複雑・ファジー小説

2-14 ( No.41 )
日時: 2018/09/08 19:10
名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: dDbzX.2k)

第二限「ゆびきり」-14


──どこで間違ったのだろうか。彼女は、学園でも人気者だった彼女は、ただ自分も友達も助かる、一番の方法を見つけたと思っていたのに。

 榊原は、色彩哀歌≪エレジー≫を弾き続けていた。全てを、自分を壊すために。西軍に損害を与え、自分は死ぬ。その作戦を実行するためだけに。
 意識が朦朧としている。霞む視界に合わせて、狭まっていく。
 
 頭痛が、心の痛みが、身体的怪我が、全てが痛い。自分の近くに転がっている親友にすら手を伸ばせない。 
 事切れている。たとえ違ったとしても、色彩哀歌によって死んでいる。
 苦しい、悲しい、辛い……早く消えてしまいたい。

 本当か。

 違う。ここで死んでしまえば岩館をよみがえらせる手段が……それは伊与田たち東軍がやってくれる……はずだ。
 では榊原はどうなる。岩館を死地に誘い、伊与田の腕を切り落とし、挙句の果て鴬崎たち二人を全滅の危機に晒した。
 蘇らせてくれるはずがない。

 このまま、両軍に甚大な被害を与えた者としてここで死ぬ、消える。

 偽りの夜空は綺麗だった。不自然すぎるほどに綺麗だった。ぼやけて、滲んでいるが、最期に見るものとしては上等か。
 違う。最後にする気なんてなかった。怖くて、怖くて怖くて怖くて……それで、自分にとって一番楽な諦め方を探していただけだった。
 一度死ぬのはいいけど、死にたくなかった。

 彼女にはまだ、やりたいことがいっぱいあった。
 みんなの前で歌って、仲のいい友達と遊んで、将来に悩んだり、夢を見たり……。
 やりたいことがいっぱいあったのだ。

 贅沢すぎたのだ。欲張りすぎたのだ。
 誰にも教えず、東軍に恩を売る形で死ねばきっと、生き返れたのだ。

 だが無理な話だ。それを決心できたのは自分を思いやってくれていた友人を見たからだ。隠そうにもきっと岩館は榊原を帰さず、匿おうとしただろう。伊与田も当時なら一応の賛成はしてくれただろう。
 もうどうにもならないという認識すら消えて、榊原は右手を空に伸ばす。最後の力を振り絞った、意味の無い行動。

「(誰か、だれか……たすけてください)」

 都合がよすぎた。正義のヒーローを求めた。

「(なずなを、みんなを……わた……しも、だ……れか)」

 正義のヒーローなど、この学園にはいない。
 その願いを叶えてくれる者なんていない。

 そんなこと知っていたから起こした行動だというのに、彼女は忘れて助けを求めた。

──雑音が一つ、近づいてきていた。





 暗闇の中、ただそれは鳴り続けている。壊れた人形のように、汚く狂った音を吐き出し続けている。
 割れた音の結界。一度踏み込めば無事では済まされない。そんなことは見ればわかる。
 けれど、彼はその中心に向かっていた。

──見えない何かが、体を切り刻む。

 血が滴り、苦痛が脳内で警報を鳴らす。
 けれど、彼は前に進む。
 深呼吸をして、何でもないように近づいていく。

──小さく不可視な弾丸が、彼の体にいくつもの穴を開けた。

 腹、太もも、決して失ってはいけない部位を掠め取っていく。
 瞬間、ふらつく……だが倒れない。
 深呼吸をして、

──巨人の鉄槌とも思える一撃が、彼を地面へと叩き伏せた。

 深呼吸……出来ない。
 肺が傷ついたわけではないはず、単なる痛みと衝撃による意識の混濁。
 胃液ではない何かがこみ上げてくるのを確かに感じる。

 だが、どうした。

──鋏≪ハサミ≫

左腕に現れたそれを杖にし、這い這いの体で少しずつ近づいていく。
 幸いなことにして、ただ立っている時よりかは安全度が増しているだろう。それでもなお、その様は異様としか言えない。
 百人中百人が、彼は狂ったと思うだろう。
 事実、狂っている。

 彼には理由も、事情もない。
 今何が起きているのかを、榊原が起こした暴走を知らず、途中で倒れている人影の横を通り過ぎても、近づく人影の直ぐ傍にもう一人を視界に入れてもなお、行動を変えない。
 死んでいる、と認識しているからか。違う。以前の彼ならば、恐れながらも触り、確認する余裕があっただろう。
 
 それをしないのは、死を確認するのを怖がったからだ。

 彼の無意識は、背中に大きな切り傷がある羽馬は勿論、同じく血だまりの中に沈んでいる岩館を見ないふりをしたのだ。
 彼は限界だった。人を蘇らせる手段を取るには、生存者を探すこと相反する。
 きっと、その場で全員が横たわっているだけならば、彼は暴走が収まるのを待ってから「死体」を埋めようと動いていただろう。
 幾田が動かずとも、既に命を失っていたのかもれしれない、それが彼を止める役を買って出いただろう。

