複雑・ファジー小説
- 休みの時間-2 ( No.43 )
- 日時: 2018/09/08 19:10
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: dDbzX.2k)
休みの時間「見えたモノ」
もう少しすれば夜も晴れるだろう時刻、そんな頃に何度も戸を叩く男が一人。けれど、返事は帰ってこず扉も開かない。
これは参った、ともう片方の腕が抱えている者を見下ろす。消毒液や包帯やテープ。わざわざこうして持ってきたというのに。
「……寝ちゃったのかな?」
もしそうなら、仕方がない。どうせ明日の朝には集合してまた顔を合わせるのだから急ぐ必要もないか。そう結論付けると彼はコテージの前を離れ、別のへ方向へと歩き出した。
だが次の瞬間、彼の耳が雑音を拾う。
「……? 気のせいっすかね」
辺りを見回しても誰もいない。少なくとも、暗い視界の中には。音もぴたりと止まって、最初から何もなかったようだ。
しばし首を傾げた後、もう一度彼は動き出した。
◇
--東軍、千晴川八三雲のコテージ
消毒液の匂い立ち込める部屋、明かりは読書にをするには不釣り合いな
薄暗さで、部屋にいる者たちの形を確かにする。
乾いてる様な、熟れている様な不快感。違う、痛み。ピントも合わぬ視界は邪魔で、思わず暗闇で閉ざしたくなる。
だか意識がある時は顔の皮膚が引っ張られる感覚が邪魔をし、瞬きをするだけでも激痛が走る。
いつのまにやら呻く力も無くなり、休息は体力の限界によって訪れる睡眠のみ。少し寝ては覚めて、繰り返す。
さて今は寝ているのか、それとも起きているのか。段々と感覚があやふやになってきていた。
「そんなところっすか?」
「…………」
「……寝てんのかなこれ。ま、どうせ起きてても喋れないでしょうけど。それどころか聴覚がちゃんとしてるかも……ま、静かになって快適快適ーっと」
気遣う様子もなく、訪問者である彼は荷物を置き始めた。
灰色の髪は眉を隠し、彼の感情を悟らせにくくする。だが、その声色はどう受け取っても「快適」という単語に合っている。つまりはそういうことだ。
血が付いた白衣を部屋の隅に脱ぎ捨て背伸びをすると、ポケットから取り出したガムを一つ、口に放り込んだ。
「……はぁ、なんで男の看病なんてしなきゃいけないんだか。伊与田さんは寝てたし……ま、多分処置の必要ないでしょうけど」
包帯を無駄に用意してしまった。
そう愚痴って、黙々と器具の準備を進める。その青年は鴬崎。東軍の中では比較的腰を低く立ち回っていた男だ。
それが今は、怪我人である千晴川が言い返せないのをいいことに好き勝手にふるまっている。
最初、彼が痛みに悶え呻く気力があった頃は表に出していなかったが……体力が持たなくなり、静かになるにつれ自由になっていったのだ。
これが彼の素なのだろうか。
「(むさっくるしいだけでなんの役得もないし……ま、女子だったら流石に不味いから俺一人じゃやれないけど)」
「──ッ」
「……あ、消毒してるんで染みます。言うの遅かったすね」
たった今も、何の前置きもなくアルコールの染みたガーゼを傷口につけた。反射的に千晴川の体が震えるも、特に気にした様子はない。
これが伊与田が警戒を見せていた理由なのか。はたまた他人の命綱を握ったことによる心境のゆがみか。少なくとも他の人間には見せないだろう醜態とも言えた。
だが決して、処置をしないわけではない。死んでは困るのだ。鴬崎が今できることは傷口が化膿しないように、衰弱死しないように見張ることだ。
勝手に皆乍回復を使ってはいけない。ともなればただの保健委員である彼に出来る事は限られている。
むしろ、怪我人の救護と言う仕事を東軍の中で一人請け負い、こなしていることは間違いない。
「……はぁ」
あらかたの作業を終えると、彼は近くにあった木の箱に腰を掛けた。まだ片付けなどは残っているが、緊急を要さないなら急いでやる意味もない。
ツンと鼻に臭いが来る両手に顔を顰めながら、部屋を見回した。無駄に多い照明、壁側に置かれている筋トレ用具。散らかったや衣類や紙。鴬崎にとってあまり好ましい部屋ではない。
しかしそこについて今は、彼には多少の同情があった。
ふと彼は、地面に落ちていた診断書を拾い上げつまらなそうに読み上げる。
日付は最近の物で、どうやら学園内で受けた検査の物の様だ。
「夜盲症……ね。鳥目って正式名称こんなだったんすね」
──夜の盲目。つまるところ、暗闇に置いては極端に視力が落ち……最悪は何も見えない。
