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複雑・ファジー小説
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.3 )
- 日時: 2018/03/04 19:00
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
†第三章†──人と獣の少女
第一話『籠鳥』
サーフェリア歴、一四八九年。
王都の選定が行われ、年が明けた頃。
十五歳になった召喚師、ルーフェン・シェイルハートは、新たな王都、アーベリトに移り住むことになった。
王太妃バジレットが、王位を譲る証文をサミルに贈り、王都と王権が、正式にアーベリトに移ったのである。
旧王都、シュベルテの領主には、バジレット・カーライルが就き、サーフェリアは、アーベリト、シュベルテ、ハーフェルンの三街による磐石(ばんじゃく)な協力体制の下、統治されることとなった。
アーベリトの領主、サミルが次の国王に即位したことは、戴冠式の後、サーフェリア全土に知れ渡った。
港湾都市ハーフェルンでもなく、軍事都市セントランスでもない。
リオット族の騒擾(そうじょう)以降、影を潜めていたアーベリトなどという小さな街が、突然王都に選出されたのだ。
この知らせは、民達に大きな衝撃を与え、アーベリトは、周囲から懐疑的な目を向けられることとなる。
第二王子シャルシスが成人するまでの、一時的な遷都とはいえ、バジレットのこの決定に、疑問を抱く者は多かった。
「あー……駄目だ、全っ然終わらない……」
一向に書類の減らない執務机に突っ伏すと、ルーフェンは、盛大にため息をついた。
伸びをして、何気なく首を回すと、ごきごきと物凄い音がする。
アーベリトに移ってから、約半月。
ひとまずレーシアス家の屋敷を拠点に、召喚師としての仕事に追われていたルーフェンであったが、ただですら遷都したばかりで忙しいのに、アーベリトには、とにかく人がいなかった。
もちろん、元々アーベリトで働いている役人や、自警団の者はいるのだが、それだけの人数では、王都として機能するには到底足りない。
新たな執政官を始め、役人の選定もまだ間に合っていないし、結果として、ルーフェンもサミルも、すさまじい量の雑務に忙殺されていたのだった。
シュベルテから、役人や魔導師などの人材を派遣する、という話もあったのだが、ルーフェンは断った。
現在、思わぬアーベリトの台頭を、良く思っていない者は多い。
そんな状況で、他所の者をアーベリトに招き入れるのは、不安だったからだ。
忙しいからといって、外部の者を受け入れて、寝首をかかれては元も子もない。
寝不足で霞んできた目を擦りながら、次の書類に署名していると、執務机のすぐそばに腰かけていたダナが、けらけらと笑った。
「随分と消耗しとるのう。召喚師様というのも、酷な仕事じゃて」
ルーフェンが渡した書類に国璽(こくじ)を捺して、ダナが言う。
ダナは以前、オーラントの治療にも助力してくれた、アーベリトの医師の一人だ。
高齢のため、もう現場に出ることが少なくなっているので、時間があるから何か手伝おうと、こうしてルーフェンの元に通ってきてくれている。
とは言っても、政(まつりごと)に関しては素人なので、ダナには、ルーフェンが確認した書類に、ひたすら国璽を捺す作業をこなしてもらっていた。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.4 )
- 日時: 2018/03/07 18:13
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
ルーフェンは、掠れた声で答えた。
「時間がかかるっていうか、仕事が多すぎるんですよ。まず、この深刻な人手不足をどうにかしないといけないし。移民も増えるだろうから、領地の拡大も検討しないと。それから王城の建設、先王の葬儀にも顔出して、イシュカル教徒の移動は制限して……。……本当、多すぎて無理。というか、これほとんど、本来の俺の仕事じゃないし」
ふて腐れたように言うと、ダナは空気の入れ換えに部屋の窓を開けながら、言った。
「サミル坊も、敵意剥き出しの領主共に謁見を次々申し込まれて、てんやわんやしておったよ。すまんなぁ、色々と間に合っておらんで。まさかアーベリトが、王都になるなんぞ思っとらんかったから」
ルーフェンは、署名する手を止めると、ぱちぱちと瞬いた。
