複雑・ファジー小説

休みの時間-1 ( No.42 )
日時: 2018/09/08 19:10
名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: dDbzX.2k)
参照: http://骨折してました

休みの時間「黒に縋る」


 ──滴る、滴る、滴る、滴って、落ちる。
 何が? 血だ。尋常ではない、人に死を自覚させるには十分すぎるほどに。床に落ちる。いくら傷口を強く握っても、にじみ出る。止める手立てはないのか。

「……あぁっ! く、ぅう……!!」
「頑張って! 今すぐ道具を──いや、能力使います!」

 いや、幸運なことに東軍には彼がいた。皆乍回復≪リザレクション≫の鴬崎霧架。彼の力をもってすれば、どうにかなるかもしれない。こうなることを見据え、力を温存させた甲斐があったのだろう。

 自分の部屋に入ると途端に腰が抜け、崩れ落ちてしまった伊与田。彼女を今救えるのは彼しかいない。
 鴬崎自身も力を使うことに肯定的だ。直ぐに手を出し、傷口に近づけ……止まった。

「……? は、早くっ……お願──」

 苦しみに耐えながら目を瞑っていたが、いつになっても治った気がしない。何をしているんだと彼を見る。
 黒。視界一面に黒が埋め尽くしている。それが自身の能力である未知数領域・反転旭暉≪テネブル・タンタキュル≫の触手たちであることを察するのには時間を要した。

 何故、今。混乱する伊与田を他所に、触手たちはどんどんとその数を増やし蠢き部屋を震わせる。彼らは伊与田を覆い隠し、仲間である鴬崎さえも近づけない壁、球体を作り出していた。

 怒り。友人である伊与田を傷つけたられた怒りが彼らの力を増幅させているのだろうか。少なくとも、ただそれを見ていることしかできない鴬崎には理解することが出来ない。
 ただ、伊与田の困惑する表情から「暴走」というワードが彼の頭に浮かんだ。

「なんなんすか、これ……」
 
 天井の光さえ飲み込まんとする闇が伊与田を飲み込んで十数秒。漸くその動きが止まった。
 ぴたりと触手たちの振動が終わり、球体が縮んでいく。
 次はなんだ、と思わず距離を取り構える鴬崎を他所にどんどんと小さくなっていき、伊与田の姿が見え始めた。
 二本足でしっかりと立っている、表情は相変わらず困惑のままだったが。少なくとも生きている。

「よ、よかった……ええと伊与田さん大丈──え?」
「え、ええ……多分、大丈夫」

 「無くした筈の右手」を振って、健康を示した。
 そんな彼女を見て、鴬崎はまた言葉を失う。伊与田はそれを見て薄く笑った。そう、切り落とされたはずの手が生えている。
 それも一目見て異常だと分かるものが。

「……それは?」
「……よくわかりませんが……血は止まったみたい」
 
 黒い手、先ほどまで荒ぶっていた触手と同色のそれが傷口を隠す様に生えていたのだ。五本指、関節部分もあるだろう。色さえ除けば普通の手の様に見える。
 だからこそ、余計不気味さを掻き立てる。思わずまた一歩下がる鴬崎を後目に、伊与田はグーパーを繰り返し調子を確かめていた。

「……あぁ、でも光に当てると痒いと言いますか……小さい痛みが走りますね。消しておけるみたいですし、普段は消しておきましょう……」
「そ、そっすか。それはそれは……」

 どうやら動かした方はもうわかっているらしい。同時に特性も分かったようで、彼女は黒い右手を縮め、消した。だがやはり傷口は見えず、代わり断面は黒一色になっていた。

「あ、じゃあ俺包帯持ってきますね! 隠しておいた方がいいでしょうしねそんじゃ!」
「……ええ、お願いしますね」

 薄気味悪さに耐えられなくなったのか、鴬崎はそう言うとさっさと部屋を出て行ってしまった。
 しん、と部屋が鎮まりかえる。部屋の状況は酷いものだ。玄関辺りは血が広がっている。居間も、男性を入れるには少々散らかっている。
 居間だけでも片付けなければ、そう思う。

