複雑・ファジー小説

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【休みの時間-3】 ( No.45 )
日時: 2018/10/12 21:39
名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: NPNDmgZM)

休みの時間「オオカミ少女」




 無所属、塚本ゆりは本が好きだった。その中でもミステリー物や……哲学に類される物が好きだった。因果関係が逆かもしれないが、彼女は本質を──物事をゆっくりと時間を使い考えることに関して、その趣味のおかげで得意、慣れていた。
 反面、危機が迫り同時に時間制限を設けられるような状況は苦手であった。自分のペースで進められる、というのが嗜好に合っていた。

 では、そんな彼女が咄嗟に嘘を吐き、「生きよう」としたことの本質とは何だったのだろうか。そもそも、生きるとは、死ぬとは何を指しているのか。彼女は本質と言うものに気が付けているのだろうか。
 きっと、恐らく、まだ至っていないだろう。いいや、いくら時間をもらおうが達することはないだろう。塚本一人が悟ったと思ったところで、それは哲学ではない。

 古代から現代にまで続く多種多様な哲学者たちがいくら話し合おうと結論などでない、いや多様だからこそ、出るわけがない。
 哲学とは、誰もが持つ共通解を導き出す事。正義とは、悪とは、愛とは、生命とは、そんな難しい題において「ほとんど、大体の人はこうだろう」となること。

 案外、簡単に見つけられそうかもしれないが……結局のところ、これもまた人の匙加減だ。
 一人の功名な哲学者が長年かけて出した答え。哲学のての字も持たない子供が思いついた答え。その二つが一致するかもしれないし、対照的だったりするかもしれない。
 つまるところ、哲学とは山でクジラを、地下で雲を探すようなもの。永遠と続く迷路に自ら迷い込むも同然なものだ。
 馬鹿らしい、と思われるかもしれない。無駄だと、かしこい人は言うだろう。

 実のところ、ミステリーも似たようなものだ。現代社会をモチーフにした推理小説、だったりは明確な答えが置かれているものが多いが……神秘といったものを扱う作品においては、一定以上の思考は無駄と言ってもよい。
 なぜ現象が起きたのか、この偉大なる生命体は結局のところなんだったのだろうか。そういった明かされなかったものに対し、思考を巡らして楽しむ。だが答えなどは筆者が名言しない限り、辿り着くことはない。この描写から、このキャラの台詞から、多くの事柄を証拠として推測しても、筆者が「そこまで想定していない」と明かせば意味の無い事。はたまた後付けによる真実なんてのもザラだ。

 ──この時のキャラの心情を述べよ、という問題が学校から出され、正解が筆者のあとがきと違う。そんな事例もあった。

 けれど、彼女はそれらの行動が好きだった。本を読み、あらゆるルートを、秘密を、本質を探し出す。探し出せたはともかく。
 楽しかった。

「──この状況の意味ってさ、何だと思う」
「……」

 だというのに、今はこれっぽっちも楽しくはない。目の前にいる人物が、己を試すような行為をしている。楽しくなれるはずがない。
 最低限に灯していた明かりが二人の輪郭線を朧気ながらも照らす。片方は壁際に積まれたマットに、もう一人は平均台をベンチ代わりに腰かけていた。
 平均台に座る者は獲物をチラつかせながら、下弦の月の様な口元。塚本は先ほどまで読んでいた本を持って無表情。けれど、内心は百面相も真っ青なほどの思考分岐を繰り返していた。

 疑問、何故ここに、どうして今か、一人の意味は、本当に一人か、その恰好はなんだ。逃走、どこへ、西軍、無所属、西軍、或いは東軍。何で、徒歩で、早いのはどちら、足止めできるもの、閉じ込められるか、出口は封じられている。降伏、口上、相手のメリット、デメリットは、誤魔化せるか。虚言癖≪ライアー≫で攪乱、どう吐く。
 明日はどうなる、生きられるか、死ぬのか、あの少年はどうするだろうか、そもそも本当に今生きているのか、死んでいるのか。
 死んだらどうなる、地獄だろうか。あの世とやらは存在するのか、魂というものはあるのか。霊があり得るのなら、憑りつけるかも。