「思っとらんかった、って……。サミルさん、何も言わずに、王都の選定会議に出たんですか?」
窓の外から入ってくる、鳥の鳴き声を聞きながら、ダナは返事をした。
「いや、もちろんシュベルテに行く前には、『アーベリトを王都にしようと思うが、構わないか』とかなんとか言って、出ていったがのう。しかし、まさか本当にハーフェルンとセントランスを言いくるめて、王権を勝ち取ってくるとは、誰も思わなんだ。あのサミル坊が国王になったと聞いた時は、わしらもびっくりおったまげたわい」
(……の、乗りが軽い)
ほほほ、と笑うダナに、ルーフェンも内心苦笑する。
厳格な雰囲気が漂うシュベルテの王宮を思うと、アーベリトのまったりとした空気は、とてもじゃないが、同じ国の中枢を担う街のものとは思えなかった。
アーベリトには、子供と老人が多い。
それが理由なのかは分からないが、アーベリトは、他の街と比べて、時の流れが静かでゆったりとしているような気がした。
サミルもダナも、一度医師として動き出せば、その仕事ぶりには脱帽するのだが、普段話しているときは、なんだかこちらまで脱力してしまうような、穏やかな話し方をする。
そういう雰囲気の人間が多いから、アーベリトは全体的に、のんびりとした街だった。
事務仕事を再開しようと、執務机に向き直ったとき。
ルーフェンは、ある書類に目を止めると、訝しげに眉を寄せた。
「獣人の奴隷……? なんだ、これ」
物珍しい内容の書類を、思わず手にとって読む。
それは、人身売買を禁止しているシュベルテにて、奴隷の密売を行った商人たちを捕らえた、という旨の、魔導師団からの報告書であった。
別に、密売を取り締まったという報告自体は、珍しくもなんともないのだが、驚くべきは、その奴隷の中に獣人が混じっていた、という点である。
獣人は、サーフェリアから遠く離れた東の国、ミストリアに住む種族である。
国同士は史実上、三千年以上は無干渉を貫いており、サーフェリアの人間たちは、獣人のみならず、精霊族や闇精霊族とも、一切関わりを持ったことがないと言われていた。
その獣人が、もし本当にサーフェリアに現れたというなら、船で海を渡ってきたのか。
それとも、ミストリアにも移動陣に似た類いの魔術が存在していて、それを行使して、サーフェリアに渡ってきたのか。
手段は分からないが、少なくとも、サーフェリア側には、他国へ渡ったなどという話は聞いたことがない。
すなわち、サーフェリアにはできない『他国への侵入』を、ミストリアはできたということである。
ともすれば、万が一攻め入れられた時のことを考えると、少し不安になった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.5 )
- 日時: 2018/03/13 18:30
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
「……成人女性の獣人、左脚に、赤い木の葉模様の刺青あり……。本当なんですかね、正直、信じられないけど」
ルーフェンが呟くと、ダナが興味ありげに近づいてきた。
「おお、懐かしいのう。そういえば、一時期話題になったわい。本物の獣人が来た、とな。覚えとらんか?」
「え?」
懐かしい、という言葉に、ふと報告書の日付を見る。
そこに、一四七七年、と記されているのを見て、ルーフェンは顔をしかめた。
「……って、これ、十二年前の報告書じゃないですか。俺、その時まだ三歳だし、ヘンリ村にいたから、シュベルテでの事件なんて知りませんよ」
「十二年前? なんと、もうそんなに経つのか。時が経つのは早いのう」
呑気に感心しているダナを横目に、ルーフェンは、肩をすくめた。
「十二年前の未処理案件を横流ししてくるなんて、シュベルテも案外いい加減ですね。こんな昔の話、俺に振られたって、対応のしようがない」
報告書に署名をしながら嘆息するルーフェンに、ダナは言った。
「対応も何も、その獣人とやらは、亡くなってしまったようじゃぞ。まあ、奴隷というからには、ろくな扱いは受けておらんかったろうしな。発見された当時は、かなり騒がれておったもんじゃが」
「へえ……」
ルーフェンは、あまり興味がなさそうに返事をした。
「でも、本当に獣人だったなら、どうやってサーフェリアに渡ってきたんでしょうね。獣人は魔力を持たないって聞くし、もし海を渡ってきたなら、どんな手段を使ったんだろう。……まあ、個人的には、何故獣人が来られたのか、っていうより、どうしてこれまでサーフェリアの人間が、他国に渡れていないのかっていうほうが、不思議ですけど」