「……っ」

 同時に、立ち眩み。血が抜けすぎたのだろう。靴を脱ぎ捨て、そのまま居間へとふらふらと進む。
 血濡れた上着も洗濯籠に放り、ベッドに倒れこんだ。起き上がる気力がわかない。
 
「……」

 もういいか、と投げやりになった彼女は仰向けになる。アンティーク調のベッド、その天蓋が視界に入る。白とベージュの色合いが丁度いいとか、そんなことを考えていた昔を思い出した。
 異性を部屋にいれたことなどない、そもそも茶会を開くにしても適当な教室や広場などを見繕っていたので友人さえも入ってきたことはないだろう。
 きっと今後も、こんな時以外は誰も入れないだろう城だ。古風な家具ばかりを揃えて、誰に見せるわけでもない。

「……」

 もう一度、黒い右腕を出す。それで顔を何度か触ってみるが、手の方からは感覚が伝わってこない。
 やはりこれはいわゆる「触手さん」なのだろう。こんなことが出来るとは知らなかったが、害はない。片腕を失うという大事からは逃れられたのだ。感謝こそすれど忌む訳がない。
 これからどうするか、纏まらない頭で考える。

「……」

 榊原は恐らくあの後死んだだろう。西軍は不明だが……増えたりはしまい。東軍は怪我人がいるが、鴬崎の力を使えば問題ない。四人いる。
 そう、四人。五人ではない。

「……なずなちゃん、伊央ちゃん……」

 二人目の名を呼んだ時、右腕がざわつく。岩館が死んだ原因は間接的に言えば榊原にあるが……恐らくは違うだろう。
 岩館は死んだ。それも頭をカチ割られ、脳天から血を流していた。無様に、呆気なく。

「……後で、お迎えにいかないと」

 お墓、は無理だろうがせめて埋めるなりなんなりしなければ。
 東軍に、AIに、そして止められなかった自分が憎かった。それほどに、伊与田は彼女を可愛がっていた。
 いきなりふざけた事態に巻き込まれ、仲間はどこか信用できない者ばかり。能天気そうな千晴川も早々に離脱し、警戒を解くことも出来ず。息の詰まるというほかない。
 だからこそ、後輩で、同姓で、なおかつ分かりやすかった岩館の存在は大きかった。亡くした今だからこそ、それがはっきりとわかる。

 そして、彼女が最後に見せた親友を思う姿がどれだけ伊与田の心を癒したか。もう、それを見ることはできない。
 榊原の最後の言葉がリフレインする。嘘偽りない、まっすぐな言葉。

──なずな達が勝って、それで、生き返らせて?
「(……あぁ)」
──伊与田先輩、なずなをよろしくお願いします
「……ごめんなさい」

 死者の復活。その言葉が脳裏に浮かぶ。勝ち残れば、またあの二人に会えるのか。優しすぎたあの二人に。
 電灯が古くなってきたのか、明りが弱まる。同時に、右手の黒が弱まる。光が弱くなれば存在できないのか。少々不便を覚える。

──この子たちの強化
「……」

 同時に、軽く述べたことを思い出す。
 勝ち残るには、そのためには力がいる。何故か部屋にいなかった深魅、顔は笑っているがどうにも何かを隠しているように感じる鴬崎。
 この二人のままでは勝てない。薄れる手を見て、思う。もっと、もっと、能力を有効に、強大にする必要がある。

 自分の首に縄が掛けられたと錯覚、同時にそれは岩館、榊原にも。そして、自分たちが立っている台は今にも退けられそうになっていた。それを、触手でせき止めている。
 だが、時間の問題だろう。
 
「……えぇ、そうね。頼りにしているわ」

 右手を握りしめ、それを左手でなでる。勝つしかない。既に一人の命を奪っている。弱気になるわけにはいかない。絶対に勝たなければいけない。
 癒しは絶たれた。頼みはこの友人達と……、ゆっくりと瞼を落とし彼女は眠りに落ちた。



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