複雑・ファジー小説
- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第一限2/9 更新】 ( No.8 )
- 日時: 2018/02/14 21:50
- 名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: UFZXYiMQ)
- 参照: http://感想返しはリク板にて
第一限「嘘つきと早退者」3/9
一方その頃、脅威消却《キャンセリング》の持ち主、栂原はあてもなく校舎内をうろついていた。仮に校舎にたどり着く時間がもう少し早ければ、テンションの上がった新入生と教師のコンビに出くわしたのだがそれは知らない話である。
彼自身、別に何の用があったわけではない。そもそも彼は殺しあいというゲームすら未だオリエンテーションのようなものだと思い込んでいる。
何故そんなことを、と思うかもしれないが実のところ、彼はこの学園にやってきてまだ2か月と少し。日常が非日常へと移り変わり湧いた浮いた気分がまだまだ抜けていないのであった。
故に、仮に時間制限が来たところで首輪もどうにかなるだろうという思考が前提にあり、恐らくは15人の中では一番精神的に落ち着いているのが彼だ。
では、そんな彼は何故校舎に来たのかと言えば……羽馬に言った通り暇であったからだろう。霧の奥に進む危険な行動も、自分がやればよかったと思うほどに彼は暇だと感じていた、だから動いた。
ただそれだけであった。
「……ん?」
廊下の張り紙を適当にながめているとふと、二階にあるロッカールームが目に入った。なんのことはない、部活動にいそしむものが着替えをしたりする部屋だ。せいぜい校舎の規模に合わせて少々広く、頑丈になっているだけで、別に元の学校と何ら変わりない。
だが、彼には一つだけ試してみたいことがあったことを思い出すきっかけにはなった。
「そういやこれ、使えんのかな?」
無造作に灰色パーカーのポケットから一つ、彼は銀色の鍵を取り出した。それには小さく「008」と書かれたテープが張られている。恐らくはロッカーナンバーのことだと生徒ならばすぐにわかる。
明らかにそれは、栂原の記憶にあるロッカールームの鍵に酷似していたが、なぜそれを持っているのかといえば、時間は少々巻き戻ることになる。
◇
それは、校舎でルール説明があった直ぐ後のこと。西軍の面々は緩い雰囲気のまま一旦各々の部屋、コテージに戻ることになった。皆放送に促されて出て来たため、髪をとかしていなかったり洗顔が不十分だったりと色々としたいことがあったからだ。
五軒のうち、中央にあったのが播磨のコテージであったため、そこに集まることを決めて解散した。
さて栂原はと言えば一つだけ、気になっている事があった。部屋の扉を開けるとすぐにベッドの下に首を伸ばし、その存在が依然としてそこにあることを確認して少し唸る。
別に重要なものではない、男子ならば興味を持ってしかるべき遺物……そう、エロ本である。
だが、これがここにあるということは少なくとも、この状況を作り出した存在は栂原がベッドの下にエロ本があることを知っていた訳だ。栂原はここに来て初めて精神的ダメージを受けた。ひどくしょーもない。
そもそも、エロ本の存在を知っている黒幕なんて俗すぎて他の者が知ればあきれ果てる程である。
さて、隠し場所が知られれば移さねばならない。部屋に設置されたスピーカーを恨みがましく睨みながら部屋を見回す。
スピーカーがついているということ以外は全く変わらない自分の部屋だが……ふとテーブルに、見慣れない封筒が置かれていることに気が付いた。
「なんだこれ」
つい隠す手を止め、その封筒を手に取る。何の変哲もない茶封筒には「栂原 修様へ」と「アンケート回答に対する報酬」とのみかかれていた。
だが、栂原にはここ最近アンケートに答えた覚えなどないし、こんな封筒を受け取った覚えもない。だが報酬ならば悪いことはないだろう、軽い気持ちで雑に封を破り、中身を出す。
中には、
「……鍵? どっかでみた気がすんな」
銀色の鍵が一つ、入っていた。
その後、播磨のコテージで集合した後、報酬を渡されたのが自分だけではないということを知った。何故か、羽馬だけはその鍵が渡されていなかったのだが……。
その際、運動部活動に所属していた三星がロッカールームの鍵ではないかと思いつき、ならばあとで向かおうかという話になったが……。
ここまで来たら別に先に確認しても怒られはしないだろう、軽い気持ちで栂原はロッカールームの扉を開けようとした。
