複雑・ファジー小説
- 1-1(改) ( No.5 )
- 日時: 2018/07/21 02:29
- 名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: wooROgUa)
第一限「嘘つきと早退者」1/13
突如として、異能学園の中での殺し合いを宣告された15人。
それに抗おうにも、いつの間にやら全員に等しくはめられていた首輪。
カウントが0になった瞬間、爆破する。生き残るには、誰かを殺すしかない。最初に与えられたリミットは24時間、翌日の午前十時まで。
絶望、生き残れる可能性はゼロに等しい。
幾田は決して強くない……むしろ、15人の中では最弱に近い。なぜなら彼は、彼は。
「——ふぅ。おい、平気か?」
「……平気、です」
一つ、大きな呼吸音が聞こえたかと思えば、いつの間にか隣にいた大當寺が幾田の肩を叩いた。少しびくついた後、幾田はようやく自分の気が軽く飛んでいた事実に気が付き、立ち上がる。
その後、まるで長年の癖の様に、自分にはめられた首輪を触った。人肌よりかは低い、ひんやりとした金属の感覚。
そうか現実か。長い長い校長の朝礼で倒れて変な夢を見ていた、そんな夢でも見れればよかった。幾田の内心はそんなところだろう。
「えっと先生、大當寺先生は大丈夫なんですか」
「そうだな、少しはきついがお前らに比べたら軽いもんだろ」
「そうですか」
それはきっと幾田を気遣ったものだ。教師である彼は、自分の半分近くの年しか生きていない少年が心配でしょうがなかったのだろう。
更に言えば、彼は職業上多くの生徒と顔を合わせる。つまりは先ほどの15人の中でも一番、顔が広い人物。だからこそ、大當寺は知っているし覚えていたのだろう。幾田がつい二, 三週間ほど前に入学してきたばかりであったことを。
では、何故彼はその顔の広さを生かして停戦を呼びかけなかったか。と疑問に幾田は思った。
「にしても、まさか殺し合いなんて古臭い事をやらせる奴がいるなんてなぁ……それで、これからどうするんだ幾田は」
「……俺は」
状況にそぐわず、少し不気味なほどに目が笑っていた大當寺、軽くストレッチをしながらも幾田に話しかけて来ていた。ある程度答えを予想できているのか、その所作は尋ねるというよりかは確認に似ている。
仮に危うげな精神を持つものに対してならば、それを本人の口で言わせることの危険性は言うまでもない。
つまり、彼は少しの余裕をもってその問いをすることができていたのだ。幾田にならば、そう投げかけても問題ない。そう思っていた。ほんの少ししか話をしたことがないだろうに。
「……」
一方で、幾田の考えは堂々巡りであった。大當寺の目論見は正しく、彼の思想は善性。危険なことからかけ離れていた。
とはいえ、瞬時に答えにたどり着ける、いやその答えを良しとするほどの精神力はもっていなかった。
「(どうすればいいんだ。殺す? そんなことはしたくない、けど逃げていても明日には爆発する。どうすればいい……)」
幾田は決して賢くない、だからこそ危機的状況を把握できても、どう脱すればいいのか考えることができない。
幾多も巡る思考の果て、体感時間としては数十分、現実ではほんの数分。ようやく彼は口を開いた。
「——俺は……死にたくないです」
「だろうな」
それは、この状況に順応する。AIの指示に従い殺し合いに参加するという意思の表明にも聞こえる。
だが、大當寺はその後に続く言葉を待つ。きっと彼は、ただその一言で終わらせないだろうと考えていたからこそ。
「けど……人も殺したくない」
「そうか、そうか」
つまり、どっちつかずだ。
殺し合いなんてしたくないが、自分の命が惜しくないわけじゃあない。
俯いたまま、けれど力強く言い切った幾田の背中を大當寺は乱暴に何度か叩いた。それは激励。
別に幾田が何か凄い事実に気が付いたわけでもない。けれど弱い立場である彼が悩みに悩んで、その結を出さなかったことを褒めた。
実は大當寺、この時点で一つ、ある目標を掲げていた。
しかし、それには人手、というよりかは協力者が不可欠であった。決して殺し合いに従おうなんて考えている者でもなく、自暴自棄にもなっていない者が。
「なあ幾田、俺はな……AI? だったか、あんなのが提示したゲームをぶっ壊そうって考えてるんだ」
「ぶっ、壊す……」
ぶっ壊す、その一言は少年に対しひどく魅力的であった。なにせゲームのルールさえなくなれば、彼の悩み事なんて吹き飛ぶのだから。加えて言えば、ぶっ壊すという言葉の格好良さにも惹かれたのかもしれない。
しかしどうやって、そんな疑問の目で幾田はようやく、しっかりと大當寺の顔を見る。その顔の目元は変わらず笑っていたが、決して感情がこもっていないなんて言えない、自信に満ちたものだった。
「——策はないがな」
気のせいだったようだ。
一瞬にして幾田の顔があきれ果てたものに変わる。思わず口が開いてしまうほどに。
だが大當寺はそんな視線を受けてもなんのそのだ。少し幾田から距離を取り、靴のつま先で地面を叩き、肩を回したりしながら計画を話す。
「俺はこれから、辺りを色々と探索する。とりあえずは人が隠れられそうな場所をしらみつぶしだな」
「え、なんで……ってAIを探すんですか?」
「そうだな。そもそもここがどういう場所なのかもわからないが、管理者的立ち位置、最悪AIの奴じゃなくてもどっかにいるかもしれない」
彼はそう言って、ストレッチの続きをしている。恐らく話し終わればすぐにでも走っていく気なのだろう。
正気なのか、幾田は目を丸くする。
そもそもここは学園の構造をまねてはいるが、実際にはまるで違う。
