複雑・ファジー小説

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第三限開始】 ( No.48 )
日時: 2019/03/08 18:53
名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: zxPj.ZqW)
参照: http://異世界転生でトイレになるとか一発ネタありそう

第三限「終末世界のラブソング」-2


 
 消毒液の匂いが嫌いになりそうだ、そんな言葉を彼は形にせず、ただ体の中に響かせた。それは他の人たちに気を使ったという事も確かだったが、一番は「もうとっくに嫌いになっていた」からだろう。
 包帯を一つ、使い切る。消毒液の入ったボトルが空になる。手は洗っても簡単に落ちないほどには赤くなっている。部屋には、血と消毒液の混ざった臭いが充満していた。

 最悪だ、最悪だが……それを言いたくはない。作業を続けながら、自分の向かい側にいる少女を彼は見た。
 泣きやんだ後を上塗りしそうな潤んだ目を何度もこすり、すっかり充血した目。顔に貼られていた包帯に血が飛び散り、黒く変色している。

「……先輩」

 零れた声に、栂原は反応しなかった。わざと聞こえていないフリをして、贖罪の言葉を続けさせるのを止めた。平常の彼ならば、考えられない行動だった。
 ここで、昨日の様に反省の言葉を言い合っても、なにもなりゃしない。知っていたのだ。反省の意思を変に叩いて整形すれば、歪な結果を生み出すことを。自分たちの眼下に寝そべり、消毒液が染みたガーゼにうめき声をあげている後輩から、学んでいた。

 播磨海は、三星アカリは、栂原修は、一命をとりとめた。それはいい事だ。
 けれど播磨は右腕を折り、同じく右側の目の周りの負傷。痛がり様から、右足にもヒビか入っているかもしれない。もはや戦闘行為なんてもってのほかだ。
 素人行為の添え木には折れた木刀を使い、炎症を起こしている部位には氷を当てていたが……目に対してはせいぜい血の出ている箇所に絆創膏を張り、細菌が入らないよう眼帯をつけさせたぐらいだ。これであっているのかどうかなど、二人には分からなかった。

「(灯夜なら、何か知ってたか? 詩杏なら……詩杏)」

 不意に、友人の事を思い出し次に西軍では頼れる立場にいた人物を思い浮かべ……それを自分が見捨てた事が彼の首を絞めた。しょうがなかった、三人が助かるためにはあれしかなかった。そう言い訳をする元気もない。
 
「(もうちょっと鍛えてりゃ、二人とも……)」

 力が足りなかった。栂原の能力は自分の生存のみにしか適応されない。加えて暴走という誰かの意思が介在しないあの場においては、彼は無能力に等しかった。
 否、もはや彼はほぼほぼ無能力者だ。東軍を見れば友人の死を燃料とし、無所属を見れば「榊原伊央」と同じ、という類似点が彼の友好的態度を消し去る。
 唯一脅威消却が効くのは、仲間であるはずの西軍のみ……だからこそ栂原はこの場にいることに罪悪感を感じていた。

─オサム先輩……ありがとう…………ございます
─すい…ま、せん。とが原、せんぱ……い

 榊原の歌から逃げ去り、栂原のコテージまでたどり着いた時の事だった。
 三星アカリは、先ほど意識を少し取り戻し又すぐ眠りについた播磨海は、栂原に対してそう言った。悪感情なんて、これっぽっちもないのは直ぐにわかった。

 果たして、それは本当に何の影響も受けていない言葉だったのだろうか。脅威消却が働いていなかったと、誰が証明してくれるのだろうか。
 本当は、二人は不甲斐ない先輩に対し……。

「(やめよう、こんなこと考えてても何の得にもならねえ)」

 陥りかけた陰を根元から切り落とした。すべきは後悔でも、懺悔でもない。次の行動をどうするかだった。
 処置は一旦終わる。後は経過を見てまた播磨の看病が当面の行動になるのは確かだ。しかし、未だ殺し合いは続いているし、首輪の爆弾も制限時間を迎えるその時を今か今かと待っている。
 あの場では三人とも死んだであろうから、今夜の放送で72時間分の延長がなされるはずだ。だが、そのまま指をくわえていれば全滅間違いなしだ。
 東軍は岩館が減ったとはいえ、まだ四人。しかも一人は回復能力者だ、時間を置けば置くほど東軍の状態は整っていく。ともすれば……、

