複雑・ファジー小説
- Re: 人語を知らぬきみたちへ ( No.1 )
- 日時: 2018/01/19 09:08
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
小さな頃から、動物が好きだった。
昔、暮らしていた母の実家の近くに、大きな動物園があって。
そこが、小学生未満は入場無料、なんて魅力的な価格設定だったものだから、私は、その動物園に行っては、我が庭のように駆け回っていた。
幸い、私の家族も、動物が嫌いというわけではなかったから、色んな生き物を飼ったりもした。
近所で捕まえたカブトムシやクワガタ、バッタにコオロギ、チョウなど、昆虫の類は沢山いた。
他にも、お祭りですくった金魚、インコにカメ、ウーパールーパーなんかも飼っていたことがある。
うっかりカマキリの卵を室内で孵化させて、惨劇を引き起こしたことも、当然経験済みだ。
ああ、大量のセミの抜け殻をポケットに詰めたまま、ズボンを洗濯機に入れてしまって、母に怒鳴られた事件もあったっけ。
まあとにかく、私は動物が好きで、小学生になっても、中学生になっても、高校生になっても、それは変わらなかった。
大学生になった私は、動物に関わる仕事をしたくて、某大学の獣医学部に進んだ。
そこで私は、現在進行形で、色々な経験をしている。
そう、本当に色々だ。
そして結果的に、私は、好きな動物を勉強するために、人より多くの動物を殺している。
解剖が嫌だ、生体実験が嫌だ。
動物を学ぶ上で、そんな考えは甘い。
確かに、その通りだと思う。
残酷だけれど、とても大切なことなのだ。
だってこれは、最終的には、動物を救うことに繋がるのだから。
そう思う一方で、私は、ぴぃぴぃと鳴くラットに針を刺し、世話をしていたヤギの内臓を取り出しながら、ふと、考えた。
私がしたかったことは、一体なんなのだろう、と。
怪我や病気になった動物を、助けることか。
顕微鏡を覗いて、肉眼では見えぬ動物のあれやこれやを、研究することか。
いや、それももちろん大事なのだけれど、私がやりたいのは、それではない気がする。
考えて、悩んで、昔、よく通っていた動物園のことを思い出したら、案外、答えはすんなり出た。
そうだ、私は、ただ動物を近くで見て、その言葉を聞ける人間になりたかったのだ。
別に、触れなくても良い。
直接的に、その命を救えなくても良い。
ただ毎日、餌をあげて、糞を掃除して、一見単調だけれど、本当はすごく重要な『飼育』というものに、私は憧れていたのだ。
動物は、決して弱味を見せない。
なぜなら、弱味なんて見せたら、野生下ではあっという間に敵に狙われてしまうからだ。
どんなに苦しくても、痛くても、動物はそれを表に出さない。
だから、ようやくその苦痛が表に出たときには、もう手遅れで、死んでしまう。
だったら私は、手遅れになる前の、ほんの小さな異変や前兆に、気づける人間になりたい。
苦痛が苦痛として現れる前に、その行動を見て、見て、とにかく見て。
動物たちの、どんな些細なSOSにも、気づける人間になりたい。
世の中には、色々な動物との関わり方があるけれど。
怪我や病気になってから、それを治療するのではなくて、そうなる前に、それを阻止できる人間になろう。
それが、私の答えだった。
ある程度基礎的な勉強を終えた私は、大学の中で、一番動物を多く飼育している研究室に入った。
いわゆる、理系らしい研究室ではない。
白衣の代わりにつなぎを着て、長靴を履いて。
休日返上で、とにかく飼育をする、ちょっとした物好きが集まる獣臭い研究室だ。
これは、そんな私の、生活の一部を紹介するお話。
さあ、人語を知らぬきみたちよ。
私の声など、聞かなくて良いのです。
ただどうか、一緒に過ごすことを許してください。
その中で私達は、きみたちの心の声を聞こうと、必死に耳を傾けます。
当然、完全に理解できるはずはありませんが、それでも、一生懸命、耳を澄ませるのです。