 多くの思考の中に、先ほどの質問に該当しそうなものがあったが、答える気はなかった。

「15人、しかも能力者を集めといてやることはただの殺し合い。そんな無駄なことはないと思うんだ。だって……彼らが精神的に一般人を超越しうる者達ならともかく、殆どの人は感性も感情も、年齢の水準からひどく外れていない。
こんなのならその辺の学生とかでも十二分に替えが利く。わざわざ集める意味がない。
人間ドラマが見たいなら、部活を、学年を、クラスを統一したほうがいい。共通点と言えば能力者である、同じ格好に属している、と言うだけでつながりは薄い。始まって初日で殺し合いが起きたのもそのせいがあるだろうね。首輪なんてなくても、高確率で発生していたと思うんだ……苦渋の決断の末、出した答えが殺害。その方がきっと美しいと思うんだよ」

 思考の中に、こいつはイカレテいるのかもしれない。という仮想が浮かぶ。少なくとも、敵対する人を前にして、圧倒的有利とは言え語り出すのは頭がおかしいというほかがない。
 だが、最後の言葉を抜けばその考えは概ね塚本のものと合致していた。塚本にだって、殺し合いで呼ばれた者たちを並べ、疑問が浮かんでいた事もまた事実である。

「かと思えば、親友のような役柄を持った子もいた。多くの生徒を知っていた教師すらいた。人との関わりの一切を拒絶するような子も居た。ちぐはぐ、一定のルールがありそうで、ない。無所属の子は確かに強力な能力者が多かったみたいだけど、一人にされるほど桁外れたものじゃない。
それどころか東西、そのどちらも無所属に匹敵、超える程の能力者だっていた。雑なんだ」

 考えれば考えるほど、この殺し合いの場は理論が成り立たない。AIは、黒幕は何が目的なのか。それがつかめない。
 塚本の全てをじっと観察しようと……しているのだろうか。視線が探れない。

「勝ち残れば願いを叶える。しかも死者の復活なんて異能学園でもまずありえないものまで持ち出している。そのことからこの空間はなんでもありの仮想空間、っていうのが僕の説。
……ま、願いを叶えるってのは嘘で、勝ち残った瞬間処理されるのかもしれないけどさ。どちらにしたって意味がない。

だから、こう考えてみたんだ。今ある状況全てが、主催者さんには必要だったんじゃないかって」

 逆転の発想。物事の本質を捉えようとする、あるいはミステリーを読み解く時にもよくある手法だ。
 一瞬、電灯が古くなっていたのか点滅する。

「強弱の差が激しくも圧倒的ではなく、仲のいい者達ではなくなおかつ能力者の肩書を持つ人たちが、15人必要だった。無所属の不遇さも、東西の有利さもなにもかも。
この首輪も、無くす必要がなかった。不要ではなかった」

 暗闇に溶け込む首輪は、塚本に相手の胴と頭が切り離れているかのように見せた。ひゅうと、ドアの隙間から風が入り込んだ気がした。
 それが、彼女の嘘の方程式の答えを浮かび上がらせる。
 ようやく話に乗る、そんな風に装いながら彼女は口を開く。呆れているように息を一つ吐き出してから、騙る。

「……本当は、塚本たちは能力実験中」

 嘘は、なるべくでかい方がいい。壮大な世界の真実に見合う虚言を作る。それでいて、ミステリーの本でよくあるようなつじつまを合わせ、一見すると全容で、本当は氷山の一角。
 
「無作為に選ばれて、配置もランダム。ここで死んでも、ベッドの上で起きるだけ」

 仮想空間落ちと言うのは非常に都合がいい。なにせ違和感があっても全てそういうものだからで済む。引っ掛かりを全て、実験のためと言う文言に被せる。手を少し動かし、これまでを振り返るかのように揺らす。
 それらに対して、語り騙る口へ

「そして……塚本は──ぁ」










「あぁ、ごめんごめん」

 乾いた音がした。ほぼ同時に、湿った音が小屋の中に響いた。
 銃弾が一つ、放り込まれていた。塚本が理解する間もなく、顎から上が吹き飛んでいた。脳を無くした体が、力なく壁に寄りかかる。
 誰が見ても分かる、死んでいる。
 あっけない最期。

 下手人は悪びれるフリもない声で近づく。武器をさっさと仕舞うと、少女の死体の状態を確認する。手が汚れることも厭わず、断面に触る。肉眼で見たいのか、つけていた暗視ゴーグルを外した。
 喜色で滲ませる深緑の目、揺れる髪、その隙間からは耳……そこには栓がしっかりと詰まっていた。

「君の話、聞く気はなかったんだ」

 これは、彼女の独演だった。
 



休みの時間「****少女」修了




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