 けれど、榊原は手を空に伸ばしていた。原型が分からなくなってもなお、哀しさを伝える曲を奏でていた。
 
 だから、彼は動いた。
 彼女は確かに生きている、それを見逃してはいけない。
 まだ手を伸ばせば助かる命かもしれない、そう認識してしまった。

 鋏が音に弾かれ金属音を鳴らす。左肩が引っ張られ一瞬、宙に浮く。
 ほぼ同時に、播磨を吹き飛ばした剛なる音が彼の背中に触れ、飛ばす。
 転がる。彼女のもとへ。

──aghhhhhhhhhh!!
「(───ぁぁ)」

 手を伸ばせば届く距離、そこにたどり着いて事を彼は感覚的に悟った。
 だが、もう体が動かない。骨が折れたのだろう。血を失いすぎたのだろう。
 それでもと、彼は力の限り腕を伸ばそうとした。

──彼の意識は途絶えた。






 黒。
 沈む……いや、浮かんでいるような。何とも不思議な感覚。
 雲にでも呑まれた、感じたことのない気持ちよさがあった。
 いつのまにか彼は、重しをつけて下に進んでいた。勝手に体が動いていた。
 何故か、一歩分前へ進むだけで気持ちよくなる。何も考えないでよくなる。そうだ、自分は何をしていたのだろうか。

 確か、目が覚めたら首輪をつけられていて……奇妙なスピーカー音に誘導されて、それから。

 時間は巻き戻り、再生を始めた。殺し合いに巻き込まれていたことなんて忘れて、ただの子供だった頃から。
 
 なんてことはない、少し両親の仲が悪いけど離婚するほどでもない。貧乏とは言えないが中流とも言えない微妙な家庭で育っていた。
 人に誇れるようなものもなく、同じような友達と話している時は安心していた。冗談も人並みに飛ばしていた。逆にそうではない者をどこか、羨むような目で見ていた。

 能力者になってみたいな。

 いつの日か、そんなことを言っていた気がする。その時も左腕に痣はあったが、特に何も出来ない。つまりはただの痣だと思っていた。
 だから、自分がこんな能力者になったらなんてつまらない妄想をしていた。

 能力者だと分かって、未判明≪アンノウン≫だと知って、彼はどうしただろうか。

 彼は劣等感に苛まれていた。能力者だと分かって戸惑い、結局自分に出来る事は変わっていない。周りは大小関わらず全員上の人間に見えた。
 そして、一番驚いたことは……能力者たちもただ年相応な人間だったことか。
 やはり、アニメや漫画の読みすぎか。特殊な能力を持つ人間と言うのは人となりも特殊だと思っていた。ただのいたずらに能力を使ったりしている人間を見て、彼は落胆した。
 能力に目覚めれば自分も変わるんじゃないか、そんな思いがどこかにあったのだろう。
 凄い人間は能力関わらず凄い。そんな簡単なことに気が付けていなかった。

 もう、どうでもいいだろう。そんなことに悩む必要性はどこにもない。
 黒に消えて、消えて……。

──それで、これからどうするんだ幾田は
(今の声……!)

 不意に、声が響いた。直接脳に語り掛けているような、けれど発信者は下にいると分かる。
 だからこそ彼は、がむしゃらに前に進もうとした。それが誰かは思い出せない。でも一目見たい。

 進めない。いくらもがいても速度が変わらない。もどかしい。だから声だけでも届ける為に、叫ぶ。
 
「──!!」

 声が出ない。なんでだ。いくら口を開いても何も響かない。
 その様子を見ていたのか、声の主は小さく笑った。

──落ち着けって。ほら、深呼吸……できるな?

 言われてみればそうだった、随分前から呼吸が止まっていた。
 肺に空気を取り込む。大きく吸って、大きく吐く。行動を想起し、体を動かす。ちゃんと、深呼吸が出来た。
 今度こそと、問いに対する答えを返す。

「俺は、死にたくないです」
──だろうな
「けど、人も殺したくない」
──そうかそうか

 背中がじんわりと暖かくなる。彼は褒めてくれたのだ。決断できない彼を、決断できなかったから褒めてくれた。
 深呼吸をする。
 そして、彼に指針をくれた。

──なあ幾田、俺はな……AI? だったか、あんなのが提示したゲームをぶっ壊そうって考えてるんだ。
……策はないがな

 その言葉は、魅力的だった。無謀なのに成し遂げられる、そう思わせる彼の力。
 深呼吸をする。
 
「俺も、あんな奴の思惑に乗りたくない。負けたくない。
けど、皆を生き返らせたい」
──……それで?

「──どっちも、最後まで諦めたくない!」 

 そう、彼に固く誓う。
 決断を先延ばし、悪くいえばそうだ。
 矛盾する二つを、今度こそ迷いなく持ち続ける。狭く単純になった思考は信念を固めた。
 深呼吸はもう止まらない。
 再起動。


 体が、重しをつけたままのはずの体が急浮上する。
 声の主を置いていきたくなくて手を伸ばす。見えない何かを掴んだ気がする。
 それもきっと大事なものだ。けど、彼ではない。

──いってこい、幾田

 最後に聞こえた彼の声は、やはり笑っているような気がした。




第二限「ゆびきり」修了

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