複雑・ファジー小説

3-7 ( No.54 )
日時: 2019/03/29 13:04
名前: 通俺 ◆rgQMiLLNLA (ID: zxPj.ZqW)

第三限「終末世界のラブソング」-7




-西軍 播磨のコテージ



 幾田が怪物と対面し、混乱に包まれていた頃のこと。
 時をほぼ同じくして、この出会いは起きていた。

──ug,ugggg……
「……ヒドすぎる、と思うんだけど」

 そう彼に──違う、この現象を起こした誰かに投げかけた。もちろん、返事は帰ってこず、唸り声が部屋に小さく広がるのみ。
 滴り落ちる黒、血ではないことは理解できる。誰が、皆が。
 少なくとも目の前のこれは血が通った、人間というカテゴリーではない、容易に判別できる。

 そしてそんな彼、或いはそれからにじみ出る黒は血ではないのが当然。非常に単純で、明快な論法であった。

『──こんばんはみなさん、AIです。十一時、定刻となりましたので本日の死亡者の発表を行わさせていただきます。
本日の死亡者は……三人。
残り11時間に72時間加算、残りは83時間となりました』

 その間も響くスピーカー、聞き流す。今はそんなことに意識を割いている場合ではない。
 三星アカリは、両手に橙色の炎を灯し、目の前の異形を威嚇し照らす。「白と黒の線」で構成された彼は、明かりによってその形をより露にする。
 まるで、モノクロ世界から飛び出してきたような彼は、決して「光原灯夜」ではないと断言できた。

『東軍、岩館なずな。西軍、羽馬詩杏──無所属、塚本ゆり。以上三名』
「……え?」

 想像していた三人との食い違い。
 火が揺れた。彼女の一瞬の疑問と、まったくの予想外からやってきた名前を耳が拾ってしまう。
 命取りだった。
 彼にとってはただ、目の前の獲物が隙を晒しただけ。きっかけも理由も知る由もなかっただろうその一瞬。

──u,ugghh!
「ぅぐっ!?」

 彼の腕が、骨格を無視したその動きが振るわれた。
 少女のほどよく鍛えられ、浅い擦り傷と火傷ばかりをしてきた肌に、彼の爪は深く食い込み、えぐる。
 思考の切り替えの間に挟まれた、首筋への一撃。
 集中が乱れ、牽制のための火はかき消える。

 つまり、もはや彼を止める者は何もなくなったという事に他ならない。

 そのまま彼女を押し倒し、馬乗りに。掴んだ手は依然として皮膚をえぐり、彼女の首を絞め、もう片方の手で三星の頭を地面にと抑えつけ固定した。
 何度、腕を足を振り回し脱出しようとしても意味を成さない。
 初動を誤ったせいか、何をしてもビクともしない襲撃者に対し、彼女は声を上げる事も叶わない。

「……ぅ、ぁあっ!」

 この間、彼女の脳内で駆け巡るのは、痛い、苦しい、何故、誰。
 そして、ここで倒れれば次は、近くでまた意識を失い眠り倒れている播磨。
 それが五巡ほどした後に、彼女は痛みを外し狭まった思考で妥協案を作り上げる。

 握りこぶしすら作れなくなったその両手を、馬乗りになった彼の背中に当てた。

 負けるわけにはいかない。たとえ死ぬのだとしても、1-1の等価交換。
 こんな至近距離で燃やせば自分も……けれど、そうしなければただ殺されるだけだ。彼女は次第に黒く染まっていく視界を限界まで開き、能力を行使した。

 豪炎放射≪バーラスト≫

──ug,ughhhhhhh!!!

 自分の中のなけなしの何かを火種にして、それを放出した。

 けたたましい悲鳴が聞こえる。火は勢いよく彼の体を包み込んだようだ。
 よく燃えるなと、場違いな感想が喉を通ろうとして、依然として握りしめられていることに気が付いた。
 炎が彼から伝い、自身の体を焦がし始めている。
 やはり、このまま相打ちか。

 それでも、最低は免れた……それを悟ると不思議と苦しみが消える。

『今回の質問は特に無いようですので……これにて放送を終えます。それでは皆さん、良い夜を』

 意識が遠のく。

 あ、これが死ぬという感覚なのか。冥途の土産話が一つ出来たかな、世迷言さえも薪にして……三星アカリはその目を閉じた。








--無所属 鳥海天戯のコテージ



 さてどうしたものか。最近はやたらと多い来客に対し、彼女は遅い思考を広げていた。
 茶の一つも出す気はない。菓子など気の利いたものはない。
 では何をしようと言うのかと言えば、二のつ自問に対する答え。

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
──……!!

