複雑・ファジー小説
- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第二限-12 更新】 ( No.40 )
- 日時: 2018/06/15 21:17
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: 2rTFGput)
第二限「ゆびきり」-13
空気を裂く音がした。
──aaaAAAA!!
「──危ない!」
空を切った。
音速のそれが到達する前に、彼女の首元は引っ張られた。おかげで刃は伊与田の顔を傷つけることはなかった。だがあまりに鋭いその一撃は頭皮を引くこともなく、浮いた髪を切り落としていた。
その切れ味は絶好の触手の一撃よりも鋭いかもしれない。
引っ張ったのは勿論、東軍の鴬崎。彼は伊与田の腕が切り落とされたのを見るや否や直ぐに行動に移していたのだった。
暴走が始まった。目の前にいるのは最早、破壊を振りまくスピーカー。
彼はそれに気が付くと今の状況がどれだけ危ういものか察した。思わず顔が青褪める。
「こっち、逃げます!」
「は、はい……」
そのまま、返答も聞かず彼は伊与田の手を引き離脱を始める。切り落とされた方の腕も、死体となった岩館も、彼女が守りたいと願っていた榊原も、その全てを置いて彼らは走り出した。
彼の顔に余裕は一切ない。
この場にいれば命がいくつあっても足りない。切り口から血を垂れ流す伊与田を見て鴬崎はそう思ったのだろう。
……唯一の救いは、能力の狙いがまったくもって狂っていたことか。もしそうでなければ、彼らの足の速さでは到底逃げ切れるものではなかっただろう。
「(なんだ、急に撤退……?)」
「止めるかい?」
「あ、ちょっと待て!」
伊与田がいきなり取り乱し、鴬崎と一緒に背を向け走り出した。
少し離れて見ていた西軍。彼女らはまだ暴走が始まったことに気が付けていなかった。
それが致命的。
一番前にいた播磨でさえも怪しむだけ。暴走が始まったという事実に気が付けていなかった。つまり他の三人は更にだ。
何かが伊与田から零れ落ちたように見えた。手だとはわからない。困惑する声が聞こえたが、悲鳴ではなかった。鴬崎の言葉も、直接暴走には触れていない。
分身の問い、光原の仇、西軍としての勝利への道。彼女らの判断を鈍らす材料は揃っていた。
逃がすか、そう思って三星が追いかけようとし一歩前へ。アルコールのボトルを投げつけ、引火しようとしたのだろう。
「っ、来るな──!」
──ughh!!
播磨が止める声がした。直後、とてつもない力に押され彼女は吹き飛ばされた。ビンが割れる音がする。
どれほど飛ばされたのか、宙に浮く感覚を数秒感じた後数回、転がりようやく止まる。
彼女はいきなりなんなんだ、と文句の一つでも言おうか起き上がり、見た。
数メートル程離れた、彼女らが先ほどまでいた場所、そこにいた羽馬の分身が切り裂かれていた。暗い中で人影程度しか把握できないが、乱切り、とでも言えばよいか。胴体が、腕が、足が、挙句の果てには頭部まで。分身も何も言わず、言えずに消滅した。
少し間違っていれば、三星も同じ運命を辿っていただろう。それを理解し、冷や汗が噴き出る。そして同時に、播磨の安否が気になる。
どこに、辺りを見回し……自分の下に何かあることに気が付く。
「あ、よかったいた。ウミ先ぱ……い」
「……」
播磨海はそこに、三星の座布団になって地面に倒れていた。無事だ。
……右腕が曲がってはいけない方向に、眼鏡がひしゃげ閉じられた右の瞼から血を流している、ということを除けばだが。
右手に握っていたであろう木刀も、持ち手から上に行く途中で折れていた。
唐突な身内の大怪我に三星は動揺を隠せない。なにより、静止の言葉と彼の怪我。そして自分たちが吹き飛ばされた……それらから彼女は「庇われた」という事に嫌でも気が付いたからでもあった。
──信用ならないと思うけど……任されたからには今度こそちゃんと守るから
──じゃあ、約束ですよウミ先輩! 今度戦う時があったら、もうノーガードってくらい突っ込んでいくから!
