複雑・ファジー小説

1-2(改) ( No.6 )
日時: 2018/07/21 03:16
名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: wooROgUa)

第一限「嘘つきと早退者」2/13


 それから少しだけ時間が過ぎ、24時間のタイムリミットが始まる十時を過ぎたころ。
 学園の西部、AIによって一方的に西軍とされた者たちが住むコテージよりも更にその先に彼らはいた。
 本来、学園に住んでいた者たちの記憶が正しければそこは、学園周辺に出来上がっていた町へ降りるための道路があったはずである。アスファルトで舗装されていて、バスや自転車でよく友人と降りて行っていた事、皆確かに覚えている。
 だが現在、そこには一面霧のようなもやがかかっていて、その先を見通すことができないという事態に陥っていた。

「……いやぁ、濃いね! 今頃下町では濃霧注意報でも出てるかな。ま、ここが現実の世界とつながっているかどうかすら不明なんだけど。
……君はどう思う?」
「……正直、判断材料が少なすぎて。僕にはまだ判断は下せません。ただ、本物の学校と同一、ではないでしょう」

 霧の前でスマートフォンで時間を図っている男子と、それを覗き込むように隣立つ女子。中等部3年、 播磨海(はりま うみ)と高等部3年、羽馬詩杏(はば しあん)。その光景は、播磨が十数センチほど背が高いせいか、どこか仲の良い兄妹の様にも見える。
 二人にして何かを待っているらしく、霧の前で雑談をしていた。

「……5分経過しました」
「もう? 意外と早く過ぎるもんだ……ってあ、戻ってきたっぽいね」
「……本当ですね、声が聞こえてきました」

 西軍五人は、簡単な自己紹介をすませた後、どうにかここから脱出できないかと話し合った。当然、殺しに乗るという案は投げられた。
 そして、まずは一番近い学園からの出口を……とここまで来たのであったが、

「ふぁい、おー、ふぁい、おー……ってあれ、ウミ先輩にシアン先輩? トウヤ先輩、前に二人が見えます!」
「……おかしいな。確かに前に進んでたと思ってたんですけど」
「……三星さんに、光原さん。二人とも特に傷も見当たりません」

  霧の中から、部活のランニングだと言わんばかりに軽快に出てきた赤毛の少女。後ろには、キョロキョロと辺りを見回しながらついてきた黒髪の少年。
 今度は二人とも身長が似通っており、更には男の顔が幼いという理由から同学年にも見えるコンビであったが……実際のところは歳でも学年でも3つ離れていた。ちなみに、少年の方が年上である。
 そんな二人を労うため、羽馬はどこから持ってきていたのかペットボトルを渡した。

「やーやー、二人ともお疲れ様。はいお水」
「わーい、ありがとうございますシアン先輩!」
「どうもありがとうございます羽馬さん」

 中等部2年、三星アカリ。赤いツインテール……テールというよりはお団子な少女は、ただの水を喜んで受け取り口をつけている。その際、左頬につけていたガーゼを少し濡らしたが、あまり気にしていないようだ。
 高等部2年、光原灯夜(みつはら とうや)は笑って水を受け取るも、一口つけると直ぐにやめ、パーカーのポケットに入れた。余り喉が渇いていなかったのだろうか。
 そんな二人を見ながら、播磨はとにかく話を聞かなければと思い出し、少々言葉につまりながらも尋ねる。

「それで、霧の先はどうでした?」
「えっとね、とにかくずーっとかわんない感じ? しばらく走ってたけどいつのまにかここについちゃったかなぁ」
「俺も同じで、周りの音とかも変わらなかったかな。地面の感触もアスファルトのまま。特に他人の視線とかもなかったね」
「なるほどなるほど……結界、みたいなものでも貼られてるのかな? 出入り禁止、みたいな」
「……可能性としてはありえますが、学園全体を覆えるほどのものなんて……」

 三星、光原の証言から、霧の先へ進んだとしてもいつの間にか戻されてしまうということがわかったが、どうにも解せないと二人は考える。
 不思議空間についてではない。能力者の学園に通う彼らにとっては「そういう能力もあるだろう」で済む。問題は、その大きさ。
 あまりにも強大すぎる、またその発動を誰にも気づかれなかったのかということだ。

 少なくとも五人、西軍達で話し合っただけではあるが皆同様に自室で寝ていた後にいつの間にかこんな所に居たとのこと。
 ならば、犯人は一体どのようにして十五人もの大人数を。それを可能とする能力に心当たりがないというのはどう考えても不可解なのだ。

「そんなつよい能力者なら有名になってないとおかしーですよね。アタシもケッコー長く学園にいますけど、そんな人聞いたこともないもん」
「……転校してきたばかりの人の犯行、あるいは複数犯か」
「前者なら手が込み過ぎているようにも思えますが……。
とにかく、今のままだと学園からは出られないってことですね」
「となると、いよいよ考えなきゃいけないかな?」
「それは……」

 羽馬の最後の言葉に2人は黙り込む。一方、三星はまだ思い至っていないようで不思議そうに辺りを見回していた。彼女自身西軍の中では最年少ではあるが、それにしても少々考えが甘すぎるといっていい。
 ……むしろ、すぐさまそのことを考えられた3人が少しおかしいのだろうか。
 そんな三星を尻目に播磨は一番最悪のケースを想定し、一段と暗くなった。
 