ダナは、ふむ、と呟くと、再びルーフェンの隣に座った。
「あまり、渡ろうとする者がおらんのではないか? ほれ、かつては種族間の争いが絶えず、その戦を治めるために、大陸が分断された、と言うじゃろう。西のサーフェリアには人間を、東のミストリアには獣人を、北のアルファノルには闇精霊族を、南のツインテルグには精霊族をそれぞれ住まわせ、四種族を隔絶させることで、世に平定がもたらされた、とな……。つまり、言ってしまえば、我らは敵同士であり、他国に侵入するというのは、敵地に飛び込むようなものじゃ。無事に海を渡りきるのも容易ではなかろうし、そんな無謀な真似、しようとする者はそうはいなかろう」
ルーフェンは、首を傾けた。
「そうですか? 成功させた人がいても、おかしくないと思いますけど。それに、その四種族が云々っていうのは、ただの伝承でしょう? イシュカル教会が信仰してる、大陸を分断させた女神イシュカル様ってのも、一体どこまで史実に基づいてるんだか。単に、地震とか天変地異で大陸が割れて……って言われた方が、信じる気になります」
ダナは、長い眉毛を押し上げて、楽しげにルーフェンを見つめた。
「召喚師様は、他国に興味がおありのようじゃな」
「…………」
少し目を大きくして、ルーフェンが言葉を止める。
それから、ふうと息を吐くと、ルーフェンは首を振った。
「興味があるっていうか……なんか、全く関わりがないっていうのも、相手の動向が掴めなくて不安だなって。サーフェリアの歴史書が本当なら、他国にも、それぞれ召喚師一族がいるわけでしょう? しかも、かつては敵同士だったって言うなら、他国がサーフェリアに攻め入ってくる可能性も、あるわけじゃないですか。もし戦にでもなったら、ただじゃ済まないだろうなと思うんです」
そう言って、目を伏せたルーフェンに、ダナは納得したように頷いた。
「なるほど、確かにありえん話ではないのう。もし本当に他国が攻めてきたら、アーベリトなんぞは、あっという間に潰されてしまいそうじゃわい」
真剣な話をしていたつもりなのに、またしても楽天的に笑って、ダナが答える。
ルーフェンは、少し呆れたように微笑んでから、ふと真面目な顔つきになって、静かに答えた。
「……もし、本当にそうなってしまっても、アーベリトだけは、俺が絶対に守ります」
驚いた様子で、ダナが瞠目する。
それから、ぷっと吹き出すと、突然ダナは爆笑し始めた。
(な、なんで笑われた……)
折角格好良く宣言したのに、思いがけず笑われて、ルーフェンは目を細めた。
「……ダナさん、俺のこと、信用してないでしょ」
「いやぁ、そんなことはない。頼りにおりますぞ、召喚師様」
「……嘘くさ……」
胡散臭そうにダナを一瞥してから、再び獣人に関する報告書に目をやる。
ルーフェンは、その報告書を、適当に処理済みの書類の山に重ねると、次の仕事にとりかかった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.6 )
- 日時: 2018/05/21 17:40
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
その時だった。
ばたばたと慌ただしい足音が聞こえてきたかと思うと、扉を叩く音がして、一人の若い男が、執務室に入ってきた。
「失礼します! 召喚師様、クレバス氏がまたいらっしゃってます!」
妙に張り切った様子で敬礼した男、ロンダートは、アーベリトの自警団に所属する一人である。
ルーフェンが返事をする前に扉を開けるなんて、シュベルテの王宮では、無礼だと処罰されてもおかしくない行為だ。
しかし、アーベリトには、その辺りの礼儀というものを、よく分かっていない者が多いらしい。
ルーフェン自身は、妙に堅苦しくなくて良いと思うのだが、もしこれをルーフェン以外の要人相手にやらかしてしまったらと考えると、少し心配であった。
ルーフェンは、首を左右に振った。
「クレバス氏って、あの画家でしょ? 忙しいから、帰ってもらって」
「えっ! もう連れてきちゃったんですが……」
がくっと項垂れたルーフェンに、ロンダートが首をすくめる。
顔をあげれば、確かに、扉のすぐ近くに、傴僂(せむし)の男──オルタ・クレバスが立っていた。
「お、お忙しいところ、申し訳ありません。召喚師様……」
恭しく頭を下げて、オルタが礼をする。
ルーフェンは、仕方なく腰をあげると、オルタの前に歩いていった。
