複雑・ファジー小説
- 休みの時間-3 ( No.44 )
- 日時: 2018/09/08 19:10
- 名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: dDbzX.2k)
休みの時間「空虚なる隣人」
意外と応用が利くもんだ、と誰に対して言う訳でもなく呟いては歩く。
左足は使えない、恐らく神経がやられているのだろう。だがまあ、痛みはないのだから問題はない。不便だが杖代わりに使えないこともない。
左肩は持ち上がらない、右腕もかなりぎこちない。満身創痍を名乗るには後は右足のみ。
地面を蹴るというよりは擦って、前に進む。目的地はあるが、そこまで必要ではない。ただこの暗闇の中でただ息を引き取るのを拒否しただけだ。そんなのは面白くはない。
呼吸をする必要はない、傷を癒す必要はない。仮にこれが本体でもそうであれば、酷くつまらない人生であったろう。それが嫌だから、この最期が来るまで選択肢として、可能性として浮かび上がらなかったのだろうか。
「……て、考察してもしょうがない」
この考えは形にならないだろうし、残しても意味の無いものだ。
そうして彼女──羽馬詩杏は動いていた。
背中に大きな切り傷を背負って、それよりかは小さいが多くの切り傷、打撲痕を抱え、ひどく眠そうに沈む瞼に抗っていた。
死体が歩いている、その姿形を例えるとしたら、それしかないのだろう。
では、羽馬はそんな状態になってもまだ、何を成す気だというのか。その答えに、彼女はもう辿り着いていた。東軍のコテージで道連れを狙うか、西軍のコテージで仲間達に遺言を残すのか?
違う。
「……」
東軍の所に向かったところで、何もできない。
西軍の仲間たちは、きっと大丈夫だ。残った年長者が栂原というのは少々心配だが、あの三人ならば立ち直れる。
それに……これは、老後の趣味のような。それも悪が頭につくようなものでしかない。そこに清廉さも、高潔さもいらない。ただ自分が愉快になるための行動だ。
彼女は、痙攣する表情筋を動かして笑い、チャイムを押した。
◆◇
濁った声が響く。
好きの反対は無関心とはよく言うが、だとするならば嫌いの反対はなんなんだろうか。やはり、無関心だろうか。
ならば、うざったいことの反対も無関心か。
『死にたいって、嘘なんだろ? お前』
だから、ほっといてくれ。少なくともお前には、ニタニタと笑いただ言葉尻を取ろうとする奴には何も言われたくない。
誰かが座っていた彼女に話しかけていた。図書室だろうか、教室だろうか、周りの風景はあやふやで固定されない。恐らく大した意味がないからだろうか。
『だってよ、本当に死にたいなら首でもさっさと吊ればいいじゃないか。それにお前は飯も食ってるし。
……あぁ、そうか!』
お前の言うそれは、死を渇望し、死を歓喜するもののそれじゃないか。違う、私のこれは違う。
男はわざとらしく手を叩き、さも今思いついたかのようにふるまう。
『そうやって弱ったふりをしてれば、誰かが心配してくれるもんな。賢い賢い。優しい誰かの手を煩わせて生きて、それでも死にたいって言うのか……随分と滑稽だな!
つまるところお前は……』
決して、お前が言おうとしている言葉で表して欲しいものじゃない。大は小を兼ねてはいけない、それと同じように広義の意味では入るかもしれない……けど、そんなもので括ってはいけない。
だから、
『傲慢な奴なんだな!』
その口を閉じろ。
言葉と共に、彼女の黒い手が喉元に向かって伸びた。
◇
死人の血は、新鮮でもなければ黒いそうだ。昔々に、本で読んだことがあった。
なんでも、酸化することで赤が茶色に、茶色が黒に、とどんどん変色していくらしい。つまり、血の色を見ることである程度の死亡時刻を推測することが出来る。
もし誰かの死亡時刻が知りたいならば、それを念頭に入れておくといいかもしれない。
そんな与太話とは関係ない、だがこれもまた与太話……彼女の体には、黒い血が流れている。
「(……まだ、死んでないか)」
寝相が悪く、いつの間にかベッドから落ちていた。だからか、鳥海は随分と奇妙な夢を見てしまった。
確か、あの男は最後どうなったんだったかと思い出そうとして、思考を止めた。別段どうでもよいことだからだ。
──寝起きの頭にチャイムの音が響く。切っておけばよかったと思うと同時に、来訪者に対する少しの苛立ちを持つ。
確かに殺すならば殺してみろとポーズを取ったが、夜中にチャイムを鳴らして殺しに来る殺人鬼なんて聞いたこともない。鍵も開いているのだから、暗殺者の如く寝首でも掻けばいいものを。
仮にいるとしても、ホラー作品の類でしかないだろう。よほど自分の犯行に自信を持っているか、ただの馬鹿の二択だ。
