複雑・ファジー小説

Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第三限-2 更新】 ( No.49 )
日時: 2019/03/08 18:52
名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: zxPj.ZqW)

第三限「終末世界のラブソング」-3


 出会いからして十分も経たず、二人の距離は詰まっていた。
 物理的に。

「なんだって!? 本当なのかよ!」
「っぅぇ、は、はい……」

 肩を大きく揺らされつつも幾田は答えた。誰もいない校舎の脇で、栂原は何度も確認を取る。当然、そんなことで少年の発言が揺らぐわけがなく……だが、少年は若干吐き気を催したのか、顔色を青くして発言を肯定した。
 というよりもう吐きそうだ。ゲロってしまいそうだ。
 隠し事は一切していないが。

「あ、わるいわる……平気か? 幾田」
「……ぅぷ」


 幾田はとても疲れていた。再起動は一切使えなくなり、体も傷だらけ。
 コテージにつくなり慣れない手当をして、部屋に合った食べられそうなもの、精が付きそうなものを片っ端から腹に入れていった。
 当然、そんなふざけたことをして体調がよくなるはずもなくむしろ悪化する一途。それでも動かなければと重い足を引きずるように西軍の方まで来た。

 そうして出会えた栂原に事情を尋ねようとするも、すぐさま体を揺らされた。
 何が言いたいかと言えば。


「──ぅぉっっ!?」

 ゲロッた。見事に、それは見事に。再起動を無くしたせいで一気に来ていたガタ、それをごまかすためにと詰め込んだ食料と栄養ドリンク。碌に消化もされずね腹で渦を巻いていたそれを。
 そのままいっそ疲労も痛みも何もかもが流れ出てしまうかのような勢いの良さだった。
 栂原は瞬間、悪寒を感じ飛び退くことで事なきを得たが、ただ気持ち悪さに天を仰ぐことで対処しようとした幾田はそうもいかない。
 シャワーで洗い流したばかりであったのだろう綺麗な体は、早くも吐瀉物まみれになってしまった。

「……」
「……」

 沈黙が、場を支配した。
 ついでに、ツンと鼻に来る嫌な臭いも漂った。罪悪感からか、栂原は何と声をかけていいか分からず、幾田は疲労からか頭が碌に回っていない。
 彼はゆっくりと首を下へと降ろし、状況を確認して……。

「……はい、それで俺も確認しようと──」
「いや悪かった幾田。せめて服だけでも一回洗ってからにしよう、な?」

 考えてみれば、血だらけよりかはマシな恰好か。そう思い、彼はそのまま重要な話の続きをしようとした。
 栂原は先に汚れを落とすことをお願いした。
 何が悲しくて、そんな大事な話を吐瀉物まみれの後輩から聞かなければならないんだという気持ちや、先ほどまで張っていた緊張感の裏返しだったのだろう。
 なにはともあれ、西軍栂原と無所属幾田の出会いは最悪になることはなかった。

 ……絵面としては最悪だろうが。





 校舎近くに設置された蛇口の水は冷たい。そんなことを思いながら幾田は水を含んだパーカーを絞る。生地が分厚く、腕の怪我もあり碌に絞れないが、やらないよりはましだろう。
 そうして多少軽くなったずぶぬれパーカーを腰に巻く。下半身の怪我の部位に触れて、少し気持ちいい。

「……その、もう大丈夫か?」
「あ、大丈夫です栂原さん。迷惑をかけました」
「いや、どっちかって言うと俺のせいだし……掛けられたのはお前だし。
なぁ、それで──」

 上手い事を言ったつもりだろうか。違う、きっと迷惑を掛けられたのがと言う意味だけで吐瀉物が掛かったなんて意味合いは被せていないのだろう。
 一応は綺麗になった幾田に対し、栂原はあまり目を合わせらずに尋ねた。先ほどまでの行動もそうであるし、なにより……冷静になろうにも幾田から伝えられた情報が彼を混乱させている。
 確認の意図で、もう一度そのことを問う。

「──詩杏のが、それどころか東軍、無所属の死体もなくなってたんだな?」
「えぇ、はい。えっと、榊原さんはまだ死んでるかどうかも……」
「……そうだったな。そうか、そうか……」

 片手で髪をかき、どういうことなんだとどこにもいない羽馬に聞いた。こんなことが三星たちに知られたら一大事だ。
 その様子を見て、幾田は話を続ける。

「それで、光原さんの……がいなくなっていた時、栂原さんたちが埋めたんだと思い込んでて……今回も羽馬さんと一緒に何かしたのかって……」
「……俺たちが迎えに行ったとき、灯夜の死体は無くなってた。だから東軍が何かしたんだと思ってた。深魅の話じゃ、東軍も所在知らずってことか?」
「た、多分。岩館さんの行方が分かっていなかったんで……」
「……まぁ、同一犯だろうしな」