このオルタ・クレバスという男は、一部では名の知れた画家であった。
元々はシュベルテのほうに住んでいたようなのだが、王都がアーベリトに移ったのと同時に、わざわざこちらに引っ越してきたのだと言う。
そして、このように度々ルーフェンを訪ねてきては、「宮廷画家にしてほしい」と懇願してくるのだった。
最初は、芸術家を雇う金も余裕もない、と断っていたのだが、オルタの望みは、金や地位ではなく、召喚師の下で絵を描くことのようだった。
見返りがいらないというなら、雇っても良いところだが、それ以前にルーフェンは、この男の絵が好きではなかった。
オルタは、『残酷絵』という、人間の死体や殺戮現場などを描く画家なのである。
執拗なほどに、鮮やかに描かれた血液。
死を突きつけられた人間の、苦悶の相貌。
痛々しく肢体に刻まれた傷に、死体が並ぶ酷(むご)い戦場など。
それらを、質感すら感じられるほど、写実的に描いて見せるオルタの技量には、やはり目を見張るものがあるのだろう。
実際、彼の絵を好む者も多くいる。
しかし、やはりルーフェンには、彼の絵は悪趣味だとしか思えなかった。
オルタが、ルーフェンの下で絵を描きたいと言うのも、以前素描で訪れた、召喚師一族が手を下した戦場が、今まで見てきた中で最も凄惨かつ甘美で感動したためらしい。
それを知ってからは、余計に嫌悪感が拭えなくなった。
オルタを雇ったとして、ルーフェンが戦場に出る度に、その光景を描かれてはたまったものではない。
一部の特殊な趣味を持つ者達を否定する気はないが、関わりたいとは全く思えなかった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.7 )
- 日時: 2018/03/27 18:04
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
ルーフェンは、ため息をついた。
「クレバスさん、帰ってください。何度来ても、こちらは貴方を雇うつもりはないし、シュベルテに戻った方が、仕事も見つかると思いますよ」
冷たい声で言ったが、オルタは、無遠慮にルーフェンの腕を掴んできた。
「そ、そんなこと仰らずに、ご一考頂けませんか? こっ、このアーベリトほど、私にとって理想の仕事場はないのです。この街からは、死の臭いがします……! それに、私は召喚師様の元で──」
嫌そうに腕を振り払うと、ルーフェンは、オルタを睨んだ。
悪意はなさそうだが、この異様なしつこさが続くようなら、力ずくで追い出しても良い。
ルーフェンは、頭一つ分ほど低いオルタを見下ろして、言った。
「悪いけど、貴方の感性は理解できないし、理解しようとも思わない。帰らないなら、追い出しますよ」
「ちょっ、ちょっとお待ちください!」
オルタが、慌てた様子で荷物を漁り、キャンバスを取り出そうとする。
おそらく、描いてきた絵を見せようというのだろう。
ルーフェンは嘆息すると、絵を見ることなく、ロンダートに合図した。
「もう来ないで下さい。正直、貴方の絵は好きじゃない」
きっぱりと言って、背を向ける。
ロンダートは、少し戸惑ったように眉を下げたが、ルーフェンが早くしろと目配せすると、オルタの腕を掴み、無理矢理彼を部屋の外へと連れ出していった。
「オルタ・クレバス……名前だけなら聞いたことがあるが。召喚師様にご執心のようじゃの」
やりとりを眺めていたダナが、おかしそうに口を開く。
ルーフェンは、疲れた様子で答えた。
「ここのところ、毎日来てるんですよ。死体を好んで描くなんて、俺には分かりませんし、なんとなくあの人は嫌な感じがする。全く、こっちは忙しいってのに……」
ぶつぶつとこぼしながら、再び執務に集中しようと、机に戻る。
しかし、またしても足音が響いてきたかと思うと、今度は何の断りもなく、ばんっと部屋の扉が開いた。
「召喚師様ぁー! 助けてください!」
体格の良い男が、扉を蹴破るようにして、部屋に転がり込んでくる。
突然の出来事に、ルーフェンが呆気にとられていると、代わりにダナが返事をした。
「ん? ラッカじゃないか。どうした、そんなに慌てて」
「ダナ先生! いや、大変なんすよ! とにかく、召喚師様! 今すぐ来てください!」
強引に詰め寄られて、思わず身を引く。
ラッカと呼ばれたこの大男は、作業着と腹かけを身に付けている辺りからして、どうやら自警団の一員ではない。
自警団員ならともかく、一般の町民がずかずか入ってこられる屋敷の警備も、どうにかしなければ、と考えながら、ルーフェンはやれやれといった風に尋ねた。
