複雑・ファジー小説
- Re: 【コメ募】ありふれた異能学園戦争【第一限3/9 更新】 ( No.9 )
- 日時: 2018/02/12 19:28
- 名前: 通俺 ◆QjgW92JNkA (ID: UFZXYiMQ)
第一限「嘘つきと早退者」4/9
-高等部校舎 図書室
また少しだけ時は遡る。
静かに清潔に、図書室は皆のものです。そんな事がかかれた張り紙をじっと見た後、彼女はそれを剥がした。
別に裏に何か秘密のボタンだったり重要な書類などが隠されている、と踏んだわけではないだろう。
「……うん」
それで何かわかるわけではない、では一体何故彼女はそれを剥がして見せたのか。もしかしたらそれは彼女にもわからなかったのかもしれない。
そのまま剥がした紙をテーブルに投げ置いたかと思うと、近くにあった棚から一冊本を取り出した。背表紙に惹かれたのか、そのまま席に座って読み始める。
さて……塚本ゆり、彼女は無所属、高等部1年……人となりを語るうえで重要な単語は「無口」と「マイペース」、決してコミュニケーション能力は高くはない。
「——いや、何してんだよ」
少なくとも、目の前にいた東軍三人組を困惑させる程度にはそうだった。
岩館なずな、伊与田エリーズ、千晴川八三雲、校内の探索をしていた彼女らは偶々図書室に人影を捉え、確認しに来たのであった。が、中にいたのは塚本一人。
こんな状況であるにもかかわらず、図書室で本など読みふけるものか、少なくとも常識人のくくりに入る三人には全く理解ができなかった。
事実、張り紙を剥がした際は何か仕掛けるのか、そう勘違いしてしまうほどに緊張していたたというのにこれである。邂逅してから2,3分続いた静粛、それを千晴川が破っても仕方のないことであった。
「……読書」
「いやそれはわかっけどさ」
「何言っても無駄だと思いますけどこーゆー人。我関せずって感じで、こっちが手を出さないと思って余裕こいてんですよ。まな板の上のコイなのに」
「なずなちゃん、あんまり乱暴な言葉は……」
千晴川があまりのずぶとさに舌を巻いていると、岩館がその行動の無意味さを説いた。敵対勢力である塚本に対し、先輩であっても噛みついていくその姿からはルール説明の際、過呼吸気味になっていた少女とは到底思えない。
それを見て元気になったことを喜ばしく思ったのか、言葉遣いを訂正しつつも伊与田は微笑んでいた。
東軍は現在、入り口側を抑えている。つまりは逃走は容易であり、なおかつ数の利もある。例え今から塚本が急にやる気になったとしても、そこまで不利にはならないはずである。
だが、だが……いくら岩館が辛口を叩いても反論一つせず、表情一つ変えない彼女を相手にすれば恐怖が沸き立つ。何故ここまで堂々としていられるのだ、と。
いつの間にか圧倒されていた岩館は、伊与田の背中に隠れるように立ち位置を変えた。
「……塚本さん、前に座らせていただいても? 本を読んだままでも結構ですので……少しお話、聞いていただいてもよろしいかしら」
「…………構わない」
「それでは失礼して……」
このまま立ち去る、というのも手の一つであっただろう。だが伊与田は敢えて対話を選んだ。いずれ殺しあう仲になる可能性から、塚本という人物を知ろうということなのか。それとも単に彼女が興味を持っただけなのか。
少なくともその行動で千晴川と岩館は取り残され、お互いの目を合わせて伊与田の考えが読めないことを無言で通じ合うことになった。
「存在と時間……なにやら難しそうな本を読んでいられるのね」
「……哲学書、好きだから」
「そうなのね……」
それからしばらく、伊与田から適当な話題を振られては2,3語で塚本が返す。父と娘のようなやり取りが行われた。哲学のどういったことに惹かれたのか、今読んでいるものは何について取り扱っているのか、逆に自分はこんなジャンルが好きだとか。