 嘘を言う必要はないし、自軍の死体を隠してもしょうがない事だろう。これで今は、三人+光原の四人が行方知れずになっているのだ。
 これはいったいどういう事だろうか。頭をひねるも、何も考えは浮かばない。AIは死体に対して何もしていないと放送で言っていた。つまり西軍、東軍、そのどちらもでなければ犯人は無所属という事になる。
 
 栂原は考える。果たして本当に無所属に犯人がいるのかと。
 幾田、態々こんなことを言いに来ている男だ。可能性はほぼない。
 榊原、むしろ消えた張本人だ。とうに死んでいるだろうとも思えた。
 鳥海、部屋でずっと殺されるのを待っていたあの女子が、態々そんなことをするだろうか。
 大當寺は、一番最初に死んだ人間で何をするにも一度生き返る必要があった。

「──ん、待てよ。大當寺先生の場所は大丈夫なのか?」
「……はい。先生は、俺が……埋めましたから」
「……悪い」

 一瞬の疑問もすぐになくなり、残る無所属は塚本ゆり。ただ一人だ。それを察したのか、幾田が悲しげな表情を浮かべた。
 そしてすぐに、その考えを否定しようとする。

「え、えっと……塚本さんはそんなことするような人じゃないと思います。あの人、ずっと本を読んでいたみたいですし」
「本? いやまぁ……となると犯人がいないってことになっちまうんだけどさ」
「……AIの奴が、争わせるために仕掛けたっていうのは?」
「ありえなくない、むしろ今なら本命に近い。けど──」

 仮に犯人が本当にいたとすれば、何が目的なんだ。
 それが栂原の心を揺さぶっていたが……吐き出すのを抑えた。これ以上後輩を不安にさせても仕方がない。とりあえず今は動こうと、首を軽く曲げて彼は歩き出す。

「ともかく、なんかわかるかもしんねーし一旦見に行くよ俺は。幾田はどうすんだ?」
「じゃあ俺も、さっき見落としていたことがあるかもしれませんし」

 二人は揃って、様子を見に行くことにしたのであった。
 と言っても、その場所までは徒歩で5分かかるかどうか。特に労せず辿り着く。

「……改めてみるとひでぇなこりゃ。よく生きてたな幾田」
「そ、そうですね……」

 相変わらず、色彩哀歌の爪痕は残っていた。榊原が居たはずの場所を中心地として、大地がえぐれ、切り刻まれている。災害と言う名がふさわしい状況だ。
 ……もしや、そんな場で生き残るために再起動を使い果たしたのだろうか。そんな仮説さえも容易に浮かぶ。それほどまでに、幾田でさえ何故生き残れたのかが分からなかったのだ。

 二人で手分けして、切り立ったコンクリ—トをどかしたり、近くの物陰に何かないかと探して見るが、光原はおろか誰一人の痕跡も見当たらない。こんなことがありうるのか、栂原は思わず眩暈に立ちくらんだ。

「……」
「(ショック、だよなそりゃ)……ん?」

 その思いを推し量りつつ、髪の毛一本でも落ちていないかと地べたに這っていた幾田であったが、ふと目の前にあった赤黒い染みが気になった。
 誰かから流れた血が渇いてこびりついたのだろう、そんな風に思い込んであまり気にしていなかったそれ。
 今になってどうしてか、幾田には引っ掛かるものがあったのだ。

「……なんかこれ、どっかで見たよな」

 数分もせず、その違和感に気が付いた。
 よくよく見てみると、血の赤とは別の黒。変色したわけではない黒が混ざって乾いていたのだ。つまり、誰かが態々まだ乾いていない血の上から黒い液体を被せたからこそこうなっている。仮に、黒だけならばすぐにそれに気が付けただろう。
 だが、血と混ざりあっていたことがカモフラージュとなっていた。

 黒い液体、そう……幾田はそれをどこかで、しかもごく最近見た覚えがあった。
 記憶が、蘇る。

──黒い絵の具……ですかね

 購買棟で探索をしていた時に見つけた、それを。それが血だまりに落ちて混ざり合えば……丁度こうなるのではないだろうか。

──溶血性漆黒病≪ペインツ・オブ・ブラックブラッド≫、触れた物全てをこんな液体に変える……彼女の能力だ
「……鳥海、さん」

 思わず、無所属の彼女の名をつぶやいた。そうして、もう一度じっくりと黒を見る。
 彼女の能力は、無から有を生み出すわけではない。どうしたって、黒に溶かすナニカが必要だ。となれば、立ち上がった幾田は辺りを見回す。

 どう思い出したって、ここは羽馬が倒れていた位置と一致している。
 思考が、答えにたどり着く。

「まさか、死体をと──」
「灯夜!?」

 だがそれを口にする前に、栂原が親友の名を呼んだ。
 何か嫌なことが起きようとしている、そんな予感がした。




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