複雑・ファジー小説

3-1 ( No.47 )
日時: 2018/10/19 02:54
名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: zxPj.ZqW)
参照: http://コーヒー牛乳が拷問

第三限「終末世界のラブソング」-1


──覚醒、覚醒する。
 何から、夢から。それは悪夢か、それとも。
 夢とは覚めるものだ。失ってしまうものは、どうしてか素晴らしく映る。だが誰だって、どうしたって思う。
 そんな素晴らしいものを、永遠にする方法はないものか、と。

「…………」

 死を、破壊を……変化を。美しい景色を切り取って家に飾れたら、敬う人物が何歳になっても元気でいてくれたら。
 そう嘆いては、人は受け入れていく他ない。死を宣告されたものは、それを受け入れ、過程をよきものにしようとするだろう。それが……それが、例え何者であろうと。

 本当にそうだろうか?

「──っ!」
「ぁ、生きてた」

 頭上に感じた異物感、それに感じて幾田は飛び起きた。同時に激痛が走り、意識の覚醒を手助けする。
 ここはどこだ、辺りを見回しても切り刻まれ隆起した地面、飛び散り乾いた血の赤黒さが混乱を誘う。だがその解明よりも先に、幾田には警戒すべき相手がいるという事実に気が付き、そちらに視線を向ける。

「……深魅、さん」
「ふふ、再起動≪ハードワーカー≫様様ってところかな。よくそこまで血を流して生きていられたね」

 そう言われ、改めて幾田は自分の体を見る。服はあちこちに切れ込みが入り、破れてなくなっている場所さえあるが、それ以外はほぼ血で染まっている。その下からは青痣、切り傷、そこから流れ出て固まったのであろう、黒いかさぶたもどきがいくつもあった。
 恐らくは大部分は既に再起動で回復していたのだろうが、細かい部分がこうして多く残っている。これからの行動を考えれば、十分ではない。

 ──深呼吸

 状態を確認するとすぐさま幾田は深く息を吸いこみ、疲労、痛みを固めてすべて吐き出す。その所作を一つ、また一つ重ねるごとに、少しずつだが傷がふさがっていくはずだ。
 彼女は、美術室前での時と同じような緑色の目でそんな彼をじっと見ていた。垂れ下がっていた前髪を手で避ける動作をしつつ、彼女は愉快さを隠し切れないようで、不気味さを感じる笑顔を浮かべていた。
 
「不思議だよね、生きてさえいれば再起可能、蘇生が出来ないってのが疑問に思えるほど。周りの血の量から言って致死量はとっくに過ぎてると思ったんだけどね。いい能力が取れて、よかったね?」
「っ、違います。取ろうとなんて俺は……」
「そうなの? じゃあ、なんでわざわざ……こんな場所に近づいたりなんてしたのさ」
「なんで……ってあ、まずい!」

 何故かと言えば、彼女が手を伸ばしていたから、歌っていたから。では、その少女はどこに行った?
 少しの会話で頭が冷えた幾田はようやく思い出す、幽鬼の如く彷徨ったことを。見つけてしまった惨状を、その中心にいた少女……榊原伊央のことを。こうしてはいられない、早く彼女に手当てを施さねば手遅れに……。

 だがしかし、いくら周囲を見渡してみても幾田には榊原どころか、羽馬、岩館の姿すら見つけることが出来ない。削られたセメント材の影に隠れているのかとも思ったが、どうにも虫一匹の羽音もしない。どうやら本当にこの場には幾田と深魅の二人しかいないらしい。
 どういうことだろう、幻覚だったのか。

 違う、確かにあの場には二人の死体と、助けを求める少女が居たはずで……再び混乱に陥る幾田を見て、深魅は困った表情を浮かべた。

「そっか、君も知らなかったか。僕もこうして岩館ちゃんを埋めてあげようと思って来たんだけどさ、不思議なことにいなくなっちゃっててさ。君だけ残ってたから、これも何かの縁だと思って埋めてあげようと思ったんだどね」
「そ、そうなんですか……ありがとうございます?」
 
