.39 )
日時: 2018/06/08 01:01
名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: 2rTFGput)

第二限「ゆびきり」-12


 そこから先は、数分も経っていただろうか。後に生存者に聞いたとしても、答えがまばら過ぎて判別がつかないだろう。それほどに一瞬で、それだけに永遠かと思うほどに長かった。
 東軍、岩舘なずなは伊与田の制止を振り切り、その場にやってきた。涙が止まらぬまま、ただ友人を死なせないために動こうとした。闇雲に探そうとし、西軍の拠点のほうへ向かった。運よく、見つけることができた。

「伊央ちゃん!」

 明かりが弱く、暗い夜の学園。何度も転びかけるような悪条件でもあったが、見つけることができた。見れば、すでに親友は地に伏せそこから少しだけ離れた位置に西軍がいる。最悪なシチュエーション。東軍、として動くのならば彼女を見捨てさっさと暗闇の中に身を隠すのが最善。
 だがそんなことはもはや選択肢としてはない。ただの友人として岩舘は榊原に駆け寄った。

「ねぇ、大丈夫!? 伊央ちゃん、生きてるよね?」
「……」

 無言、いや絶句か。肩を掴まれ揺すられる彼女はただ呆けて言葉を返さない。涙腺が潤み始めているのが分かるが、それが何の涙か。
 とにかく、友人が傷ついて、まだ生きている。確認出来た事実を苦しくもうれしく思い、次の行動を選ぶ。

「……東軍の」
「アンタたちが伊央ちゃんを……!」

 数は五人、うち一人は分身。羽馬の分身能力は深魅から得ているためそこに動揺はない。この人数を相手に、榊原を抱えて逃げるというのは不可能だ。
 岩館を追って伊与田がここにやってくる可能性もあるが、それでも絶望的。かと言って諦めるわけにもいかない。彼女は時間稼ぎのための一手を打つ。
 それこそはこの学園において彼女が持ち合わせていた唯一の武器。能力、何度も使用してきたもの。

「(心隅憂虞≪メランコリー・メランコリー≫、範囲は西軍全員。渡すのは恐怖、焦り……全部!)」

 不安の伝播。彼女の能力は、自分の持つマイナスな気持ちを渡す。死への恐怖、焦燥、そういった不安な感情を渡された相手の心は当然揺れ動く。個人差こそありすれ、無意味ではない。
 僅かばかりな亀裂が入れば迷いが生まれる。
 そう、初日に播磨が岩館に感じた恐怖心。或いは岩館自身はあまり効いていないと誤解していたが、図書室においてもだ。塚本に対して感じた焦りは塚本の言葉に影響を与えただろう。

「ち、近づかないで、あたしが本気を出したらすごいんだから!」

 幸いにして、渡す不安な気持ちは大量にある。伊与田、ひいては東軍に対して申し訳なさ、西軍四人に喧嘩を売るという恐怖、そしてなにより……早くしなければ榊原が死んでしまうという焦り。
 
 混ぜて、混ぜて混ぜて、混ぜて混ぜて混ぜて……大きな不安の塊にする。単一ではないからこその混乱を目的として、それを伝えた。
 能力を全力で発動させ、榊原を背にして立つ。
 声を揺らし、ポケットに仕舞っていたカッターナイフを出した。
 
「……!?」

 瞬間、西軍は岩館のそれに飲み込まれる。竦み、震えまるで目の前の少女が絶対的強者かのように誤解する。
 ここまでは、岩館の計算通りだった。

 ──振りかけた不安は、播磨の警戒心で溢れたそれに亀裂を入れた。

 彼は、一度それを味わっていた。今の比ではないが、似たものを感じた後に防御に専念し……光原を亡くした。
 だからこそ、その感情に対して彼は「反射的」に動いた。超反射も生かした、ノータイムの攻撃。

 一歩、地面を踏み抜いて木刀を振り上げ……降ろした。
 体重とスピードが乗った一撃は、素人である岩館に防げるものではなかった。何に遮られるわけでもなく、ずらすことも出来ず、彼女の頭に振り落とされる。