 何者かが玄関の戸を叩いている。しきりに何度も、ひっかき、殴り、破壊しようとしている。仮にいつも通り、鍵もかけていなければ……直ぐにその何者かが扉を開け、侵入していただろうと推測できる勢いだった。

 幸いか、妄想の中の外敵に恐怖した榊原の働きにより、その鍵は閉められている。
 だが、もう少しすれば鍵を止めている金具も壊れるだろう。キシキシと、住人の不安をあおる嫌な音を出していた。

「許して、違う、そんなつもりじゃ……!!」

 頭を抱え、泣きたてる彼女の方がうるさい。そのせいなのか鳥海には焦りはない。せいぜいお迎えが今やってきたか、と思う程度。
 あともう少しすれば死ねるのか、と思うと逆にこれまであった倦怠感とは別の何かがこみ上げてくる。彼女はその感情を知らなかったけれど、きっとこれが希望なんだろうと解釈をした。
 
 ではなにについて悩んでいるかと言えば、やはり目の前で、謝り続けている彼女のこと。
 自分が殺されるのはいいのだが、彼女はどうなんだろう。殺されたがっているとは思えないし、「彼女」の言葉もある。一応の義理立てとして、布団の一枚でも被せてやるべきか。
 どうせ殺されるのだろうが。

 もう一つは、ドアの向こう側の誰かは、どんな殺し方をするのだろうか。というものだった。
 刺殺ならショック死で、絞殺よりかは首の骨を折り、焼け死ぬのは勘弁願いたい。

 彼女は死ぬのなら即死が良かった。じわじわと嬲り殺されるのは御免蒙りたかった。
 だからこそ、ドアを破壊し出てきた人物に対し「どんな殺し方をするの?」と尋ねる気でいたが……この暴れ方では、随分と雑な殺され方をしそうだな、と彼女は思った。

──ぅぅ
「ひっ!」
「……誰だっけ彼」

 そうこうしている内に、蝶番の方にガタが来たようだ。扉が外れ倒れた。

 そこには、播磨のコテージを襲った彼と比べ色づき、幾田の目の前に現れた彼よりも亡者としての完成度を上げている彼がいた。
 亡者に空いた腹からは宙をぶらつく血管が見え、腐敗している思わしき箇所には蛆がたかり、その生を享受している。

 ようやく対面した「彼」を見て、榊原はとうとう幻覚と幻聴が現実になったと震え、鳥海はあまり醜態を気にせず、こんな奴いたっけかなと独り言つ。

──ぁ、aA?
「話せそうは……ないか。で、どうすんのさかき──」
「誰か、誰か……!!」
「こっちも駄目か……」

 目が見えていないのか、光を失っている目をぎょろぎょろと動かし獲物を探す彼は、直ぐ近くの隅で、泣き声を上げ縮こまっている榊原に狙いをつけた。
 ここで榊原が機転を利かし、鳥海の背後にでも隠れられれば……とは第三者からの意味の無いifだ。

 直ぐに亡者は彼女の腕をつかみ取り、その細腕を握りつぶさんと力を込めた。ミシミシと、人体からしてはいけない音が走る。
 榊原は痛みから、嗚咽を漏らす。その表情は苦悶に染まっており、どうても楽に殺されるようには見えない。

──なるほど、ああやって殺すのか。じゃあ自分は嫌だな。来たら溶かそう

 ここまできて、鳥海はやはり一歩も動かなかった。別に彼女が嫌いだったわけではない。た
だ、助けても意味がない。面倒だという思考でその選択肢を切り捨てていただけだ。

 もう片方の手がゆっくりと動き、榊原の首を絞める。今にも折ってしまいそうなほどの剛力は、腕の痛みなど吹き飛ばし、確かな死の予感を榊原に呼び起こす。
 殺される、どうすればいい。色彩哀歌、使えない、何で。

 もはや暴走の予知すらせず、その力を使おうとした彼女はここに来て、その能力を失っていたことに気が付く。集中が乱れ制御が効かない、と言った話ではない。体の中に確かにあった、音を操る機能がどこにもない。
 
 なんで、なんでどうして、だれか。
 混濁。目の前の誰かが光原か、そうでないかなんてことはどうでもよく、早くこの苦しみから解放されたかった。許されたかった。

 それが、酸素が欠乏した脳が、ふざけた結論を出す。
 
──これが、これが自分に課された刑なのか。これが終われば、許されるのか。

 もしそうなら、抵抗するよりか、受け入れた方がいいのか。
 妄想は加速する。

 自然と力は抜ける。不自然にも思える程に抵抗がなくなる。
 だから、亡者の首を絞める力はさらに強くなる。反発が無くなった肌に、指が食い込んで気道をつぶしていく。

──aaa,###ぁぁぁ!!

 あと数秒もすれば彼女は首を折られ、死に至る。
 それすら理解せず、彼女は許されることを信じて待つ。


 そんな彼女は最後に、


 彼の首を断ち切ろうとする、銀色を見た。



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