「……仮に、やらざるをえなくなった時は誰を狙いますか」
「え、それってもしかしてころし合いに乗るってことで──」
「違う! ……仮にそうするしかなくなったら、という仮定の話です」

 播磨の質問に、ようやく合点の行った三星が口を出した。しかし殺し合いにのる、という挑発めいた文言が彼の琴線に触れたのか播磨は少し声を荒げ反論した。
 勿論、彼女に煽りの意図など一欠けらもないことは見ればわかるのだが。
 すぐに播磨も失態を悟り、口調を戻すがやはりそれでも重い空気は変わらない。むしろ彼がそれを忌むべきもの、というスタンスを明らかにしたところで、口を開こうとしていた光原も押し黙ることになった。

「……」
「……」

 三星は怒られたことに少々腹を立てたが、自分の軽口が原因であるということは自覚していたために反省の意を込めて口を閉じた。
 さてこれで困ったのは羽馬である。彼女がこういった話題を出したのは勿論だが、もう少し話が進むとは思っていたため、ここでの停滞は予想外である。
 このままでは連携すらままならない、そうなれば最初にこの陣営が脱落しかねないと危惧したのか、少々強引ではあるが話題の転換を図ることにした。

「……ところで、この際だからみんな敬語を使うの無しにしよう? せっかくだしみんなあだ名っぽいのつけてさ。私が最上級生だけど、やりづらくって適わないんだ」
「はい? あ、あだ名ですか……」
「あ、それいい! アタシ敬語とか苦手で」
「……俺も、賛成です」

 流石に3人とも明らかに場の空気を考えての話題であったが、他に案もないので結局乗ることになる。一番乗り気だったのは三星であることから、彼女が敬語が苦手というのは本心からなのであろう。
 だが、この提案の前から何度か敬語が外れていたので意味があったのか、と言われると微妙であった。

「私は羽馬詩杏、よくシアンって呼ばれてるからそう呼んでくれるとわかりやすいかな。他は、ハネウマとか」
「はりま、うみ……あだ名って言われてもなかなか」
「光原灯夜…って、俺もやりにくい名前かな。 ……ミッツー、ないな絶対」
「アタシはシンプルにアカリとかアーちゃんとか。シアン先輩はシーちゃんとか……あれ?」
「それだとsea(海)ちゃんで僕のあだ名のようにもなるな……」
「いいんじゃないか? そうだほら栂原も……あれ?」

 意外に苦戦するあだ名作業に励んでいると、その最中に光原がこの場に四人のみ、つまりは彼の知り合いである栂原修(とがはら おさむ)が見当たらないことに気が付いた。
 彼の記憶が確かならば、確か三星と一緒に霧の中に行くときにはいたはずである。はて、何処に行ったのかと探すも辺りにそれらしき人影はいない。
 その様子を見て、羽馬が思いだしたように口を開く。

「——あぁ彼なら、暇だから図書室にでも行ってくるって言ってたよ」
「止めなかったんだ。まああいつが聞くとは思わないけど」
「大丈夫なの? オサム先輩そんなにつよそーに見えなかったけど」
「大丈夫だよ。
……少なくともあいつなら、固まって歩くよりかは生存率が高い」

 そう言って彼が向かったのであろう校舎を見やりため息を吐く光原。そこにあるのは信頼というよりかは呆れに近いのだろう。
 その様子を見て、内心心配していた播磨も警戒を解く。栂原と光原はこうなる前よりだいぶ親交があったことが読み取れていたからだ。
 しかし、仮にも能力者である4人を連れ歩くよりも安全というのはどういうことだ。そんな疑問が少なからず、他三人に湧きあがる。
 
「それは……能力のおかげかな?」

 三人を代表してか、はたまた自分が知りたいだけか。羽馬は反応をうかがいながら尋ねた。
 それに対し、光原は栂原に対しての呆れの表情を変えないまま、なんてことはないように返す。

「そう。栂原の奴は——脅威消却《キャンセリング》、他人の殺意を消す能力を持ってるんだってさ。と言っても……本人は半信半疑だったけど。学園の検査で分かってるんだから間違いないと思うよ」
「殺意を、ってそれ……!」
「この場なら、誰よりも生存に長けているのがアイツだよ」

 どうして栂原が碌に警戒もしていなかったのか、その理由が分かり播磨の顔は驚愕に染まる。どう考えても、殺し合いという場において殺意を消す……その能力の利便性は分かりやすいほどに強力だったからだ。
 それが味方、どう考えても自分はついているとさえ——、
 
「……さつい?」

 ……約一名、それを全く理解していない女子がいた。播磨はその様子を見て何とも言えない気持ちになり、本当に生き残れるのかが再び不安になる。
 光原もこのボケは予想外であり、呆気に取られた後にどうにか説明できないかと思考を巡らす。
 それらの様子を見た羽馬は笑いをこらえ、とりあえずは一旦拠点に戻ろうと促すのであった。



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2018/07/21 一部描写追加、台詞追加。もっと大幅に変えたくもありますが、一応です。