「今度はなんですか……」
用件を言え、と目で訴える。
ラッカは、説明する間も惜しいといった様子で、足踏みしながら答えた。
「西の区画に、建設中の屋敷があるんですけど、ついさっき仕事に出たら、骨組みごとぶっ倒れてたんですよぅ! ほら、昨日風が強かったでしょう? それで煽られたんじゃないかと思うんですが……」
ルーフェンは、打って変わって、顔を強張らせた。
「被害は? 人が巻き込まれたんですか?」
「あっ、いえ」
緊張した面持ちのルーフェンに、ラッカはあっさりと否定した。
「倒れたのは夜中だったみたいなんで、怪我人はいません。でも、このままじゃ作業できないし、俺の仕事道具も、瓦礫の中に埋もれちまってるんですよ!」
身ぶり手振りもつけて、力説するラッカ。
ルーフェンは、露骨に息を吐いた。
「……一刻を争う訳じゃないなら、自分達でどうにかしてください。ああ、確か、南区の施療院に何人かリオット族がいますよね。だったら、彼らに協力してもらって──」
「えーっ! お願いしますよ、召喚師様! 召喚師様なら、なんかこう、すっごい魔術で瓦礫とかぱぱーっと片付けられるでしょう?」
「…………」
このラッカという男は、召喚師を神か何かだと思っているのだろうか。
瓦礫を器用に片付けるなんて、そんな便利な魔術はない。
ルーフェンは、しばらくの間、不満げに頬杖をついていた。
だが、ラッカがあまりにもきらきらとした眼差しで見つめてくるので、渋々立ち上がると、上着を羽織った。
「……ダナさん、ちょっと出てきます」
「ほほほ、お気をつけて」
どこか微笑ましそうに頷いて、ダナが手を振る。
ルーフェンは、一度腰を伸ばすと、ラッカについて部屋を出たのだった。
- Re: 〜闇の系譜〜(サーフェリア編)下 ( No.8 )
- 日時: 2018/04/05 19:35
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: ktklDelg)
ラッカの案内で、西区の一角にたどり着くと、まだ立ち上っている土埃の奥で、屋敷の骨組みが倒壊していた。
ひしゃげて折れた木柱が、所々に突き出し、風に晒されている。
その周りでは、ラッカの仕事仲間であろう数人の大工たちが、途方にくれた様子で、煙草を吹かしていた。
「おーい! 召喚師様、呼んできたぞー!」
ラッカの呼掛けに、大工たちが、はっと顔をあげる。
彼らは、血相を変えて走り寄ってくると、ルーフェンを取り囲んだ。
「うわっ、すげえ! 本物だ!」
「馬鹿っお前、本当に召喚師様連れてきたのか!?」
大工の一人が、怒った様子でラッカの頭を叩く。
ラッカは、むっと眉を寄せると、大声で言い返した。
「はあ? お前が最初に、召喚師様を見てみたいって言ったんだろ!」
「だからって、本当に召喚師様を呼びつける奴があるか!」
「いやぁ、まさか来て下さるとは……」
「っていうか、サミル先生の屋敷って、しばらく気軽に入るのやめろって、触れが出てなかったっけ?」
口々に言い合いながら、大工たちは、まじまじとルーフェンを見つめている。
やがて、その騒ぎを聞き付けたのか、全く関係のない町民たちまで集まってきて、ちょっとした人だかりが出来始めた。
ルーフェンは、しばらく呆然と騒ぐ人々を見ていたが、その内、くすくすと笑い出すと、尋ねた。
「……もしかして、俺を見たくて呼んだんですか?」
その言葉に、大工たちが凍りつく。
ラッカは、焦った様子で大工の一人を指差すと、早口で捲し立てた。
「こいつが言い出したんですよ! こいつが、屋敷が倒壊したから助けてって言ったら、召喚師様来てくれないかなぁって。そうしたら、他の奴らも、召喚師様見てみたいって騒ぎ出すから、仕方なく俺が──」
「見たいとは言ったが、呼んでこいなんて一言も言ってねえだろ! お前が一番興奮してたくせに!」
「すみません、召喚師様。こいつら、アーベリトが王都に選ばれて、浮かれてるんですよ」
「そういうお前も、召喚師様を見たいって言ってただろ!」
再び始まった汗臭い取っ組み合いに、ますます笑いが止まらなくなる。
やはり、アーベリトの人々と話していると、自然と穏やかな気持ちになれる。
先程まで、大した用事もなく呼びつけられるなんて、と不服に思っていたが、今はもう、そんな気持ちはどこかに行ってしまった。
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