「ぁ──」

 骨を砕く、潰す音が聞こえた。
 その勢いでぐらりと後ろに、榊原に乗る形で倒れた。悲鳴もない。

 他愛なく、実に他愛なく……東軍、岩館なずなは事切れた。
 その光景を榊原は理解できていなかった。したくなかった。能力を抑えようとしていた彼女は、その一瞬の流れに完全に置いてかれていた。
 けれど、心臓の鼓動が止まっていくのが分かった。榊原の聴覚は彼女の命の灯が消えていくのをただ捉えていた。

「な、ずな……?」

 枯れた喉で友の名を呼ぶ。漸く頭が事実に追いつく、死んでいる。
 誰のせいだ、自分が犠牲になろうとして彼女が死んで……西軍のせいか。違う。
 自分のせいか、そうか。

 脳内で彼女の声が何度も反響して、揺らす。

「──榊原ちゃん!」
「っ、東軍。みんな構えて!」

 聞いた覚えのある声がする、同時に西軍が騒ぎ出している。
 誰か、声を荒げながら近づいてきている気がする。
 だが、もう誰だっていい。

 頭痛がする。それ以上に、胸が痛い。

──La

 その痛みを振りまければ、誰でも。
 


「……?」

 感じた不安とは裏腹に、あまりの呆気なさ。播磨は岩館が倒れるのを見届けた。戦いの高揚感が人殺しの罪悪感を薄める。
 冷静になれば、きっとまたそれに悩むことになるだろうがそれでいい。岩館を倒した腰で不安の塊が消えたことによる清々しさも相まい、西軍はほっと一息をつきそうな雰囲気だった。
 駆けつけてきた伊与田達がいなければ、の話だが。

「──未知数領域・反転旭暉≪テネブル・タンタキュル≫!!」
「ッ!?」

 それを裂いた黒き触手。突如として播磨の足元から湧いたそれはが彼に襲い掛かる。
 奇襲する形で、播磨の喉元を狙う。不意打ちは完全に決まっていた。

 しかし、足りない。

「はぁっ!」
「っ、やはり……」

 弱い明かりで出来た影では碌に重さを乗っておらず、触手は簡単に弾き飛ばされた。生半可な攻撃では傷一つ付けられない。
 伊与田は明らかな怒気を纏い立っていた。それも当然だ、なにせ可愛がっていた後輩が目の前で頭から血を流し死んでいる。そして彼女の友人である榊原も倒れている。
 涙を流しあいながらお互いがお互いを慰め合っていた、あの光景を見ていたからこそ来るものがある。

「鴬崎さん、隙を見てなずなちゃん──……いえ、榊原ちゃんだけでも一緒に」
「それはー……いやわかりました。っていっても俺と伊与田さんだけじゃちときつそうっすね」
「ええ、でも……榊原ちゃん?」

 伊与田は自分で連れてきた鴬崎に対し指示をだす。それについて鴬崎は一瞬口を挟みそうになったものの、とりあえず言い争っている場合ではないと了承で返した。
 伊与田は榊原に近づき、彼女を起こそうと手を伸ばす。

──La
「……え?」

 華奢な白い手が、彼女に触れようとしたときだった。

 その手、肘から先が忽然と消え失せた。
 何かが落ちた音がする。視線を落とせば、そこに転がる伊与田の手がある。
 そうか、切り落とされたのだ。
 
「え?」

 伊与田の腕が、切り落とされた。それに体が気が付いていないのか、流れる血液は切り口から止まらずあふれ出る。
 尋常ではない、人生生きていくうえでここまでの出血は早々見ないだろう。

「あっ、えっ……?」

 痛みがない、それが彼女の認識を歪ませる。本当に怪我をしているのか。夢ではないのか。
 そう思い込まなければやってられない。

──aaaa......

 だが、それは待ってくれない。暴走する色彩哀歌は方向も多少の距離も関係がない。運が悪かったのだろう。
 しゃがみ込んでいた彼女をまた切り刻む音が、今次の瞬間にも迫っていたのだ。

 呆けている伊与田の顔を、音の刃が──



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