複雑・ファジー小説
- Re: もうきっと、世界の誰もが夢中だ ( No.7 )
- 日時: 2018/02/18 02:13
- 名前: 三森電池 ◆IvIoGk3xD6 (ID: rBo/LDwv)
2 透明な日
その日から私と折原さんの奇妙なやりとりが始まった。
最初は何から切り出せばいいかわからず、「天瀬です」から始まる、仕事の相手に送るようなつまらないラインを送った。返事が来たのは二日後で、まったくこの人は、何のつもりで私にあんなことを言ったのだろうか、と思った。どうせ曲を作ると言ったことも何かの気まぐれだったのだろうと考えつつも、少しだけ、自分だけの曲ができると期待していたのが馬鹿らしくなった。
そうしている間にも、MySherryでは上層部の人間たちが動き始めていた。私達は落ち着くためにも一週間の休養を命じられ、マスコミに捕まらないように、できる限りの外出を制限された。私の両親は幸いなことに、アイドル活動に対しての理解がある。しかし今回の件が起きた時は流石に、母親に呼ばれ、しばらく話をすることになった。私はまだアイドルでいたい、お父さんやお母さんを悲しませるようなことは絶対にしないから。そう約束して、無理矢理納得させたけれど、私がまだアイドルをやることを、両親は許しても、世間がきっと許さない。家から出られないため、私は事実に篭って、ただ天井を眺めていた。アリサは今何を思っているだろうか。堕ちていく私たちを見て笑っているだろうか。こんな思いをするんなら、アイドルなんて遠い夢を、現実にしようとするんじゃなかったなあ。考えれば考えるほど気分は重くなり、ベッドに横になっていることすら辛く、寝返りを打っては呻き、アリサに恨みや同情か、もはや解らない感情を抱いた。星野は、静穂は、ひなせは今どうしているだろう。生憎私達は全然仲良くないから、こんな時にさえ頼れない。結束しなきゃいけない時だというのに、それすら諦めているのだ。
MySherryって、なんだったんだろう。アイドルのフリをした、ただのどこにでも居る女の子の集まりだったんじゃないだろうか。キラキラした世界に思いっきり飛び込んで、閃光のように輝いて、そして一瞬で消えてしまうような、そんな存在。できるならもっと舞台に立ちたかった。五人でこの先の景色も見ていたかった。もうすべては遅いのに。
そうしている時に空気を読まず連絡を寄越してきたのが折原さんだった。最初は、この人もマスコミとグルで、なんとかしてMysherryの情報を聞き出そうとしているのではないかと疑った。でも、あまりに彼の連絡の頻度や内容が適当な事と、私がとても弱っていた事もあり、普段絶対に人に言わないような弱音を、スマホに向かって打ち続けていた。
日々思ったこととか、愚痴とかを、俺に送ってくれたらいいと折原さんは言った。
私はアイドルに憧れ、幼い頃からずっと目指してきたが、実力や才能がとてもそれには見合っていなかったため、よく人に馬鹿にされたし、友達もいなかった。両親も共働きで、迷惑をかけたくなかったので、実の所、人に相談をしたり、泣き言を言ったりした経験が無い。だから、知り合ったばかりの折原さんに、どんな言葉を選んでいいかわからなかった。辛いとか、悲しいとか、ぶちまけたいことは沢山あるのに、どう伝えていいのかわからない。悩んでいるとまた辛いことばかり思い出すので、ラインを送るのをやめようと何度も思ったが、この黒々とした思いをどこかへ向かって吐き出さないと、私が駄目になってしまう気がした。どうせ相手は無神経の塊のような折原さんだ。あまり気負いをすることなく、私の言葉で、私の思ったことを、伝えてしまった方がいいのかもしれない。いや、そうするしかない。
この時点で私は、自分が曲のネタにされることさえ忘れてしまうほど疲れきっていた。もうそんなことはどうでも良く、ただ、誰かにこの辛さをわかって欲しかった。休養期間に入ってから思ったが、人間、忙しい方が余計なことを考える暇がなくて良い。こうして暇になると、普段押し殺してきた負の感情ばかり、波のように押し寄せてくるのだ。何か行動的なことをしたくても、今は何も出来ないのが現状。スマホに文字を無心で吐き出しながら、救われたいと願っている。羅列された支離滅裂な文章を読み返す気力も消え、こんなの送られたら迷惑だろうなぁと、ただ思った。打った文字をすべて消してしまおうともした。でも、消してしまったら、私が今抱えているこの感情ごと、また深いところまで堕ちてしまいそうで、とうとう、震える指で送信のボタンを押してしまった。
しばらくは怖くてスマホを見れなかった。もともと、事件後は報道が怖くてインターネット環境を基本的に全切りしていたのだが、いよいよ何も見られなくなった。布団に潜り、時が過ぎるのを待ち、外が暗くなってきたら少し安心する。両親が帰宅する時間になると、私はあまり気を病んでいない風を装って、用意された夕食を頑張って胃に押し込んだ。まだアイドルをやらせてくださいと頼み込んだ身だ、悲しんでばっかりはいられない。アリサが首を吊ったと報道された日から数日間は家族も私に気を遣ってくれたが、もういつもの日常を取り戻しつつあるのだ。部屋に戻ると、また私は電池が切れたようにベッドに倒れ込む。重い腕を伸ばして、恐る恐るスマホを確認する。折原さんからの連絡は、来ていなかった。ため息をついて、もう今日は寝てしまおうと枕を手繰り寄せる。もちろん眠れるはずもなく、線香の香りと、まだ辞めたくないと窓の外を睨みつけた星野純華が浮かんでくる。気付けば朝になるのが怖くて、なんとか寝ようと羊を数えてみたりもするのだが、どうにも集中力が続かない。結局寝付けたのは、明け方頃だった。
折原さんからの連絡は、それから二日後に、唐突にやってきた。