普段よりも声を張り上げ、外にいるものに伝える。いちいち開けに向かうのも面倒だった。
「……あいてるよー」
思惑通り、扉が開く音がする。
だが……少々の時間を置いても、相手は入ってくる気配がない。逆に警戒されてしまったのだろうか。何とも面倒だ。無視して、これ以上チャイムを鳴らされたら堪ったものではない。
「……」
少し整頓された部屋を頼りない、ふら付いた足取りで進む。さて今度は誰が来たか。また西軍か、東軍か、はたまた無所属か。背伸びを軽くして思案する。
誰かはともかく、流石にこんな時間帯に来たのだ。十中八九殺しに来たに違いない。流石にこの状況でピンポンダッシュをする者はいないだろう。
「……?」
玄関部分に人はおらず、軽く開いている扉があるのみ。
警戒もせず、ドアを内側に引っ張り探そうとする。
「──おっと、それ以上は開けないでもらってもいいかな?」
「……また君?」
声で止められた。知っている声だ。だいぶか細く、汚くなってはいるが彼女、羽馬だろう。声色からして、殺しに来たわけではなく、また勧誘にでも来たのか。
そんなことをする気はないと言っているるのに、しつこい奴だと踵を返そうとした。
「まぁまぁ、どうせ夜は長いんだから少しぐらいお話しに付き合ってよ鳥海ちゃん。こっちは老い先短い人生だから、そう長々と時間は取らないさ」
隙間から聞こえる声の意味が気になり、足を止めた。こうなればもう会話の主導権は羽馬が握ったようなものだった。
「……?」
「どういう意味って感じ、かな。単純だよ」
元々羽馬は人の行動を誘うことは得意としていたが、ある事情によりそれが最大限に発揮することが出来ていたのだ。
それは、西軍の年長者としての責務からの解放、そして……
「……もうすぐ、本体は死ぬんだ。それまでの、体なんだ」
結末の確定。それが彼女を自由にしていた。
羽馬は、今夜起こったことの顛末を余すことなく話すことにした。
榊原の蛮勇、岩館の乱入、暴走、そしてそれによって致命傷を負った事。
大方鳥海はずっと寝ていて情報量など0に等しかっただろう。それを気遣ったのか、単に話したいだけだったのか。
「──ってことでね。今の私は虫の息以下って訳なんだ」
「……ふーん、そうなんだ」
「ちょっと運が悪くってね。不幸中の幸いで、他の皆は逃げ延びてくれたっぽいからいいんだけどさ。目を覚ましてみたら幾田君、あぁ無所属の男の子。その子も居たからびっくりしたんだけど、あれも助からないだろうね。
……榊原ちゃんを助けようとしたのかな?」
「さぁ……?」
そんなことは二人に分からない。だが自分が意識を取り戻した時、幾田は血の海に沈んでいた所を羽馬は見ていた。もし生きていれば最後の語らいをそちらに定めたかもしれないが、仕方のない事だ。
「それでさ、動けないし痛いし、何かやれることないかなーって思ったんだ。丁度良く、分身のストックが復活してね。だから、お願いした……って言い方は変か。私はあくまで死にかけの本体にお願いされた分身だから……」
「……」
「まぁいっか。一時間、あるかも微妙だけどさ。そんな死人のまがい物の言葉。もしかしたら何の役に立たないかもしれないけど……鈴虫の様なもんだと思って聞いてほしいんだ」
うざい、そう吐き捨てたかった。面倒くさいのでさっさと戻って布団でもかぶってしまおうかとよぎった。
だが、不思議と彼女は行動に移さなかった。それすらも面倒くさいとしてしまったのかもしれない。それか、消え行くものが何を話すのか、多少は興味を抱くところがあったのかもしれない。
或いは、まがい物だからこそ、自分に何の変化をもたらさないだろうと高をくくったからこその、僅かばかりの驕りだったのだろうか。
「……めんどうだから、一人で話してて」
「……うん、そうさせてもらうね。じゃあまずは……そうだ、私について、適当にかいつまんでお話させてもらうよ」
扉に背中を預け、座る。奇しくも、羽馬もコテージの壁にそのように掛けていた。
その行為を感じとったのか、羽馬は少しばかり嬉しそうに声を弾ませて語り出す。
その時間はいつまで続くかはわからない、次の瞬間には終わるのかもしれないし、或いは途中で誰かが割って入ってくるかもしれない。
けれど、最後が羽馬の死であることは確定している。だからこそ、過程を変える権利を自分の好きに行使するだけだ。
「私は──」
平時には決して成り立たなかったこの場を、楽しもう。羽馬はただそう思った。
そうして、二人だけの短い一時が過ぎて行った。
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