「(……)」

 栂原は無言で立ち上がり、考えるそぶりを見せながら部屋の端に行く。そして敷かれた布団に眠る播磨をずっと見ている三星から視線を外す。
 
 西軍が今できる策は、健康な二人で東軍に奇襲をかける事か。それとも、無所属に協力を促しに行くことか。
 しかし、既に無所属も榊原と大當寺が死に残るは三名。その内一人は自分たちを前にしても抵抗するそぶりさえ見せなかった鳥海、塚本は家を破壊され行方も知れず。
 唯一、栂原も少しだけ話したことのある少年、幾田はどうだろうか。一番三人の中では可能性が高そうな人物ではあるが……信頼に足り得る人物か。

「(考えろ、考えろ。灯夜や詩杏が考えそうなことを。アカリちゃんと海を生かす算段……あぁくそ、能天気な案しか浮かんでこねぇ)」

 他人の思考をトレースしようともがいてみても、出てくるのは少々現実からずれたような物ばかり。脅威消却が使えない今、栂原に出来るのは男として三星の盾になるぐらいなのだろうか。
 うんうんと悩み、本人が気が付かないうちに息が漏れる。それを、三星が感じとった。
 三星は少し体を揺らした後に首を垂らしたまま、自身の手を見やる。治療する際に汚れた手。その奥にはピントがずれて、ぼやけた播磨。
 顔も上げず、栂原に声をかけた。

「……あの、オサム先輩」
「っ、なんだ? あぁ手を洗いたいなら石鹸がシャワーのとこにあるぞ」



「アタシ、東軍の所に行って、全部燃やし──」
「駄目だ」

 言い切るすんでのところで、栂原はそれを止めた。直ぐに三星の元へと歩き、手に火を灯そうとした両手に自分の手を乗せて、それを防いだ。
 少なくとも、それは駄目だと頭の中の二人が言った気がしたのだ。

「でも、時間が経てばあっちも準備して、こっちに攻めてくるかも……!」
「だけど、今アカリちゃんと俺で東軍ぶっ飛ばせるかって言ったら無理だ。家を藁かなんかで囲んで燃やそうとしても、そんなことしてたらバレる。相手は四人もいるんだそうしたら……」

 全滅。言わずとも三星にも理解できた。
 首を振り、栂原の目を見ず駄々をこねるているも、力が弱弱しいのがその証拠。
 だがどうすればいい、どうすれば自分たちは生き残ることが出来る。生存のためのピースがもうすでに手元には残っていない。そんな気さえして、三星は取り乱していたのだ。
 こんなことなら、最初から。五人いる段階でコテージを燃やそうと提言すれば……後悔は先に立たず。
 それを何となく察することが出来た栂原は、彼女の両手をそっと播磨の胸に置いた。

「……ウミ、先輩はアタシをかばってくれたんだから……今度はアタシが」
「万が一、億が一うまくいって東軍を何とか出来たとしても、十中八九俺たちは死ぬ。そしたら……海の看護をできる人間がいなくなっちまうだろう?」
「……」

 慰めることには慣れていない栂原であったが、その選択は正しかった。今の三星には、自分の生存よりも播磨に関連する言葉の方がよく効いた。三星の視線はすっかり自分の手から離れ、苦痛に顔を歪ませている播磨に固定された。
 この状態ならば、過ちは早々起きないだろう……。少しだけ、彼は安心した。
 そして思いつき、行動に移る。

「俺はちょいと購買棟に行って替えの衛材とってくっから、アカリちゃんはここで待っててね」
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいならアタシも!」
「アカリちゃんは海の看護をお願い! なーにすぐ帰ってくるから、心配すんなって。ほら、俺には脅威消却≪キャンセリング≫があるから、一人の方が安全だって!」

 その言葉にようやく三星が栂原を見たが、すでに彼は背中を向けていた。
 彼は有無を言わさず、手をヒラヒラとふってワザとらしく軽く自分の部屋を出ていく。その背中を見ることしかできなかった三星は、ただ彼の無事を祈りつつ、播磨を看病することに専念しようと考えて……

「あ、手を洗おう」

 少しだけ、素に戻った。





 大体が嘘で、少しだけ本当だった。
 脅威消却はもう使えないだろうという確信があったが、仮に東軍と遭遇すれば栂原一人ならばさっさと逃げおおせることが出来る。三星がいれば、またひと悶着起きるかもしれない。そんな懸念があった。

 すぐに帰ってくる気もなかった。彼は、どんなに自分が苦しむことになろうとそれだけはせねばならないと思っていたことがあった。
 そう、だからこそ──

「と、栂原先輩……少し、聞きたいことがあるんですけど」

 目の前に現れた幾田に少々ほっとした自分がいて、情けなくなった。




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