 そう言って彼女は、自身の背後にあったスコップと台車を見せびらかす。どちらも少々汚れているが、とても頑丈そうであった。あのまま起きていなければ今頃土の中か、生き埋めにされる光景を想像し苦笑いを浮かべる。
 確かに、岩館は東軍。それを同じ東軍である深魅が回収しに来るのは実に自然なことだった。光原の時とも同じように、西軍が埋めたのだろう。
 一人合点が行く幾田に対し、深魅は何気なく尋ねる。

「そうだ、大當寺先生の死体……もしかして君が埋めたのかい? 校庭の方にお墓らしきものが出来てたけど」
「あぁ、はい。そのままじゃだめだと思ったんで」
「そっか、よく掘ったね。いくら再起動があるからって、大変だったろう」
「……いえ」

 違和感、深魅の言葉に何かを感じ取ったがそれを形に出来ず、流れていく。どうしてか声はクリアに、一語一語が聞こえるというのに全容がつかめない。
 英語のリスニング問題の様に、理解できず流れていく言葉の羅列。だが、その最後

──ふふ

 小さく、深魅が笑い声を漏らしたような気がした。

「何がおかしいんですか?」

 先ほどまでの笑顔とはまた違う、背筋が凍り付くような笑い声。
 反応し顔を歪めると、深魅は少々驚いたように目を丸くする。どうやら聞こえているとは思わなかったようだ。
 思わずふら付き、スコップを倒す。床を叩く音が響き、顔を顰めた。

「えー、ああごめん。気に障ったかな。最近、ちゃんと眠れてなくてね。ちょっと感情があやふやなんだ。
今日やるべきことも無くなっちゃったし、少し休ませてもらうよ」
「……お大事に」

 それだけ言うと足早にその場を立ち去っていく深魅。台車を押しながら、東軍のコテージの方へと戻っていた。
 残された幾田は一人、その背中を見送りその姿が見えなくなった辺りでようやく肩の力を抜いた。同時に、疲労感が彼を引き、地面に押し倒す。

 やはりかなり疲れているようだ。深呼吸を続けながら回復を待つ。そして、これからどうすればいいか仰向けになりながら考えた。
 
「(とにかく、殺し合いをしている人が居たら最優先で止めて、AIの正体も探って……ああ、塚本さんの所に食料とかも届けなきゃか。
それと……やっぱり、気になるな。三人……どこに消えたんだろう)」

 羽馬、岩館、榊原、二人は既に事切れているだろうが……榊原、彼女だけは生死が不明だ。助かっていたからいなくなったのか、それとも幾田は結局間に合わなかったのか。
 それを知るためにも、幾田には所在を知る必要があった。だが、知るすべがない。AIに聞いたところで、関係ない質問と流されて終わりだろう。

「(……羽馬さんは確か西軍。光原さんの死体を埋めたのも彼らだろうし、もしかしたら?)……一先ず、西軍の人に聞いて見るか」

 羽馬が死に、既に三人となっているであろう西軍にそれだけの余力があったか、少々の疑問が残るが、聞かねば始まらないだろう。
 幾田は取り敢えずの目的を決めて、立ち上がろうとし……違和感に気が付いた。
 それは、起きた時と変わらぬ痛み。

「……あ、あれ? おかしいな」

──深呼吸

 し忘れていたのだろうか、そう思いもう一度同じ様に、空気を肺一杯にためこんで、痛みや疲労をまとめて吐き出す。
 こうすれば再起動が発動し、治癒が……始まらない。

「あれっ、あれ、あれ?
鋏は、ある」

 慌てて左腕をまくり念じてみれば、そこには確かに銀色のハサミが浮かび上がる。能力の不調ではない。だがどうしてか、再起動が使えなくなっている。
 鋏の能力奪取には制限があったのか。それがふと過る。時間か、回数か、どちらにしたって幾田には大問題であった。再起動があるからこそ、無茶が利き、命をつなげた。
 だが今、彼はただ腕から鋏を出すだけのつまらない能力者だ。

「ど、どうする……?」

 虚空に問いを投げかけるも、答えるものは当然いなかった。

 しばらくして、幾田はそのまま西軍に向かうことを諦め、一度自室に戻り手当をすることにしたようだ。
 歩くたびに走る痛みに耐えつつ、彼は無所属のコテージの方へと向かっていったのであった。


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