ほんの少し眉を動かしたりなど表情の変化を見ることはできたが、やはり彼女の感情を読み取る事は叶わない。
十数分経った後、塚本は突然立ち上がったかと思うとゆっくりと3人が視界内に入る様に移動し、やはり表情一つ変えずこう告げた。
「——塚本は断然強い。あなた達三人よりも」
「なっ……!」
「5人揃って、漸く対等。だからここでやってもいい」
「……」
「は、はん! どうせそんなの出鱈目よ、出鱈目……」
唐突すぎた塚本の挑発。仮に彼女に脅えが見え、会ったばかりのタイミングでこんなことを言っていたら強がりだと一蹴出来た。だが今までの彼女の態度が、その発言に真実味を持たせた。
余裕は強者故、表情をろくに変えなかったのはそもそも三人を対等な立ち位置と認識していないから。東軍三人の戦力を知る由もないはず彼女が、それでも自分が上だと言い切れるほどの自信がそこにある。
岩館は直ぐにそれを信じきったようで、睨みつけながらも声に若干の震えがある。伊与田は笑顔が少し張り付いたものへと変わり、千晴川は次に彼女が何をするのか注意深く観察していた。
「けど、今はそんな気分じゃない。塚本は帰る」
「……えぇ、お元気で」
塚本は読みかけの本、それと本棚から何冊か見繕い、それを手提げの鞄にしまい込むと堂々と出ていく。その通路には岩館と千晴川も立っていたが、塚本が近づくと自然に二人は道を譲った。
彼女が図書室を出て言った後、岩館は大きく息を吐き、近くにあった椅子に座り込んだ。緊張の糸がほどけたのだろう。それに対し労いの言葉を伊与田は送る。
「態度を見るに強いんだろうとは思ったが、俺達3人より断然強いときたか! まいったなこりゃ」
「で、でも! はったりかもしれない、じゃ……ない」
「そこは断言してくんねーかな。まぁ確かにそんな雰囲気じゃなかったわな」
「ええ……きっと本当に強いんでしょうね。
——ところでなずなちゃん、もしかして……能力を使っていてくれたの?」
「え、あはい、ていっても全然効いた感じはなかったけど……」
そう、実は岩館。ただ怯えているように見えてこっそりと仕事をしていたのであった。
岩館の能力は決して派手なものではない、しかし決して弱いなんてものではない。少なくとも、本来今のような腹の探り合い、会話の場面であれば有用であるはずだった。
「心隅憂虞≪メランコリー・メランコリー≫、相手を不安にさせるんだっけか?」
「大まかに言えばそんな感じけどもっと条件が——」
「そうだ、忘れていた」
「っ!?」
それは本当に3人とも気を抜いていた時である。塚本がまた図書室の扉を開け、顔だけひょっこりと出してきたのだ。
岩館は驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになり、他二人もさっきの発言から警戒こそすれど突然すぎてまだ心構えができていない。
これ幸いと、塚本は続けた。
「さっき西軍の人の話を立ち聞きした。東軍に襲撃かけるって、それじゃ」
「はっ!? ちょ、ちょっとまちなさ——ひぅ!?」
聞き捨てならない、聞き捨ててはならない文言に思わず岩館はつかみかかろうと立ち上がり……突然の振動に大きく腰を抜かした。
部屋全体、いやもっと言えば建物全体に走ったとも思えるほど響く音を出しながらも、揺れ自体短く、小さかった。その揺れに対し、八三雲はなんとなくであったが「上か?」と声を漏らした。
「……それじゃあ、塚本は忙しい」
騒ぎに乗じるというべきか、元々帰ろうとしていた彼女は一瞬見上げたのち、さっさと部屋を出ていく。
腰を抜かした岩館、それを起こそうとしていた伊与田はもちろん、振動に気を取られていた八三雲も、彼女を追いかける者はいなかった。
今度こそ、塚本は図書室から離れていった。
最大級の爆弾を一つ、置き去りにして……。
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