本来の学園には小等部、中等部、高等部、3つの校舎に巨大なグラウンド、野球場やテニスコートまで完備していた。しかしこちらは見た限り、校舎は高等部のただ一つ。
グラウンドはあるが、それも一つのみ。無所属の者たちが暮らすコテージの後ろ側に広がっていた。
微妙に違うこの環境、一体なんのために作り上げたのか。考え出せばきりがないが、そんな場所で居るのかどうかもわからない人探し。当てもなく二十四時間という貴重な時間を費やそうとしているのだ。
そんなに動き回って、仮にでも十五人の中にヤル気になった者がいたとすれば……格好の的である。
「ああそうだ。それと電波塔みたいなのを片っ端から壊すか」
「電波塔……?」
少し視線を外しながら、脳内の思考の一部を漏らすように彼は言った。しかし、その真意がわからず幾田は首を傾げる。
大當寺が続けて自身の首輪を何度も人差し指で叩く。黒の光沢がある首輪は指先が当たるたび、固い音を立てる。
「最初っから爆破する時間が決まってるならタイマー式。だが今回は悪趣味なことに死者が一人出る度に時間制限が伸びる。なら、状況に応じて首輪に信号を送る必要があるはずだ。
仕組みはいまいちわからないが、もしかしたら電波を受信してってタイプかもしれない」
「……ってことは、もしそれがうまくいけば!」
「えーと、電波塔は確か……それぞれの校舎の屋上にあったか。」
その言葉と共に、幾田たちは上を見上げた。余りに立ち位置が校舎に近かったためにその全貌は見えなかったが、確かにその先端らしきものを確認することができた。
ふとポケットから携帯を出してみるも、アンテナは立っておらず圏外とのみ表示されている。今現在、電波塔は機能していないようだ。
……それとも大當寺が言う通りあれが首輪爆破のための電波塔なのだろうか。
あれさえ壊せば、このいかれた殺し合いに参加しなくてもいいのかもしれない。そう思うと不思議と幾田の気持ちは高揚する。
無論、不確かな作戦だということは承知していたが……人を殺すという行為を思考の片隅に追いやれるのだから、乗らない理由はない。
「よし、いくぞ。まずは屋上に上がるための鍵を探すために職員室だ」
「は、はい!」
大當寺の掛け声とともに、二人は校舎に入っていく。その際、つい先ほどまでは絶望に包まれていた少年の顔が少し明るくなったことに大當寺は気が付き、自身も安堵すると共に幾田よりも前に出なければとペースを上げた。
勢いよく下駄箱を通り過ぎる。見た限りでは特に内部に異常はみられない。
幾田は中等部なのでどのみち案内は必要だったが。威勢よく走り出したのはいいものの幾田は直ぐにスピードダウン、大當寺がそれを抜くと慌ててその背中を追いかけることになった。
◇
「よし、ここだ……特に変わった様子はないが気をつけた方がいいぞ」
「はい! 」
広い校舎と言えど、走れば数分もかからない程だ。直ぐに目的の職員室へは辿り着いた。
扉を開けると、如何にもといった状況が広がる。壁に掛けられたホワイトボードには行事やらの張り紙がマグネットで張り出され、職員の机には書類やファイルが置かれている。
一部の机は飲みかけのジュースまで置いてあり、つい先ほどまで人が居たかのようにも思わせた。
「……普段の生活をコピーされたみたいで気持ちわりぃな」
中には大當寺が記憶している限り、最新の状況とほぼ変わらぬそれが広がっていたようだ。
そう零すと彼は鍵が仕舞っているであろう場所に向かう。幾田はその間、彼の言葉に従い、また初めて来たということもあり職員室に十分な警戒の意を示していた。
背後から何かやってこないか、窓から何か飛び込んでこないか。ホラーゲームでもやっているかのように当たりの物全てに対して疑いの目を向ける。
「……」
「……フフッ」
「あ、今笑いました!?」
「笑ってない笑ってない。ほら、鍵を見つけた。さっさと上に行くぞ」
ふと振り返ると見えた、余りに素直な彼の行動に思わずクスリと笑いを零した大當寺。それに反応して幾田が抗議する。
彼は笑いを隠さぬままに誤魔化す、あるいは宥めるために屋上の鍵を見せ、目的を再確認させるとさっさと職員室から出ていってしまった。
「……ちょ、ちょっと待ってくださ──」
呆然とする幾田。だが、置いていかれたことに気が付くと急にまた職員室への警戒心が蘇り、恐くなって慌ててその後を追おうとする。
視界の端に、何かが通り過ぎた気がした。
「——ん? 今誰か……あっ、待ってください先生!」
職員室の窓の先に見える校舎への入り口、視界の端に人影が見えたような気がした。だが、もう一度見てもどこにもその姿がない。
見間違いだったのか、そう考えることもなく幾田はそのまま大當寺を追いかけて行った。
結論から言って、幾田は見間違いなどしていなかった。
「……」
幾田が職員室から去った直ぐ後、窓から映る景色には確かに、柱の陰から出てくる女子生徒の姿があった。
無所属、高等部1年生、塚本 ゆり。葡萄酒の様に赤いベレー帽を被っている彼女は玄関前でふと、何かを感じたのか辺りを見回し……たかと思うとそのまま校舎の中へと入っていった。
その際、首元に手をやっていたことから単に、彼女がしている若々しい緑のマフラーを調整していただけだったのかもしれない。もしくはそこら顔を覗かす首輪を気にしたのだろうか。
たった一度の見落としであったが、仮にこの後起こる事件を幾田が知っていたのであれば深く後悔したかもしれない。
そんな瞬間であった。
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2018/7/21 一部描写追加、少しですが台詞を追加しました。