そう、栂原のその行動は扉の変化によって成し遂げられなかった。
「……おや君は」
「お、どうもこんにちわ」
栂原が開けるよりも早く、ロッカールームの扉が開いた。そこには一人、栂原が知る人物が立っていた。と言ってもお互い、顔を知っている程度の仲だったが。
西軍でいえば三星よりかは黄色に近い赤の髪、朱色というのが正しいだろうそれは肩につくかつかない程度の長さで揺らめいている。目尻が大きく上がった翡翠の目は、前にいる栂原を隅から隅まで知り尽くそうとでもしているのか、全身を舐め回すようせわしなく動いていた。
「ええと確か、栂原修くんでよかったかな。僕の名前は——」
「深魅莉音(ふかみ りおん)……だっけか。覚えてるって、何回か表彰されてたし」
彼女、深魅莉音はこちらに来て僅か1,2か月の彼でも知っているほどの有名人であった。
美術部部長である彼女、描けば賞を取って当たり前と言われたほどの実力者だった。高等部2年であり実のところ同じクラスだった者との出会いは決して、栂原に警戒を与える材料にはならなかった。
反対に、栂原自身は気が付いていなかったが、深魅にとってこの状況は決して良いものではなかったはずであった。
彼女は女性であり文化部。その経歴からどう考えたとしても、敵軍である栂原の目の前にいて危険ではないわけがない。
これもまた栂原のあずかり知らぬことではあるが、先ほど彼女は虎の子と言っていい程のものを手に入れることに成功していた……が、それを使ったところで確実に脅威を取り除けるかと言えば否であろう。
だが、
「いやーまいっちまうよな。いきなり殺しあえなんて言われたってさぁ」
「そうだね、正直ずっと困惑しているよ」
栂原の脅威消却は正常に作動していると言っていいだろう。決して身構えるわけでもなく、深魅は会話に応じた。仮に深魅に殺意があってもなくても、栂原にとっては意味のないことなのだ。
気の抜けた発言に対しても一瞬間をおいて話し出す深魅、何かを考えているということは栂原も直ぐに察知、だが初めて話す人間だったということから「人見知りか?」と的外れな印象を抱いた。
深魅はどう思ったのだろうか、ただ静かに彼の一挙一動に注意していた。
そんな不思議な空気が少しの間だけ続き、うち破られる。
「ところでなにしてんだ? もしかしてそっちも鍵か?」
「……そうだね。うん、そういう君も鍵をもらってたんだ」
「——深魅先輩? 誰と話してるんです、かって……えーと栂原先輩でしたっけ。どうかしたんですか」
そうこうしている内に、深魅と一緒に行動していた男子生徒がやってきたのだ。
鴬崎霧架、栂原達よりかは1コ下の男はカメラ片手に、もう片方の手には何か重みが感じられる紙袋一つ握っていた。その様子からもわかる通り、まったく持って警戒していない。
能力のせいか、それとも単に栂原に対し殺意を抱いていなかったのか。鴬崎もまた東軍であったが、明らかに一触即発の雰囲気を相手が出していないことに気が付き、危険度は低いと考えたのだろうか。
深魅は後ろからやってきた後輩を目にした後に、小さく息を一つ吐く。そしてこれからどうするかと思考に入ったのだろうか、また黙る。
が、無暗に今関わるべきではないと直ぐに判断を下したのか、鴬崎に目配せをしさっさとその場を後にしようとする。
「鴬崎くん、早かったね。いや、単に同級生のよしみでね……さてそろそろ皆の所に向かおうか」
「? はいわかったっす。そんじゃ栂原先輩さよならー」
「おーう」
深魅はそのままさっさとロッカールームから離れていき、それに続いて鴬崎は陽気な声で、それでいて眉一つ動かさず。相反するような芸当をしながら去っていった。
奇妙な後輩だ、そう小さく零しながら栂原はロッカールームの中を進んでいき、目当てのロッカーの前にたどり着く。
「00……6、7、8。これか」
何の変哲もない、中に部活用具でも入ってそうなそれ。いったい何が入っているのか見当もつかない、まるで福袋を買った時のような感覚。
一気に中身を見ては面白くない、鍵を開けてからもゆっくりと扉を引き……
「——なんだこりゃ」
栂原はまた、気の抜けた声を出す。そしてふと、鴬崎が持っていた紙袋の中身にある程度の想像が付き……顔をしかめた。
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※2/14 ロッカールームの階を間違えていたため修正しました。申し訳ございません。
三階→二階