そんな彼が驚愕暗転装置≪コンプリート・ダークネス≫の能力者とは皮肉めいている。鴬崎は装う努力もせず鼻で笑った。
「(……いや、暗い時に戦う相手を最低イーブンに引き込めるのか)」
そのすぐ後に、思いのほか噛み合っていた事に気が付くと不愉快そうに口をへの字に曲げる。
その姿を千晴川が見れば忙しい奴、とでも言っただろうか。
いつの間にか、千晴川に勝っていることを彼は探し始めていた。そんなことをしても時間の無駄でしかないが、精神の安定を図ろうとでもしていたのか。
身長、5cm差で鴬崎の負け。筋力、手当の際に触った感覚だが筋トレ用具は置物ではないのだろう。
能力、回復係として有用ではあるが無所属になっていれば詰んでいた可能性が高いのは自分。
探せばあるはずなのに、どうしても劣っている所にばかり着目してしまう。それがなんとも不思議で、苛立たせた。
「……」
思わず、診断書を握りしめてクシャクシャにする。その後すぐ冷静になり、伸ばして見直す。
特に変わった点は見られないが、症状は酷く「補助具の着用」を推奨されていたことがわかる。その一文を見た後に、彼は視線を落として寝床の近くにあったソレを視界に入れる。
所々が焦げ、煤けていて、どうみても使い物にならないと分かるほど破損しているそれを。
千晴川が所持していた、暗視用ゴーグルだ。能力下での行使が主だと彼は言っていたが……夜盲症の対策にも一役買っていたのかもしれない。
だが、もはや使用不可だ。
「(……治しても対策とらなきゃ夜の行動は無理ってのはめんどいなぁ。流石に先天性の病気とかは皆乍回復の対象外だろうし)」
人は一人減ったが、千晴川を治す価値は低いと考える。例え今全力を注いでも多少喋れるようになる程度、戦力として期待は出来ない。
やはり、このまま死なないように看病し、数の有利があると相手側に誤認させる方が効率がよさそうだ。冷静に、冷酷に。彼はこれからの行動を考え……、
「──ん?」
違和感を感じ取った。作戦についてではない。部屋の様子だ。例えば自分が座っていた木の箱、例えば何故か床に落ちていた診断書。
二つとも、自分が最後に看病のため訪れた時にはきっちりと仕舞われていたはずのもの。
そもそも、千晴川は自分の部屋でも転ばないように、物の数は極力減らすか、壁際などに置かれていたはず。だからこそ部屋に訪れた東軍の四人は気味の悪さを感じ取ったのだから。
「(部屋が荒らされてる……? けど誰が)」
多少は鴬崎の物だが、確実に別の誰かによるものが混在していた。その事実に気が付くともう一度、千晴川の容態を確かめる。
相変わらず、元気ではないが苦しそうだ。死んではいない。
「(東軍以外だったら先輩を生かしておく意味がない……黒幕的人物? 部屋を荒らす意味がない。なんで……というかこの木箱って中身何が)」
「──ぉ、ぃ」
掠れた声が室内に広がる。
「……あ、起きたんすか? 一応今の状況伝えますね」
「ぃ……ぃ」
「え?」
どうやら千晴川が目を覚ましたらしい。目を限界にまで見開き、鴬崎の方を見ていた。恐らく視界は朧気だろう。またいつ気を失うかもわからない状態だ。
とりあえず情報だけでも、そう思い近づいた彼の腕が掴まれた。弱弱しく震えているが、力強い。矛盾した感覚がする。
引き込まれ、思わずしゃがむ。包帯で皮膚の殆どを隠したもう片方の手を首に掛けられる。
「ちょっ、急になんなんすか。俺は敵じゃな──」
「ぎ……け」
鴬崎を杖代わりに、彼は上体を起こす。そんな元気はあるはずもないのに。声を失うほどの痛みだろうに。狂ったのか、違う。彼の黒い眼は理性のある者のそれだ。
喉も焼かれているはず、だがそれを無視して無理やりに声を出していた。
「──ぁみ………を、と…めろ」
それだけ言うと、彼は又意識を失い倒れ伏した。
止めろ、その三語だけは強く言い切った。言いきれた。
「……は? あ、ちょっと! 寝ないでください、ちゃんと説明してくださいよ! 何を止めりゃいいんすか、アンタは何か知ってんすか!?」
一人、何かを任された男。鴬崎は千晴川の肩を何度も叩き、意識の覚醒を促す。だが千晴川は起きない。無理をしたせいだろうか、傷口から血が染みだし始めている。
それを見て彼は慌てて処置を始めた。こんなところで死んでもらう訳にはいかない。千晴川はきっと何かを知っている。
彼が言い残した最後の言葉について何度も思考を繰り返しながら、鴬崎の夜は過ぎて行ったのであった。
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