「な、なんで……ウミ先輩? 生きてる、よね?」
ふと、彼女は播磨の言葉を思い出した。違うだろう、守るというのは犠牲になるということではないはずなのに。
今の衝撃で三星も多少打ち身をしたかもしれないが、それでも播磨と比べれば余りにも元気だ。ペタペタと播磨の頬に触れる。まだ温かい、脈もある。死んではない、だがこのまま放置すれば。
直ぐにでも播磨に適切な治療を施さなければ、そのためにもこの場から離れる必要があった。
「なっ、海、アカリちゃん!?」
「海君抱えて逃げるよ栂原君、ここにいちゃ不味──」
慌てる栂原に指示し、羽馬が榊原に背を向け走りだそうとする。
そのまま西軍が撤退できれば被害は伊与田の片腕、播磨の右目右腕のみだった。
しかし、「たった」それだけでは終わらない。
色彩哀歌の暴走は、そんなものでは終わらない。
無差別に、無方位に、あらゆるものは切り刻み叩き潰す。
でなければ、暴走なんて単語は似合わない。
──lah,ugh,aghhhhhhhh!!!
瞬間、四方へ斬撃。辺りに響く打撃音。
いよいよ、本格的に無差別攻撃が始まった。
低音、高音混ざり合う、切り潰す音が榊原を中心に発される。地面が、倒れ伏していた岩館の遺体が、榊原自身すらも関係ない。全てを壊すための音だ。
それが偶々運悪く、羽馬を襲った。
右肩から背中を通り足まで切り裂いて、大きな大きな切り傷を一つ作った。
能力は分身を作ること、肉体強化系ではない彼女にとってそれは、致命傷になりかねない一撃だった。
「なっ、詩杏!?」
「……あちゃぁ」
栂原は、そう零して顔から倒れ伏せる彼女を見ていることしかできなかった。どんな表情をしたのかわからなかったが……苦笑いでもしていたのだろうか。
医学的知識なんて一つもない栂原でも、命に関わる傷だというのは理解できた。下手をすればもう死んでいてもおかしくない。
でもまだ、もしかしたら……そんな希望を抱いて抱え起こそうとする。
だが視界端、播磨達のいる場所。その直ぐ近くの地面が削られた。
腹を貫かれて倒れていた友人を思い出す。
「(──違う、そうじゃない!)っ、アカリちゃん!」
後輩たちもまだ安全な位置にいない。三星では播磨は運べない。栂原も羽馬を運ぶとなればかなり動きが遅くなる。どちらか一人にしなければその間に、最適解は。
彼は、このままでは全滅すると気が付いた。伸ばしかけていた手を戻し、彼は三星達の元へと駆ける。
三星は近づいてきた栂原の思考なども知らず、助けを求めた。
「お、オサム先輩、ウミ先輩が──」
「……行くぞ、そっちの肩頼むぜ」
羽馬がまだ血を流し倒れている。
後ろ髪を引かれる思いが一瞬、彼をせき止めようとして、更に踏み切るための燃料にした。直ぐに播磨の脇に肩を入れ、持ち上げ走り出す……幸いにしてそれが止められることはなかった。
彼らは撤退に成功した。
一人、大事な仲間を残して。
──aghhhhhhhhhhh!!!
相変わらず、暴走は終わらない。硬い建材を使用している地面は切り刻まれ破片は潰される。
その災いと言うべき現象の中心に彼女はいた。
東軍も西軍もいなくなり、残ったのは死体一つ。そして伊与田の腕と、生死不明で倒れている羽馬のみ。
残るは傷だらけの榊原一人だけになった。正確には彼女も倒れているが。
偽りの、ぼやけた空を見ている。体に力が入らない、頭痛が酷い。音の斬撃、打撃も彼女を襲っている。しかし西軍や伊与田を襲ったものよりかは威力が小さいのだったのか、まだ彼女は生きているし、四肢がどこかに切り飛ばされた訳でもない。
しかしそれも時間の問題だろう。
観客は、いなくなった。後は榊原の命が尽きるとともに終わる、はずだった。
「──なんだよ、これ」
けれど、闇夜に大きな音を響かせていれば誰かが寄ってくる。
誘蛾灯のごとく、一人の生徒を引き寄せた。
無所属、幾田卓。ふらふらと学園内を彷徨おうとしていた男が。
惨状と言うべきその場所へやってきたのであった。
そして、彼はしばし周囲を見渡した後……
──榊原の下へと、走り出した。
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